「じゃあ最後に私からも聞こう」
スフェーンは岩に座ったまま、ジェロームに問うた。
「なんであそこで私を殺さなかった?」
「…」
その問いにジェロームは沈黙した。あの日、タルタロス鉱山のあの空間で、ジェロームの乗るブルー・アンリオはロート・フォッカーの背後を完璧にとっていた。
「あそこで胴体を撃ち抜いていたら、私は四散して消えていた」
そしてブルー・アンリオの持っていた武器は40mmの電磁加速砲。確実にあの距離で命中をしていれば胴体がごっそりと消えてしまう勢いであった。
「なんで私の足を狙って撃った?」
その質問にしばらく沈黙をしたジェロームは少し震えた様子で口を開いた。
「…分からん」
「…」
「分からないさ。俺にもな」
ポケットに手を突っ込み、少しうつむく彼。その表情は疲れていた。
「あの時、俺はアイリーンから孤児院にミサイルを撃ち込むと言われた」
「…」
「言い訳に聞こえるだろうが、それが事実だ」
そして彼は淡々とスフェーンに話す。それを黙って聞いていた彼女は小さく頷く。
「まあ、お前さんの性格はよ〜く理解している。生真面目で、苦労人気質で、義理深い事くらいな」
彼女はそこで煙草の箱を取り出すと、ライターに火を付ける。
完全サイボーグであれば、煙草を吸う事はできない。つまり、彼女は生身の肺を持っている証であった。
「だから、撃ったのはそれなりの事情があるのはわかっていたさ」
そして煙草を吸い始めると、彼女は勧めてきたので自分も持っていた煙草を手に取る。吸うのはいつものハイライトだ。
「…」
ジェロームは少し震えている腕を力んで押さえ込んで煙草に火を付ける。
その味は、前と違って全く効いている感じはしなかった。
「全く、叔父のなりふり構わないやり方には心底呆れる」
「…追い詰められた人間が何をしでかすか分からないのは、経験したことあるだろう?」
「勿論」
傭兵時代、包囲されて後は死ぬしかないほど追い詰められていたPMC兵が自棄になって自爆攻撃を行い、最初に乗っていたオートマオンが破壊された過去があった。その後、破壊されたオートマトンの代替として彼はロート・フォッカーに乗り始めた。
「しかし、生きていてなぜ復讐をしなかった?」
ジェロームは聞くと、スフェーンは少し笑って返す。
「言ったことあるだろう?私はとっとと傭兵を辞めたかった、って」
「…」
その回答にジェロームはは不満足な表情であった。
「これでは不満かい?」
「ああ」
即答をすると、スフェーンは少し考える仕草をした後に懐かしむ表情で話し始める。
「昔、私に狩猟を教えていた教師の教えだ。『復讐が手段から目的に変わった時、貴方の人生はそこで終わる』とな」
「…」
ジェロームはスフェーンの話を静かに聞く。
「いつの時代も、復讐の為に人生を棒に振って失敗した連中はいる。そう言う奴らの為に地獄が存在し、天国が存在する。そうなるくらいなら、私は復讐に固執しない」
そこで彼女は少し顔を上げて空を見上げる。
「幸いにも私の遺体は上がっていない。叔父への復讐は続行できると判断したし、序でに傭兵を辞めれるいい機会だと思ったの」
「…俺を殺そうとは思わなかったのか」
ジェロームの少し震える声にスフェーンは肯定する。
「ああ、君の人の良さは知っていたからね。まあ君の事だから色々と詰まりそうだなと思っていたよ」
スフェーンは言うと、ジェロームは、分かってはいたが拍子抜けのような、空気の抜けた風船のように今まで思っていた事が抜けて行く。
「…どうせなら、報復心でも持ってくれていた方が良かったな」
「生憎、君と言う存在の性格知ってからじゃあ無理よ」
彼女はそう言い、ジェロームの苦労人気質で義理堅い性格を思い出す。でなければ、孤児院であれほど感性豊かな子供達から一様に好かれる理由がない。
「私は正直羨ましいと思ったよ。少なくとも私ならそこまで本物の騎士みたいに義理堅くはなれない」
スフェーンの羨望の乗った言葉に、ジェロームも言う。
「…俺もだよ。レッド」
「?」
「俺は顔を隠していても尚、女性に人気があった君が羨ましかったさ」
「…」
ジェロームはそこでプエスタを筆頭に多くの女性から彼は好かれていた。彼の話し方や仕草は女性ウケが良く、ジェロームはその光景を常に近くで見ていた。
「…はははっ、まるでこの街の伝承だ」
「アブサンを事前に飲んでいた時点で伝承の通りさ。いずれ幻覚で女神の姿でも映りそうだ」
この街で語られる昔話、それをなぞっているような状況に二人は笑う。
「レッド…いや、エンツォ」
そこでジェロームは聞く。
「教えてくれ。君の素顔は、一体どんな顔をしているんだ?」
「…さっき、最後の質問をしたばかりだと言うに」
スフェーンは軽く呆れながらも少し笑みを見せると、彼女は右手をジェロームの前に突き出す。その手は丁度ジェロームの視界から彼女の顔を隠し、少し待ってその手が退かされる。
「…はっ、本当になんでもできる多彩な体だ」
そして退かれた手の向こうにはブラウンに近い黒髪に、ヘーゼルと青のオッドアイの双眸、整った容姿を持ったおどけさのある男児の顔があった。
「なるほど、天然でオッドアイか」
「こんな顔だ。サングラス程度ではバレてしまう」
「…カラーコンタクトは?」
