豪邸に招待され、カクテルドレスとアフタヌーンドレスの制作をする事となったスフェーンだが、その時に彼女は見てしまった。
サラが、ドレスの採寸で自分が面倒臭い顔をしているにも関わらず、愉悦に浸った満面の笑みを浮かべていたことを…!!
その時に気付いた。このドレスの仕立てもパーティーへの招待も、全て彼女の趣味と道楽と性癖が混ざった、ベンタブラックよりもドス黒い感情が滲み出ていると言うことを!
スフェーンは震えた。
彼女のその邪悪と愉悦に染まり切ったあの笑みは、確実に自分にドレスを着せたいと言う彼女のサディズムに染まった人間の目だった。
企業の娘以前に人間として性格が曲がり切って、逆に一周して曲がってねえな?と思わせるほどに彼女の性格は終わっていた。
友人として一言言わせてもらうと、彼女の夫になったら最後、死ぬまで尻に敷かれると思って良いだろう。もし彼女にお見合いがあって結婚したのなら、自分なら結婚式の際に弔文を送ろうかと思ってしまう。
「そんな恐ろしい人とパーティーに出なきゃならんのどうにかできない?」
部屋の片付けをしながらスフェーンはルシエルに聞いた。
『既に報酬としてドレス、並びに装飾品の費用が支払われています。現時点で仕事を拒否すると、後々恐ろしい事となるかと…』
パーティーに参加するために用意されるフルオーダードレスはスフェーンにそのままプレゼントされ、それが今回のサラからの報酬となっていた。
「…怖いわね」
スフェーンもここでサラから逃げ出すと、割とマジで追っかけられそうなのが否定できなかった。
私的交流の域を出ない状態だが、常に仕事漬けでストレスの溜まるサラにとってスフェーンとの交流は息抜きを兼ねていた。そして大企業の直系の人間でもあり、営業でもあるので情報網は広い。そう言うのからは絶対逃げられないと言うのは今までの経験が語っている。
「何で友人になったんかなぁ…」
スフェーンは友人を間違えたような気がしながらも革製のトランクケースに、宿泊に必要な荷物を入れていく。
使っているのはブランド物のトランクケース。大災害以前から存在していると言う会社で、頑丈な上に昔から設計が変わっていないことから壊れてもすぐに修理に出せるのが良い点だった。傭兵の時も気に入って同じ型のものを使っていた。
『カクテルドレスとアフタヌーンドレスの二着ですが…』
「色は分けてあるから多分大丈夫だと思うわよ」
スフェーンはそう言い、サラに言われて宇宙猫と化した後に見分けがつきやすいように前者を青、後者を緑を基調としたものにするように言っていた。
「しかし青ですか…」
ドレスの色を聞かれた時にふと、青と聞いてかつての相棒のことが脳裏をよぎった。青といえば彼の代名詞でもあるからだ。
『宜しいのでは?どのような色合いでもお似合いですよ?』
「まあね、サラが赤いドレス着るらしいから、同じ色よりは良いかもね」
スフェーンは少しパーティーの事を想像すると、イヤリングなどの身につける装飾品も丁寧にトランクに入れて鍵を掛ける。
個人的には着物の方が着付けは大変だが色々な場面で使えるので一着あったら便利かもなどと考えていた。
『どうせならイブニングドレスもたかればよろしかったのに』
「そんな恐ろしい事ことできるかいな」
ルシエルの提案にスフェーンは流石に突っ込んだ。二着も新品のドレスを、しかもフルオーダーのものをもらうのに三着目となると強請っているようにしか見えないので、スフェーンの精神が保たない。
『なら私が交渉を…』
「絶対にやめなさい?私の胃に穴が空くわよ」
因みにイブニングドレスで胸元を派手に見せるのは、それを見た男性が『俺は動物と違ってこんなもん見ても興奮しねぇぞ!』と言う意味合いが込められていると言う話がある。
よく映画祭とかファッション発表会とかで見かける珍妙奇天烈なドレスを見ると、作成者の脳みそを疑うのは自分だけだろうか?
