決闘の街。ここがそう呼ばれる所以の一つにこんな話がある。
この街には二人の腕利きの革職人がいたと言う。
その二人の皮職人は数多の企業の社長からも注文が入るほどに優秀な腕前を持っていた。
しかし彼等は、自分の作った作品に対しいつも不満足な出来栄えだと言っていた。
互いの職人は、それぞれ自分の腕は相手よりも劣っており、ライバルである相手方の方が優れていると思っていた。
相手の作ったものの方が自分よりも良いデザインをしており、センスに長けていると思っていた。
だが二人は自分のその感じていたコンプレックスを打ち明けることができず、永遠とお互いのデザインに感銘と悔しさを感じながら仕事をこなしていた。
だがある日、二人は偶々同じ酒屋で酒を飲んでいたと言う。
飲んでいた酒はアブサン。
お互いに同じ酒を飲み、酒に酔った頃、片方の革職人が溢したという。
『お前の才能が羨ましい』
それを聞いたもう片方の革職人がそれに対してカッと顔を赤くして言った。
『お前がそれを言うか!貴様には才能がありながら!!』
二人とも毎日のストレスから自棄酒をしており、二人はそのまま殴り合いの喧嘩を始めてしまった。
慌てて他の客が仲裁に入ろうとしたが、そこである一人が二人に割って入ってこんな提案をしたと言う。
『ここは一つ、お二人にそれぞれ最高傑作だと思う品を作ってくれませんか?』
その注文を入れたのは偶々この街を訪れていたとある企業の社長であった。彼は二人に対し、最高の鞄を作ることを依頼した。
それに対し、二人の革職人は承諾をした後に何日も工房に籠って頭を悩ませていたと言う。そしてお互いに革鞄を完成させ、依頼主である企業の社長に渡した所、
『これでは、とても受け取れません』
と言って依頼主の社長はその酷い出来栄えに受け取りを拒否したと言う。
拒否をされた職人達はもちろん憤慨し、理由を聞いた所、社長はこう言った。
『だって、こんなに憎んでいるようなデザインの鞄ですからね』
その鞄は二人の革職人が喧嘩をした際に作ったもので、酷い見た目をしていたと言う。だからこの社長は次に新しい依頼を出した。
『今度は、お二人で一つの作品を作って下さい』
その依頼を前に二人の革職人は驚愕をした。どうしてそんな依頼を出して来たのかと。そして二人には特別に工房まで貸してもらい、逃げようにもどうしようも無くなってしまった。
そこで二人は仕方なく作業をし、そのぎこちなさを忘れたい気持ちから二人は再びアブサンを飲み始めた。浴びるように二人は酒を飲むと、そこからと言うものベロベロになった状態で二人は視界にぼんやりと見た事のない女神が現れたと言う。その女神はそれぞれの革職人にこう言ったと言う。
『愚痴を言いなさい。気心を知れば、気も楽になるでしょう』
それから二人は、その女神の通りにそれぞれお互いの愚痴を溢しあった。
やれ君の革の使い方は上手い。
君の方が皮の選び方は最高だ。
そんなお互いの愚痴を暫く言い終わった後、お互いの気心を知れた二人は次第に意見を言い合うようになり、暫くして一つの革鞄が完成した。
その出来栄えは史上最高と言ってよく、それを見た社長は満足をした顔で聞いた。
『どうです?お互いの気持ちを知ったから、こんなにも素晴らしいものが出来が上がったんですよ?』
社長はそう言うと、二人の革職人はお互いの気心を知り、互いに今まで以上に良い作品ばかりを作るようになったと言う。
「まあ、これはよくある『腹を割って話そう』と言う、よくある故事の一つか…」
ジェロームはその話に出てくるアブサンの入ったグラスを手に取って店の灯りを通す。
今の話はネット上でも実しやかに教訓として語られる物語である。嘗て、この話に出てくる職人のモデルとなった人はいるそうだが、実際にそのようなことがあったかどうかは分からないそうだ。
「…」
グラスに一定量注がれたアブサンは芳醇なハーブと強い酒の香りを漂わせ、人を惑わせにかかる。
嘗て、この酒が悪魔の酒と呼ばれたように。
この物語に出てくるアブサンと言うのは、いわゆる規制前のツジョンを多く含んだ粗悪品を飲んだからなのではないかと言われている。
この酒を作る際に使用されるニガヨモギから抽出されるツジョンの影響で嘗て国が販売を禁止したと言う伝承が残っている。
「…まだ人はいないか」
現在、時計の針は午後三時頃を指し、この店が午後の営業を始めてまだ一時間ほどしか経っていなかった。お陰で店内にはまだ人が居なかった。
この時間ともなると、昼飲みをしていても午後の業務が再開してしまう時間帯であった。
「…そう言えば、この酒の情報を教えてくれたのもアイツだったか」
ジェロームはそのグラスを飲み終えると、同じものを注文して二杯目を頼む。
彼はバーカウンターでも隅に座っており、ここ数日は店の開店から閉店まで入り浸っていた。注文するのはアブサンばかり、お陰でバーテンダーもアブサンばかりを飲む客として覚えてしまった。
このバルは午前と午後で営業を分けており、朝は酒の提供を店主の意向でやめていた。なので酒の提供は午後から行われている。
「…」
