TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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#337

エンツォ・リヒトフォーフェン、それが彼の名前である。

長年続く企業家の一人息子である彼は、幼き頃から防犯を理由として屋敷以外の場所に出ることはほぼなかった。

 

「…」

 

屋敷は西洋風の煉瓦積みの建物の他にも、木造風建築の低い建物がある。

敷地の中には庭師によって整えられた和風庭園があり、その景色を見ながらエンツォは静かに正座を組んでいた。

 

「綺麗だなあ…」

 

見栄えのために切られた松の木や草、流れている水の音などを耳にしながら彼は箱庭と化した目の前の景色に少し不満足な顔を浮かべる。

こうした整えられた庭は自然そのものではなく、彼の好みは狩猟で入るあの雑木林のような手入れのほぼされていない森であった。

感性豊かなエンツォは、人の手の加えられていない自然美が美しいと感じていた。

 

「エンツォ様」

「ん、すぐに行くよ」

 

正座を組んで座っていた所、彼を呼びに来たメイドに小さく頷いて立ち上がる。正座は剣道をしていた事で慣れており、足も痺れることなくすんなりと立ち上がるとそのまま渡り廊下を歩く。

 

「今日は誰が来る予定ですか?」

「東雲様がおいでになられております」

「ん、分かった」

 

そこでエンツォは会社の知り合いの人が来たかと内心でため息を吐く。だがそれを表に出すことはせず、変わらない表情で頷く。

気疲れしやすくなるが、いつどこで情報が漏れてもおかしくは無い。特に自分の生まれというのは今までの教育で自覚しており、故に下手な行動はしないのが常だった。

 

「こんにちはエンツォ様」

 

そして家の居間に入ると、そこでは少し年上の少女がエンツォに挨拶をする。彼女は父の会社の役員の娘であった。

 

「お久しぶりです愛菜様」

 

エンツォもそんな少女を前に軽く挨拶を済ませる。彼女はオーダーされたドレスに身を纏い、子供ながらに包容力のある雰囲気を醸し出していた。

 

「お越しになられて私も嬉しい限りです」

 

彼は聞き覚えの良い言葉を並べて挨拶を済ませる。正直、内心では面倒だなぁと思っていたが、父がこの少女の父親とは会社でも有数のタッグを組んでおり、無碍にすると父から叱られるのが目に見えていた。

 

「ええ、私もエンツォ様と久しぶりに会えて光栄ですわ」

 

そんなエンツォに、相変わらず表情で何を考えているのか分かりにくいと内心で舌打ちをしながら彼女は笑みを浮かべる。

目の前で挨拶をして来た少年はかのリヒトフォーフェン家の一人息子で、彼が優秀であると言う話は父親を通して自分の耳にも入っていた。だが彼は父親に対して影がとても薄く、初めて会った時などオッドアイでなければ分からなかったと言ってもよかった。

 

「(こう言うのが一番厄介なのよね)」

 

あえて影を薄くしているのか、そもそも薄いのか、そう言った人柄についてもこの少年はいつも崩さない笑みのおかげでわからないのだ。

 

「(何考えているのか分かりにくいし…)」

 

余り表に感情を出さない技は、目の前の少年の年齢にしては大人び過ぎていると言った方がいいのか。少なくとも年頃の少年であれば、もっと感情の乱高下が激しいと思っていた。

 

「(面倒だけど、お父様が戻ってくるまでは対応しなきゃならないからなぁ…)」

 

エンツォも少女を相手にそんな事を考えていた。

二人は反対のソファに座ると、そこで紅茶と茶菓子が用意されたので二人はそれらを片手に話し始める。

 

「そう言えば、エンツォ様はどこの寄宿学校に入られる予定なのですか?」

「…あぁ、そうですね」

 

エンツォはそこで、来年から入る事となる寄宿学校の話に一瞬知らないなぁと思い出す。

 

「まだ詳しくは決まっておりませんが、おそらく代々通っている学校に通う事となるでしょうね」

「なるほど…」

 

エンツォの話を聞き、少女は色々と考える。

 

「(ああ、どうせまた言われたんだろうな…)」

 

そんな反応を見てエンツォは目の前の少女以外にも自分に話しかけたり、気にかけてくる他の子供達を思い出す。

前に父が開いたパーティーに於いて、子供達だけで集まって行われたパーティーもあり、そこで彼は腹芸というものを覚えた。

思いの外、世の中の人間というものはこんな子供相手にも容赦が無かったので、仕方がなく覚えざるを得なかったというのが正しいだろう。まさかパーティーで話した父親の話が、父親の情報としてあとで説教される原因となるとは思っていなかった。

 

「(やれやれ、大変な事で)」

 

基本的にまだ自分は情報の云々を父親から言われたことはないが、自分は家族の情報源であるという事を言われ、一度話す前に話す内容について考えるというのが習慣となった今、目の前の親から言われたであろう少女に憐れみの目を向けそうになった。

 

二人はそれぞれ二律する思いを回しながら話していると、部屋のドアが開いた。

 

「おお、エンツォ様」

「お久しぶりです。東雲様」

 

そこで入って来た少女の父親にエンツォはカップを置いて軽く挨拶をすると、その父親は次に自分の娘を見た。

 

「愛菜」

「はい、お父様」

 

そこで目を合わせたあと、彼女はソファを立ってエンツォに一礼をする。

 

「ではエンツォ様、ごきげんよう」

「ええ、愛菜様もお気をつけて」

 

