スフェーン・シュエットとルシエルの出会いは十二年前のタルタロス鉱山である。
お互い、生まれが特殊すぎるという理由で世間からの視線から隠れるように生活を続けていた。
特にスフェーンはかつて、最強の傭兵として名を馳せた人物であり、生きていると困る人間がいたということで余計に身を隠す必要があった。
『でもぶっちゃけ…』
「これ、隠れた生活ですかね?」
キャビンの中、薬学の本を開きながらルシエル達は首を傾げる。
少なくとも運び屋を始めて十二年目。二人の運び屋としての経歴も十分たまっており、指名依頼を何件もこなしてきた腕利きの運び屋である。
「少なくとも、金庫にウィール通貨が溜まっている時点で逃避行続けている人では到底ありませんね」
ルシエルは言うと、食糧庫の下に隠した金庫を思い出す。
食糧庫には鍵をかけられるので二重鍵もバッチリで安全対策に事欠かない。手持ち無沙汰から始まった人間とは到底思えない生活ぶりであった。
『それな。でも今はお金ないとまともに運び屋も続けられないしな〜』
スフェーンはそこで、嵩む列車の維持費に少し悩ませる。
「それはスフェーンが今まで貨車を増やした影響なのでは?」
『そうなんだけどさ〜』
最初の頃は四両の短い編成だったこの列車も、今では十二両。リース会社がレンタルをする貨車と同数の数を所有している。
「まあでも、貨車の数が増えたことで随分と列車らしくはなりましたがね」
そこでルシエルは緩やかに大きなカーブを描いて曲線を曲がる列車を見る。
現在、積荷に多くの装甲戦闘車両や乗客を搭載し、目的地まで移動している最中だが、客車の方では繋いだカメラの映像から中で軽い状況説明をしている様が伺えた。
『十二年掛かっちゃったよ〜、全く』
「むしろ時間かけすぎなのでは?」
ルシエルはスフェーンに言うと、彼女は返す。
『さぁ?』
しかし比較対象となる人物もいないのでこの謎は謎のまま話は終わった。
「取り敢えず、今回の依頼は軍需物資の輸送です。野盗の襲撃には警戒をする必要があります」
『そうね…軍需物資って、狙われやすいからね』
現在、列車は安全度合いの高い路線を走っているが、野盗の襲撃が無いわけではない。
いくら軍警察の巡回があるとはいえ、隙をついて襲ってくるのが野盗である。過去にそれで痛い目を見たことがあるので油断は禁物である。
かつて、その男は最強の傭兵とまで言われていた。
とても優秀なオートマトンに乗る傭兵であり、その存在は伝説であった。
元々、装甲戦闘車両には大きな区分として装軌式か装輪式かがあり、その下に戦車・自走砲・装甲車・多脚車両が存在する。そこからさらに用途毎に分類が行われ、細かい兵器の分類が行われる。
その中でもオートマトンと呼ばれる二脚の多脚車両は物資輸送から戦闘まで、なんでもこなせる汎用的な車両であり、その人型であるがゆえに人と同様に格闘戦まで可能であった。
最も、交戦距離がキロ単位で長い現在の戦場において滅多に格闘戦なんて起こらないのだが…。
「どうした?ボス」
客車の一室、傭兵達の移動中の娯楽施設として用意したロビーカーの隅でビール缶を開けていたチェンに同僚の副官が話しかけてきた。
「いや、なんでもない」
彼女は話しかけられた時、少し笑って返したが、その奥に少し悩みがあると言った様子だった。
「んな訳あるかよ」
そこで長く彼女の副官として付き合った彼は、そこでロビーカーで休憩をしている他の傭兵達を見る。
五獣傭兵団は、独自に傭兵を輸送できる客車を有するほどの大規模な傭兵団であった。目立った戦績はないが、全体的に安定した運営をしており、給与も固定給の平均的な金額をしており、その安定感が評価される傭兵団であった。
生まれこそ、レッドサン行方不明後の赤砂傭兵団の改革に反発しての結成であったが、今では上手くやっていけていると思っている。
「今度の仕事か?」
「ああ…」
今度の仕事の依頼を受けたチェンは、その内容に少し考える。
「目的地は赤道直下の小規模都市だ。目的は…」
そこで副官の男は代わりに依頼を口にする。
「依頼主のロケット打ち上げまでの襲撃の警戒。および戦闘による防衛線構築」
「ああ、半径十キロ圏内に敵を入れるなと言う顧客からの依頼だ」
依頼主の支払いは良く、前金だけでもかなりの額が動いているのは確認済みだ。
「特に今回は桜花とも合同で行く事になる」
運輸ギルドでもかなり大規模に募集がかけられており、腕利の傭兵団がすでに当該地区に集結しつつあった。
「今どき、ロケットの打ち上げなんてなぁ…」
そこで彼は今回の依頼であるミサイル発射設備防衛の依頼にため息を吐く。
トラオムの空全体にエーテルが蔓延し、閉ざされてしまっている中でこれほどの事を起こすのは珍しかった。
「軍警がちょっかいをかけてこないか?」
「…さぁな?」
エーテルの空を刺激し、大災害が再び起こる可能性を軍警は絶対に許さない。
