パーティー会場でルシエルは、話しかけてきた青年の速水とバルコニーで街の景色を見下ろしていた。
「しかし、これほど美しいと、ここまできた甲斐がありましたわ」
ルシエルが最初にその景色を見てから速水に聞く。
「ええ、私も代われてよかったと思えますね」
ルシエルはそこで顔も知らない出版社の事を思い出す。少なくともサラの娯楽の一つと化したもので、原本は日記形式だが何故か物語風に改変されている。向こうの編集者が勝手に書き直しているのかななどと考えながらスフェーンも入ってくる印税に頬を緩めていた。
「まぁ、所詮私はオマケみたいな人間ですから。むしろ社長がお呼ばれされた理由もわかりませんし」
「そうですか…」
企業の規模からすれば明らかに小さい部署で、尚且つただの小さな出版社。速水はルシエルの言葉特徴から色々と推察をする。
「(今のは本心?声の凹凸が少ないな…)」
オマケの部分は本当なのだろう。では代理の社長が本命なのか?速水はルシエルの言葉を振り返る。
何せ依頼主の重要な商談相手であり、土地を売る以上相手がどのように出てくるのか慎重に動く必要がある。また、土地を売った後にどのような使い方をするのかが依頼主は気になっていた。
「(…分からない。まだ彼女の報告も上がっていないし…)」
速水はそこで目の前のスフェーンと言った女性についての情報が来ない事に焦ったく思った。
「(…仕方ない)」
速水はそこでスフェーンに話題を持ち出す。
「如何でしょうか?最近、貴女の会社の業績。随分と上がっていると噂でお聞きしたのですが…」
速水はそこでスフェーンの反応を伺う。既に彼女のいる出版社の情報は上がっており、業績は可もなく不可もなく…どちらかと言うと赤字ギリギリである事を知っていた。
「そんな事ありませんわ」
本来の事とは反対の事を聞き、苛烈に反論させてさらに情報を聞く。
こう言う場面での話の常套手段であった。そして速水の話にルシエルは反応をしめした。この時点で第一関門を突破した。
「まあ何せ扱っている本の数が少なすぎて…業績はあまり良くなくて…」
ルシエルはすぐにその手の話術を心得ており、相手に
「まあ特に私の場合、色々な場所に出なければならなくて…」
苦労していると言い、素人であると同時に自分はサラと関係ないんです。と言うのを訴えていた。…そもそもサラの友人ってだけだし。
「(素人感を出してる?)」
話を聞いていた速水は困惑していた。
話しているスフェーンは自分の会社の事を話すが、詳しくは話さない。業績が悪いとだけ言っており、その詳しい理由などは言わない。
しかし本当に役職がお飾りの可能性も否めない。天下りでついたポストなら、会社の事を知らなくても仕方のない話だった。
「(…分からん)」
あまりにもスフェーンに関する情報が少ないのが欠点だった。
なにせサラ・アンデルセンがパーティー券を渡した相手がいるのが分かったのが、彼女が会場に入った瞬間。そこから身元照会や人物推定などを行うとなると、少なくともこの短時間ではできない。ましてや大陸の遥か向こう、ほぼ星の反対側の人間なら尚更分かるのに時間がかかった。
「(だが、警戒しないわけにはいかんな…)」
少なくとも彼女とサラの関係が如何であれ、サラが今後何をするのかを探る必要があった。下っ端副社長という肩書きを鵜呑みにはしないが、サラとの関係も聞いておきたい。
呼ばれた理由は分かっていないと言うのは多分嘘だ。何かしらの事情があるのだろうが、それを知るには情報が足りない。
そして土地売買に関してだが、これはおそらく関係が無い。それは今までの話と、その時の彼女の反応。自ら土地の話を一切振らないことから推察できた。
「(しかしな…)」
速水はそこでスフェーンを見ると、彼女は変わらない表情でデザートのテリーヌショコラを切って一口。
幸せそうにその味を堪能する姿を見ていると、サラとの関係も少し疑問に思い始める。
『よしっ!よしっ!そうだ!そうだよ!』
そんな速水の心情を見てスフェーンは叫ぶ。
『私関係ないんだから!あの悪顔お嬢様に誘われただけの小市民何だから!!』
直後、サラのくしゃみが聞こえた気がしたがきっと気のせいだ。
「(スフェーン、流石にそれは言い過ぎでは?)」
ルシエルはそこで速水の心を読んでだんだんとヒートアップしてくるスフェーンに水を差す。
『なんで私がこんなに注目されなあかんねん!ふざけんなー!!』
そもそも論、スフェーンはサラに呼ばれてこの会場に訪れていた。無論、パーティーに似合う服装を纏っての参上だ。
カクテルドレスを纏い、ネックレスやイヤリングなどの装飾品もつける。
だがスフェーンの目的はパーティーに参加すること。既に目的は果たされ、彼女は後は時間まで悠々自適にケータリングを楽しむだけで終わりたかった。
しかし悲しいかな、サラ・アンデルセンと言う大物に招待されたと言う事実は、事業をされる側の人間から『一体どんな人間だ?』と興味を持たれるには十分な理由であった。
『アイツ……あとで一回ビンタしていいかな?』
「(仮にも相手VIPですよ?ビンタなんてできたらスクープものですよ)」
ルシエルはそんなスフェーンの思いつきに反論をすると、表情に果たさずに水面下での戦争は佳境に達しつつあった。
「報告は?」