自分は酒に強いと自他共に認めており、傭兵団でかかって来たやつを悉く潰してきた。
レッドサンは相変わらずそこら辺の事は分からなかったが、彼は『酒は楽しむ程度が一番良い』と言っていたのでそれ程なのか?と推察していた。
「…」
それほど酒に細かいこだわりは持っていないが、ある程度の酒の常識は持っていた。まあ元々何も食に関しての知識がなかったのでレッドサンからの受け売りではあるのだが…。
「…」
そして再度腕時計の確認をすると、彼は時が経つのを待っていた。
午後三時ともなると早朝に出た人々がやって来てバルの席に座り、そこら辺を皮切りに段々とバルに人が増えていく。
一時間もすればあっという間に店は人が増えて盛況する。盛り上がる店の中で、一人カウンターの隅に座っていた彼はゆっくりとアブサンを飲んでいる。ここ数日の日課であり、ひたすらにアブサンを飲みまくる彼は異質にも見えた。
「…」
そしてもう何杯目かも数えていないアブサンの注文をした時、自分の隣の席に一人が座った。
見た所、ムートンジャケットに黒いセーター、ジーンズを履く女性だ。頭の上には一対の立派な鹿角があり、女性でも角があることからトナカイの獣人であるかと把握する。
「(わざわざ隣に座らなくても…)」
バーカウンターは他にも空いている席があり、一個間を開けて欲しかったと内心思いながらグラスを傾ける。
「砂糖二つで隣の方と同じものを。それからハムとチーズの盛り合わせを」
彼女は自分と同じアブサンを注文すると、同時に軽食を頼んでいたが、量が量だけに夕食と言っても差し支えない量であった。
注文したアブサンは少し注がれた後にアブサンスプーンを置き、上に角砂糖を二つ乗せ、その上から水を注いで白濁したところを軽くかき混ぜてから提供される。
嘗て、その角砂糖を暫く置いて砂糖に揮発したアルコールを染み込ませてから火をつけて、そこに水を注いで消火した後に混ぜて飲むと言うボヘミアンスタイルと呼ばれるパフォーマンスがあったそうだ。
「お待たせしました」
バーテンダーはそこでアブサンと共にハムとチーズの盛り合わせを提供する。
熟成した生ハムとカマンベールチーズに胡椒をかけて串で刺した物やサラミ、ピスタチオの入ったボロニアハム、ロースハム、エメンタール、青カビ、ラムレーズン入りのクリームチーズを乗せたクラッカー、いずれも軽食には相応しい、少量で種類のあるメニューであった。
隣に座った女性は出て来た軽食を早速口に運んで食べ始めると、同時にアブサンも飲む。
ついついそのお手本のような所作を見てジェロームは気になってしまう。そして彼女の注文したものと同じものを頼もうかと少し考えてしまった。
「ん〜、美味かった」
そして軽食を食べ終えた後、最後にグラスに少し残った緑の酒を軽く回してから聞いた。
「しかし、ここのアブサンはいい味ですね。どこのですか?」
女性はそこでバーテンダーに質問をすると、そこで瓶を持ってきて説明を行った。
その瓶には誰かの肖像画が印刷されており、その顔を見てふとジェロームはそれが何かの画家だったのを思い出す。誰だったかは覚えがないが、まるで幻覚を見ているような顔であった。
すると説明をされた女性は軽くバーテンダーに感謝をすると、今度は同じアブサンのソーダ割りを頼む。
そして二杯目が出てくるまでの間、女性は徐に話し始める。
「嘗て、アブサンは薬用として医師が開発したもので、その人気から嘗ては軍隊でも飲まれ、さっきの瓶にも描かれていたゴッホをはじめ、太宰治、ピカソ、ロートレックなどの著名な人物も愛飲し『緑の妖精』とも呼ばれた」
「?!」
その時、聞いていたジェロームの目が見開かれる。
「そしてその人気から安価で粗雑な模倣品が市場に出回って多くの者がアルコール中毒で身を滅ぼした酒」
「っ!」
その時、ジェロームの中で何かがパズルのピースがはまるような感覚になる。そして思わず隣に座った女性を見ようと目を見開いて顔を上げる。
「どうだ、少しはタメになったか?」
「…」
隣に座った女性は濃い色のサングラスをつけた灰髪で、ジェロームを見ていた。
昔よりも目線が高くなって自分を見ている女性は、見覚えがあった。
「君は…」
その姿には見覚えがあった。
サングラスの奥に差し込んだ光のおかげで見える灰色の左目、虹色の右目。
ーー数年前、赤石の駅で見かけた少女だ。
ジェロームは息を呑んだ。同じ灰髪、同じ瞳。特徴的なそれは見間違うはずがなかった。
だが同時に混乱をした。あの時の彼女の身長は小学生と見間違うほどに小さかった。あれから二年ほどしか経過していないはずなのにも関わらず目の前は数十センチも成長をしているように見えた。
すると彼女に二杯目が出され、それを片手に持つ。
「まぁ、少し落ち着け。その酒を飲んでから移動しよう」
「…あぁ」
ジェロームは驚愕した表情を無理やり押さえ込んで、立ちあがろうとしかけたジェロームに女性は言う。
そして彼は再びアブサンの入ったグラスを傾けたが、今まで感じていたハーブやニガヨモギの香りは感じられなかった。
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