はるか昔、世界にエーテルの爆発の反動で生まれ落ちた存在である異能者。
その異能は戦争と共に生きてきた。
「…」
その時、その若者は目を覚ました。
「?」
目を覚ました時、まず視界に入ったのは薄暗い照明と木材をふんだんに使った狭い客室。
そしてとてもふかふかとした柔らかいクッションの効いた座席であった。
刺繍の施された草色の布製の座席は向かい座席があり、若者は首を傾げた。
「どう言うこと…?」
そこで自分のいる場所に警戒をしながら周囲を見回すと、客車の窓の外は真夜中のように暗くなっていた。
ッーーー!
すると遠くから長い汽笛が鳴り響いて、若者は客車の窓の外を見る。列車はカーブに差し掛かっていたおかげで先頭の
全ての客車の窓に灯が灯っており、客車はかなり連結されているのかと思っていた。
「…」
困惑気味に列車を確認し、そこで壁だと思っていた場所にドアノブがあるのを見た。しかしそのドアノブを開ける勇気はなかった。
時折揺れているほどの速度で走る列車から飛び降りる勇気はなかった。
「失礼、お客様」
「っ!」
その時、後ろから声をかけられて咄嗟に銃を抜こうとしたが、あるはずの場所に無かったので一瞬焦りながら声のした方を見た。
若者に話しかけた人物は制服を纏った青年であった。その青年は黒板色に白字で車掌と縫われた腕章を腕につけていた。
「切符を、拝見してもよろしいでしょうか?」
「あっ、あぁ…」
そこで若者は自分がいつの間にか列車に乗っている事実に困惑しており、切符なんて持っていないと言う。
「すみません。切符は持っていなくて…」
すると車掌はそんな若者に首を傾げた。
「おや、ポケットなどに入っておりませんか?」
「え?」
指摘をされ、少し慌ててズボンや上着などのポケットを探した時、手の中に硬い感触を感じてゆっくりとそれを取り出した。
「こ、これですか?」
「はい。お借りしますね」
その薄紅色の硬券切符は古臭い厚紙で出来ていた。行き先も日付も金額も、何もかも書かれていない切符であったが、車掌はその切符を受け取って検札鋏で切れ込みを入れる。
パチンと音を立てると、その音に反応して一瞬だけビクッと若者は体を震わせる。
「ありがとうございました。ではごゆっくり」
車掌はそう言って部屋のスライドドアを閉めようとした直前、若者は聞いた。
「あ、あの…」
「何か?」
そこで若者は車掌に聞いた。
「ここは、何処ですか?」
その質問に車掌は少し間を開けて答えた。
「当列車は、現在定刻通り運行しております」
その車掌は腰のホルスターに
別に拳銃を持っていることに違和感はない。なぜなら、車掌は車内検札をしている途中で不正乗車をした客や強盗などから身を守るための手段として拳銃を持つことは当然の権利であるからだ。それどころか、装弾数の少ない回転式拳銃を持っている事に不安さえ覚えた。
「え?」
「では、ごゆっくりとお過ごしください」
「あっ…」
すると車掌はそのまま廊下を歩いて客車から消えてしまった。一人、客車に残された若者は静かに列車のジョイント音が聞こえる車内で困惑しながら窓の外を見る。
「…」
ガラス窓の外は列車以外の灯りがない常闇の空間が広がっており、一面に雪景色が広がっていた。
他に誰かいないのかと思いながら客車全体を歩いて探してみたが、他に人の気配はなかった。
列車はそんな場所を永遠と走り続けており、状況を飲み込めない若者は部屋に戻ってもともと座っていた座席に座ると、そこで深く座り込んだまま目を閉じる。あまりにも今起こっている現象が不可解であるので、夢では無いかと思っていたのだ。
直前まで自分はとある国家の国軍の異能兵として前線の塹壕に隠れていた。
若者はその国軍の戦闘服を纏ったまま列車に乗り込んでおり、周りに同様の兵士がいないので後送でも無いと判断していた。
「意味が分からない…」
そう呟くと、そこで客車にガラガラと音を立てて部屋に近づいてくる音が聞こえる。
「っ…」
客車の窓の外では白黒のメイド服に身を包んだ少女がワゴンを押しており、そこには大量の菓子やケトルが用意されていた。
「失礼します。お飲み物などはいかがでしょうか?」
三回ノックした後に少女が一礼をしながら聞いてきたので、若者は何か買わなければ申し訳なく思ってしまった。
「な、何があるかな?」
聞くと少女はお茶とコーヒー、ジュースがあると言った。若者はそれを聞いてお茶を一杯注文する。
「あっ、金。一杯いくらだ?」
若者は少女に聞くと、彼女は紙コップに注いだ一杯を提供しながら答える。
「ご心配無く。本サービスは全て無料となっております」
「無料?」
「はい。こちらに用意してあります商品は全てご自由にご注文ください」
少女はそう言ったので若者は用意された菓子類を見る。軍の保養目的の列車かと思いたくなったが、それは違うと周りの状況から察していた。
「そ、そうなのか…」
そこで若者はワゴンに用意されていた菓子の一つのグミキャンディを受け取る。
「御用の際はお声がけください」