「カラコンがズレてしまう可能性があるからしなかった」
この顔は恐らく、彼が脱出行を成し遂げたあたりの顔だろう。しかし、側から見ても可愛さがあり、将来有望な顔付きを前にジェロームは羨んだ。
「なんだ?企業の子は皆イケメンと美女だけなのか?」
「そりゃあ金かけて育てたら雑種豚だって高級品さ」
スフェーンは言うと、煙草を一度大きく吸って煙をジェロームに向けて吐いて視界を掻き消すと、少年の顔は少女の顔に戻っていた。そして彼女は吸い終えた煙草の吸い殻を携帯灰皿に捨てる。
「ジェロ、私からも一つ」
彼女はそう言うと、ジェロームを見る。
「よくあれほど拡大した赤砂を解体した」
それは傭兵ギルド創設時、彼は自ら作り上げた組織を解体し、多くの傭兵団の種を蒔いた。その手腕を純粋に褒めていた。
「何、それほどでも無い」
ジェロームも一本吸い終えてからその吸い殻を地面に捨てる。
スフェーンは嘗て所属し、事実上の傭兵団となっていた赤砂傭兵団を綺麗さっぱりに解体したジェロームに言う。
「組織で一番面倒なことは、一度作り上げたものを壊す事だ。そうだろう?」
「…ああ」
それにジェロームは頷いた。
赤砂傭兵団の解体を決めたのは、自分が軍警察に保護をされている最中だ。その日から解体のための準備を始め、施設は傭兵ギルドに。人員と装備は、嘗て同胞であったチェンに、それぞれ引き渡す為に準備を行なった。
こう言う些細な解体と言うのは、思わぬ爆弾が眠っている場合もあるため、相応に苦労することとなった。何せ急拡大をしたことで自分の知らなかった事務所が見つかったりと、そこで発覚した問題も含まれていた。
「まあ、俺がしなければならないやる事は全てやった。後は次代に任せるだけだ」
「…そう」
スフェーンはジェロームに頷くと、腰から下げていたホルスターに手を伸ばし、同時にジェロームも脇に挟んだホルスターから拳銃を抜いた。
ッッ!!
そしてこの空間に、ほぼ同時に乾いた銃声が響いた。
「…」
スフェーンとジェロームはお互いに銃口を向け合っており、静かに相対する。
「…カフッ」
そしてジェロームは口から血を垂らして苦しげに血で滲む白シャツを見る。右の肺を貫通したスフェーンの銃弾はジェロームに放置をしていれば致命傷となる傷を与えた。そして自分の怪我を視認したジェロームは拳銃を落としてゆっくりと膝をつける。
「流石ね」
そして倒れかかったところをスフェーンが肩を貸す。幼女の体にジェロームは重かったのでブーストを使って腕から僅かに結晶が露出する。
「綺麗に当てちゃってまぁ」
ジェロームはそこでモコモコと泡の立つスフェーンの胸部見る。
「…化け物か」
「心外な。人の心はあるっちゅうねん」
「…その心に穴を開けたはずだぞ」
そう言って泡の立った胸部からめり込んだ拳銃弾が弾き出されると、弾頭が裂けているのが分かった。
「あーあー、ホローポイント弾とは、殺意高いね〜」
「そう言う君もだろう?マグナム弾とは…」
「まあそうだけど」
スフェーンはそう言いジェロームを岩の前で座らせる。
「はぁ…」
彼は右肺を撃たれ、このまま放置をすれば血が気管を塞いで窒息死する事となる。
「うしっ、ちょっと待って」
そこで彼女は医療用のソケット式圧力注射器を取り出し、薬瓶に入った液体を専用の注射器に差し込む。
「…それは?」
「治療薬」
「嘘だな…」
少なくともジェロームは、それ単体が発光をしてている物質がまともなものでは無いと思っていた。なぜ発光をしているのかは聞いても理解できないだろう。
「じゃあちょっと実験に付き合ってもらう。それが復讐って事でどう?」
「…復讐は普通、相手に相談しない…ヴッ!?」
話している最中、ジェロームは右肺の傷口に圧力注射器が撃ち込まれた。
「止血スポンジほどじゃないけど、痛むわよ」
「先に言え…!!」
ジェロームはスフェーンに文句をつけると、圧力注射器を打ち込まれて薬液を全て体内に注入される。
「グフッ…」
そして注射を受けた場所を中心に熱発しているのがわかる。
「はぁ…あぁ、痛むな」
「まだ傷が治ってないから尚更ね」
彼女はそう言うと、使った圧力注射器を片付ける。
まだ口の中が鉄の味がしており、息もするだけで辛い。ジェロームはボンヤリといつの間にか落ちていた陽と、空に映るエーテルのオーロラと星空を見る。
「しかし…」
そこでスフェーンは体勢を楽にする為にジェロームの背負っていた
「こんなもの持ってたっけ?」
「諸事情で譲り受けてな。…まあ、曰く付きの代物だ」
「なるほど…」
スフェーンはそこで自分の目に映るエーテルで塗れた小銃に納得する。
「コイツらは預かっておくわよ」
彼女はそう言い、ジェロームの持っていた拳銃と小銃を持つ。
「…行くのか?」
「ええ、またいつか会いましょう?」
ジェロームの質問にそう返すと、やる事をやり終えた様子でスフェーンは歩き始める。すると去り際、忘れていたように彼女は言う。
「ああ、次に目を覚ましたら家に帰るのよ」
「…分かったよ」
ジェロームは短く頷くと、スフェーンはそのまま自分の銃を持って消えていった。
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