アルカトレア島刑務所の名前の由来となっているアルカトレア島とは、この収容所の海上施設と唯一接続している島の名前であり、島の大きさはヘリポートと駐屯地が置かれているだけの小さな島であった。
もともとトラオムと言う星は、かつて銀河の果てまで制覇したと言う星間国家がテラフォーミングによる惑星環境改造によりすべてが人工的に作られた自然である。そのため今あるこの海も、かつて星外から持ち込まれたものである。
元々、鉱物資源やエーテル以外のものが手に入らなかったトラオムではこうした大規模なテラフォーミングによる環境改善が強く求められていたと言う。
現在アルカトレア島刑務所で行われている異能に関する実験。そこでは囚人に対する異能者の実験もあれば、囚人を使った実験を含まれている。
「はい、少し痛みますよ〜…」
片手にエーテルの満たされた注射器を持つ看護師が、ベッドに括り付けられている死刑囚を相手に腕にエーテルを注入していく。
「うあぁ…!?」
その時の痛みはインフルエンザの予防接種を受けた時のような、入れる時に痛いアレである。思わず慣れない痛みに、その死刑囚は死刑執行回避のために実験台となったが、これが毎日続くのかと想像をすると少し考えてしまう。
彼の体内の動脈に沿ってエーテルが打ち込まれ、同じように契約をした別の死刑囚は静脈にエーテルが打ち込まれる。
同様の臨床は活性化エーテルでも行われ、それぞれ動脈と静脈に活性化エーテルが打ち込まれる。これで非感染者から感染者へとなる過程の観察やその基準を研究していた。
エーテル空間濃度がほぼゼロに近いこの収容所内では、異能を使うことは不可能である。
現在分かっている異能を使用する上で必要となるのは、自分がエーテル病に罹患していること、エーテルの空間濃度がある程度必要となること。これ以外は何も分かっていなかった。
その為、急激に増加する野盗の異能攻撃に対し、軍警察は同様の異能者で構成された部隊を投じて対応に当たっていた。
「異能をまともに使える人間は、主にエーテル肺炎に罹患している人間だ」
地下の実験室の、列車に積載されたコンテナの一つでジョンは言う。
「エーテル過敏症は患者に急速な衰弱をもたらす。その為、エーテル過敏症患者を戦力化することは既に断念されている」
そう言うジョンも異能者であり、血液検査から感染者認定と異能者認定を受けている。彼は掌から炎を生み出せる異能が使えた。
「なるほど…」
そして彼に連れてこられて同じコンテナでパイプ椅子に座るスフェーンは、今年から軍警察の軍隊行動教練指導要綱に記されている異能に関する注意点を読む。
「まさしく、血塗られた説明書ね」
「否定はしない。そこに記された実験の多くは、多くの犠牲の上で成り立っている」
ジョンはそこでスフェーンの言葉に軽く頷いてその指導要綱を見る。
今までの歴史が言うように、人が危険と判断して注意する事は、確実に過去にその事故が原因で大きな犠牲が伴っている。そしてそう言った事故を教訓に説明書や取り扱いに関する安全は成り立っている。
例えばフグの肝にある毒、例えばうなぎの血、例えばムール貝の食べ方。
そう言う、特に食に関する注意がある奴はそれで必ず死亡事故が起きていると言う事。
そうした先人の犠牲によってのちの人々は安全な食べ方、安心できる使い方を学んでいくのだ。
「死刑囚?」
「それもあるが、多くは戦時中の異能者の死亡事故だ」
「なるほど」
今現在はジョンの担当を担い、代わりにネクィラムの担当をユウナに
「既に軍警察では異能者を中隊規模で編成を行い、予備役となっていた感染者を急遽召集している」
「へぇ」
途端にへぇボタンが欲しくなったが、スフェーンはそこで今の軍警察が必要としている人材を想定する。
するとジョンはそこで話題を切り替える。
「私は現在、エーテルそのものの研究以上に気になっている事がある」
「…とは?」
いきなりどうした?と首を傾げながらスフェーンはジョンの話を聞く。
「今、ネクィラム所長の研究している内容は『エーテルの科学的制御』だ」
「はぁ…?」
そもそも研究所でもガヤの人間であるスフェーンにとってはなんのこっちゃと思う話だが。
「確かに所長はエーテル空間濃度検知器や耐エーテル植物などを開発して非常に高い評価を得ている」
「えぇ、まあ…」
特に後者に関しては、植林の革命児とされて世界中で同様の植物が植えられている。前者に関しても、元々製造権を購入した会社からの特許料で本人は研究費に莫大な予算を投じれていた。
「だが、それらは基本『科学的根拠からエーテルの完全制御』を目的に行われている。所長の考え方はあくまでも『科学はエーテルを超える』と言う考え方だ」
「はぁ…」
気の抜けた声でスフェーンは脳の処理を進めていると、ジョンはやや呆れた目で見る。
「…興味が無さそうだな?」
「え?ああいや、そんな事はありませんとも?」
指摘され、スフェーンは少々理解が追いついていないままだが、ジョンに話を進めた。そんなスフェーンに少し眉を顰めながらも、彼は話し続ける。
