ーー科学はエーテルを超える。
ーーエーテルは科学では制御できない。
同じ研究所にいる研究者でもこの二つの考え方が存在しており、しかもその理論を立てているのはその研究所の所長と副所長。
ただ副所長はもう一人おり、ジョンは半ばお飾りの副所長である。
「逆に科学力で制御できない場合って大問題じゃないの?」
スフェーンはジョンに質問をする。
そもそも大災害が起こった原因は、エーテルの異常活性によるものと言うのが今の通説だ。
星系を巻き込んだ戦争によるエーテルの無秩序な採掘、活性化エーテルの流出、E兵器の乱用、多くの事象が重なり合って起こった災害。それが大災害たる所以である。
一部では戦争によって引き起こされたことから人災であるという主張もあり、一概に否定はできない。
「無論だ。二度目の大災害の引き金を引く事は、私だって御免被る」
ジョンは頷き、現在のトラオムの地質状況をまとめた資料を思い出す。
大災害以降、星全体の地盤がエーテルによって不安定になっており、地下トンネルに関してはほぼ安全な場所がないという欠点がある。
この星に地下鉄空間を掘ると、いきなり地盤を突き抜けてエーテルが噴出する可能性が拭えなくなった。
「特に一部では死にかけの星とさえ呼ばれるような状態だ。下手にエーテルを刺激する行為は、星の死期を早める事になる」
大災害で星全体がエーテルの殻に覆われたトラオム。今でも昼夜問わないエーテルのオーロラが空を覆っており、地上に満遍なくエーテルの雨を降らせている。
「超新星爆発?」
「そうなったら私も君もまとめてパァだろうな」
ジョンはフッと少し笑ってマウスのケージを観察する。
「まあ、私の持論であるエーテルは科学を超えた存在である考え方だが、大災害以前の技術があったなら、それも解決できたのだろう」
「ほぉ…」
スフェーンもジョンの手伝いでケージに記録された情報を写して資料の整理を行う。
「大災害以前の人類の科学力は叡智を極めていたと言われている」
「ええ…」
スフェーンはよく言われている話に頷く。今でもこのトラオムの世界にはそう言った、所謂旧暦と呼ばれる時代に作られた遺構は数多く残されている。
「その技術力は銀河を制覇し、星を創るまでに至ったとされている」
ジョンの言葉にスフェーンの脳裏にはこのトラオムの周りを回る
かつて、人類の故郷では日食や月食は不吉の象徴として扱われていたそうだが、このトラオムでは星の近くの周回軌道を二つの宇宙要塞が真反対に回っているおかげでそんな事はしょっちゅうである。なんならそれら二つは遠い太陽の光を反射して本当に月の役割を果たしている。
「ああ、宇宙に浮かんでいる宇宙要塞もそうだが、
「…へぇ」
岩石を押し固め、巨大な惑星を創る。テラフォーミング何かが子供騙しのように思えるほど優れた科学力だとスフェーンは思った。
「エーテルは、もはやそれ程の科学力がないと全てを知る事はできないのだろう」
「飛んだオーパーツね」
「全く同意するよ」
ジョンもそこでスフェーンに軽く頷くと、彼は続ける。
「故に、今の我々にできる事はエーテルの能力を活かした既存技術の応用のみという事だ。幸い、今のエーテルは我々の手の中にまだ収まっている」
ジョンはそこですでにエーテル病に感染しているマウスに触れる。
「噛まれないでよ?」
「そんなヘマはしないさ」
基本的に鼠と呼ばれる生き物は伝染病を媒介する厄介な生き物である。
かつて、ヨーロッパの人口を三分の一まで減らした黒死病が有名な話だ。
「まあ、このマウスもエーテル病に罹患させた。直に死ぬ事となる」
「動物愛護団体が顔を真っ赤っかにしそうね」
「愛誤団体の間違いだろう。彼らはいつも我々に非難を言ってくる」
まるで気にしていない様子で彼は実験用マウスを再びケージに入れる。
自分がエーテル病に罹っているかどうかも知らないであろうその小動物は鼻をヒクヒクさせてケージを歩き回る。
「今の所、エーテル肺炎だが衰弱は確認されていない。心拍数、血圧ともに正常だ」
「了解」
スフェーンは言われたことを記す簡単な記録係を任ぜられ、ジョンの言う通りに記録を残していく。
「エーテルはこのように生物の命を蝕む病と、発展していく社会を与えた」
「光あるところに影ありって?」
「ふっ、そう言うことだな…」
ジョンはスフェーンに頷いてからケージを元の場所に戻す。
「今やエーテルは生活必需品の一つとなって久しい。そのエーテルに秘めた力があるのなら、私はその力を使って人の可能性を見てみたいのだよ」
「…何をするの?」
ジョンのその、ネクィラムとはまた違う狂気を孕む目を前に軽くため息をついて聞くと、彼はうむと小さく相槌を打った後にスフェーンに話の続きをした。
「まあ、彼奴はそもそもから私と考え方は違う」
ユウナは今、同じ研究室の席に座るネクィラムと反対に立っており、ユウナは彼に言う。
「でしょうね」
ユウナも何を今更と言った様子でネクィラムに言う。
