アンフィ・テアトルムと言う言葉は、古い言葉で円形劇場と言う意味があるそうだ。こういった名前の街はトラオムの世界には多数存在をしている。
そもそもの話、このトラオムの世界は一つの言語で統一されており、今後も言語体系が分裂をする気配もない。
「…」
ジェロームは一人、到着をした街を鞄を持って歩く。
「懐かしいな…」
何年前になるだろうか。遠い昔の、懐かしい香りが今でもこの街には漂っている。低い煉瓦造りの建物や赤い屋根が立ち並び、街の中央には円形闘技場がある特徴的な街だ。
「決闘の街…今まで同じ謳い文句の街を巡ってきたが、熱気はここが一番だな」
常にどこかしらで男と男、女と女、あるいは男と女が鎬を削り、何かと競い合う街。それが決闘の街と呼ばれる所以であった。街は常に何かしらの賭け事や祭りが行われ、出店も並んでいる。
数日前にこの街に到着をした彼は、宿に泊まりながら観光も兼ねて街を散策していた。
「…」
背中には先ほど購入をしたスリングを通して騎兵銃を背中にかけており、少しだがかつての傭兵の血が騒ぎそうであった。
脇にしまってある拳銃は安全装置を付けてはいるが、この街ではいつどこで喧嘩の種が降りかかってくるか分かったものではない。
「オートマトンの試合か…」
そして街の掲示板では、闘技場で行われるオートマトンの個人戦の広告が打たれている。
こうした催しは企業のオートマトンの宣伝にもなるため、積極的にスポーツとして広まった競技だ。無論、試合毎に賭博も行われており、最近では違法なノミ屋の摘発を行っていると言う話を聞いている。
「…今回はやめておこう」
そして安全上の理由からこうしたオートマトンの戦いは近接武器のみ使用が許可されており、基本的に素手での殴り合いである。
昔は銃火器を使用していたと言う話だが、流れ弾が当たって観客があまりにも死にすぎた事から禁止になったと言う経緯がある。
だが、今回はここの試合を見に来たのが目的では無いため、ジェロームは広告を見た後に街を歩く。
生憎、この街は規模が小さいために市電も市バスも通っていない。なので移動はほぼ歩きである。タクシーを使うと言う手もあるが、最近はタクシーの運転手が客を下させずに詐欺を行う場合もあると言う事でジェロームは余計な問題を抱えたく無いために自分の足で歩くことを選んだ。
「…」
アスファルトで舗装された道を歩き、そこを通る車の風で少しだけ煙たく感じる。
街にはいくつもの店が立ち並んでおり、今日も今日とて闘技場に足を運んだ客を豊満な食の香りで誘い込む。
「良い香りだ」
近くでは煙が立ち込め、薪を使って焼いた焼きたてのピザが売られている。
「…ピザか」
ジェロームは店の煙突から上がる煙を見て昼にピザを頼む事にした。
近くの店が空いていたので、彼は席に座ると店員に注文をする。
「マルゲリータを一つ」
店員は了承をすると店の奥に消えていき、ジェロームは一人、店内の無数に飾られた写真や色紙を見る。かなり多くの有名人が来たことがあるのだろう、店に飾られた色紙や写真の数々は良い広告となっていた。
そう言う意味では、自分も有名人だと思っているので地味にサインを求められたりすると言ったことがないなと思っていた。
傭兵の間では自分は顔もよく知れ渡っており、地味にここで傭兵の集団に出会ったら面倒だなと思っていた。まあ、顔は濃いサングラスをかけている上に傭兵ギルドを創設した時と違って顔色が良くなったのでバレにくいだろうと思っていた。
「はい、マルゲリータ一枚ね」
「どうも」
そこで出て来たのはチーズとトマトソース、バジルをたっぷりと使用し、これでもかと良く膨らんだ良い焦げ目のついた立派なマルゲリータだ。既に六等分に分けられており、簡単であるからこそ店の使う素材の味がよく光るピザであった。
「いただきます」
軽く手を合わせた後にそのうちの一枚を手に取る。
まず生地から滴りそうなほどたっぷりとチーズが乗せられ、ピザ生地が重さに前で曲がってしまう。
「…」
仕方がないのでピザ生地の先端を指で軽くひっくり返してチーズを溢れないようにし、その直後に被りつく。
あっつあつのモッツァレラチーズがまずまろやかな味わいを届け、直後にトマトソースの酸味がまろやかさから口の中をさっぱりとさせてくれる。
そして最後にバジルの香りが口の中に爽やかさを与えてくれる。
ふっくらと焼き上げられ、もっちりとした食感の生地は柔らかいパンのように手を進めてくる。
「…美味いな」
こう言う時、レッドサンであればチーズに何の乳が使われているのかとか、そう言うのを分かるのだろうが、生憎とそこまで肥えた舌をジェロームは持っていなかった。
「私に食レポは向いていないな…」
今更だが、レッドサンは食事に関しても自分と取ることはなかった。あのフルフェイスヘルメットのおかげでいちいち外さないと食べられなかったのだが、彼と共に食事をしたことは一度もなかった。
基本的に自室から出る時は必ずフルフェイスヘルメットで顔を完全に隠しており、邪魔ではないのかと常々思っていた。自分ですら顔を見たことがないのだから、余程筋金入りであった。
