人質に取られ、スフェーンはこめかみに銃口が当てられている中、頭を回していた。
「(畜生、やられた…!)」
首に腕を回されたスフェーンは、そこで自分を人質に取った男の表情を見る。
相手は冷や汗をかき、息も荒い。耳元で聞こえる心拍数も上がっており、男は極度の緊張状態にあった。
『スフェーン』
「(分かってるわよ)」
この場合、下手に刺激しないほうがいい。相手側の拳銃の引き金が恐ろしいほど軽くなっている事くらい、スフェーンは簡単に理解できる。
こう言う状況の場合、相手は人質に何かあった場合、即座に反応して発砲をしてしまう。誰もいないのであれば、一度頭を撃たせると言う手段もスフェーンの手札にはあったが、ここは闇市。公衆の目がある以上は迂闊に相手を刺激すると、その情報を元に企業や軍警の目が光って追われる側になってしまう。
「(どうしたものかね…)」
スフェーンは人質に取られた状況で落ち着いて思考を巡らせていた。
一方で相対する治安官も歯噛みする。
彼等はこの地方でテロ活動を行うテロ組織であるドゥーブランド共和軍、通称DRAの構成員の尾行を行っていたが、途中で向こうが気付いて逃げ出した。その後闇市にて追跡を行っていたが、工作員は闇市を訪れていた少女一人を人質にとった。
「どうする?」
「人質の安全が最優先だ」
二人は応援を既に呼んでおり、その手に持つカービン銃の照準を構成員に向けたまま話す。
構成員が人質にとった少女はこめかみに銃口を突きつけられ、困惑している様子だった。既に近くにいた人は一斉に逃げ出しており、近くには誰もいなかった。
「相手は極度の緊張状態だ。下手に刺激することになるぞ」
『畜生、応援はどうなっている!?』
一人の治安官が無線を繋げると、近くに急行するパトカーから返答があった。
『こちら八号交差点通過。そちらの状況は?』
『子供が人質に取られた。十代前半、ナッパ服を着ている』
無線でパトカーと通信を行うと、それを聞いていた司令部から連絡が入る。
『人質の安全を最優先にしろ。市民に危害を与えるな』
ファウ・ドライは未だ企業の力が根強い都市。軍警察の部隊が駐屯しているのは、この都市が国家に帰属し始めて以降の事。故にこの闇市の治安を保っているのはPMCであった。
『少女と通信できるか?』
『無理だ。インプラントチップの読み取りができなかった』
オペレーターはそこで人質の少女がサイボーグである可能性を考慮していたが、今の所は不明であった。そしてオペレーターは治安官のガンカメラの映像を見て、しっかりとこめかみに銃口が当てられ、緊迫した表情をする構成員に顔が強張る。
企業の力が強いこの都市で、ここでもし人質が殺害されることがあれば、軍警察がこの街で存続危機となってしまう恐れがあった。その事を危惧して司令部のオペレーターは直ぐに指示を出す。
『最悪、その構成員は見逃して構わない。兎に角少女の安全確保が優先だ』
『——待て』
すると、無線に割り込んだ別の女性の声がした。
『司令!?』
割り込んだ相手にオペレーターは軽く驚く。割り込んだのは、この対策チームのトップだった。すると彼女は言う。
『彼はDRAの副幹部級構成員。ここで逃すわけにはいかない』
『し、しかし…』
オペレーターは今の危険な状況を前に再考を願う。
『ここで逃せば、またテロが起こるのよ?』
『…』
鋼の女傑とまで揶揄された彼女の強い言葉にオペレーターは沈黙してしまう。
すると遠くから応援のパトカーのサイレン音が聞こえ始め、それを聞いた男は小さく舌打ちをすると、スフェーンを掴んだまま逃走を始めた。
「っ!逃げたぞ!」
「司令部!発砲の許可を!」
『駄目だ。人質に当たる』
すると逃走した構成員は持っていた手榴弾を追跡する治安官の方に目掛けて投げつける。
「っ!」
「グレネード!!」
咄嗟に物陰に隠れると手榴弾が起爆。破片型手榴弾の硬い外郭が建物の壁やドアをズタズタに破壊した。
直ぐに治安官は発砲しようとしたが、
「「っ!!」」
直後にガラス張りの店に新たな手榴弾が投げ込まれ、その爆発の衝撃波でショーウィンドウのガラスが粉々に砕けて二人に襲いかかった。
「ごほっごほっ!」
「畜生!」
割れたガラスのシャワーを浴びた治安官達は、毒吐いて構成員の逃げた方を見ながら無線を入れた。
「こちらヴェイブ06、対象は人質一人を連れて逃走した。繰り返す、対象は人質一人を連れて逃走!」
そして治安官達は構成員の逃げた方角に向かって走り始めた。
「っ!?」
首を掴まれたまま連れ去られたスフェーンは、驚愕をした直後に男の腕の中で暴れる。
「こいつ…!」
今は少女の姿のスフェーンは、その華奢な体からは想像の付かない力で男の腕を振り払おうとしたので、それに驚いた男は思わず持っていた鎮静剤をスフェーンに打ち込んだ。
「うがっ!?」
首の動脈に打たれた鎮静剤は高圧注射器によって速やかに体内に入れられると、そのまま脳に到達して急速にその活動を停止させる。
「おのれ…」
スフェーンは最後に呟くと、そのまま力が抜けて目を閉じた。
