ファウ・ドライに聳え立つマスドライバーは大災害以降、一度も稼働したことはない。
巨大な肋骨が天に向かって伸びているようにも見てるこの威容は、百年以上たった今でもその姿を残しており、まともな整備など遂に一度も行われてこなかった。
「…」
全体的に薄汚れ、巨大なレールには今までの雨風に晒されてきた汚れが溜まっている。
しかし、海にも近いこの場所で、長いこと潮風に当たっているにもかかわらずこのマスドライバーは錆一つ発生していない。
前の軌道エレベーターもそうだが、大災害以前の技術というものの恐ろしさを感じる。こうした巨大建造物はこの星の至る所に残されており、一部は復旧されて稼働している。
「それで?」
夜、スフェーンは渡された黒パンを頬張りながら反対で座るエレウィンを見る。
「私はいつになったら解放されるんです?」
「今日、軍警察と取引をする事になった」
「ほーん…」
そこでエレウィンは軍警察と交渉する事を話す。
無論、軍警察の組織というものを肌まで感じてきたスフェーンはすぐにその違和感に勘付く。
「(軍警がそう易々とテロ組織に屈するか?)」
いや無い、と反語してスフェーンはそれが軍警察の罠であるというのがすぐにわかる。だが疑問なのは、それを何度も彼らとやり合ったであろうテロ組織がそれに気づいているのかどうかということだ。
「(ってか、これに気づいていないの?)」
『気づいていない…彼女がここに来たと言うことは、DRAは軍事的行動を取らない可能性がありますね』
「(…本気で言ってる?)」
スフェーンはそこでやや困惑気味にルシエルに聞く。
部屋のジャミング装置は未だ起動したままで通信は相変わらずできないが、スフェーンはエレウィンの行動に首を傾げるばかりだった。
「(一体何をしたいのやら…)」
スフェーンはそこで部屋にいるエレウィンに首を傾げると、彼女はそこでスフェーンに持っていた装備諸々を返していく。
「交渉が決まったからね。返すわ」
「…」
そこで彼女は防弾チョッキや弾薬盒、拳銃入りのホルスターを返す。
あっさりと帰ってきた自分の装備品に、スフェーンはやや困惑気味にホルスターを見た後にエレウィンを見る。
「え?返すの?」
「ものは壊さない主義なの」
彼女はそう言うと、装備品を返されたスフェーンは拳銃を手に取った後にそのまま拳銃を抜いてエレウィンに銃口を向ける。
「さぁ、ちょっと御礼しようかな?」
拳銃を両手で握ってしっかりと銃口を向けるスフェーンにエレウィンは飄々とした顔で返す。
「弾がないのにどうやって脅すのよ」
彼女はそこでニヤッと笑う。スフェーンはまあそうだろうなと拳銃から感じる重量の変化に弾がない事を確認すると、そのまま拳銃をホルスターにしまう。
「ここを出るまでは弾入れないようにね?」
「…逆に出たら良いの?」
スフェーンはエレウィンの言葉が俄かに信用できなかったが、彼女はマジなんだと顔を見て理解する。…銃に弾入ってたら撃ち殺されるぞ。
「もう出るの?」
「ええ、なるべく静かにね」
すると彼女はスフェーンの頭に毛糸を編み込んだニット帽風に折ったバラクラバを被せる。赤・えんじ・白の三色の毛糸で編まれたバラクラバはDRAのメンバーの証だった。
「さて、行こうか」
「…大丈夫なの?」
何処となく、行き当たりばったり感のあるエレウィンの行動に彼女は言う。
被らされたバラクラバは目以外全部隠す銀行強盗のそれとほぼ変わらない奴で、DRAの構成員が防犯カメラのインプラントチップのスキャンを誤魔化すために厚手に作られていた。
「大丈夫よ」
そこでエレウィンはスフェーンの体に絨毯を巻き付ける。
「臭いね」
「昔から汚れているからね。体が汚れたらすまない」
小豆色に汚れて妙に鉄臭いその絨毯に、何があったかは容易に想像がつきながらおとなしく巻かれる。
「え?連れ出す?」
「顔は隠して絨毯で覆うってのが条件なの」
エレウィンはそう言うとスフェーンを蓑巻きにしてから俵担ぎすると、部屋を出る。そしていつも通りに部屋に鍵をする。
「うおっ、結構重いね」
「失礼な。絨毯と装備品の重さですよ」
エレウィンの失礼な発言にスフェーンは思わず反論すると、彼女は出るまで黙っておくようにと言い、部屋を後にする。
マスドライバーの下にある施設はDRAの拠点であるために、多くの構成員が出入りしていた。
「リーダー?」
その施設の外の駐車場で車に乗り込む直前、ある構成員がエレウィンに気が付いて声をかけてきた。
「今から何処に?」
「ああ、ちょっとコイツのクリーニングにな」
そこでスフェーン入り絨毯を車の荷台に放り込む。その衝撃で声が出そうになったがグッと堪えて耐える。
「それくらいなら俺がやりますよ?」
「いや、足がつかないクリーニング屋に出すしか無いし、第一、お前は顔が割れてるじゃ無いか」
「え?そうでしたっけ?」
頭にバラクラバをつけるその構成員は軽く首を傾げるも、エレウィンはそのまま車に乗り込んでエンジンをかける。
「そうさ、じゃ私はそろそろ出るぞ」
「分かりました。ああ、護衛の手配を…」
「いや、固まって動いたらバレる。それに、
「それはそうですが…」