先の南北戦争時、軍警察がサブラニエを徹底的に侵攻したのは、エーテル・ボンバによりトラオムの空を覆うエーテルに衝撃が走ったからだ。エーテル降雨などの天候がその証拠であり、エーテル・ボンバの爆発やエーテル・カノンの砲撃による大災害の危険性があると軍警察上層部は判断したためである。
「エーテル・ボンバを何十発と放った時とは違う。ロケット一発で変わるのかどうか…」
「そう言うのは学者に聞いてくれ?俺は専門じゃねえんだ」
彼はチェンの隣に座って今回の仕事の前金を使った軽い景気付けの催しをしている傭兵達を見る。
「ったく、初日から浮かれやがって…」
「まだ到着までに三日ある。それまでには済むだろうさ」
チェンはそう言ってビール缶を飲み干す。
自販機に収められた各種娯楽品は、これからの仕事を前に少し緊張気味であった新米の傭兵の表情を緩めさせていく。
「おーい、その辺にしておけ」
見かねた副官が数回手を叩いて催し物を解散させ、参加した傭兵達を各部屋に戻していく。
全二階建ての寝台客車を改装したもので、多数の傭兵達を収容して移動可能であった。
「…」
そしてアンドロイドが早速清掃を始めている中、一人チェンは席に座ったまま動かない。
視界には窓越しにトラオムの荒廃した荒野ばかりが目に映り、一切が真っ暗であった。
すでに貨物ターミナルを出発して数時間、時間帯は夜中であるためにとても暗かった。
「灯りを落としてくれ」
チェンは一言言うと音声認識が反応をして、一斉にロビーカーの照明が落とされて部屋は真っ暗になる。
背後でアンドロイドが清掃を行っている中、一人揺蕩っていたチェンは外の暗闇をぼんやりと眺めていた。
傭兵団の創設と、その後の環境の変化に忙殺されていた彼女は、久しぶりに一人で過ごしていた。
「…変わったな」
世界も、自分も。
彼女は昔の自分の事を思い出していた。
そして同時に、自分に傭兵を教えてくれた人物のことも思い出す。
そのオートマトン乗りだった傭兵は、オートマトンの汎用性を生かした戦い…ある域では気狂いとも言える戦い方をしていた。
レッドサン、そこに二つ名は存在しない。
その名前こそが最強の証であり、象徴であった。
オートマトンという汎用性に長けた兵器を用いて戦場を戦い、白兵戦による撃墜数は数知れず。時には航空機も堕とし、彼の相棒である青い騎士と共に最強を欲しいがままにした傭兵であった。
今でも傭兵ギルド本部には、彼を模ったブロンズ像が置かれている。…設置された経緯はさておき。
傭兵ギルドを創設する際、その中心人物となったのがブルーナイト、本名をジェローム・サックスと言う。彼もまたスコア持ちの狙撃手として名を馳せており、確認された狙撃記録だけでも追いつくには何年かかるか。
今でも『あのコンビは最強であった』と誰もが口にするほど二人は別格だった。今後それらを塗り変えるほどの力を持った傭兵が現れるかもしれないが、その前に自分の寿命が終わりを迎えることだろう。
企業ですら彼の採用を欲し、彼を超えることを目的に強化人間やクローン兵の育成を行うほどであった。
「レッドさん…」
彼女は戦場で傭兵のイロハを教えてくれたフルフェイスヘルメットの男を思い返す。
彼の本名はいまだに誰も知らない。彼の生まれも経歴も分かっておらず、そもそも本当に男なのかどうか怪しいとさえ言われていた。
だが、最も身近に彼と接してきたからこそ言えるのは、『天才はいる』という事実だった。
「…」
彼がいなくなって十二年が経つ。
今や彼の相棒ですら傭兵を辞しており、彼らと同期である桜花の団長も表には出てこなくなった。するとどうしてもチェンにはある言葉が浮かんでくる。
「引退か…」
基本的に傭兵という仕事は、年をとれば自然と辞めていく事が多い。
まず前提として、老化により体が戦場に置いてきぼりにされる。その為、サイボーグ化などで体を現役のまま維持することが難しくなった。それでも一四〇年の壁を超せずに死ぬか、脳の老化で判断力が落ちて死ぬ。だから、残りの余生を長生きしたい場合は大体六〇くらいから引退を始める。
その点まだチェンは若く、引退を始めるには早い時期ではあるが、周りの知っている人がだんだんと辞めていくのを見ると、ふと考えてしまう。
この前だって、初期からいたメンバーが歳と結婚を理由に辞めていった。
「…結婚か」
チェンは自分はまだ仕事をするつもりであり、あまり結婚に興味を持てていなかったのでそのことを考えてはいなかったが、一般的な人間であれば色々と言われる頃合いかと思ってしまった。
「おや、まだ居たんですかい?」
するとロビーカーに副官が戻ってきて、そこのソファで座っていたチェンに話しかけた。
「ああ、悪いか?」
「…俺としては、電子化をしていない人が寝ないのは、仕事に響くから辞めて欲しいですけどね」
「…そうか」
チェンはそう答えると席から立ち上がる。
「じゃあ、休ませてもらうよ」
「ええ、その方がこちらも安心できますよ」
副官はチェンを見送ると、自分の部屋に戻っていった。
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