夜、乗っていた列車の食堂車でジェロームは反対の席に座る女性と軽く話していた。
女性の名は安部葛葉、諸事情で現在家出をしていると推察される。
「失礼ながら、ご家族は?」
「夫と息子が一人、子は七歳です」
食堂車で家出をしてきたと話す彼女はジェロームに家族の話をする。
「ならよりすぐ家に帰るべきですよ」
ジェロームは家出をしてきたと確信した葛葉にそう言って帰宅を促す。
「そ、そうでしょうか…?」
はっきりとジェロームに言われ、葛葉は少し戸惑った様子でジェロームに聞く。
それを聞いたジェロームは内心『ああ女性特有の気難しい感情のアレだな』と察した。こう言う繊細な女性というのは産まれた卵を扱うように丁寧に扱わなければならない。しかし目の前の女性は正直に思ったことをずかずかと言っても問題ない性格をしていると判断していた。
「ええ、七歳の子供はまだできることが少ないです。もしかしてお一人で残しておいでですか?」
「それは…」
葛葉は言い淀んでおり、『やったんだな』と納得する。
正直、ジェロームとしては言語道断であるが、他人の意見にこれ以上持論を展開するのは良くないと思っているのでやんわりと彼女に言う。
「葛葉さん…」
そこで彼は葛葉に次の駅で反対の列車に乗るべきだと言うのを一頻り熱弁した後に食堂に立てかけられていた時計を見てハッとなった。
「しかし、料理が出てくるのが遅いな…」
ジェロームはそこで時計の時間を確認した後に食堂車の厨房を見て首を傾げた。もう注文から三〇分近く経っており、いくらなんでも遅すぎると思った。
「シチューも何も来ていませんね」
葛葉も話に夢中になっていたが、そこでようやく料理が来ない事に違和感を感じていた。
二人は葛葉の家出での話で盛り上がっていたのでしばらく気づくことはなかったが、単品料理を頼んだのにも関わらず全然料理が提供されないことに疑問を感じた。
「ちょっと待っていてください」
ジェロームは葛葉に一言言ってから厨房の方に向かう。
「すみません」
提供が遅いことにジェロームは一言文句をつけようと思い、厨房に声をかけたが反応がなかった。それどころか厨房から鍋の音が聞こえないのだ。
「おい、誰か居ないのか?」
再度声をかけても反応のひとつもなく、先ほどのアンドロイドはどうしたのかと首を傾げながら厨房に入る。
厨房の中は手狭だが、調理器具が多く残されたままで、コンロも電源がついたまま放置されていた。
「…?」
鍋からは湯気が上がっていたが、中身はシチューではなくカレーが仕込まれていた。近くにシチューの姿はなく、強い香辛料の香りが厨房を包んでいた。
そして置かれていたまな板の上ではトマトが切っている途中で放置されており、サンドウィッチが作りかけて置かれてあった。
「誰も居ないのか?」
ジェロームは首を傾げながら、失礼ながらも安全のためにコンロの電源を落として厨房を一周した後に席に戻ってくる。
「どうかされましたか?」
戻ってきたジェロームの様子に葛葉は疑問に思った表情で聞いてくると、彼は今の厨房で見た話をする。
「いえ、厨房に誰も居ませんでしたので…」
「あら?先ほどのアンドロイドもいないのですか?」
「ええ、見当たりませんでした」
ジェロームは先ほど自分たちに対応したアンドロイドがどこにもいないと言う事実を前に首を傾げた。
「どこか別の場所に行ってしまわれたのでしょうか?」
「ウェイターが車掌と兼任ですか?」
ジェロームは消えたアンドロイドと厨房にいたはずの料理人の居場所を探して軽く食堂車の厨房横の通路を確認した後に反対の三等客室を確認する。
「どこにも居ない…か」
ジェロームは誰も座っていない客室を見て薄暗い車内を見た後に食堂に戻って葛葉に言う。
「ダメですね。この車両には居ないようです」
「可笑しいですね…どこに行ってしまわれたのでしょうか?」
葛葉は席に座ったまま自分たち以外いない食堂車に首を傾げる。
「…少し探してきます。葛葉さんはここで待っていていただけますか?」
ジェロームはそう言い他の車両に移動して添乗員を探そうとした。すると葛葉はジェロームに答える。
「いえ、私もお付き合いします」
「え?しかし…」
ついてくると言った葛葉を前にジェロームはやや驚きながら断ろうとした。車内は狭い通路で、そこを二人で移動するとなると急な方向転換が難しくなってしまう。
「ご心配なく」
彼女はそれでもと言った様子で軽く手を挙げると、その手のひらに現れた水晶球が僅かな輝きを見せた。
「異能…ですか…」
「ご存知でしたか?」
「ええ、前にそれでやられたことがあるので…」
やや苦笑気味にジェロームは昔、列車強盗に出会した時の事を思い出す。あの時は確か電撃を放ってくる異能で、その対処に食堂の寸銅鍋を被らせたのを思い出す。
「その異能は視界で照準をするんですか?」
「あら、よくお分かりですね」
異能の発動条件には色々と制約があるのは知っており、ある一定以上の空間エーテル濃度と照準のための視神経を使う自然の眼球、エーテル病に罹患していなければならないなどの必要な条件があり、それが整ってようやく異能を使用することができる。
