叔父は直ぐに結果を求める人物である。
金に貪欲な事は別に商人として悪いことではないと思っているのだが、叔父の場合は躾のなっていない犬の様に待つことができないのだ。だから投資でも長期的に保有をすると言う事をせず、直ぐに小さな儲けが出れば売ってしまう性格をしていた。
「恐らく、叔父は財産を全て売り払うでしょうね」
エンツォはそこで列車の窓を見ながら呟く。
「良いのか?嫌っていた叔父に財産も奪われたぞ?」
彼はエンツォに聞くと、彼は少しふっと笑った。
「ええ、全ての財産を持っていくでしょうね」
何処か含みのある笑みを浮かべており、それが彼の不気味さを増していた。
「…因みにお聞きしますが、何をされたのでしょうか?」
「ん?特に何も?まあ、詳しくは後で話すつもりですが」
彼はそこで持っていた鞄を見る。
「取り敢えず、当面は何もしなくても暮らしていける生活費は持ち出して来ました」
鞄の中には共通電子通貨と金塊が入っており、彼が屋敷を出る前にあらかじめ銀行から持ち出していた資産であった。
「父の遺産は受け継ぎましたが、生憎時間がありませんでしたので纏めることができなかったんですがね…」
「…わざとやったのでは?」
「はて?」
態とらしくエンツォは答えると、つくづく思ったのは彼の仕草が年相応に見えにくかったことだ。あの事件からというもの、彼の中で何かが破れた様な気がしてならない。
「(大丈夫だよな?)」
目の前で両親が死亡した際の出来事を彼は聞いており、明らかに自爆をした護衛が裏で繋がっていた事は状況的に間違いないだろう。
「(だが強盗と安易に結べないのも事実だな…)」
屋敷を襲撃した強盗団の装備は明らかに野盗のものであり、軍警察からの発表も元は野盗であったと表記されている。しかし、状況証拠では強盗とその護衛は繋がっていたと見ても良いかもしれない。
「(まあ、俺の頭じゃあ分からんな)」
彼はエンツォを見ながら、取り敢えずは頼まれた彼を遠く離れた場所まで送り届けることに専念する。彼の父とは個人的な交流で知り合っており、それ故にエンツォのことも可愛がっていた。
「エンツォ」
「?」
そこで彼はエンツォに一つ聞いた。
「両親の復讐はするのか?」
それはエンツォにとっても、自分にとっても重要な話であった。
無論、エンツォの話から強盗によって殺されたという話は毛頭信じていなかったが、両親を殺した護衛を手引きした人間は分かっていない。
だが、両親の死後に会社を乗っ取った彼の叔父は怪しかった。その洗練された動きを見ていた彼は、強盗を手引きしたのではないかと疑っていた。
「復讐ですか?」
エンツォはそこで男を見ると、彼はにこやかな笑みでこう答えた。
「なら、私がこうやって行方不明になった事で復讐はもう始まっていますよ」
「え…?」
彼の言葉に男は困惑気味の変な声が漏れてしまった。すると、そんな自分に彼は言う。
「私が生きているかもしれない。それだけで叔父は夜もまともに寝れないでしょう」
「…あぁ、」
その一言で男は理解をし、同時に心底肝が冷えた。
エンツォはとても優秀だ。家庭教師が字の矯正以外にやる事はないと数年前に言われる程には。だがその才能は、パッチランドにとって大きな障害ともなる。だから事故を装って彼を殺そうとした。
会社を自分の手に収めたは良いが、肝心の株はエンツォが保有していた。それは遺産相続の際に彼が弁護士を説き伏せていたからだ。その舌も見ていたことでパッチランドにとってさらに彼への警戒度合いは上がることとなり、半分妄想の範疇にも知らず知らずに過大評価してしまっている。
「叔父はああ見えて意外と小心者です。きっといつか自分に復讐に来るのではないかと猜疑心に駆られてくることでしょう」
そして膨れ上がった過大評価は、長いこと付き合わないと修復される事はない。架空の才能までも付け加えられ、今のパッチランドにとってエンツォというのは『子供ながらに経営の能力がある極めて危険な人物』として映る事となる。そしてもはや妄想に取り憑かれたのなら、それは永遠と脳の片隅に残る事となる。そして同時に『いつか自分の首をとりに来るかもしれない』と考える様になる。
「きっと叔父は、かつて大量に粛清を行った独裁者の様に自分が狙われていると四六時中思うようになるでしょう」
「…」
「そして叔父はすぐに結果を求める性格をしています。あの屋敷を含めた全ての売却を済ませたら、そこで得た資産を使って新規事業…そうですね、前に失敗した金融機関に再度手を出す可能性がありますね」
エンツォは冷徹に予想をすると、彼は言う。
「一応、格付け会社にウチの会社の債務額に関しての通報を行なって格下げを目論んでいたのですが…まあそちらは上手くいかないでしょうね、匿名ですし、額もそれ程です。どの会社も大小の債権は抱えていますから」
「…ははっ」
淡々と話す彼に男は乾いた笑いをする。もはやそこまでやっているというのなら、明らかに子供のやる様なやり方ではない。
彼の冷徹というか、未来予測にも見えるような彼の予測に男は冷や汗が止まらなくなりそうであった。
