スフェーンに案内された場所は街の人気のない郊外の、市内のアスファルトすら敷かれていないような辺境の地であった。
「よほど自信があるんだな」
「まあね」
前をムートンジャケットを羽織り、ジーンズを履いている女性が歩いており、特徴的な一対の鹿角と長髪の灰髪は明らかに戦闘には不向きな髪型をしていた。
これがかつて、自分とコンビを組み、肩を並べて戦った傭兵であると言われても誰も信じないだろう。
植林後、空間エーテル濃度の低さからすっかり野生化してしまった低木やその他木々で囲まれた場所を抜けて、二人は少し歩いていると、
「お、着いた着いた」
スフェーンが言うので、ジェロームもそこで登った先の景色を見た。
「おぉ…」
そしてその先の景色を見て思わず声を漏らした。
そこには一つの大岩が崖上スレスレの部分に転がり、その奥を広大な荒野の景色が広がっており、その奥の地平線に日の入りを始めた太陽が夕日を演出している光景であった。
そしてその景色は、どこか見覚えのある光景だった。
「すごいな」
「でしょ?昔と全く変わらない景色だ」
登り切った後、ジェロームの呟いた感想に隣に立ったスフェーンは少し笑うと、そのまま一歩ずつ前に出る。
「多分、この街一番の絶景ポイントだ。まだ手入れがされていないってことは、ここは誰にも見つかっていないんだろう」
「…だろうな。こんな美味しい観光スポット、この街が整備しないわけがない」
ジェロームもスフェーンの意見に賛同をすると、スフェーンはそこで岩に腰掛けてジェロームを見た。
「ああ、実に綺麗だろう?」
その直後、崖下から強い突風が突きつけ、その風を前に一瞬目を閉じてしまったジェロームは、次に目を開けた瞬間に驚愕をした。
「まるで昔の私の二つ名のようじゃないか」
「っ!?」
するとそこに座っていたのは、紺色のナッパ服を纏って帽子を被り、手に白手袋を嵌めた幼い幼女であった。
そして同時に、見覚えの正体を思い出した。これは昔、夢に出てきた光景と同じ場所であると言うことに気がついた。
「どう言うことだ…?!」
「さぁ?幾分この体は私にも解明できてないところが多くあってね」
彼女は先ほどより幼くなった声で言うと、自分の手を軽く動かす。頭上に生えていた一対の角も霧散してしまっており、元々がそうであるようになっていた。
「…それが、前に俺が見た姿か?」
「大当たり。あの時やっぱり気付いていたのね」
スフェーンは掛けたままのサングラスを取って胸ポケットに入れる。
そして露になった灰と虹のオッドアイの双眸を見て、そこで彼は初めて目の前の幼女が明らかに人間離れをしたナニカであると察した。
「っ、お前は…レッドなのか?」
「少なくとも、レッドサンの記憶を持った個人であると私は認識している。なんなら君のパンツの好みを言ってやろうか?」
「…」
少なくとも圧倒的秘匿されなければならない個人情報を前にジェロームは納得する。これは本物であると。
それで警戒は多少解けたものの、瞬き一瞬で女性から幼女に変わったかつての相棒に困惑の色は隠せなかった。
「…レッド。人、なんだよな?」
「さぁ?その質問には答えられない。まだ正解に辿り着けていないの」
スフェーンは岩に座ったまま質問に返す。
「あの後、どうやって洞窟から脱出をしたんだ?」
「自力、あの時にはもうこの体だったからね」
「…」
そこでジェロームは次々とそこで質問をしていく。
ここであれば余人もいないし真周りの深い木々による木の葉によって声もかき消されて盗聴の心配もない。その為、聞きたい質問の全てが可能であった。
そしてジェロームはそこでスフェーンのその体の生まれを知り、人外のそれではないかと内心で思った。
「ふむ…君はエーテル病患者ではないのね」
「?」
スフェーンの謎発言に首を傾げ、直後に異能のあれか?と直前に起こった出来事から変なことを想像してしまった。
「まあいいわ。あの後洞窟から逃げ出して、その時に名前も変えたってわけよ」
「…よく逃げ出せたな。タルタロス鉱山のあの場所は、かなり深い場所だったぞ?」
あの鉱山の最奥にあった幻想的な空間を思い出し、そこで彼はそこのさらに奥深くのエーテルの池に落ちたレッドサンを思い出す。そもそも彼は、自分が撃ち抜いた場所的に足が吹き飛んでいるはずであった。
少し警戒をして拳銃の確認を行ってしまうジェローム。予め、銃の装填と安全装置の解除は宿の部屋で終えていた。
「持ち前の運の良さが発揮された瞬間よ?」
彼女はそう言い、それが嘘ではないことをジェロームも長年の経験で察した。
「なるほど、お前は昔から豪運の持ち主だったな」
ジェロームはそこで長年組んでいたレッドサンという傭兵のその戦績の高さの理由を思い出す。
「じゃなきゃあれほどの戦績を残せないわよ」
「だろうな。お前の名前は、今じゃあそれ自体が傭兵としての称号となっている」
騙りすらできない伝説の存在、それがレッドサンという傭兵である。
「最強の傭兵レッドサン?それは傑作ね」
「笑い話じゃない。事実だ」
ジェロームはそこで傭兵ギルドを創設した後、解体する直前の赤砂にいた傭兵やアイリーンの支援を受けた直後に辞めていった傭兵達を思い出す。
彼らは皆、一様にレッドサンのようなオートマトンのパイロットを目指していた。
「今となっちゃあ流れた話だが、お前を記念した記念章を作ろうした奴もいた」
