かつて、宇宙に上るために人類はロケットを使った。
人類で初めて宇宙に上がったユーリ・ガガーリンは『地球は青かった』という有名な言葉を残している。
当時、冷戦と呼ばれるアメリカとソ連による宇宙開発競争の激化によって急速に人類は宇宙というものに注目が集まった時代であった。
その宇宙開発競争は、1969年のアメリカによる人類初の月面着陸という形で一度収まりを見せた。
それからと言うもの、長い時を経て人類は再び宇宙に存在する無限の資源を求めて宇宙に飛び立った。
そして長い年月をかけて星を開拓し、人が住める環境を整えた。
現在、このトラオムの大地では、人は宇宙から来たと言う歴史は既に当たり前の知識としてトラオムに住まう人々の歴史として刻まれている。
その日、スフェーン・シュエットはある運送依頼を受けていた。
「装甲兵員輸送車、戦車、歩兵戦闘車、自走榴弾砲…」
仕事の中で送られてくる品々にスフェーンは車両レンタル確実な量だと内心ため息を吐く。
『対空自走砲、自走迫撃砲、多脚戦車にオートマトン。その他武器弾薬と…運用人員の輸送までありますね』
「何?戦争でもおっ始める気かね?」
運送依頼を受けたもののほとんどは軍用車両。今回は軍需物資を輸送する軍用列車として依頼を受けていた。
別に今までに何度かこう言った軍用車両の運送は経験済みであるので問題ないのだが、あまりにも量が多いので近くのチャットでヘルプを入れるほどには量があった。
「今日はよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ宜しく」
スフェーンは仕事を共にする運び屋に軽く挨拶を済ませると、そこで報酬の話を行う。
現在スフェーンは学生ほどの身長をしており、一五〇センチ半ばの身長に一対の鹿角が生えていた。
やはり最初の子供の頃の姿の方が体が慣れてはいるのだが、こう言う交渉や矢面に立つ場合は大人の方が軽く見られないと言う点で、外に出る時はこの姿か、大人の姿が多かった。
「報酬は半分ですね」
「はい、大量の貨車もリースするので、その分は予め引いておきます」
「分かりました」
基本的に報酬を巡っての殴り合いの喧嘩なんて勘弁なので、スフェーンは内心安堵しながらリースした長物車を連結する。
「しかしすごい荷物ですね」
「ええ、何せこれだけの荷物ですからね」
そこでスフェーンは荷物目録を見せると、その運転手は軽く目を開く。
「ぶ、武器ばっかり…」
「軍用列車です。依頼主は、どうやら傭兵団のようで…」
「相当大きな傭兵団なのでしょうね」
少なくともこんなに大量の装甲戦闘車両を用意できる辺り、規模は大きいだろう。
傭兵ギルドの発足以降、整った傭兵システムのおかげで多くの傭兵は傭兵としての身分が社会的に認められる事となった。
その際、多くの傭兵は傭兵団と呼ばれる傭兵集団に所属する事となるのだが、最近では国からPMCを取られた、或いは取られると知った企業は傭兵団に資金援助をしてスポンサーとなる代わりに、その傭兵団を事実上の自社PMCにする事で企業間抗争の戦力としている。
既に世界中の国々で国軍の腐敗が問題視されている中、治安維持や野盗討伐を目的に都市から依頼を受ける傭兵団もある。恐らく、今回もそう言う類の依頼だろう。
「報酬は比較的良さげです。まあ最悪、傭兵に頼んで装甲列車みたいな運用もできますよ」
そもそも積んでいる装甲戦闘車両と共にそれを運用する人員も一緒に運ぶ。襲撃を受けた際は、走行中に車両に乗り移って戦闘に参加してもらう可能性もあった。
「お、恐ろしいことを言う…」
運び屋は淡々と戦闘になることを想定するスフェーンにやや引き気味に見ていた。
「幸いにも、客車は向こうが持っているものがあるそうなので、レンタル料は安くなりますよ」
スフェーンはそう言って今回の依頼に簡単に終わるだろうと楽観的に考えていた。
その後、リース会社から貨車を借り、依頼された荷物の受け取りと積載の為に貨物ターミナルを訪れたが、
「数日の間だが、世話になる」
自分よりも少し高い一六〇半ばの身長の虎の獣人にスフェーンは吹き出しかけた。
「(ゲッ、コイツは!!)」
その顔には見覚えがありすぎる顔をしていた。と同時に、今回の仕事を選んだことを後悔した。
『チェン・リエ…なるほど、赤砂傭兵団の元団員ですか』
「(私の苦手な人だよ…)」
そこでスフェーンは内心で顔を引き攣らせてルシエルに返した。
「?何か?」
「っ!ああいえ…何でもありません…」
そんなスフェーンにチェンは首を傾げると、慌ててスフェーンが否定する。
「団長の顔は怖ぇからな」
「怯えさせてやんの」
「黙れ。馬鹿者」
そして自分の車両を載せ終わった仲間の傭兵から話しかけられ、思わず反論するチェン。無論、彼女の副団長クラスなのだろうが、知っている顔をしていた。
「(もうダメかもしれない)」
『頑張ってください!ここで入れ替わったら違和感に気づかれますから』
既に胃潰瘍の気配を感じたスフェーンにルシエルが励ましの言葉をかけると、着々と列車への積載は進んで行った。