かく言うジェロームもかつて異能の攻撃で命の危機に陥ったことがあるので、それ以降携帯式の空間エーテル検測機を購入していた。
「前にも異能には出会したことがあるのでね…」
やや苦笑気味にジェロームは答えると、彼女の同行に少し迷ったものの、離れたことで何が起こるか分かったものではなかったので共に列車を創作する事にした。
「行きましょう」
「分かりました」
ジェロームと葛葉は食堂車を出て寝台車の方に移動する。
この列車に連結されているのはスハネ31やその他旧型客車の三等寝台や二等寝台で、食堂車を抜けて貫通路を抜けた先の潰されたデッキの両脇にはトイレと洗面台があり、今は閉じられている扉を開ける。その奥は三段の開放寝台が並んでおり、全ての座席でカーテンが閉じられていた。
この列車の座席車はオハ35、寝台車はスハネ31を中心に連結され、食堂車に最も近い車両はマロネ41が連結されていた。
「「…」」
車内は木造で覆われており、天井の照明も夜の合わせて薄暗いものになっていた。
足元に軽く注意をしながらジェローム達は一歩ずつ進んでから、列車のデッキにある給仕室の扉をノックした。
コンコンコン
三回ノックをしてしばらく待機するが、反応はなかった。
「?」
「居ないのでしょうか?」
物音一つしない車掌室を前に違和感を覚えて二人は車掌室の前で立ち止まる。
「何か問題でも起こったのか?」
「食堂車にも人がいませんし、違和感がありますね…」
二人は食堂車にいたコックやウェイター、さらにはいると思っていた給仕もいない事に首を傾げていた。
「…最後尾の荷物車の方に行ってみましょう。列車で何か問題が起こった可能性が高いですし…」
ジェロームの意見に葛葉も賛成すると、そのまま列車を進み始める。
三段寝台がずらりと並ぶ列車を横目にジェロームは徐に持っていた拳銃を取り出してしまう。
「…」
スライドを少しずらしてチャンバーチェックを行った後に片手に拳銃を握ったまま彼は列車を移動し始める。
片手に旅行鞄を持ったままなので戦闘となった場合の考慮をしながらジェロームは列車のさらに後方に移動する。
「不気味ですね…」
葛葉も流石にこの違和感を前に警戒をしながら寝台車を移動する。
列車の最後尾には荷物車のマニ35が連結され、その前にはスハネフ30が連結されているので車掌室があった。
「…」
列車最後尾の荷物室につながる通路を前に車掌室と書かれた看板を前にジェロームは緊張した顔でノックをした。
「…ここもダメか」
しかし返事がないのでジェロームは思わず毒吐いてしまう。
今の所列車の食堂車より後方で一人の添乗員とも出くわすことはなく、最後尾の車掌車にも人はいなかった。なんなら普段ならいるであろう
「…ん?」
その時、葛葉が徐に荷物車を見て首を傾げた。
「どうかしました?」
「この先、変な音がしませんか?」
ジェロームの疑問に葛葉は荷物室の扉を見ながら聞いてきたので、彼は耳を澄ましてみると、確かに荷物車から微かに音が聞こえてきた。
確実にこの先に人がると言うこととなる。
「本当ですね」
ジェロームはそこでこの先に人がいるのかと思い、何か問題があった時のために慎重に貨物室のドアに手をかける。
ここで彼は列車が列車強盗による襲撃を受けた可能性を考えており、この先で列車強盗がいる可能性を考慮していた。
「失礼、添乗員はいますか?」
バッと扉を勢いよく開けて銃を向けながらジェロームは荷物室に向かって聞く。客車一両分はある荷物室は天井から電球が数個吊り下げられた簡単な照明しかなく、荷物室には多数の乗客から預かった荷物が積み上がっていた。
「…」
葛葉もジェロームの後ろから覗き込むように荷物室を見ると、そこには薄暗い荷物室の奥に影を見た。
「…どなたですか?」
その影が蠢いており、何か咀嚼音のような音まで聞こえた。
汚い咀嚼音であり、ジェロームは少し困惑気味にその蠢く影を葛葉と共に見た。
「誰だ?!」
銃口を向けたままジェロームがその影に聞くと、それはジェロームを見たかと思うと荷物室の片方にいた彼に向かって一っ飛びで襲いかかってきた。
「っ!?」
ジェロームは咄嗟に襲いかかってきた影に鞄を差し出して防御すると、中に仕込んであった複合セラミック装甲の装甲板にその影が繰り出す重々しい攻撃がのしかかった。
「チッ」
その攻撃に驚愕しつつも舌打ちをしながら持っていた拳銃を至近距離で連射する。
まず外さない距離で発射された8mm拳銃弾は確かに蠢く影に命中したのを確認する。
「なっ…!?」
しかし確実に当てたにも関わらず、攻撃してきた敵は平然と立ち上がってこちらを見た。
「グアァァア…」
そしてその影は動物の唸り声のようなものを発すると、血で濡れた口元を見せつけるようにこちらを見ていた。
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