少女はそう言うと部屋を出てワゴンを押して消えていった。若者は無料で受け取った飲み物と菓子を持って揺れる車内で席に座る。
「これが現実ならなぁ…」
酒保で販売されているものの中に甘味は少ない。基本的に酒保で売られている嗜好品の中でよく売れているのは酒や煙草である。
もちろん酒保も売り上げを伸ばすためによく売れているものを用意する。そのため、両方ともに苦手な若者は数少ない甘味をちびちびと食べる生活を送っていた。
「…」
注がれたカップからは熱が伝わり、グミキャンディの箱を軽く振るとカラカラと音を立てて丸で現実にいるような感覚だった。
列車は今も走り続けており、わずかに車両全体が揺れていた。
車内の照明が微かに列車と共に揺れると、そこで暖かいお茶を傾けて飲む。
「…甘い」
そして直後にグミキャンディの一つを口に放り込む。
暖かいお茶を口に含んでいたおかげでグミキャンディはすぐに溶け出してしまい、お茶が甘くなって
「…」
この列車は静かなもので、若者が初めて戦場に向かうときに乗り込んだ列車のような喧騒は無かった。
男がまだ義務教育課程を受けている頃、異能者として実用的であったが為に軍から徴兵をされる事となった若者は、訓練場で教育を受けた後に兵士として前線に送り込まれた。
「静かだ…」
そんな常に何かと騒がしかった戦場と打って変わって、ここはとても静かなものであった。
見た限り、長い編成の客車が続いており、若者はグミキャンディを胸ポケットにしまってからからとなった紙コップを隣に置いてゆっくりと瞼を閉じた。
覚えているかは分からないが、面白い夢だったなと思いながら瞼を閉じてしばらく待つ。
「…」
若者はそのまま瞼を閉じて座席に座ってしばらく待つ。
「…」
それから暫く待っていたが、若者は一向に眠気が訪れなかった。
ひたすらに床下から車輪の回る音や列車の走行音が聞こえ、一向に眠れる気配がない。
「…畜生」
現在、個室の部屋のドアは閉じたままであるが、若者は半ば諦めた様子で席から立ち上がる。
あれから何時間経過したのかは知らないが、若者は外が夜であるので静かにドアを開けてから客車の左右を確認する。
「…」
若者は片手に空の紙コップを握ったまま静かに客車の廊下を歩く。隙間なく敷き詰められた絨毯のおかげで足音はかなり消えてしまう。
あれから時間が経ったのだが、列車は一向に止まる気配もなく。車掌の青年も給仕の少女も、あの後通り過ぎた様子はなかった。
「…」
若者はそんな他に人のいない客車を歩いて貫通路を見る。
恐る恐る確認をして客車の左右どちらに行くかを考える。
「左に行けば先頭、右に行けば最後尾か」
そこで廊下の窓越しに見えた列車の編成を確認する。見たところ、灯りの漏れている列車は後ろの方が少なかった。
こんな時間帯にあかりが丸出しでは、野盗に狙ってくれと言っているようなものだと言いたかったのだが、今までに襲撃された様子は一度もなかった。
よほど安全な路線を走っているのかと思ったが、それにしては対向列車もいない上にそもそも線路が他に見当たらない。
「…一体どんな路線だ?」
若者は鉄道路線の詳しいことは知らない。
しかし一般常識的に、安全な路線は複数の線路が敷かれているものである。と言うことくらいは知っている上に、そう言う路線では必ずと言っていいほど巡回警備をしているはずの国連軍のジャイロダインが一度も通過していない。
真夜中という時間帯に国連軍のジャイロダインが聞こえないのは珍しいことであった。
「…後ろに行ってみるか」
しかし列車のこともよく分からないので、若者はとりあえず足で動いてみるしかないと思った。
少しばかり、知らないところを探検する少年のような高揚感が溢れ、若者の脳裏に昔の情景が過った。
「…」
こういったクラシカルな構造の客車というのは、多数の客を運ぶ上では邪魔であるため、一般的な列車にこのようなものはほとんど存在していない。
若者はこのような客車は初めて見たので、少し昔に乗った観光列車を思い出す。
「いい趣味してんなぁ…」
貫通路を跨いで次の車両に移動すると、そこには同じ客車の廊下が続いていた。
そして若者は他の乗客や、先ほどの車掌を探して長く続いている廊下を歩く。
「…」
しかし今の所、他の乗客に出くわすことはない。男は一人で他の乗客がいることを願いながら列車を歩くと、次第に足が速くなっていく。
そして最後尾の近くにまで列車を移動したが、他に出くわすこともなく到着してしまった。
「どうして誰もいない?」
若者はここまで一人も他の乗客と出会さなかった事実といるはずの車掌と給仕すら出会さなかった事に首を傾げながら最後尾の扉の前に立つ。
磨りガラスの窓の外では尾灯の赤い光が見えており、ここを開けたら外に出るのが分かっている。
「…」
走行中の列車の扉を開けるのは危険行為であるのは重々承知していた。しかし他に人が見当たらない以上、開けてみるのも一つの手だと思って手を伸ばしたとき、
「やめとけ」
伸ばした手首を白手袋が掴んだ。
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