みくりによる車両のオーバーホールも終わりを迎えつつある。
当初の四日よりも予定が伸びての作業であり、スフェーンもこの後の予定のことを考えると一ヶ月以上の滞在はなるべく控えたい所存であった。
「んん〜っ!」
朝、朝靄の漂う早朝にスフェーンはいつも通り早く起きていると、
「んなぁ〜…」
軽く首を回して音を鳴らす。
「疲れた…」
軽くため息をついてスフェーンは工場の外を見回す。
特に昨日から一昨日にかけては怒涛の時間が過ぎており、十円ハゲができてもおかしくはないだろう。
「まだ寝る?」
「ん?」
するとスフェーンの後ろから起きたみくりが話しかけてきた。
「お、おはようね」
「うん」
みくりは小さく頷くと、そのままスフェーンの横に立って外の操車場を見る。
「「…」」
朝の静かな郊外を二人は静かに眺めていた。
「スフェーンさん」
「ん?」
そしてみくりがスフェーンに予定を伝える。
「今日、最後のオーバーホールが終わる」
「了解。じゃあ、終わったら教えて。出かけるから」
「分かった」
列車のオーバーホールは残り一両、いつもは最後尾として使っている車両の制御車だ。
すでに武装区画の取り外しは完了しており、みくりは着替えると早速作業を始めた。
「…」
その作業を遠目で見ながら煙草を吸うスフェーン。
反対側の制御車の方を見て軽くコマンドを操作すると、武装区画から戦術E兵器を迫り出させる。
いつもは折り畳まれている砲身が展開され、一周だけ全周旋回を行う。
はるか昔、とある技術者から押し付け…ゲフンゲフン、譲り受けた特別な武装だ。車両のタンクと接続するだけでエーテル・カノンが発射となるこの代物は文字通り桁違いの破壊力を有している。
その威力は今まで使ってきた時にまざまざと見ている。掠っただけでオートマトンや戦車は弾薬に誘爆を引き起こし、装甲車を真正面から抉り取る。
正直、あまりにも強力な上に、一運び屋が車載型のエーテル・カノンなんて乗っけていると通報されたら面倒なことになる。
そもそもこう言ったE兵器は、軍警察の専売特許である。大災害以前には多種多様なE兵器が抑止力として働いており、さまざまな組織が有していたそうだが、全てエーテルの津波に飲み込まれて消えた。
『この兵装は、いささか今の時代では強力ですね…』
「(だから次第に使用回数減ってっているじゃん)」
スフェーンはそこで最近の野盗の襲撃状況を思い出していると、
「終わったよ」
作業を済ませたみくりが声をかけてきた。
「よし、じゃあ諸々の荷物積んで、洗車にとりあえず行くわよ」
「了解」
全ての車両のオーバーホールを終えた列車に軽く触れながら言い、みくりは頷くと車両工場に溜まっていた諸々のゴミ袋を車台に乗せ始めた。
その後、再び併用軌道を通って街の操車場に戻ったスフェーンは運転室にみくりを乗せていた。
この後、車両全体を洗車し、同時にこの数日で出たゴミや車両工場のゴミを車台に纏めて放り込んでいた。
「向こうに着いたら、とりあえず洗車を始めるから」
「うん」
スフェーンは運転台に座りながら台に設置したタブレットの閉塞を一瞥すると、前方を再び見て安全確認を行う。
タラコマは大規模な操車場を有しており、無数の分岐点が終始切り替え作業を行なっていた。
そして二人は一旦留置線で停車すると、そこで積んでいたゴミ袋をそのまま運輸ギルド近くの業務用のリサイクルボックスの中に放り込んだ。
事前に運輸ギルドの指定通りに仕分けは済ませていたので、これからゴミは有効な資源としてリサイクルさせるはずだ。ゴミすら集めれば金になる、いやはや付加価値ってすげ〜。
「洗車って、どんな感じなんだろう?」
「結構面白いよ?」
そこですでに予約していた洗車場まで信号場にポイント切替を要請すると、そこに行くルートがタブレットに送られてくる。
「制限速度二〇、前方安全確認ヨシ」
声に出して安全確認を行うと、マスコンを操作してゆっくりと列車は前進する。
そして少し進んでいくと、前方に客車を引いている一本の単線用列車が停車しており、その列車はゆっくりと前進しており、前方に門のような形状の大型機械が水を大量に噴射していた。
「あれ?」
「そう、前の列車が終わったら行くよ」
そう言うと、列車は停止線ぴったりに停車して次の洗車を待つ。
そして信号が青になったのでスフェーンは軽く警笛を二回鳴らした後にゆっくりと前進を始め、前方の洗車機を通過していく。
「おぉ〜」
顔全面が一斉に石鹸水を吹きかけられ、ワイパーを起動しながら列車は前進を行う。
ナノマシン配合の石鹸水はたちまち車両の汚れを落としていき、車台や台車も綺麗に整えていく。
その珍しい光景にみくりは軽く声を漏らす。
「扉を開けないでよ?」
「分かってる」
スフェーンの注意にみくりは頷くと、列車は順次洗車機を通過していく。
長いこと旅客キャビンを外していなかったので、いつも使っている側の制御車の車台の汚れは凄まじいものとなっている。
だが洗車機を通過すると、列車は新品のように綺麗になって出てきていた。