チェン・リエ。
かつて自分が傭兵をしていた時に、ブルーナイトと借りていた家のドアを叩いてきた少女だ。傭兵になりたいと言って頼み込んできたのだが、ブルーナイトが断固として反対した為にそのまま家まで送り返された。
家族がいたと言うこともあり、ブルーナイトはその時激昂していたはずだ。別に本人がやりたいと言っているのなら、良いんじゃないのか?と言って頭を叩かれたのを覚えている。
初めは短髪で虎の獣人や鋭い目から男だと思っていたのだが、その時に女と分かって一瞬騒ついたのは覚えている。
その後、ある仕事を受けて戦場に赴いた時、そこで偶然彼女と再開をする事となった。
当時、彼女は一歩兵として軍警察の旧式自動小銃を持っていた。
そこで自分たちは彼女の傭兵をしたいと言う意気込みを前に『これは本気だ』と感じて自分はため息混じりに彼女に傭兵としてのイロハを教え込んだ。
それからと言うもの、彼女は自分達について来るようになり、見かねたブルーナイトが大きめの部屋を借りてそこにチェンをはじめとした戦場でついて来るようになった傭兵数名を共同で住まわせるようになった。
それからと言うもの、彼女達と共に傭兵業をすることとなり、時にそれが面倒と思っていた時もあった。
ただあの事件以降、彼女の動向は知る由もなかったのだが…。
「…」
その時、荷物の積載や列車編成の組成を完了し、貨物ターミナルを進発した列車のキャビン内でスフェーンはベッドに顔を埋めていた。
『スフェーン…大丈夫ですか?』
流石にルシエルは突然のエンカウントに顔を沈めるスフェーンに少し不安げに話しかける。
「ダメかもしんない…」
『…代わりましょうか?』
「…お願いしてもいい?」
『分かりました』
ルシエルはそこでスフェーンと体を入れ替えると、そこでノソッと体を起こす。
『はぁ…まさか傭兵団を作っているとはねぇ』
「一部、赤砂傭兵団がアイリーンと提携した際に抜けた面々がいたと言う話でしたが…」
五獣傭兵団は創設十年以上の歴史がある中堅の中規模傭兵団であった。
今では数少ない企業のスポンサーを持たない傭兵団であり、その名声は傭兵ギルドを創設する際の傭兵ギルド憲章のサインにも彼女の名前が記されていた。
「しかも傭兵団も人員が多そうですね」
『それな』
彼女に傭兵団を率いる才能があったのかと、予想外の能力に少し驚きを隠せないスフェーン。
彼女の率いる傭兵団は自前で客車を用意できるほど儲かっている様子で、使っている武器も統一性があり、身なりも比較的整っていた。
『なんで機関車持っていないんだろう』
「機関車は運用に維持費と人件費が嵩みます。客車数量を所有していた方が楽と判断したのでしょう」
『なるほどね〜』
スフェーンはルシエルに軽く数回頷くと、ルシエルはそこで台所に立つ。
自動運転中の中、スフェーンは台所で湯を沸かして焙じ茶の茶缶を開けてスプーンをポットの中に入れる。
昔から茶には糸目が無く、台所や食糧庫には今ではすっかり保管中の茶缶や丁寧に纏められた食料品で埋まっている。
煮沸した熱湯に茶葉を注ぎ入れ、そこで待つ間に薬学の本を開いて部屋のテーブルに座る。
「しかし、いつ薬学の資格を取るのですか?」
ルシエルが話題を切り替えて質問をすると、そこでスフェーンは言う。
『正直悩みところよね』
「どこの国で資格を取るか、と言うことですか?」
『そうそう』
現在、多くの国があるトラオムの世界では、それぞれの国に得意分野と不得意分野がすでに出始めている。
古来より国際分業と呼ばれる経済活動の方法があるが、都市国家の様相が強かったこのトラオムの世界では、都市間交流によりその毛色が色濃く反映されていた。
『できれば医療の強い国で学んでみたいとは思っているんだけどね…』
「その間、運び屋業はできませんね」
『そこなんだよね〜』
スフェーンは腕を組んで考える。
現在、運び屋として活動中のスフェーンは資格を取るための大学に在学するために数年間、運び屋業務はできない。
その間、列車を置いていてもいいのだが、何せ車両数が多すぎる。数年間も放置というのは防犯の面でもあまりよろしくなかった。
「大学は出たいのですよね?」
『勿論、ヤブって言われて軍警に突き出されたくないし』
スフェーンはルシエルに言う。国際的に保障された身分である薬学の資格を彼女は欲していた。
しっかりとした事前知識はあるので、教養を身につけて最新の薬学を学びたいと思って悩んでいた。
「ふむ…しかし在学中に運び屋としての業務を行うのは難しいです。通信という手段もありますが…」
『でもそれ時間かかるでしょう?』
通信制の大学でも薬学の資格は取得可能であるが、通信制であるため時間がかかってしまう。
また、資格取得にためには試験も受ける必要があった。
『できれば早めに取得しておきたいから、在学の方がいいと思っているのよね』
「なるほど…」
なんか、自動車免許の合宿か教習場かを選ぶ人みたいだなと内心ルシエルは思った。
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