少なくともエーテルの見方が二人は全くと言っていいほど違う。
ネクィラムはエーテルの全てを支配できる能力があると信じており、ジョンはエーテルの支配は今の自分たちは不可能であり、未知の能力や使った新たな可能性を模索すべき。と言う考え方でエーテルと接している。
「寧ろよく今まで喧嘩をしなかったなと、軽く博士に感心していますよ」
「何だ、同じエーテルの本質を明かそうと努力した仲だ。そうそう派手なケンカはせん」
「…どうだか?」
少なくとも今のネクィラムの発言にユウナは疑問符が浮かぶ。
少なくとも自分とジョンがネクィラム・ラボに所属するようになってからと言うもの、五回は研究内容の結果と論文で口喧嘩をしている。
「おや心外だ。これでも私は人並みの倫理観はあると自認している」
「それはないです。博士」
ユウナは即答する。認められられる訳が無い。ネクィラムとジョンに倫理観を教えるくらいなら犬の躾の方が何倍も楽である。
「即答かね」
「当たり前ですよ。第一、研究の為に少女を実験台にした時点でアウト!」
ユウナはそこでかつて彼がスフェーンにした数々の犯罪行為にツッコミをする。下手しなくとも婦女暴行で捕まっても文句の言えないくらい中々なことをしでかしてくれていた。
「そ、そうか…」
そしてその時の事を素晴らしいデータが揃ったと言ってユウナに話した時点でツーアウトだった。
「そして今、死刑囚に契約書サインをさせていきなり人体実験の時点でスリーアウトですよ」
「そ、それもか?」
「本来なら、そこまでの間にマウス・猿などが入るんですよ…」
やや呆れながら彼女はネクィラムに言う。
「そうなのか…」
そこら辺の常識諸々吹っ飛ばしているネクィラムはユウナの容赦ない指摘に段々と萎れていく。それを見て呆れるユウナ。むしろこれだけの事をされていて未だに仕事のためとは言え来てくれたスフェーンに感謝しなければならないほどだ。
「流石に許可無く体内にナノマシンを入れようとするのは立派な犯罪行為です」
当時、まだ少女であったと言うスフェーンは死に物狂いで抵抗をしたと言うが当たり前である。
「工学博士だからお門違いで知らなかった、では済まされないですからね」
「あ、あぁ…無論だとも」
いくらネクィラムとて、司法局で裁かれて刑務所暮らしのお仲間入りはなるべく避けたいと言うのは本音である。
「避けたいと言っている時点で本来あり得ないんですよ…」
「顔にでているのか?」
「目が見えない分、表情筋は豊かなんじゃないですかね?」
ユウナはそこでネクィラムの助手として活性化エーテルの除去を目的としたナノマシンを打ち込まれた非検体の体調をカメラ越しに見る。
「血圧、体温、共に予定値範囲内です」
「了解だ」
そこで見ていた看護師から一時間ごとの体温の変化と、ナノマシンによるエーテル抽出作業の状態を確認する。
「しかし、暗暦も長かった筈なのに、どうしてこう言った研究は資料が残されていないのでしょうか…」
そこでマイクロマシン療法によるエーテル病治療の資料や論文が見当たらない方にユウナは軽く口にすると、ネクィラムはそこで答える。
「なぁに、簡単な話だ」
「何故ですか?」
ユウナはネクィラムに聞くと、彼は言う。
「暗暦の時代は企業が自らの力を誇示し、支配者として君臨する為に奔走していた時代だ。そんな時代にマイクロマシン療法に効果があるとするなら、とっくの昔に医療系企業がそれ専門のマイクロマシンを使っている筈だ」
ネクィラムが言うと、その真意をユウナは理解した。
「え?じゃあ今まで行われてこなかったのは…」
それにネクィラムは頷く。
「恐らく、効果が無いと判断したか、できたとしても採算が取れないが故に放棄された可能性が高いと言うことだ」
「…」
その時、ユウナは思わず驚愕した顔を浮かべてネクィラムを見ると、彼はそんなユウナの顔を見てニヤッと笑う。
「ではなぜ行うのか?と言う顔をしているな?」
「…はい」
白い杖を持った人間の長年の経験がユウナの表情を、視界が見えていないのも関わらず言い当てる。
「無論、結論はわかりきっているだろう。今まで多くの企業がおそらく一度は通ってきた道だからな」
彼はそこでユウナに言う。
「確かに、軍警の力があれば企業に研究成果を共有することも可能であるだろう。企業だって、必要ではないと判断された研究データを倉庫の肥やしにするはずもない。…だがもしかすると、マイクロマシン療法でエーテル病の治療が可能かもしれない」
「…」
ネクィラムは諭すようにユウナに話す。
「たとえどのような結果であろうと、我々はその結果をどのように扱うかどうかで人類の役に立つのかどうかは変わってくるものだ」
「…分かりました。すぐに準備をします」
ユウナもそんなネクィラムの意見に小さく頷くと、すぐさま治験に必要な準備を始めた。
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