「…ふぅ」
そしてそのまま気絶したスフェーンを見て男は安堵の息を吐くと、そのまま空を慎重に見上げる。
軍警察のドローンも確認できず、また監視カメラや偵察機、ヘリコプターの姿も確認できないと判断すると、そこで地下に繋がるマンホールの蓋を開ける。
「…ボス」
そして蓋を開けながら彼はある場所に通信を繋げる。
『どうした?』
「私です。人質をとったので、至急人を送ってください」
『了解だ。直ぐに向かわせる』
短く情報を伝え、軍警察の電波探知に引っかかっても駆けつけられる前にスフェーンを収容していった。
「本当にこれで良かったんですか?」
隣に座り込むルシエルが聞いて来た。
「まあ、下手に暴れるよりかは良いんじゃない?」
見た目相応のか弱い少女の方が警戒されないだろうし、とスフェーンが言う。
「いや、見た目にそぐわない腕力を出したので警戒されていますよきっと」
「え?そうかな〜」
ルシエルにスフェーンは少し能天気風に返した。
周囲は一面の純白の大地が続き、その上に薄く水が張られている。
無色界とスフェーンが名付けた空間で、スフェーンとルシエルは話していた。
「今、体内に打ち込まれた鎮静剤の無毒化を実施しています」
「ん、優先して私の演算機能を使って」
「分かりました」
スフェーンが言うと、ルシエルも頷いて鎮静剤の無毒化を行う。
正直、ルシエルと同程度の演算機能を有するスフェーンだが、あくまでも戦闘要員である自分には手に余る能力なので、この優秀な演算機能はルシエルに譲渡する場合が多かった。
この身体になった時に得た能力の一つだが、スフェーンはあまり使う機会に恵まれなかった。
「今の体の方は?」
「何処かに運ばれているみたいですよ。攫った私達の体で軍警と取引をする腹積りなのでは?」
ルシエルはそこで今の体の状況を確認する。
今のスフェーンは俵担ぎの要領で何処かの地下道を進んでいた。
「安直だね〜」
スフェーンはそこで地面に寝そべって空を見上げる。
「効果あると思う?」
そしてスフェーンはルシエルに聞いた。
「演算結果ですが、ある程度の効果はあると思われます。この都市は軍警察に対し、比較的排他的態度を有しており、軍警察の行動は慎重にならざるを得ません。また私たちを攫った男性のインプラントチップ。通信を行った相手の情報から、彼等は
ルシエルはそこで、自身の演算処理能力で得た情報を正確に隣で寝そべるスフェーンに伝える。
彼女は少女の姿から変わる事なくこの世界に存在しており、スフェーンを支えていた。
「DRAか…噂には聞いたことがあるわね」
スフェーンはそこで自分の有している膨大な知識からその組織について検索をかける。
「DRAは南北戦争以前より存在するテロ組織です。民主主義を唱え、企業による支配からの脱却を目的に活動を行う組織ですね」
市民自決を掲げ、平等で開かれた選挙による立憲政府樹立を目的に企業に対する攻撃を行うテロ組織。世界中に数多に存在し、それらは同様の考えを持つ組織で徒党を組んでいた。俗に言う企業レジスタンスと呼ばれる集団である。
「この組織はこの地方において多数のテロを行っており、爆弾テロによる犯行を主に行っています」
「碌でもねえ…」
そもそも爆弾テロという暴力に訴え始めた時点で軍警察や企業が血眼になって探し出すに決まっている。悪戯に社会不安を煽り、治安を著しく低下させる行為は軍警察の捕縛対象となり、最悪司法局から射殺令が下される。
射殺令は司法局のみが発行を許される超実定法的権限であり、どのような状況下にあっても本人と判断された場合に限り、拘束不可能と治安官が判断した場合に他者への被害を鑑みずに発砲をし得ることの可能な強制執行権である。
この射殺令が交付された事例は今まで何度か存在しており、その大半が大規模犯行を行ったテロ組織のリーダーや軍警察への恣意的反逆を行った部隊長などであった。
「で、今私はそのテロ組織に連れ去られていると…」
「最悪、装備品は全て放棄される可能性がありますね」
「げっ、まじかあ…」
スフェーンはルシエルの懸念に少し表情を曇らせる。今持っている拳銃は友人からもらったものであり、これを失うと言うのは手痛かった。
「取り戻せると思う?」
「それは相手の出方次第かと…」
ルシエルはそこで今の体の扱い方に少し試行を繰り返す。
「流石に物奪われて外にポイとかやだよ?」
「その場合、あなたは頭を撃ち抜かれている確率が高いんですが…」
もはや自分が撃たれることを前提に試行していたスフェーンにルシエルは軽く苦笑する。
「この場合、私の立ち位置は恐ろしく低いの」
「まあ人質ですからね」
二人は大して重要そうな雰囲気を出さずに話し合っており、今の状況把握を行なっていた。
「さて、そろそろ着きそうですから。戻りますよ」
「りょーかい」
スフェーンは頷くと、ルシエルも隣に寝そべって二人は瞼を閉じた。
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