諸々の手続きを終え、正式に新たな家の当主となった。
無論、会社の事は叔父に任せているので不安が残るところではある。
会社の役員も時折来る事はあるが、投資話や儲け話など、金の話ばかりであったので飽き飽きして全て断っていた。
「まったく、馬鹿馬鹿しい」
退院し、かつて暮らしていた屋敷を前にエンツォは呟く。
とても十二歳とは思いないほど大人びた風格を持ち合わせた彼を前に、以前の彼を知っていた人は驚いていた。
ヘーゼルと青のオッドアイの双眸の少年はブラウンに近い黒髪を風に軽く煽られながら燃え残った別邸を眺める。
「…」
かつて暮らしていたその場所は、ただ燃え残った残骸だけが残されていた。庭園も迫撃砲の攻撃でいたるところが穴だらけになっており、ボロボロに破壊されていた。
ザリッ
足元で砂利を踏む音がすると、そこで彼は焼け残った物を雇っていた警備員達に頼んで運んでもらっている。
「残ったものは一度本邸の中に運んでください。服は好きな様にして構いません」
屋敷は廃墟の様になっており、一部は既に盗難の被害にあっていた。現場は軍警察によって抑えられていたので、運よく逃げ果せた強盗が居たようだ。
「態々来てくれてありがとうございます。先生」
そしてその中の一人、狩猟の教師に挨拶をする。
「ええ、エンツォ様の頼みですからね」
彼はそう言い段ボールに入れられた調度品を運ぶ。エンツォもそれについて行くと、本邸の方に入る。
「うおっ」
本邸の方は、出入り口を全開に開いているにも関わらず、血の香りがしていた。
「すみません。絨毯の交換がまだ間に合っていないんです」
そこで元々の色と合わさってこい小豆色となった足元の絨毯を見る。事件以来、叔父は一切この屋敷に手を加えなかったため、今でも凄惨な現場が残されていた。
「しかし、随分と荒らされている」
教師はそこで思わず息を呑み、これほどの経験を積んだのなら変わってしまうのも無理ないかと、エンツォの変化に哀れに思う。
彼は事件以降、人が変わったように大人びた。いや、狂ったというべきなのか。どことなくタガの外れたような雰囲気があった。
「ええ、ですが大事なものは全てこちらで管理していますので」
そこで彼は風防にヒビの入った懐中時計を取り出す。
「それは…」
「生き残った証です」
父親が特注で少年のために作った懐中時計。金で作られ、蓋の裏には家紋と彼の名前が刻印されたものだ。
「直さないのか?」
「はい。私がまだツいている証ですから」
「…」
エンツォの話を聞き、調度品の仕分けを手伝う教師はそこで彼から話を聞いた。
その後、エンツォは本邸に残って夜遅くまで残された調度品の仕分けを行っていた。
「これは…もうダメか」
屋敷は電気が戻され、部屋の一部に灯りが戻っていた。破壊された壁も修繕が行われ、防犯上の不安は解消されつつあった。
そんな中でエンツォは一人、唯一灯りの灯る執務室で、積み上げられた調度品を仕分けていた。
破壊され、使い物にならなくなった調度品などを処分していたのだ。
「エンツォ様」
「ん?」
そこで部屋に執事がノックをしてきた。彼女は叔父が斡旋してくれた人材であった。
「東雲愛菜様がお越しです」
「ん、通して」
エンツォは言うと、そこで少ししてから再度執務室がノックされた後に部屋に愛菜が入ってきた。
「やぁ、こんな時間にどんな用事だい?」
「…それはこちらのセリフかと。エンツォ様」
そこで彼女は部屋に無造作に積み上げられた段ボールや並べられた調度品の数々を見る。
「どうされたのですか?」
「見ての通り、調度品の仕分けだ。気に入ったものがあったら、持って行っても構わないよ」
彼はそう言い、手元に壊れた模型を置く。
「…らしくありませんね」
「そうかい?」
愛菜は執務室の席に座るエンツォを前に言う。
「すでに会社は叔父の支配下だ。私は、仮の玉座に座っているだけだよ」
「…」
エンツォはそこで愛菜の意を汲んで今の現状を淡々と告げる。
「会社の株を全て保有しているから簡単に首を切れる。とは言ったものの、あくまでも社長を首にするかどうかの判断は会社の役員が決める。…今、急速に父の頃の役員が飛ばされている現状、それも難しくなるだろう」
彼はそこで父と作って破壊された模型を処分用の箱に放り入れる。
「では、今行動を起こされては?」
「どう理由をつけて文句を言う?今、叔父の経営している会社の業績は以前と変わらず保守的だ。順調に取引量も上がっている現状、代わりとなる人物もいない今、社長の首を据え変える訳にもいかないさ」
エンツォは幼い頃から周りとのコミュニケーション能力はあっても、交友関係はさほど広くないし、子供の交友関係などたかが知れていた。
その点が仇となって今、良い人材というものは持っていなかった。
「ですが株主は会社の経営に対し、絶対的な権威を持っています」
「そうだね。だけど叔父の経営体制は数年前の冒険的な事業拡大を行なっていない。そこに個人的嫌悪から来る排除は、返って強い反発を産んでしまうよ」
それはとても落ち着いた、とても子供とは思えない反論だった。