「…」
洗車機にかけられた後は、余分な水分と共にナノマシンを落とすための乾燥機を通過していく。
今度は暴風の如く吹き荒れる乾燥機を通過し、清掃を終えたばかりの列車に風を吹きつけて五メートルほどのトンネルを通過すると、列車は隅々まで乾燥された状態で出てきた。
「綺麗になりました」
「わ〜い」
軽くぱちぱちと手を叩いてみくりが答えると、十二両の列車は綺麗に清掃されて留置線に置かれる。
どうせ数ヶ月もすればバッチリ汚れるが、新品の如く綺麗になった列車を前にスフェーンは気分を良くしていた。
「さーて、この後も色々やる事やるわよ」
「OK」
そして綺麗になった列車の前でスフェーンは確認をすると、みくりは頷いて返した。
タラコマは海峡横断路線が存在する交通の要所。
無数の貨物・旅客を問わず列車が行き交う。二十四時間体制で稼働し続けており、ここの路線が休まることはまずない。
複々線路線ではあるが、海底トンネルの高さの関係で
「ん〜、良い風ね」
そのウォーターラインのほぼ中間に位置し、橋と海底トンネルの切り替え地点となっている人工島、ノクチルカ。
心地よい潮風が吹き抜け、そこでスフェーンは軽く背伸びをする。
「風…潮の香り」
「そうよ。気持ちがいいんじゃない?」
スフェーンはそこで、隣で海に繋がる柵に手をかけるみくりに話しかける。
列車のオーバーホールを終え、旅客キャビンの積載も終えて仕事再開を正式に宣言した彼女は、そこでいくつか海峡を渡る際に仕事をまとめて請け負った。
「うん、気持ちがいい」
そして列車はここで電気機関車の接続を行って海底トンネル区画の運行を行う。トンネル内はエーテル機関の使用が禁止されているのでこのような措置が取られていた。
なのでみくりは見送りのためにここまでスフェーンの列車に乗り込み、電気機関車が到着するまでスフェーンと話していた。
彼女は新しい車両工場に就職することが決まった。
元々腕のいい技師であった彼女はいくつかスカウトされており、車両工場と中にあった部品取り用のスクラップは全て売却を行なった。あの地区は都市の再開発地区に指定されており、比較的割増で用地売却を終えた。その際、ルシエルの交渉術には助けられていた。
スクラップもまた売却を終わらせ、機関車や貨車、修理したオートマトンは引き取られていった。
そしてみくりの再就職先の工場から社宅を借り、そこへの引越しなどを済ませた後、スフェーンは出発を決意した。
「ほれ」
スフェーンはそこでみくりに新品の白い野球帽を被せる。
今まで彼女の使っていたボロボロのローブの代わりにスフェーンが購入していた。
「それ使って、顔を隠したくなったら目深く被るのよ?」
「…うん。ありがとう」
その意味をみくりは理解して小さく頷くと、スフェーンを見上げる。
「その…スフェーンさん」
「?」
みくりはそこで耳を指差し、その意味を理解したスフェーンは少し耳を傾ける。
するとみくりは少し恥ずかしげに顔を赤くしながら一旦息を小さく整える。
「あの…お、スフェーン姉さんって、呼んでもいいですか?」
「…ほぉ?」
スフェーンはみくりの提案にたちまち表情をよくすると、彼女の頭を軽くポンポンと叩く。
「良いよ」
「ほ、本当ですか!」
みくりにスフェーンは頷く。
「というか、お姉ちゃんと呼んでも良いのよ?」
「え?そ、それは…」
みくりはグイグイと望んでくるスフェーンにやや驚く。
『ダメです。まだスフェーンは妹でいるべきです』
「(横槍入れるな!)」
ルシエルを軽く叱責し、スフェーンはみくりを見るが、
「や、やっぱり恥ずかしいのでお姉ちゃんは…」
「…そっか」
スフェーンは微笑んでみくりを見つめる。
「じゃ、じゃあ、また会いにきてくれますか?」
「うん、約束する」
スフェーンはみくりに視線を合わせると、彼女の手を取る。
「指切りで約束する?」
「あっ、大丈夫です」
「あら、どうして?」
スフェーンが聞くとみくりは確信めいた眼差しで聞くように返す。
「スフェーン姉さんなら、約束を破ることはない気がするんです」
「…そう」
みくりに言われ、少しスフェーンは嬉しくなる。
信用と実力が命であった傭兵という仕事において身についた契約の重要性。信用されているんだなと直感できる言葉だった。
「ありがとう」
「い、いえ…こちらこそ。色々とスフェーン姉さんにはお世話になりましたので」
みくりはスフェーンに頭を下げそうになってスフェーンに肩を軽く掴まれる。
「別に感謝されるようなことはしていないわ」
「…」
みくりはそこでスフェーンを見ると、彼女は立ち上がって柵から離れる。彼女の端末には機関車到着の連絡があった。
「じゃあね、気をつけて帰りなさいよ」
スフェーンは軽く手を振ると、そのまま屋上を後にしていった。
みくりは、その背中を見て憧れていることにすぐに気がついた。
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