構成員はエレウィンが一人で出る事に不安を覚えているようだった。だが彼女は彼に言う。
「頼む。後で部屋にある瓶でどうだ?」
「…仕方ありませんね。分かりましたよ」
特に珍しい自分たちのボスからのおねだりにその構成員は少し逡巡して頷くと、エレウィンはアクセルを踏んで走り出して行った。
走り出すステーションワゴンは軽く砂埃を上げると夜の街に消えていった。
新月の夜で尚且つマスドライバーの影に隠れ、通常の視界では見づらい場所を走る車内で、エレウィンは荷台の荷物に話しかける。
「どうだい、乗り心地は?」
「…もうちょっと優しくて臭いのマシな方法はなかったんですか?」
鼻が曲がりそうだ、と蓑巻きにされたスフェーンはそう言って文句をこぼす。
「はははっ、悪いね。だがバレずに抜け出せた」
エレウィンはそう言うと、そこでスフェーンは聞いた。
「…本当だったのね」
「…まあ、ね」
エレウィンは流石に気づいていたかと苦笑する。
彼女は軍警察と司法取引を行った。自首を行い、人質も返還する代わりに罪の減刑を、と言うものだ。
「君が窓に話しかけている時点で気づいていただろう?」
「マジでやると思って居ませんよ」
スフェーンはそこで呆れたため息を吐いて包まれた絨毯の中から這い出ようと動き回る。
「ちょっと待ってて」
そんな芋虫のように動く絨毯を見て、エレウィンはバックミラーを確認した後に車をマスドライバーの足元の海岸の一角に車を隠すと、そこで彼女は車の中で絨毯を縛って居た紐を切る。
「ブハァ…」
そこでスフェーンは一旦息を大きく吸って数回呼吸をして肺の空気と鼻の調子の確認を行う。
「あぁ〜、なんでこうも酷い目に合わなきゃならないんだろう…」
そこでバラクラバを一旦被り直すと、そこで彼女は持って居た弾薬盒から拳銃弾を
「急ごう。取引場所は海浜公園の森林地区だ」
エレウィンは車のライトを落とすとマスドライバーの下から離れる場所を進んでいく。
「どうして軍警に自首する気になったんです?」
そして海岸を車で走っていると、後ろからスフェーンが話しかけて来た。
純粋なその問いにエレウィンはマスドライバーを一瞥した後に一言、
「疲れたから」
「…」
エレウィンはそこで先ほど見たマスドライバーを窓の外に収める。
「私が生まれた時から、あのマスドライバーは動いたことがなかった…」
そこで彼女は汚れ切って動いていないマスドライバーを常に見上げていた頃を思い出す。
「いつも私の上を跨いでいたその景色、私はかつてそこから宇宙に向かう船が打ち上げられていた話を聞いた」
昔話を聞かされ、内心スフェーンは面倒な、と思っていたが顔には出さなかった。
「いつか、あのマスドライバーが動く事を願いながら私は二代目のDRAのリーダーになった」
初代である自分の父親は、徹底的な教育をエレウィンに施した。
組織の上に立つ者としての自覚と認識を刷り込んで行った。
ーー悪名高い企業と、生活を人質にこき使われる人々の解放を訴えた。
ーー衣食住を見返りに無惨にこき使われる人々の映像を見た。
ーー父や仲間たちは口を揃えて言う、『企業は悪である』と。
そして父がテロ行為中の戦闘で死に、自動的に率いる立場となって外を出た時、街の何処からでも見ることのできるマスドライバーの威容に憧れた。
ただ静かにその時を待ち、常に自分が見上げていた存在は威風堂々としていた。
「皮肉な話だ。企業を悪魔の手先と言っておきながら、私たちの使う武器は皆企業が生み出した製品だ」
「…まあ、本末転倒ですかね」
「思い通りの答えをどうも。…まあ私にとっての人生は、あのマスドライバーみたいなものだった」
長いこと放置され、誰もが知り得ながら何もしない。何もできない。
朽ちることなくただ汚されていくだけの存在。
「組織の長としては、私には器不足だった。今の組織は幹部クラスが指揮を取っている」
「だから、自分がいなくても機能すると?」
「そう言うことだ」
車を走らせ、エレウィンは頷く。そして皮肉げにスフェーンに言う。
「知っているか?DRAの今の収入源はファウ・ドライの外の企業からの出資だ。この都市は地元企業以外の参入ができない市場構造となっていて、その信用にヒビを入れるためにウチラみたいな組織が残っている」
「…狙いはマスドライバー?」
「ああ」
エレウィンは頷く。そしてつくづく後ろに座る少女が本当に見た目通りの年齢なのか疑いたくもなる。
運輸ギルドのデータや軍警察の動きから、彼らは年相応の少女として対応を行なっているのでまず間違い無いのだろうが…。まあ、これで別れる相手にそれほど深く聞く必要もなかろう。
「既に多くの都市でマスドライバーは国家の公共財として企業の参入ができなくなった。まあ、企業どもが好き勝手に使えるマスドライバーはここしか残っていないってことさ」
そこで彼女は車を止めると、海浜公園近くの植林された防砂林の役割を果たす深い森の広がる森林地区の側の道路に降りる。
「さて、着いたよ」
「うい」
スフェーンも頷くと車を降りた。
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