素顔に関しては色々と噂が立っていたが、そのどれも憶測の域を出ていないし、本人に聞いても笑って誤魔化される。
「ついにその顔は分からなかったわけだが…」
ジェロームはそこでペロリと一枚を食べ終えると、この味を気に入ったのでさらに二枚ほど平らげてから店を後にした。
なお、店を出る時に色紙を渡され、バレていたのかと苦笑しながらそこで一筆をしてから店を後にした。
「美味ぇ…」
スフェーンはジェノベーゼを食べて満足げに笑みを浮かべていた。
「バジルも新鮮なものを使っている。香りがこんなにも強いものを使うとは」
鮮やかな緑色のペストと絡めたパスタ。パスタはトレネットを使用しており、さやいんげんとじゃがいもと合わせて混ぜてあった。
今朝到着をした彼女は、仕事を終えた後の腹拵えで街の中でも地元民しかいなさそうな店を探して中に入っていた。
『チーズもパルメザンチーズと羊乳のチーズを使っていますね』
「松の実も入ってる。珍しいよ」
ここではアクセントとしてパスタには僅かに松の実が混ぜられ、独特の食感と風味が香る。
バジルの葉を直接刻んで作られたと分かるほどに芳醇な香りを漂わせ、オリーブオイルと合うようにパルミジャーノも香りが強いものを使っている。
「さやいんげんもジャガイモも美味ぇ〜」
茹でた後、しっかりと水気をとって入れたさやいんげんとじゃがいものおかげで噛んでもパスタが水っぽくならずにしっかりとバジルのソースが生きてくる。
『因みに注文をすると無料でバゲットかフォカッチャを選んで出てくるそうですよ?』
「なるほど、余程ペストに自信がある様子ね」
オイルパスタであるジェノベーゼ、その余ったソースですら楽しんでもらいたいと言う店主の意向にスフェーンは満足げにバゲットを注文。少し待つとカゴに入って出て来て、切り分けられていたものが出て来た。
触ると暖かく、焼きたてなのが伺えた。
「アグッ、ん、硬っ」
まずはなにも付けずに一口、外はパリッとしていて硬いが、中も比較的硬い。オリーブオイルとの相性を良くし、バゲットに吸い上げやすくするために硬めに焼き上げられていた。
「ふむ、小麦に少しだけライ麦を混ぜてあるのか」
食感と風味からすぐにパンの特性を発見する。ライ麦を混ぜたことで僅かに酸味を感じ、僅かに硬く仕上がっている。
しかしパンに少し酸味があるおかげでオリーブオイルと絡めても食べやすく仕上がっている。これでもし黒パンであったら、少しキツイ味わいになっていただろう。
「なるほど、これはペストと合いそうだ」
パスタを完食し、皿に残った僅かなペストをスプーンで掬ってパンにつけて食べる。少々行儀は悪いが、これが一番美味い。
「これならフォカッチャでも良かったかも知れないね〜」
少々ライ麦を混ぜたことで独特の酸味があったが、ペストの中のオリーブオイルや粗塩がかき消すと、バジルの香りが覆い尽くす。元々のペストの香りが強い影響でつけ過ぎると全てがバジルバジルしてしまっていた。
「ふぅ、ご馳走様でした」
そこでスフェーンは食事を終えると、そこで会計を済ませてから店を出る。
「うーん、懐かしいねぇ…この雰囲気」
左腰に拳銃入りのホルスターを入れ、街を歩く彼女。
目的地であるこの街、仕事も兼ねており、到着した後に荷物の受け渡しを行なっていた。列車は現在、街の郊外の引き込み線に停めており、泥棒の警戒もしていた。
『かつて、レッドサンであった貴方とブルーナイトが出会った地ですか』
「そうそう。あの頃からちっとも変わってない」
嘗て、傭兵をしていた頃、資金繰りが悪かったことからこの街のオートマトン同士の決闘大会に出場をした。その時に彼と知り合ったのだ。
「金が足りないから、小遣い稼ぎに試合に出た時にね」
『まああの出会いは面白いですが…』
ルシエルはそんなスフェーンの記憶を前に感想を述べる。
嘗て、彼女はジェロームがまだブルーナイトと名乗っていた頃、彼に会うことを極端なまでに避けるように言っていた。
それが今では、彼女が彼と会う事にやや危険視はしつつも概ね肯定するような立場をとっていた。
「変わったねぇ」
『これだけ毎日接していれば、性格は変わるものです』
「…なるほどね」
現在、懐中時計は正午を指している。目的の場所は十四時からの開店であるので、まだ時間があった。
嘗て使っていたあの金の懐中時計はいまだにあの洞窟の中に置いてある。ただあの様子では、壊れていてもおかしくはないだろう。指輪もまた、あの場所に置いて来ていた。
「まだ時間があるかな…」
時間を確認した後、街に鐘の音が鳴り響く。街の時計台が正午を示す時刻を教えてくれた。
「…」
街の近くの山の麓では岩の上にオリーブの木が植えられており、野生化して無造作に生え散らかしていた。その上に立って軽く街の全景を眺める。
「相変わらず埃っぽい場所で」
スフェーンは街の景色を見てそう呟くと、道路に降りて再び歩き始めた。
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