現在、叔父の運営する会社は以前の父の方針を受け継ぐ方法で動いており、社員からも比較的好意的に受け止められていた。
「臨時とはいえ、叔父の人気は上がってきている。私は今後の役員会議のままに動くだけさ」
彼はそう言うと手元にペンダントを握る。
「…少し、外を歩こうか」
「?わかりました」
彼は母の使っていたペンダントをポケットに入れると、そのまま愛菜と共に執務室を出る。
「あぁ、ここももうダメそうだ」
そして和風庭園に出て、黒焦げになってしまったその場所を歩くエンツォと愛菜。
二人きりで破壊された庭園を歩いており、執事も付けずに夜の庭園を歩いていた。
「愛菜さん」
「っ!はい」
一瞬、愛菜はエンツォの呼び方に驚いて変な声が出てしまう。
「これ、受け取って」
「え?」
そしていきなり彼女の手に先ほどポケットに入れたペンダントを渡した。
「エ、エンツォ様?これは…」
「あげるよ」
それは彼の母が身につけていたペンダントであった。何度かパーティーで彼の母とも会っており、その時にこのペンダントを見ていた。
「こう言う装飾品は、君のような女性にこそふさわしい。そう思っただけだ」
「…」
エンツォは愛菜にそう言うと、そこで持っていたメモ帳とペンを取り出して何かを書くと、それを愛菜に見せた。
『本音はこっちに書くこと』
「え…っ!」
書かれた言葉に声をあげそうになったが、彼女はその意味を察知した。
「(盗聴器…!!)」
音波をレーザー照準で捉え、音源化する。これは厄介なことに、本人たちから離れた場所の物体でも、音波が探知できる場所であれば会話を復元できてしまう点にあった。
「(彼は監視を受けている…)」
愛菜はそこで彼が外に出る時に執事や護衛をつけなかった理由も理解する。おそらく彼らは彼の叔父の回し者ということだ。
「(それを分かっていて…)」
彼の近辺の事情を理解して愛菜はそれでも今まで培ってきた平静を装って和風庭園を歩く。
「なら、もう少し静かな場所に移動をしませんか?」
「そうですね」
そこで二人は和風庭園を一望できる道場に足を運ぶ。
「…ふぅ」
愛菜もこの屋敷には何度か出入りしており、家の構造もおおよそどこに何があるのかは知っていた。
「ここはどうです?」
「奥に面白い物があるんです。見ますか?」
「是非」
つまり、入口程度では盗聴器による監視が行われていると言うことかと推察をして、二人は道場の奥に向かう。そこでは流石に盗聴器も機能しなかった。
「エンツォ様、やはりパッチランドを追い出すべきです。彼は貴方様を監視しているのですよ?」
愛菜は道場の奥で座ると、そこでエンツォに言う。
「うむ、確かに叔父は私のことを監視している。そして私達がこうして盗聴器を避けて話していることも報告をされるだろう」
「ならどうして…」
自分の叔父により会話や行動を監視されているにも関わらず、平然としている彼に愛菜は首を傾げた。
「別に私が死のうとも、叔父が自爆すればいいだけの話だからさ」
だが彼は淡々とそれを言った。
「えっ…?」
彼の言葉に愛菜は困惑をした。彼は自分が死ぬ可能性を考慮しているのかと途端に背筋が凍りついた。
「エンツォ様…それは一体…」
「ふむ、どこまで話そうか…」
彼は愛菜に少し考える仕草を取ってから話し始める。
「まず初めに言うと、叔父は私のことを排除、もしくは追い出したいと思っているだろう」
「…はい」
淡々と彼の口から語られる話を前に愛菜は複雑な心境を抱きながら頷く。
「現在、父の会社は叔父が臨時の経営者となって事業の刷新を行っている」
「ええ…」
「そもそもの話、叔父は葬式の後に呼吸音に違和感があった。…おそらく、肺をサイボーグ化したのだろう」
「え?しかしパッチランド氏からそう言った話は…」
そこで愛菜は現在のパッチランドにサイボーグに関した情報はないと確信して首を傾げた。
「隠しているんだよ。自分の肺をサイボーグ化したことを」
「どうして…?」
別にここら辺はそう言った反サイボーグを掲げるような思想を持っているわけではないので、そう言った問題はない。
「…何かしらの理由でサイボーグ化を隠さなければならなかった?」
「うん、そうだね」
エンツォは頷く。
「叔父はすぐに結果を欲し、金に貪欲な性格をしている。余計なことで弱みを見せたくないんだろう」
彼は知っているような口調で愛菜に言っており、彼は葬式会場で叔父に対し胸の事を聞き、その時の視線というものを思い出す。
「サイボーグ化をするほどの怪我を負ったという事ですわよね?」
「そう、でも人にバレたら面倒なことになる。というわけだ」
エンツォはそこで微笑む。
「あの時から私と叔父の戦争は始まっている。…まぁ、分が悪いがね」
だが、余裕そうな笑みを彼は浮かべており、愛菜はそれがさらに困惑を呼ぶ。
現状を聞いてみると明らかに彼の方が手札が少なく、叔父の方が有利に動いているようにしか見えなかったからだ。
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