「よし、掃除も終わったし…」
スフェーンはそこで片付けを終えた部屋を一望する。これから数日はいないので自動清掃機の電源も入れておく。
ガレージから既にバイクは運び出しているので、後はスフェーンが出るのを待つだけだ。
「うし、行きますか」
トランクを持ってスフェーンは列車を後にすると、鍵をかけて停まっていたバンに乗り込む。
「では出発いたします」
運転席で待っていたサラの使用人が言うと、後ろにバイクを乗せられたバンは貨物ターミナルから走り出していった。
その後、サラと参加するパーティーの為の準備は着々と進む。
招待状の名義はサラとは別で、スフェーンが強請られて出した本の出版社の社長の代理という、はっきり言ってパーティーでは注目されない人間として招かれる事となっていた。
「何でそんな回りくどい方法で招待状を書いてもらうのよ…」
スフェーンは呆れながらナイフとフォークを持って反対に座るサラを見る。
家の一番小さなダイニングで二人は話していた。スフェーンの背後にはメアリが立っており、スフェーンの食事の作法を見ていた。今の所、注意は入っていない。
「あら、その方が誰にも注目されないわ。それか、私の秘書として出る?」
「全力でお断りします」
背筋を伸ばし、丁寧に鮭のフランベを切り分けて口に運ぶスフェーン。
ソースと合わせて口の中に柔らかでクリーミーな甘さを感じさせる。
「じゃあ、その方向で行きましょう?既に何枚か招待状はあるわけだし」
「…せいぜい壁の花と化して逃げさせてもらいますよ」
スフェーンはそう言ってため息を吐く。そもそも派手に経歴詐称をしての出席であり、運び屋を生業にする小市民には場違いすぎる環境である。こんな状況では胃薬がいくらあっても足りない。
『より隠れるために光学迷彩を使うのはいかがですか?』
「(盗聴容疑で即刻逮捕よ。やるわけ無いでしょう)」
事前に予告されたパーティーなどの多くの重要人物が集う会場において、光学迷彩を使用した場合、使用者は盗聴の容疑がかけられる。
この都市の場合、軍警察ではなく国家警察がやってくる事となる。
「取り敢えず他の招待客の情報もあるけど、必要かしら?」
「…もらっておきます。誰かに話しかけられたら困るので」
そこでサラからテーブル越しにバインダーに挟まれた写真付きの名簿表を見る。なぜ主催者側しか持っていなさそうな名簿表があるのかは疑問だが、聞くと多分ドス黒い話を聞かざるを得なくなるので、餅は餅屋の理論で丸投げした。
「ほぉ、流石はここら辺の地主なだけあって豪華な人員です事で」
名簿には地元の企業の社長から始まり、市議会議員や教授、治安官や国軍将校の名前もあった。
「パーティー自体はよくある物だから、それほど気負う必要もないわよ」
「正直小市民にゃあキツイっすよ。こんな人選のパーティー」
招待客の中でも、最も有力とされているのがまず目の前のサラ。これは無論の話だ。何せこのパーティーの主催者の地主から直接、最初に渡されたのだから。
その時に地主に頼まれて数枚のパーティー券を渡されたと言う。
「何だ、所詮はパー券ですか」
「一応立食形式よ?会場は地主の本邸だし、それなりに人を呼ぶんだから」
サラはそこでグラスに入った白ワインを傾ける。
しかしパーティー券をばら撒いたと言うことは、それなりに見に来ただけのサクラも多いと言うこと。おかげでスフェーンも少しだけ気が楽になった。まあだから小市民にドレスを奢って放り込もうと思ったのだろうが。
「と言うより、ご機嫌伺いとはいえ良く行こうと思いましたね」
そこで招待客のデータを写真に記録したスフェーンは、バインダーを閉じて返す。
「まあね、土地所有者に機嫌を損ねられたら困るもの」
「…因みに土地を買ったら何をするつもりで?」
「一応、新しいショッピングモールの予定…まあ、そこは義兄様の方で丸投げよね」
サラはあくまでも会社拡大のための営業を行うのが専門であり、内部の整理を含めたその他諸々はご長男の仕事だから自分は知らないと言った。
「あと、パーティーに行く時に片目のカラコン、入れておいてね」
「わかってますよ」
スフェーンの虹色の右目は、誰から見ても義眼であると分かるので、他の人からすれば撮られているかもしれないと言う疑念を孕む事となり、心象が悪くなる。だから義眼をつける際は基本的に色を合わせる必要があった。
「まあパーティーまではまた時間があるし、ドレスとか届いたら諸々の準備を進めるわよ」
「えぇ、お嬢様にご指導賜りますとも」
スフェーンは少し微笑みを浮かべてデザートのリンゴのカラメル焼きの最後の一切れを口に運ぶ。
デザートナイフとフォークで一口大に切り分けられ、中でリンゴのシャキッとした食感が残りつつ、焦がしたカラメルの香りが駆け抜ける。
ほんのりとバニラビーンズからバニラの甘い香りもした。
「しかし、このデザートは良いわね。いつもこう言うのを食べているの?」
「いやいや、流石に今回は腕によりをかけたわよ。いつもこんな食事、王族でも無いんだから時間的に無理よ」
「なるほどね…」
夕食のフルコースを自宅で食べれるとは何と贅沢かと思ったが、流石にそう言った王侯貴族のような生活はできないらしい。
「でも言っておくわ。喜んでたって」
「ええ、正直家でこれが食べられるのが羨ましいわ」
スフェーンは食後の紅茶を片手に言うと、後ろで見ていたメアリが一言。
「流石、お話に聞いていただけございますね」
問題なし。普段の食事を摂っていても違和感がないほど、マナーはしっかりしていた。
「そりゃあ良かった。下手に怒られるかと思ってました」
「そのようなことはございません」
その内心、これほどの教育を受けたのなら、何処かの企業の子だったのでは?とも疑っていた。少なくとも十二年以上前の経歴が一切ない、と言って良いほど彼女の過去はそれより昔は空白期間がある。
その期間で、彼女は明らかにそう言う教育を受けた人間の仕草を取っており、少なくともメアリが口を出すほどの粗相はなかった。
「(何とも不思議な事で…)」
サラはクローン兵の生き残りか何かかと言っていたが、クローン兵特有の軍人らしさはどこにも無かった。故にメアリはスフェーンの育ちに疑問符が浮かんでいた。
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