トンネルに入った車内。
窓の外の景色が一瞬で真っ暗となり、外の景色は何も見えなくなる。
「…」
一段と暗くなった車内で葛葉は窓に映る自分の顔を見ていた。
トンネル内で客車の窓を開けることは御法度であり、開けた場合。車内に大量の機関車の煙が入ってくることとなる。
「…」
ジェロームは銃剣を付けた騎兵銃を肩に傾けたまま前を向いていた。
安全装置を付けた状態で小銃を持っており、脇には拳銃も仕込んであった。彼は完全な臨戦体制に移行しており、いつでも攻撃をする準備は整っていた。
「(さすがは元傭兵さん、と言ったところでしょうか)」
葛葉はそんなジェロームを見てそう呟いた。
彼女は一眼見ただけで、目の前の男性が傭兵ギルド創設者であり、ブルーナイトと呼ばれた腕利きの傭兵であった事をすぐに把握した。
彼の姿は多くメディアにも出ており、ましてや初代傭兵ギルド長。傭兵ギルド創設事やその後のこともかなり話題になっていたので、葛葉はジェロームの顔に見覚えがあった。
葛葉はブルーナイトの名は知っているが、どんな人かは知らなかったので、自分の思っている上に気さくな人物であったことにやや驚いていた。彼女の中で傭兵というのは怖くて強い、そして犯罪をしているイメージがあったので、ジェロームの紳士的な対応に面食らった気分であった。
今いる客車は四両目、これより機関車側三両には陸軍の歩兵部隊が乗り込んでいた。後ろは食堂車で、あの異変のはじまった食堂車が隣にあった。
「…」
彼女は水晶球を手に握り、軽く自分の異能の調子を確認する。
「異能は使えるみたいですね」
そこで手元の掌から小さな炎をポッと出す。彼女の異能は炎を纏っており、異変が起こった直後にあの怪物も燃やしていた。
あの後、寝台車のベッドから這い出てきた黒い触手に関しては謎のままであり、弾け飛んだはずだというのに彼の鞄も含めた痕跡が一切残っていなかった。
「(あの触手は一体…)」
彼女は思考に陥っていると、そこで反対の席に座るジェロームが何かに気づいたように顔を上げる。
「大尉?」
そこで葛葉は何があったかと思いながら後ろを見ると、そこには笹中が近づいてきていた。
「夜分遅くに悪い」
笹中は最初にそう言った上でジェロームにある煙草を渡す。
「すまない。さっきの礼だ」
「これは…」
草色にのパッケージに金色のコウモリがあしらわれた古いゴールデンバットであった。
「良いのですか?」
「ああ、予備はまだあるんでな」
笹中はそう言い先ほどジェロームからもらったハイライトの礼と言って煙草一箱を渡していた。
ゴールデンバットを渡され、ジェロームは笹中を見て聞いてしまうが、彼はさほど気にしていない様子であったのでありがたくもらうことにした。
「悪い。用事はそれだけだ」
笹中はそう言い残すと客室を後にし、ジェロームは受け取った新品の煙草を両手に持って見つめていた。
「お吸いになられないのですか?」
「…一本いかがです?」
「私は大丈夫です」
ジェロームの誘いを丁寧に断り、葛葉は再び窓の外を眺める。ジェロームはそんな彼女にもったいないと内心で思いつつも一本取り出して火をつけた。
「ゲホッ」
そして吸った直後に咽せてしまった。
ゴールデンバットのフィルターなしの煙草は、いつものフィルター付きハイライトを吸っていたことで思わず咳き込んでしまうほどに濃かった。あまり良い煙草の葉を使ってないのが一瞬で分かった。
「重いな…」
「古い煙草ですからね。どうしたって…」
葛葉は咽せたジェロームを見て当たり前のように言うと、軽く首を回した。トンネルの中の空間で一体何を眺めているのかという疑問があったが、そこに追求することはなく拳銃を取り出して安全装置の確認を行う。
「ふぅ、成り行きで列車に乗ったはいいものの…」
今起こっている事象と、目的地に到着をするのかという疑問がジェロームの中で渦巻いていた。
少なくとも持っていた切符にはちゃんと目的地の駅名が書かれており、駅の改札も切符を見せたら通してくれた。道中もこの列車に乗り込んでおり、乗っている車両も多少の違和感はあれど差異はない。
「…目的地につけるのか?」
しかし自分の両腕や鞄の変化、同乗している陸軍部隊や先ほどの街。その他諸々の異変がジェロームの中で不安を呼び起こしていた。
「大丈夫ではないでしょうか?」
そんなジェロームの呟きに葛葉が答え、煙草を吸っていた彼は彼女をみる。
その時の表情は少し妖艶で、恐ろしくもあったが言葉には確信を持っている様子でもあった。
「この列車は確実にトラオムを走っていると思われますよ」
「…」
彼女の言葉は本当のことを言っているようにも聞こえ、ジェロームは不思議と説得力があると思ってしまった。
他にできることはないからという縋りたい気持ちがあるからなのかは定かではないが、彼女の話は信用できると思っていた。
ッーーー!!
