手首を掴んだ白手袋の主は若者に一言だけ言うと、若者はその掴んだ人物を見る。それは先ほどの車掌の青年であった。
制服に身を包んでいた彼は若者にそれだけを言うと、少し若者は目を見開いた。
「貴方は…」
「こちらからは降りないことをお勧めします。お客様」
青年はそう言うと、掴んだ手を離して若者に注告する。
「…」
言われた若者はその時の口調が重々しく、少し怖くなってすんなりと手を引いてしまう。
「あ、あの…車掌さん」
「何でございましょうか?」
そこで若者は車掌に言う。
「その、列車に乗っているのはなぜでしょうか?他の兵士は何処かにいますか?」
若者は今まで溜まっていた疑問を聞こうとしたが、今になって全部忘れてしまい、何を聞きたいのかチグハグな質問をしてしまった。
「当列車はお客様の安全を第一に考えております。お客様は諸事情により、当列車にご乗車なられたのでしょう」
「…」
「そして当列車は他にもお客様が乗車中でございます」
「え…?」
そこで若者は車掌に他の乗客が見当たらなかった事を言うと、数回頷いて車掌は答える。
「では食堂車の方に向かわれた可能性がございます」
「食堂車…」
「はい。食堂車は六号車にございます。向かわれるのでありましたら、貫通扉右上の看板をご確認ください」
「あぁ、はい。わかりました」
若者は車掌から教えてもらって一礼を済ませるとそのまま廊下の元来た道を戻る。
「…」
そして数両の客車を戻っていると、客車に先ほどまでいなかったはずの人の影があった。
「(会わなかっただけなのか…)」
若者はそう理解すると、その中には自分と同じ戦闘服を着た見たことのない顔もおり、一瞬顔を背けてしまう。
「?」
しかし他にも乗客は座っており、中には散々戦場で見てきた違う柄の戦闘服を着た兵士の姿もあった。
「…食堂車」
若者はそこで多様な人間の乗る列車に疑問を覚え、同時にあの車掌が言っていた場所を口にする。
なぜ同じ列車に敵味方双方の乗客が乗っているのか、疑問に思いながら今いる号車の確認を行う。
「八号車か…」
客車の貫通路右上の数字の看板を確認してからその先にある食堂車に向かう。
今の所通過した車両は全てコンパートメント客車で、全てスライドドアのついた個室であった。
全体的に木造チックの車両で、目に優しい照明は少しばかり心に余裕を持たせてくれる。
そして七号車と貫通路を超えると、『食堂車』と目線に合わせて印刷された白文字のシールが磨りガラスの上に貼られていた。
「…」
ここだけ扉が閉じられており、若者は少しだけ息を呑んでドアを開けるが、押しても開かなかった。
「?」
どう言う事だと首を傾げて手前にも引いてみるが、動かない。
「…あぁ、スライド式か」
そこで若者は理解して取っ手を横に移動させるとドアが開いた。
どこかのコントのような間違いをして誰にも見られていないかと少し不安になりながら食堂車に入ると、そこでは多数の席が用意された大きな食堂があった。食堂車には数名の客が座っていた。
「ん?あぁ、知らない顔だな?」
すると一人の先客が若者の顔を見て言った。すると他に食事を摂っていた客も一斉に若者の方を見たので、若者はその視線に耐えきれずに食堂を後にしようとしてドアを引こうとしたが、
「待てよ」
「っ…」
そこで立ち上がった一人が若者の肩を持って食堂車に招き入れる。
「せっかくこの列車に乗ったんだ。一杯やって行こうぜ?」
「えっ?し、しかし…」
遠慮しようとする若者にその乗客は言う。
「何、大丈夫さ。ここにいる奴らは皆俺たちと同じ奴らばかりさ」
その客はそう言うと、若者を空いていた席に座らせて目の前にメニューを出す。
「好きなもんを選べ」
「え?しかしお金なんて…」
するとその客は軽く笑った。
「はっ、心配すんな。ここの飯は全部タダだよ」
そう言ってメニューに指を差すと、そこには『
「…」
若者はそのメニューを前に困惑をしていた。
先ほど部屋に訪れた給仕も用意された飲食物は無料であると言っており、この食堂車の食事も無料であると言う。
若者はそこでメニューの中にあったコーンスープを注文しようと店員を呼ぶと、そこで先ほどとは違うが、同じメイド服を着た少女が現れてメモを取ってから厨房に消えた。
そして少女を見送った後、目の前に座った客が聞いてきた。
「お前さん、何が原因でここにきた?」
「…分かりません」
若者はその客に答える。まだ警戒をしており、あまり話そうとしない。
「じゃあお前さん、どこからき来たのか教えてくれ」
「…分からない」
「そうか…アリアドール軍の軍服を着ているから、パシリコと戦争をしているのかと思っていたのだが…」
「っ…」
一瞬だけパシリコに眉が動き、客はその反応を見逃さなかった。
まあ元々軍服を着ていて、この列車に乗り込んだ時点で何があったのかは容易に想像がついていた。
「まあ、その時の記憶がないってことは、多分奇襲を受けたんだろう」
「でしょうね」
すると客に一人が話しかけた。聞き覚えがあったので振り向くと、そこにはさっきの車掌が立っていた。
「よう、新しいお客だぞ?」
