「っ!だあぁ…!!」
会場を後にし、化粧室まで移動したスフェーンは、そこで今まで溜めていた息を思い切り吐き捨てる。
「つっっっかれたぁぁ…」
そこで彼女は深々呼吸になりそうなほど大きく何度も息をして今の感情を整える。
『お疲れ様です』
「他人事みたいに言いよって!」
ルシエルに思わずガッとなってスフェーンは鏡を睨みつける。
「今回、あまり人と話したくないのに…」
『速水洋二…画像検索とインプラントチップのスキャニングを行いましたが、彼は本名が別にいる人ですね』
ルシエルはそこで冷静にスフェーンに話しかけて来たあの青年の事をまとめる。
彼はインプラントチップを埋め込んでおり、そこで読み取った情報は別の名前の陽嘉永と記されていた。
「(態々私を探りにきたってことは…)」
『多分、招待状に細工が施されていたでしょうね』
すぐにスフェーンとルシエルは今までの戦場で磨いて来た人の気を消した上で、何度も目の前を通過した後に自分の顔を見て一直線に来ていたのを彼女はしっかりと見ていた。
「少し気を抜いていたわね」
『慣れていない可能性は?』
「こんな上流層がたっぷりいる会場よ?ボーイスカウトが来るわけないでしょう」
スフェーンはそう言い、ルシエルに速水が主催者側の人間である事を察していた。
しかしまさか相手もインプラントチップをスキャニングできるシステムを持った人間が目の前にいるとは思わないだろう。
『少なくとも、アンデルセン側の人間であると相手からは思われたでしょうね』
「私、ただ遊ばれて来ているだけなのに…」
むしろ被害者側であるとスフェーンは思っていると、そこでルシエルがスフェーンと体を取り替える。
「なら、彼に直接言いますか?」
『自分はサラのお友達で、お遊びで来ただけですって?』
無理に決まってんだろ、と言う意味合いを込めてスフェーンは鏡に映る左目が虹色に変わったルシエルの体を見る。
『むしろそんなこと言ったら、そんなに近い存在なのかって色々と変な探られ方するに決まってんじゃん。やだよ?変に企業に目をつけられるの』
スフェーンはそう言うと、ルシエルは新しいカラーコンタクトを取り出して左目に被せる。
現在、左目にも灰色のカラーコンタクトをつけているルシエルだが、流石にあの空気感で義眼と勘違いされる虹色の瞳を持ったまま戻ることは憚られた。
現在の流行は自然主義的思想であり、いわゆる『人間らしい』が求められる文化だ。人は生まれながらの姿のまま生きることがステータスであり、老衰で死んでいく。それが最も美しい生き方とされている。
だから体の一部をサイボーグ化させることは自然主義から外れる事であり、サラのように金持ちで両腕をサイボーグ化している事は珍しかった。
自然主義は今のパシリコから始まった思想であり、人は全て自然の枠組みの中で生きる事が重要であると言う話だが、貧乏人や一般人からすれば『なんでそんな不便な事をしなきゃならねぇんだ』と言う事で自然主義の考えは知られてはいるものの浸透はまだしていない。
基本的に一四〇年の壁があるにしても、その時まで生身の肉体で生きる事は金がかかる。サイボーグが一般的となった今の時代では、生身の肉体というのは維持に金がかかってしまうのだ。
「企業から目をつけられるから分かりませんが、何れにせよなるべく早めに撤収をした方が良いかもしれませんね」
カラーコンタクトを付け、数回瞬きをしてからずれていないかの確認を終えると、ルシエルはパーティーバックを持って化粧室を後にする。
『流石に疲れた…』
「(あと残っているのはデザートですし、なんならバルコニーに出て休憩すればよろしいでしょう)」
時間的にまだ帰る雰囲気ではない。おまけにパーティー自体は夜中もやる予定であるので、まだ帰るには早かった。正直、スフェーンとしては全てのケータリング料理を食べ終えた後にさっさと車を回してもらって帰りたかった。
「(と言うより、サラさんが絶対に自分より早く帰らせるとでも?)」
『そんなまさか…だとしたらマジでラストに帰ることになるって』
スフェーンは軽く戦慄したが、サラならやりかねんと否定できないのがおそろしかった。車の番号は知っているのですぐにでも呼び出せるが、多分呼べないんだろうなぁー、と思っていた。
「まあ、しばらくはケータリング料理で逃げましょう」
『今度あの速水とかに話しかけられたら?』
「のらりくらりとかわすしかないでしょう」
ルシエルはスフェーンにそう返すと、再びパーティー会場に戻る。
流石に武器類はこの場所に持ち込んでおらず、今のルシエルは丸腰である。だが会場には等間隔で護衛の姿があり、襲撃に対応できるように屋敷はオートマトンや完全武装したPMC兵士が並んでいる。
なのでルシエルも安心して会場を歩く事ができた。
「デザートは…」
なるべく変なのに捕まらないようにルシエルは気配をまた消しながら料理を探っていると、
「おっと」
手を伸ばした時、別の人の手が出て来て思わず引っ込めた。
「失礼」