「っ!」
その時、トンネルに木霊した狼の遠吠えのような声。ジェローム達もよく聞き覚えのある声を前に体が反応をしていた。
「今のは…」
「ええ、どうせ奴ですよ」
ジェロームは警戒した表情になり、この声は他の乗客も聞いていたのかざわつき始めていた。
「何だ、今の声?!」
「狼?」
「さ、さっきのやつだ!!」
すると乗客の一人が慌てたように席を立って前方に向かう。
「軍人さん!!」
そこで乗客が客車の扉をノックしてさっきの声を前にすっかり怯えた様子であった。
話を聞いた陸軍部隊の中でも最も階級の高い笹中は、さっきの声を聞いておりすでに準備を進めていた。
「総員!武器を取れ!」
笹中は軽く頷いてから機関銃分隊を全面に出しながら歩兵部隊を前に客車を走り出す。
「一個分隊を送ったら、民間人を後方に避難させろ!」
軽機関銃部隊は狭い列車内の通路においては圧倒的な火力を有しており、今の声の主も撃退できる火力を有しているだろう。
ジェロームはそこで通路を走る分隊員に少し違和感を感じた。
「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」
するとひたすらに窓の外を見ていた葛葉が一首読んだ。その一首にジェロームは困惑した。
「家を出る直前、息子の童子丸に言った一言ですよ」
意味深な雰囲気を出し、困惑するジェロームに彼女は微笑んで窓から視線を外す。
「もうすぐ信太の森が見える」
そう言った直後、列車全体が大きく揺れた。
「っ!」
照明が点滅し、ただでさえ薄暗かった車内が一瞬真っ暗になった。
「ひっ!」
「化け物だぁ!!」
それに思わず頭を屈める乗客達。笹中はそれを見て叫ぶ。
「敵襲!攻撃に備えよ!」
そしてそのまま彼は寝台車の方に向かって走り出した。
その時、ジェロームは違和感を覚えた。笹中はまるで、自分たちのことを忘れているかのように動いていたのだ。
どういうことだと疑問に思いつつも、ジェロームは葛葉を見る。
「葛葉さん」
「ええ、行きましょう」
彼女は少し力強く頷くと、二人は寝台車の方に向かった笹中達の後を追った。
列車の隣は食堂車であり、移動してみるとそこに兵士たちの姿はなかった。
「この先の寝台車か?」
「さっきの声は後ろから聞こえてきましたからね」
葛葉は言うと、ジェロームはそこで寝台車の方から銃声を聞いた。
「行きましょう」
「ですね」
二人はそこで食堂車の通路を抜けて隣の二等寝台車に向かう。
「「…」」
六両目の二等寝台には誰も客がおらず、不気味なほど静かであった。
「まさかまたここに来るとは…」
「ここからまた三等寝台に移動ですよ」
葛葉は言うと、ジェロームはため息をつきながら小銃の安全装置を外した。
時折銃声が聞こえるので二人はそれぞれ準備を整えたまま三等寝台に繋がる扉を開けると、
「っ!」
そこでは寝台から飛び出たあの黒い触手に混乱している兵士がいた。
「動くな!」
ジェロームはすぐさま脇から拳銃を取り出すと発砲。命中した拳銃弾により、触手は弾け飛んだ。
「何だ?」
「弾け飛んだぞ?!」
その間、ジェロームは兵士の隣を抜けて三段ベッドの寝台を抜ける。
「…?」
その時、妙な違和感を覚えたが、彼はそれよりも先に進むことを選んでいた。
葛葉はジェロームを追いかけており、三段寝台の閉じられたカーテンを前に両手を合わせた。
パチン
乾いた音が車内に響くと、一斉に閉じられていたカーテンの向こうから悲鳴や呻き声が上がるとともに炎が噴き出てきた。
「うおっ!?」
「何だ!!」
いきなりカーテンの向こうから火の粉と怨嗟の声が上がったことに兵士たちは驚愕しながら持っていた小銃を突き出して中に突入した。
「「…」」
銃剣を先頭に突入した歩兵達はそこでカーテン裏の三段ベッドで干からびて腐り落ちた遺体を見た。
「何だ…これは」
「何が起こっているんだ…!?」
困惑した兵士たちはその後、その遺体の骨に噛み跡があるのを見た。
「…お前達の苦しみは、残念ながら分かってやれないぞ」
そして驚愕する兵士たちの後ろで葛葉は燃え盛っている寝台を静かに見ていた。
葛葉を置いてきぼりにしながら次の寝台車に突入をしたジェロームは、そこで軽機関銃を持って待機している兵士たちを見る。
彼らは皆一様に驚愕しており、全員の視線が最後尾の荷物車に向けられていた。
「チッ、もう来たか」
ジェロームはそこで兵士たちの間をスルスル抜けて前に進むと、そこで持っていた小銃の照準を合わせて引き金を引く。
ッ!
発射された6.5mm小銃弾は笹中が軍刀で押さえ込んでいた怪物の胴体に命中すると、四つ足の怪物はそのまま倒れて落ちるように荷物車のドアを押し倒した。
「…」
荷物車では笹中が拳銃片手に軍刀を抜いており、その先ではドアの開いた状態のトンネルが伺えた。
「大尉!」
ジェロームはそこで笹中に向かって叫んだが、彼は一切反応を示さなかった。
「?」
反応がない事実にジェロームは首を傾げたが、
「来るぞ!」
トンネルを見て笹中が叫ぶと、先ほどこじ開けられたドアから再び四つ足の怪物が突入をしてきた。
「っ!?」
かの怪物の攻撃を受け、ボルトを前後させて発砲した。
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