「末恐ろしいですね…」
「まあまだ本命が起動したわけじゃありませんからね。叔父にはこれからもっと苦労してもらいましょう?」
「…」
フフフと笑う彼の笑みは何を考えているか分からない、というよりも一体いくつもの罠を張っているのだと疑問を感じざるを得ない。そんな表情をしていた。
彼は真綿で締めるようにじわじわと彼の叔父に圧力をかけているのだ。それは彼の死によって完成される物であり、彼が死んでから起動する時限爆弾となっていた。
「ちなみに、どのようなことを?」
「知りたいですか?」
「…やめておきます」
男はエンツォにすぐに答えると、末恐ろしいものを感じてそれ以上は聞く勇気が出なかった。
「まあそうですね。一言で言うなら…」
エンツォはそこで少し間を開けると、端的に言った。
「権利関係はめちゃくちゃに面倒。と言うところですかね」
「…?」
どう言うことだと情報が足りない男は首を傾げた。
「まあ起爆に二〇年はかかる爆弾です。その頃まで叔父が生きていればいいのですが…」
彼は叔父に長生きをしてもらうことを望んでいた。その方が彼には精神的な負担にもなる上に、自らの死で起動した爆弾の起爆を今か今かと待っていた。
「二〇年…」
エンツォの話を聞き、男は考える。それほどまでの長い間、もし彼の叔父が生きていたとして、自分が生きているかどうか。
「生きているかどうかは別に問題ではありませんよ」
エンツォはそこで男に言う。
「私が生きている
「…」
エンツォの趣味というか、嗜好というべきか、彼の独特な考え方を知った男は、どこか氷解をしたような感覚になった。
そして同時に思わず彼に言ってしまった。
「エンツォ様、どうかその心。お忘れなきように」
「?」
「もし復讐が手段から目的に変わった時、貴方の人生はそこで終わります」
男の言葉にエンツォは少し目を丸くして驚いた表情を見せた。
「これは傭兵として長年生きてきた自分なりの持論ですが、これだけは胸に刻んでおきてください」
そして男の頼み込むように言った言葉に、エンツォは静かに頷いた。
「もちろんです。先生」
「…ははっ、もう先生ではないのですがね…」
先生と言われ、少しむず痒そうにした男はエンツォに言われる。
「ですが教えてくださってありがとうございます。この事は忘れないとここで誓いましょう」
エンツォは宣言をして男を見る。
サングラスの向こうに映るヘーゼルと青の双眸には成程たく決心をした眼差しが窺えた。その目は、嘗ての友とそっくりの眼差しであった。
「…ええ、よろしくお願いします。エンツォ様」
そこで男は言うと、列車の自動放送が駅に到着をする連絡をした。
「では降りましょう。ここで合流をする予定です」
「わかりました」
二人はそこで荷物をまとめると、片田舎の駅に降り立った。
降りた街は片田舎の簡素な街であったが、その一角では男達が屯していた。
「よぉ、久しいなレッドサン?」
「やめろ馬鹿」
そこで戦闘服を着た髭面の男がレッドサンと呼ばれた狩猟の教師の肩に腕を組んだ。
「レッドサン…?」
「ああ、こいつが傭兵をしていた時の名だ」
足元で軍用のフルフェイスヘルメットを被らされたエンツォは首を傾げると、その髭面の男は自分を見て言った。
このヘルメットは最新式の防弾と防爆機能のついた最新式のヘルメットであった。これのおかげで顔は隠せたが、持ち出した共通電子通貨は丸ごとなくなってしまった。
「んで、こいつがその坊主か?」
「ああ、預かってくれるか?」
男は聞くと、髭面の男は自分を軽く見てから答える。
「ガタイが良い。訓練されたガキだな…お前、どこでこんな奴を拾った?」
「ああ、少し前に諸事情でな」
男はそう言うと、昔の誼でエンツォを傭兵に入れてくれと頼み込んでいた。
「こいつは頭がいい。会計係を欲してたんだろ?」
「こいつに金の勘定をさせるのか?馬鹿げてる」
髭面の男は呆れた表情でため息を吐いたので、少しムッと来て反論するように言う。
「帳簿の書き方でしたら、ご心配なく」
エンツォは完全に顔を隠し、同時に外の映像をリアルタイムで映すので眼前に傭兵である髭面の男が映っていた。
「…」
「…」
そしてお互いに顔を見合うと、髭面の男が根負けをした。
「分かったよ。自信があるんだったら雇ってやる」
「はい。単式でも複式でも、どちらでも構いません」
「…」
エンツォの言った言葉に髭面の男は目を丸くした後、驚いた表情で男を見た。
「お前…」
「雇うって言ったんだ。言質はとったぞ?」
「畜生め…後で酒を奢れ」
その一言ですぐに目の前の子供がしっかりとした教育を受けた企業か、どこかの富豪の子であり、何かしらの理由で傭兵に身を落とすこととなったと言うのを察した。
「では御坊ちゃま。私も定期的にくる予定ですが、どうかお元気で」
「はい。ここまでご苦労でした」
エンツォはそこで一礼をすると、今まで教師だった男は少し悲しげに微笑んだ後、軽く手を振って後にしていった。
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