TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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#338

「…」

 

その時、国語教師は頭を抱えそうになった。

 

「エンツォ様、もう少し丁寧に字をお書き下さい。これでは採点者が泣いてしまいます」

 

それは作文問題なのだが、字が汚かった。

何度も矯正のために筆を握らせたはずなのだが、彼は治らないのだ。読みにくい字なので国語の家庭教師はいつも泣いていた。数字などの字や計算式は読めるほどの字なのだが、国語となると酷いものであった。

 

「ど、努力しています…」

 

エンツォは言われ、少し気まずく答える。

 

「時間をかけてゆっくりと書くのです。そうすれば、体が慣れて次第に綺麗な字で書く時間も短くなっていきます」

「はい…」

 

あまり気乗りしない返事をしており、それだけで家庭教師はエンツォのやる気がないと言うのが理解できた。

 

「はぁ…」

 

軽くため息を吐いてから家庭教師はエンツォの書いた作文問題を読む。何せ答えている内容は満点をつけたいと言えるほど感受性のある回答なだけに頭が痛かった。

悪字に定評のあるエンツォの勉学はこれが問題であった。本人は読めているのだろう、数学でも字によるミスというのは確認されていない。

 

「…」

 

エンツォは家庭教師に指摘され、少しだけ気を使ってペンを握ると新しい作文問題を解く。これがマーク式ならどれほど良いかと内心思いながら彼は文字を書いていく。

字が汚い事は自他共に認めており、実際日にちが経った作文問題は読めないことが多い。

 

 

 

「はぁ…」

 

その後、授業を終えて家庭教師が帰った後。エンツォは一人、部屋に置かれた紅茶を片手に香りを楽しんでいた。

彼の部屋は屋敷の本邸とは渡り廊下を繋いで少し離れた別邸にあり、ここは家族の暮らす屋敷であった。

本邸は晩餐会や招待客をもてなす施設が多く、家族の私生活はこの別邸で行われていた。

 

「チャイって、意外と行けるなー」

 

香辛料をふんだんに使用したミルクティーを飲みながら彼は一息つく。

字以外の勉強をほぼしなくなって久しい頃、彼は普通の学生よりも先取りをした教育を受けていた。

 

「あぁ…」

 

そして同時に目の前の作文問題ばかりの冊子にため息を溢す。

自分の悪字を修正するためだが、ここまでやられると気が参るというものである。

 

「面倒だなぁ…」

 

エンツォはこの渡された課題には極端にやる気が出なかった。

昔からの性格によるものだが、彼は嫌いなものは徹底してやる気が出ない体質であった。代わりに好きと思えたものはとことん追求できるし、飽きない。その点を彼の両親は理解し、彼の好きなように教育を行った。

 

「…」

 

しかしいくら言ったところで課題は無くならない上にやらなければ後でより面倒なこととなるのは今までの経験で分かっているので、さっさと手短に終わらせる。宿題は後に残さない主義であった。

 

 

 

そして軽く渡された課題を終え、彼は机の棚を開けて中からノートとタブレットを取り出す。宿題の目的である字の矯正は忘れ去られて果たされず、文の字体ははっきり言って終わっていた。

 

「〜♪」

 

エンツォはウキウキした表情でタブレットを付けて動画サイトを開く。

おすすめ欄にはほぼほぼ車窓を流す動画ばかりが並べられ、常日頃から彼はそう言った類の動画を見ていることが窺える。

 

「…」

 

そのうちの一つをタップし、流れてくる動画を見るエンツォ。

窓から撮影された車窓の風景は、長い事を見ているといつの間にか別の景色へと変わったいたりする。またトンネルを抜けた先と前で全く景色が違ったりすることもあり、永遠と見続けることができた。

普段からこの屋敷の中で暮らしていた彼は、簡単に旅行に出た気分になれるこう言った動画が懐中時計と同じくらい好きだった。

 

「…」

 

趣味で旅程表を作って、家を出た暁には旅行まみれの生活をしたいと思っていた。

正直な所、父の運営する会社を継ぎたくはないと思っていた。理由はこう言う旅行ができなくなるから。

父の会社が忙しい事は先の予定変更で分かる通り、前にも同じようなことがあり、父は日曜日でもいない日があった。

 

「…ふぁぁ」

 

家には大量の蔵書があり、それらの小説や漫画などを読み漁っていたエンツォは外との繋がりがほぼなくとも外の常識を持ち合わせていた。

 

「眠たくなってきたか…」

 

車窓を眺め、紅茶に入っていた砂糖が巡ってきて眠気が彼を襲う。

いつも規則正しい生活を送っている彼だが、今日は珍しく夕方から眠気が襲ってきた。

 

「…寝よ」

 

そしてそのまま吸い寄せられるようにベッドに入ると、そのままベッドに入り込んでしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「久しぶりです。エンツォくん」

 

その時、自分に挨拶をしてきた人がいた。

場所はとあるパーティー会場、今日は両親に連れられて会社のパーティーに来ていた。

 

「えっと…お久しぶりです。叔父さん」

 

自分はこの人を知っていたので、挨拶をする。この人は叔父のパッチランド・リヒトフォーフェン。正直、自分はあまりこの人が好きでは無かった。

ギョロッとした瞳、常に何かを追い求めているような欲望に塗れた顔、何かに追い詰められているように疲れている顔。化粧で隠しているのだろうが、それでも隠しきれない憎悪のような感情。窪んだ頬が不気味さを加速させていた。

 