その声はよく知った声で、ルシエルはそこで声を上げる。無論わざとである。
「あっ」
「おぉ、これはどうも」
そこでは軽く驚いた様子で話しかけてくる速水の姿があった。
彼は一旦会場を後にしたスフェーンの事を戻ってくるまで考えており、そして会場に戻ってきたスフェーンを見つけると、偶然を装って接触を果たした。
「またお会いしましたね」
「ええ、こんな偶然があるなんて」
ルシエルはそんな速水に少し警戒しつつも、表に出す事はなく和かに返す。
「どうです?この後バルコニーに出るなど…」
「申し訳ありません。まだデザートを取っていないので…」
「あぁ、これは失礼」
速水もルシエルの反応を見て察する。
「(あぁこれ、普通に男性としてうざがられているやつだ…)」
速水はそこでルシエルの隠された感情を感じ取って少し心がやられる。
下手な拒絶よりも心に来るものがあり、速水の調子が少し下がった。
「ですが、ここの屋敷から見える都市の景色は美しいと評判だそうで。いかがです?」
「なるほど…」
速水に提案され、ルシエルは小さく頷く。
「(…?)」
その仕草や言い方に速水は少し違和感を感じたが、さっきとは違って余人の目があるからかと納得する。
そして同時に、このパーティー会場の場所でも言い方を変える几帳面な性格かと推測する。
「良いですわね。この分を取ったら行ってみますわ」
「どうせならご案内致しましょうか?場所は知っていますので」
速水が提案するとルシエルは言う。
「ええ、ではご案内いただけますか?」
「もちろんです」
まさか乗るとは思っていなかったが、速水はスフェーンを案内する。
このパーティー会場は山間に造られた屋敷にあり、それ故にバルコニーからは視界一面に煌びやかな都市の夜景を眺めることができた。
「おぉ〜…」
その夜景はスフェーンをして思わず声に出してしまうほど美しかった。
「ハイパービルディングが無い分、綺麗に見えますね」
「おっ、よく分かってますね」
スフェーンの指摘に速水も反応して頷く。
ハイパービルディングは高度一〇〇〇メートルを超える建物であり、それ故に容易に都市部に一つあるだけでその威容が見ることが可能となる。
ただ、パイパービルディングの大半はそのビルの中だけで都市に存在する多くの企業のテナントが入るため、無数に乱立する事は少ない。故に中規模都市では景観が損なわれる場合があった。
「この都市を作った実業家…まあこの屋敷の主人の先祖が、この街のハイパービルディングの建造を禁止した結果だそうで」
「なるほど…」
そこでルシエルも景観が良い都市を見て納得した様子を見せた。
「貴方がオススメした理由がわかりますねこれは」
ルシエルは片手に蜜柑のタルトを食べながら言う。
甘い蜜柑の皮を煮込んで作られたジャムに敷き詰められた蜜柑の果肉が混ざり、噛むたびに蜜柑の果肉が弾けて果汁が溢れてくる。
「でしょう?私もさっき見た時に同じ事を思いましてね」
速水はそう言い、ルシエルと共にこの夜景を見る。
何せ目の前に立つ人物は
少なくともこの世界において、サラ・アンデルセンの渾名は『妖狐』と呼ばれている。彼女とその義兄が率いるアンデルセン・グループは南北戦争を逆手に取った方法で急激な拡大を行っており、その勢いは雨後の筍のようであった。
そして買収された企業は軒並み、その後の業績を上げていることから尚の事質が悪かった。
無論、これも企業経営の才能があった長男と、買収による活路と効率的な利益回収を可能と判断し、よく回るサラの舌と買収取付の腕前によるものだが、その急激な拡大は長男から『止まれ!』と言われるほど拡大していた。
彼女の節々の行動が全て何か考えているのではないかと考えてしまう買収される側は、彼女の動きに注視していた。
そしてその噂の中心であるサラは、パーティー会場での挨拶と主催者との軽い談笑を終えて執事のメアリが控えている部屋に戻った。
「ふぅ…」
部屋に用意された席座り、そこで彼女は改めてため息を吐く。
「お疲れ様です」
メアリは軽く一仕事を終えたサラを労うと、そこで彼女は言う。
「如何だったかしら?」
「大変素晴らしいお姿だったかと」
メアリはそこでもっていた機器の電源を入れる。対盗聴用機材を起動し、この会話を聴いている人達は予め録音された会話を聴いていた。
「ただスフェーン様に三名ほど、視線が集まっておりました」
「…やっぱりか」
サラは当たり前か、と買収先や買収を持ちかけようとした組織の動向にため息を吐く。
「ご苦労なことね」
「ですがサラお嬢様、それは最早必要経費かと…」
メアリはサラに言うと、彼女は相変わらず本音をズバズバと言ってくれるありがたい秘書に言う。
「でもちょっとスフェーンには迷惑をかけちゃったわね…」
スフェーンを釣り餌を使ったことに彼女は言うと、メアリが聞く。
「何か贈るのですか?」
「勿論♪」
その時のサラはどの時よりも一番良い笑みを浮かべていた。
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