「ええ、検札は済ませていますので」
車掌はそう答えたので客は若者に言う。
「そうかそうか、ならここにしばらくいても問題なさそうだな」
「?」
そう言って笑う客に若者は首をただ傾げるだけで終わる。
車掌とこの客は知り合いのようだが、そこでコーンスープが出てきたのでそれを受け取る。
「兄貴、新しい人ですか?」
「ああ、軍人らしいぞ」
少女は車掌に言うと、二人はそのまま食堂車を後にした。
兄妹だったのかと思いながら提供されたコーンスープをスプーンで救って飲み始めると、反対に座った客が開口一番に言う。
「まあ端的言えば、今の君は死にかけている」
「…ブッ」
突然のカミングアウトに一瞬脳の処理が追いつかなかった若者は直後に飲んでいたコーンスープを派手に吹き出しかけてしまう。
「は?死にかけ?何を言って…?」
いきなりの話に困惑する若者に客は窓の外を指差した。
「?」
窓のそのは相変わらずの真夜中の景色、常に雪が降り注ぐ景色だ。
「何もないですが?」
「よく目を凝らせ」
言われたので若者は窓の外の景色を凝らしてよく見てみた。
「っ…?!」
すると、目を凝らしてみた先には無数の残骸が空から降り注ぐ景色だった。
軍艦や戦車、車や航空機など、ありとあらゆるモノが上から降り注いでいた。
「なっ…!?」
「こいつらは皆残骸。降っているのは灰だよ」
「灰?」
若者は今まで降っていた雪だと思っていたものが灰であると知らされ、若者は混乱の度合いが深まってしまう。
「そうさ。ここは死にかけの奴らが集まる場所らしい」
「…らしい?」
若者はそこで客の語尾に首を傾げた。
「ああ、俺もあの車掌から聞いた話だ。まあ、実際そうだろうよ」
そう言うと客は若者に向かって言う。
「俺が覚えてんのは、部屋で薬を打った記憶だからな」
「…」
客はそう言うと、若者は思わず他の食堂車にいた数名の客を見る。
「え?じゃあ、この人たちは…」
「ああ、みんな死に損ないさ」
客はそう言ってケラケラと笑うと、若者は驚愕をした表情で食堂車を見回す。
列車の食堂車は他にも数名の乗客が乗り込んでおり、彼らは皆一様に死にかけの人間であると言うのか。
「そんな馬鹿な…死にかけならなぜ…」
動けるのか。若者は当然の疑問を思った。
すると咄嗟にそれが出てきた若者に一定の教養はあるかと把握した上で聞いた。
「若いの。給仕とは出会ったか?」
「…メイド服を着た少女なら」
若者はそこで胸ポケットに仕舞い込んでいたグミキャンディの紙箱を取り出すと、それを見た客は言った。
「貰ったか…まあここにあるモノは全部飲み放題食い放題だ。気楽にやって行こぜ」
「は、はぁ…」
そこで酒を瓶ごと傾けるその客は、若者から見ても汚いと感じざるを得なかった。車掌や給仕はこの状況でも文句の一つも言わないのかと思ってしまう。
「(食べたらすぐに出よう)」
ここに居ては気が保たないと感じ、若者はコーンスープを手早く食べ終えた後に食堂車を出る方向に向かう。
「おう、行くのか?」
「…えぇ、他に何があるのかを見たいので」
若者は内心ウザいと思いながら足早に食堂車を出て機関車側に向かう。
「へっ、無駄足だろうに」
酒瓶持って若者を見送る客は机に足を掛けて呟くと、それを聞いた若者は少し眉を顰めて食堂車を後にした。
「如何でしたか?」
すると食堂車の外では先ほどの車掌が話しかけた方ので、若者は扉を閉めた後に小声で言う。
「何なんですか。あの人、注意してもらってもいいですか?」
鼻につく言い方で、それでいて行儀が悪い。それに対して若者は不満を募らせていた。
「それは出来かねます」
「何故です?」
そんな若者に車掌は即答をしたので、思わず聞いてしまう。
「当列車はお客様の選択を第一としております。ですので、お客様への対応は出来かねます」
「…」
そんな車掌の対応に唖然となっていた。なんだそのふざけた態度は、と言いたかった。
若者は軽くため息を吐いてその場を後にしようとした時、
パリンッ
食堂車の方からガラスの割れる音が聞こえ、何があったのかと若者は思って食堂車に戻ると、
「…」
そこでは先ほどまで座っていたはずのあの客が忽然と消えてしまっていたのだ。その近くには割れた先ほどまであの客が飲んでいた酒瓶が落ちて割れており、飲みかけの酒がテーブルクロスを汚していた。
「ようやく行ったか」
「ああ、全く迷惑なやつだったよ」
すると同じく食事をとっていた別の客達が口々に先ほどのあの男に向けて言っていた。
「間に合いませんでしたか…」
すると後ろから車掌が話しかけて来たので、若者はどう言うことかと質問をしてしまう。
「ど、どう言う…?」
「あのお客様はただいま死亡されました。当列車において死者は御乗車出来ませんので」
「…?」
すると静かになった食堂車で一人の老人が目線を合わせて来た。
「その車掌に聞いたって教えてくれん。知りたいなら、こっちに来なさい」
彼はそう言い、赤ワインの入ったグラスを傾けて誘って来た。
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