「それ絶対サクラでしょう」
「大当たりだ」
レッドサンに対し異様なまでにイイ笑みを浮かべていた彼女は、色々と何かにかこつけて彼を祭り上げようとしていた。
それを知っているからこそ、ジェロームは苦労をしていたのだが…。
「事実、お前に憧れて転向したやつもいただろう?」
「ええ、居たわね」
スフェーンとジェロームはそこで、かつて二人で暮らしていた時についてきた傭兵達を思い出す。
今となっては散り散りとなってしまった彼等だが、そのうち数名はレッドサンに憧れてオートマトンに乗って、慣れない操作で戦場という荒波に揉まれて沈んでいった者もいた。
「まぁ、今じゃあ誇張された話すらも含めてお前と俺は偉人伝の仲間入りさ」
「冗談じゃないよ全く…」
スフェーンはここまでことを大きくしたサクラの高笑いが幻聴で聴こえながら呆れてため息を吐いた。
「少なくとも私は途中で死んだ運のない男よ?」
彼女はそう言うと、そこで破壊された嘗ての愛機を思い出す。
「だとしても、ソンビのように這い出てきて俺は恐怖だったよ」
「悪かったわね。地中から出てきて」
スフェーンは嫌味ったらしくジェロームに言うと、彼は少し戸惑いつつも答える。
「別にそんな事はないが…」
ジェロームはスフェーンに少し目尻を下げる。するとスフェーンはそんな彼に軽く笑った。
「フッ、揶揄いがいがあるわね」
「…性格が悪いぞ」
ジェロームは見た目が幼女であるが故に話し方がおかしくなりそうだと脳で思いながらスフェーンを見る。
元々ロリコンでは無いと自他共に認めているが、子供好きであることは認めている。そこら辺の線引きは曖昧であるが、少なくとも周りの皆からはそう言う風に信頼されていた。
「…と言うより、ヘルメットが無い分、レッドも感情が豊かだな?」
「まあ長年被り続けていたから表情筋は豊かになりましたとも」
完全に顔を隠していたフルフェイスヘルメットのおかげで、裏でどのような顔をしていても他人には気づかれにくい。そんな中で成長期を迎えたことで、レッドサンの表情筋はとても緩かった。
「はぁ…相変わらず君と話すと長くなる」
そこでスフェーンの背後で移動する太陽の角度を見てジェロームは言うと、彼女は少し笑った。
「そりゃあね、十二年も会わなかったら話も積もりすぎて山脈になっているわよ」
彼女はそう言うと、ジェロームは彼女に聞く。
「…レッド、最後に聞かせてくれ」
「何かな?」
ジェロームの質問に、スフェーンは大方予想のついたような表情でジェロームの目を見る。
「君がアイリーンからこれほどまでに執着を受けていたのはなぜだ?」
「…」
その質問にスフェーンは少し間を空けた。
「…少し、話が長くなるかもよ?」
「構わないさ」
それを承知でジェロームは頷くと、スフェーンは少しゆっくりと口を開く。
「まず本名を教えよう。そしたら、君も色々と察して話が進みやすくなるだろう」
「…」
スフェーンは言うと、ジェロームも思わず息を呑んでしまう。
「
「っ…!!」
名前を知り、その瞬間にジェロームは何度目かの驚愕をした。
「そんな…」
「ああ、嘗て君が資金援助を受けたアイリーン社の創設者。パッチランド・リヒトフォーフェンは俺の叔父だよ」
「!!」
スフェーンからの情報を聞き、ジェロームは即座に色々と察することができた。
彼の叔父であり、アイリーンのCEOを務めたパッチランドは、ジェロームに対し多額の報酬を持って接触をしてきた。そしてレッドサンの依頼をしてきた。
当然、最初は断ったものの、何度もしつこくアイリーンの人間は自分に接触をしてきて、その度に報酬金額は上がっていた。
そして最終的に、彼らは孤児院に極超音速ミサイルを撃つと言って脅しを仕掛けてきた。
流石にただの企業ではここまでのことはせず、逆に彼や自分を自社に勧誘してくるほどであった。
一体どんな理由があってアイリーンはレッドサンを消したいのかと疑問に思っていたが、本名を聞いて納得をした。
「君は叔父から命を狙われていたのか…」
「そうだ。…まあ完全な被害妄想だと思うんだがね」
少し苦笑気味に彼は言うと、そこで幼少期からの話を聞かされた。
企業の子息としての生まれ。
その後の強盗の襲撃。
両親の死後の叔父の会社の乗っ取り。
叔父からの脱出行。
傭兵としての出発。
彼が仕掛けた二〇年越しの爆弾。
「そうか…そう言うことだったのか」
ジェロームは一通りの話を聞き、色々と納得をした。
彼の死生観に関する認識が他とずれていたのは、彼にとって死は無意味であるからだ。
彼にとってのベストは行方不明であること。だから死んで死体が上がる方が、彼にとっては不都合であったのだ。
きっと、彼の遺体を見られなかったパッチランドは最後まで眠れない夜を過ごしていたに違いない。
こんな何十年も先の事を考え、自分の性格をよく知って、なおかつ的確に弱点をついてくるのが敵であったと言うのなら、消したところで死体を直接見ない限り安心なんてできるわけがない。クローンなんて作っていれば、遺伝子鑑定をしたところで無意味であるからだ。
「しかし凄まじい人生だな。どこかで映画化でもできそうな程だ」
「だから笑い話にできないんだよ」
スフェーンはジェロームに言うと、真面目な表情でジェロームに言った。
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