その時、このパーティーの主催者である垂水はパーティーの小休憩と言って事実で部下と共に報告を待っていた。
「まだ何も…」
「…」
しかし一向に上がってこない方向に彼は内心焦りを感じていた。
「サラ・アンデルセンが招致した人間だ。何か、重要なポストに付いているのではないのか?」
目下、話題の人間として現在パーティー会場にいるスフェーン・シュエットという女性について、彼はその詳細を知りたがっていた。
「現在、全力で調査を行わせていますが、彼女はアンデルセン・グループの下位会社に当たる出版社の副社長との事」
「そして本来招致されたのはその社長であり、彼女は代理であると…」
そんな部下からの報告に垂水は言う。
「それはないだろう。あの『妖狐』のことだ、何か重要なポストにいるのではないのか?」
会社の監査を行う部門の人間なのか、あるいはサラが派遣した実地調査を行う責任者か。何れにせよ、垂水としては無視をしないわけにはいかない人間であった。
「しかし、映像によりますと彼女は本当にただ呼ばれただけの人間では?」
「それも考えてはいる。…だが」
垂水には懸念があった。
サラ・アンデルセンが購入を打診してきた土地、都市中心部にほど近く、かつてはエーテル備蓄施設が存在し、今は空き地となった場所。
手付金を払い、アンデルセン・グループが押さえていた場所であったが、垂水としては古くからの知り合いである地元企業に売りたいと考えていた。
故にあの土地がアンデルセン・グループのものとなる前に、土地価格の下落と、それによるアンデルセン・グループの撤退を促そうとしていた。
「如何されますか?」
そんな部下からの質問に、垂水は言う。
「監視を続行しろ。彼女がどのような人物であれ、警戒するに越したことはない」
垂水はそこでサラがパーティー券で招致した女性に疑念を持ち続けたままじっと、速水のネクタイピンに取り付けたカメラ映像を見ていた。
「なーんて、疑心暗鬼になってくれているかしら?」
サラはニヤリと笑って隣に座るメアリを見る。
「監査を続行しておりますが、垂水氏の方で活発な動きが確認されています」
「…なるほど」
サラは長い付き合いのあるメアリと、その会話だけで察することができた。
ーー垂水は、土地を売る気がない。
その確証が持てただけでも儲け物であった。
何せ土地代だけで既に莫大な資金が用意されている。その後の建設計画のことを考えると、スフェーンにドレスや装飾品を奢るだけで計画がご破算になるか如何かが分かったのなら、大儲けと言っても差し支えのない利益だった。
「スフェーンの正体を探ろうと向こうが動いたのなら、彼らはスフェーンがうちのグループの実地調査を受けた人間か、あるいは監査を行うための人員だと思ったということ」
土地を売る気があるのなら、彼女に接近する必要はない。なぜなら土地購入者であるサラに近づいて値段交渉を裏でするか、スフェーンの動作を遠巻きから監視して、それで終わる。お膳立てをしようにも彼女は下っ端会社の副社長。おだてて気分を良くさせる大義名分が売る側には無い。
「でも売る気がないのなら、」
「彼女に接近し、自分たちが売らない可能性があると向こうが察知したと思わせる」
「そう言うこと」
サラはメアリの回答に満足げに笑みを見せる。
「向こうはパーティー券に仕込んだ細工によって、スフェーン・シュエットと言う招待客が一体どのような人物なのか、知りたがる」
「それで、自分たちに向ける調査のリソースも割く…と言うわけですか」
「実際、向こうはスフェーンの正体を暴こうと躍起になっているでしょう」
しかしスフェーンはただの運び屋、本来であればこう言った場所に呼ばれることはない人間だ。
既にパーティー券に仕込まれた細工は、サラの百戦錬磨で鍛え上げられた勘によって見破られていた。故に、サラは相手側が土地を売るつもりがない可能性があると推察。同時にそれを逆手に取った計画を立案した。
「運び屋なんて世の中に山のように存在しているわ。だけど向こうは既に、スフェーンを出版社の副社長だなんて思っていない」
そして向こう側がスフェーンに接触をした段階で、すでにサラの仕事は終わっていた。スフェーンがあそこまで気配を殺せるとは思っていなかったが、逆にそれがサラをより核心へと導いていた。
「とても素晴らしい友人を持ったわ」
満足げに軽く吐息するサラにメアリが聞いてくる。
「しかし、なぜ彼女を?」
メアリはそこでスフェーンをわざわざ呼んで会場に招待した理由を聞いた。すると彼女はメアリを見た。
「決まってるじゃない」
サラは清々しい表情で言い放つ。
「面倒くさがりならも、表では嫌な顔を一つせず仕事をこなす。その二律背反に苦労するスフェーンの顔が見たいからよ」
その堂々とした、あまりにも濁り、歪み切った彼女の性格がモロに出た返答に、メアリはため息を漏らさざるを得なかった。
「…あとで蹴られますよ?」
「ビンタかもしれないわね」
サラはケラケラと笑うと、席を立つ。
「まあ会場に戻った時、スフェーンが真っ先に睨んできたら、向こうもわかってくれた証拠ね」
サラは期待したまま部屋を出て会場に戻ると、ただならぬ殺気を感じてサラは満面の笑みで返していた。
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