「…まあ、よかろう。所長はエーテルは人間の持つ科学力で全てを知る事ができると思っているようだが、私はそう思っていない」
「…ほぉ?」
その話にスフェーンは少し前のめりになって気になった。
かつてエーテル・ボンバを作り上げた彼の頭脳は、エーテルを全て理解できないと言った。
新型エーテル機関の開発で軍警察から勲章と、独自の研究室まで与えられた彼が、自分の今所属する研究所の所長の考えを否定したのだ。それで気にならないわけがない。
「逆張り?」
「そうとも言える」
ジョンはスフェーンの意見に頷きつつ、持論をスフェーンに言う。
「君がどう思っているのかは定かではないが、所長は降り注ぐエーテルが自らの視界と反応して世界を見ている」
「ええ…」
小さく頷き、スフェーンはあのエーテルの神秘に取り憑かれたと自他共に認めている変態の顔が過って思わず身震いする。
「だか所長は感染者ではない。不思議なことにな」
「ええ…」
そんな特殊すぎる例を前にスフェーンは再度頷く。
そう、そのような明らかに異常な事でありながら、ネクィラムは感染者ではない。血液検査や呼吸検査でもそれは判明している。
「そこで私は思った。では所長の視界を補助しているのは果たしてエーテルなのか?と」
「…どうして?彼の目は降り注いでくるエーテルを観測しているはずよ?」
スフェーンは軽く反論をすると、ジョンは待っていたと言わんばかりに頷く。
「そうだ。所長の目はこの世界を覆っているエーテルの殻を眩しいほどに観測している」
ジョンはそこでスフェーンにタブレットを渡す。
軍警察の研究機関が利用する研究結果などを安全に保管できるセキュリティを有する専用タブレットだ。
「私は、その光はエーテル光そのものではないのではないかと仮定している」
エーテルはそれ自体が淡く発光している物質。なのでエーテル鉱脈は洞窟の中でも淡い光を放っていた。あの洞窟での景色がまさしくエーテル光の明かりであった。
「…とすると?」
「私はその現象を詳しく知らない為に、あくまでも予測の話だ。それを前提に私の話を聞いてくれ」
ジョンはあらかじめ断りを入れてからスフェーンに自説を説明する。
「私は『エーテルは科学を超えた存在』であると考えている」
「その根拠は?」
「異能の存在だ」
キッパリと彼は言った後に研究室の実験中のエーテル濃度の高い空間で飼育されている実験用マウスを入れたケージを見る。
「はっきり言って、この異能は今の我々の科学力ではその詳しいメカニズムを解析できていない」
「え?発動条件とが分かっているのに?」
「ああ」
スフェーンにジョンは頷く。
「異能の存在が本格的に確認されたのは南北戦争前だが、それに似た兆候自体は暗暦から確認されている」
ジョンが言うと、スフェーンは脳裏にかつて自分が手解きをした心を読める少年の事が過ぎる。
「今、軍警察の中でもその代表例に上がっているのは桜花武士団の団長だ」
「サクラ・ハマダ?」
スフェーンが言うと、ジョンはすぐにその名前が出てきた事に軽く驚く。
「何だ、知っているのか?」
「ええ、彼女の占いはよく当たると聞いてますからね」
スフェーンはそう言うが、そもそもな話、彼女とは傭兵時代に何度も組んだり敵対しているのだ。知らないはずがない。
彼女とは何度もあっているが為に彼女の占いの話もよく知っている。そして今なら分かる。あの占いの命中精度の高さは確実に異能のそれだ。
よ う か い のせいなのねそうなのね?程ではないが、彼女の占いはよく当たるので、かつては企業の依頼が良くあったものだ。そこで企業から金を巻き上げてボロ儲けをしていたはずだ。…今でもその生活リズムなのだろうか?
「ああ…で、是非ともその予知能力を買って助力を依頼したのだが…」
「見事に断られたと」
「ああ」
ジョンはそこで軽くため息を吐く。断られたことが結構響いているらしい。
「まあ…彼女の異能と思われる予知の力の解明ができれば最高だったのだが…」
そこで彼は実験用マウスの生存を確認した後、そのうちの一つのケージを手に持つ。
「この際仕方ない」
彼はあっさりと諦めの様子を見せると、そのケージをテーブルに置く。
「で、エーテルのついてだが、臨界エーテルに関する論文を書いたことで私は総スカンを食らったわけだ」
「あ、あれ書いたのジョンだったのね」
スフェーンはそこで学会で一時騒然となった臨界エーテルに関するあの論文を思い出す。
当時、臨界エーテルについてほぼ分かっていないことばかりであったために十分な安全確認が取れていないのにそんなことを言うのかと批判が上がっていたのだ。
「一応計算上での結論だったのだがな…」
ジョンも活性化エーテルによって得られるエーテルのエネルギー量を計算しての行為だったと言ってほろ苦く笑った。
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