何度か会った事はあるが、その程度しか会ったことがない人であり、子供らしい感受性の高さがこの人は怖いと印象付けていた。

 

「元気にやっているようだね」

「あ、はい。お陰様で…」

 

自分は苦手だが、相手を悪く言ってしまってはいけないと教育をされたのでそれとなくお辞儀をして答える。すると叔父は少し頷いて自分に元気そうなことを満足げにしていた。

 

「エンツォ?」

 

するとパーティー会場で挨拶回りをしていた母が気が付いて声をかけてきた。ほんの一瞬、自分に話しかけてきていた叔父を見て警戒した顔をしていたが、直ぐに微笑みに変わって自分に近寄ってきた。

 

「お久しぶりです。パッチランドさん」

「おぉ、マルドリーナ夫人。今日も美しゅうございます」

 

両手を広げて叔父は母に挨拶をする。

 

「ええ、お越しになられて嬉しいですわ」

 

母はそう言いながら自分の手を取る。

 

「当然。兄と御婦人がいらっしゃるとなれば、弟である私が来ないわけにはいきますまい」

 

叔父はそう言い、母に仰々しく話す。するとそんな叔父を見て数人の人達が少し厳しい目を向けていた。

父の話を盗み聞きをしていたので知っていたが、少し前にこの叔父は新しい事業を展開して派手に失敗したらしい。なんでもプレゼンなどでかなり無理強いをして行い、強行的に会社の予算を使った事から父が相当お冠になっていた。

 

 

ーーどのツラ下げてきやがった。

 

 

そんな言外な意味を感じながら漫画のシーンをふと思い出す。あれはヤンキー漫画だったが、ともかくそれに似たような何かを感じた。

叔父の事を他の大人達も嫌っているというか、小馬鹿というか、軽蔑というか、そんな視線が送られていた。

 

「…」

 

そんな人だから、体が自然と母の後ろに隠れていた。

 

「しかし、エンツォくんも大きくなられた」

「ええ、今年で八になりますもの」

 

そして母のドレスの裾を掴んで隠れていると、そんな姿に叔父は笑みを見せた。

 

「いやぁ、まだ私が恥ずかしいですか」

「ああ、ごめんなさいね。まだ人見知りがあるものですから」

 

実際の所、人見知りなんてしていない。その事は周りにいる大人たちも知っており、なんなら先ほどまでこのお店が多いパーティー会場を一人でフラフラと歩き回っては知っている人に挨拶をしていた。だからそれを見ていた他の参加者は裏で『甥っ子にすら嫌われるか』と揶揄していた。

 

「…」

 

エンツォはそこで母の背中に隠れ続けていると、母はそれを口実に叔父に言う。

 

「では、私達はこれで。…行くわよ」

「…はい」

 

小さく頷くと、エンツォは母と共にその場を後にした。

 

「…」

 

そんなエンツォ達に、和かに叔父は手を振るとエンツォは小さく会釈をして去っていった。

 

「貴方…」

 

そしてそのまま母と会場を後にし、そこで先に休憩をしていた父に深刻な表情で話していた。母がそこで事情を説明すると、たちまち父の表情は歪んで行った。

 

「…チッ、アイツめ事業失敗の補填を誰がしたと思っている」

 

父は叔父が来ていることをよく思っておらず、同時に自分へ話しかけてきたことに大層怒っていた。

 

「見つけたら突き返してやれ。他の護衛達に伝えろ」

「畏まりました」

 

従者達もそれに答えると、すぐに動いた。

 

「はぁ、よりにもよってエンツォに話しかけるか」

 

忌々しげに父は自分を見ると、その後に顔を近づけて言った。

 

「良いか?今度叔父が話しかけてきたら、すぐにでもその場を離れるんだ」

「はい…」

「理由は適当につければ良いが、とにかく叔父には近づくな」

「…はい」

 

そこで脳裏に叔父の顔が思い浮かび、最後の和かな微笑みが過ぎった。

 

「お前は良い子だ。だがアイツと関わればそれだけで人生が狂うと思っておけ。良いな?」

「はい」

 

父の忠告に自分はただ頷いて答えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「…ん?」

 

そこでぼんやりと夢から覚めて瞼を開ける。

 

「…」

 

昔の夢を見ていたと自覚するのは自分の部屋の天井を見た時であった。

部屋に吊るされた照明を眺めてから体を起こすと、そこで軽く部屋を見回す。

 

「…?」

 

部屋はいつも通りであったが、妙に違和感を感じた。

 

「(なんだろう…)」

 

胸がゾワゾワとする感覚と言えばいいか、良くない何かが感じ取れた。すると、

 

ッーーー!!

 

遠くで爆発音が聞こえた。

この音は銃声では無かった。明らかに大きくで重い音。音と共に地面が揺れ、それに思わず驚いてしまう。

 

「エンツォ様!」

 

すると部屋にメイドが飛び込んできた。

 

「どうしたの?」

「敵襲です。すぐに避難を」

 

彼女はそう言うと、エンツォは爆発の振動でベッドから落ちそうになってしまった。

 

「こちらです」

 

すぐに屋敷の中を走ると、そこでは屋敷全体に振動が伝わり、窓の外では巨大な爆炎と土煙が上がっていた。

 

「…」

 

猟銃ではあり得ない威力の爆発に、彼は砲撃を受けていると言うことがすぐに理解できなかった。

エンツォは何が起こっているのかも良く理解できないまま、屋敷の中に用意されているメイドの案内の元、地下壕に走った。




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