和やかな笑みを浮かべてエンツォは少女を見送った。

 

「…ふぅ」

 

そしてドアが閉まり、再び静かな部屋になった所でエンツォはため息を吐いた。

 

「疲れた…」

 

静かになった部屋で、彼は紅茶を静かに飲むと一時の強風が去った後のような脱力感を感じた。

 

 

 

そして屋敷を後にした少女は、車の中で文句を溢していた。

 

「全く、彼は何を考えているのか全く分かりませんわ」

 

彼女は先ほどの茶会で、エンツォの変わらない和やかな表情を前に疲れた表情を浮かべていた。

 

「まあ、あのエーリッヒの息子にしては感情の起伏は薄いな」

 

そこで少女の父親もエンツォに対する思いを口にする。

 

「だが父親譲りの頭を持っている。まさかあの年で腹芸とはな…」

 

彼は自分の勤める会社の社長であるエンツォの父親の性格を振り返り、同時にその息子の静かさを前に父親とのギャップを感じる。

かの御令息は幼いながらも学問を身につけ、武道も嗜む御仁であると言う。自分も何度も会ったことがあるが、歳にそぐわぬ風貌を備えていた。

 

「あれなら、次代も安泰だろう。彼には経営の才能もある」

 

保守的な思想だが、柔軟に問題にも対応できる能力がある。利益を追求する会社の一族の人間として相応しい能力も持ち合わせていると見ていた。

 

「お父様は、さっきはどのような話を?」

「ああ、この前の役員会議で新規事業を提案したパッチランド社長の一件でな…」

 

まず初めに碌でもないと言った後、彼は愛娘に話す。

 

「社長はパッチランド社長への懲戒免職も考えた会議をする事となった」

「パッチランド…たしか社長の実弟ですわよね?」

「ああ、金融機関を作るというそうだが…新規で金貸し業は難しいだろうと言うのが会議の結論だ。彼は前にも商用紙の業務拡大で失敗したから、信用も無くなっていた」

 

彼はそこでため息を吐いてから窓の外を眺める。

 

「だが、窮鼠猫を噛むと言う。…締め付けすぎて問題が起こらなければ良いが」

 

何処となく、会議での対応とその時の雰囲気を前に不穏なものを感じていた。

 

 

 

少女が帰った後、屋敷を散策するように歩いていたエンツォ。

 

「あっ、お父様」

 

彼は屋敷の中で、執務室に入ろうとしていた父を見かけた。

 

「ん、エンツォか」

 

秘書を伴って執務室に入ろうとしていた彼はエンツォを見ると、彼を丁度良いと執務室に入れた。

 

「丁度良い…話がある。中に入れ」

「はい…?」

 

エンツォはどうしたのかと疑問に思いながらも、滅多に入れさせてもらえない執務室に入って中の様子を見る。

 

「…」

 

部屋は木製の棚が置かれ、中に調度品や父の作った模型が飾られていた。その中には昔、一緒に作った多脚戦車の模型も飾られていた。

 

「(綺麗だなぁ…)」

 

そんな調度品を見ながら、少年はそんな事を思っていた。

 

自分はまだ年齢が一桁の頃、社会勉強も兼ねて近くの学校に通っていたのだが、教室での行動が理由で教師が匙を投げてしまった事でそれ以来学校に入っていなかった。

図書室で時間を忘れて熟読したり、図工で絵を赤一色で描いたりなどして、家柄も相まって市の用意した学校では自分は浮いた存在となってしまっていた。

 

「エンツォ」

「はい」

 

そして執務室のソファに座り、そこでエンツォは父から聞かれる。

 

「週末狩りだが…すまない、予定ができて行けなくなった」

「…はい、分かりました」

 

少々、申し訳なさそうにしている父を見てエンツォは理解した。きっと、会社のことで問題があったのだろうと。

まだこの歳なので父の会社の詳しい話は知らない。だが会社の事情で予定が変わることは何度も経験していたので、深く聞くことはなく頷いた。

 

「…すまんな。埋め合わせは任せろ」

 

そんな息子を見て、父は少し慣れない微笑みをして隣に座る息子の頭を触った。賢いと言うべきなのか、大人しいと言うべきなのか、評価に苦しむ所であった。

 

「大丈夫です。お父様の会社が大切ですので」

「…」

 

エンツォが言った時、父は少し複雑な表情を浮かべた。何かまずいことでも言ったかと今までの発言を振り返ってしまった。

 

「どうしました?」

「…いや、何でもない」

 

父はエンツォにそう言うと、そのままソファを立ち上がった。

 

「話は終わりだ」

「分かりました。失礼します」

 

エンツォはそこで一礼をしてから部屋を出ると、見送った父はそのまま少しだけソファに座ったままデコに指を当てて悩む仕草を取る。

 

「いかんな…アイツも企業の息子か…」

 

少し人と違う感性を持つ息子に悩めているようにも見えると、次に忌々しげに表情を曇らせる。

 

「パッチランドめ…予定を狂わせやがって」

 

そして彼は秘書を呼ぶと、彼に告げる。

 

「パッチランドを監視しろ。奴はこの前の会議で追い詰められた」

「畏まりました。監視の増員と、警備員を増やします」

「ああ…」

 

増員を要請すると、彼は椅子に座って溜まっていた決算の書類を片付け始める。

 

「…」

 

その顔は険しく、週末の予定変更に不満を募らせていた。




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