列車の個室の中で車掌は乗客である若者に質問をした。
その車掌はこの列車に乗って何十年であると推測し、明らかに見た目にそぐわない不老者の類であると若者は知っていた。
あの機関士曰く、この列車の添乗員は全員不老者であると言う。
「いえ…実を言うと、まだ悩んでいるところがあって…」
若者は車掌にそう答えると、車掌はそんな若者に少し笑ってからグラスを傾ける。
「なるほど…それで、私に相談を?」
「…よくわかりますね」
「まあ、そう言ったお客様は私も何度か対応をいたしましたのでね」
彼はそう言うとグラスを客車の外に繋がるドアに備えられたミニテーブルに置く。
「しかし、相談をするにしても、まずはお客様のお話を伺わない限りは相談をすることもできません」
車掌は言うと、若者は少しゆっくりと話し始める。
「私はアリアドールの軍人で、戦争をしている生活が日常です」
若者はそこで最前線の掩蔽壕に隠れていたところを記憶を失ってこの列車に乗ったことを話す。
「そこで帰りたいのか、このまま行くのかでまだ悩んでいて…最初は、帰らないでいようと思っていだんですけど、いろんな人の話を聞いていたら迷ってきちゃって…」
「…」
曖昧にも程があると言った直後に若者はどうしたものかと思っていると、車掌はそれだけで理解をできたようで、ただ短く若者に聞いた。
「お客様、家族がおられるとお聞きしておりますが?」
「へ、え…?」
その問いかけに若者は一瞬思考が止まった。
「家族…」
車掌の質問に、若者の脳裏には徴兵命令を受けて静かに見送ってくれた両親の顔がよぎった。
「…います。故郷に両親と、妹が」
若者は車掌に答えると、その時の表情と若者の声色を聞いた車掌は断言をした。
「じゃあ、貴方は帰るべきです。家族がいると言うのなら」
「…」
若者は車掌の断言を聞き、少し口を開けたまま呆然となる。
「そ、そうですか…」
だが若者にはそう断言をしてくれた車掌の言葉がありがたくなった。ここで下手に自分で考えるのはどうかとか言われても困ってしまうものがあった。
無論、車掌も今までの経験で目の前の若者がどう言う答えを求めているのかを察しており、故に断言をした。
少なくとも、質問をされた段階でここから先に行くことを個人的に進めようとは思わなかった。自分の意思で行くと言うのなら構わないが、自分で決められないと言うのなら、お帰りいただいた方が幸せだろうと個人的に思っての行動であった。
「はぁ…すみません。相談に乗っていただいて」
「いえいえ、お客様の決意が決まったのであれば、それは何よりの喜びです」
車掌はそう言うと、若者はついでと言わんばかりに質問をした。
「あの…車掌さんは昔、どのようなことを?」
その質問に、車掌は少々珍しがった表情を見せると少し間を開けて、そして同時に懐かしそうにゆっくりと話し始める。
「昔、ですか…ふっ、まあ面白い人生を送っていましたよ」
車掌はそう言うと、若者に生者であった頃の話をする。
「私はまだ企業が強かった時代に生まれた子供でした。私は成長ホルモンの分泌を止める薬物を打ち込まれて、子供の見た目をした大人として育てられていたんです」
「っ…」
若者は車掌の話を聞き、思わず飲んでいたワインを戻しかけてしまう。初手から重すぎる話を聞いてしまい、若者は驚いてしまう。
嘗て、暗暦の時代では、企業が好き勝手猛威を振るっていたと言う話は歴史の授業で学んでいたが、自分のような頭でもそれが違法で非人道的行為であると理解できるほどには恐ろしい行為であると理解していた。
「え?でも今は…」
と同時に若者は目の前の車掌の見た目が成人男性の姿であることに疑問を覚えた。
「ちょっとした事があってね」
車掌は少し苦笑気味に表情を見せると、話を続ける。
「まあ途中でその研究所は買収をされ、その後はかの傭兵、レッドサンのような能力を持った兵士となる為に訓練漬けでした」
「…レッドサン?」
そこで若者の脳裏には学校の友人が話していた傭兵ギルドの話が思い浮かぶ。確か、傭兵ギルド創設の立役者だったような、そんな話をうろ覚えだったが記憶していた。
「まあ、あるときに研究所を軍警察が摘発し、救助をされ、ある都市で暮らしていました。その時、数人の孤児達と共に暮らし始めました。さっき、食堂車で出会った子達がそうですよ」
「あぁ…」
車掌はそこで懐かしくなってしまった自分の昔話をする。
「あの他に二人、男の子がいまして、その後にある友人と知り合い、その後研究所の残党によって証拠隠滅のために毒殺をさせて死んだわけです」
「…」
車掌の壮絶とも言える人生を淡々と語られ、若者はそれを聞いて少し唖然となってしまった。それじゃあ、食堂のメイドやワゴンを扱っていたあの少女たちはその時に死んだと言うことになる。
と言うより、これをちょっとした事として片付けたことに唖然としてしまう。
「…じゃ、じゃあこの列車に乗ったのはその時に?」
若者は聞くと、車掌は首を横に振る。
「…いや、この列車の添乗員となったのはもっと後のことです」
「?」
「詳しくは教えられませんがね、まあ私はそこで死ぬ直前に出会った友人のせいで死ぬこともできなくなってしまったわけです」
「…??」
どう言うことだろうかと疑問に思ったが、車掌は言う『まだあなたには早い』と。
「ここから先は死者の話。まだ生きている貴方にお話しすることはできません」
車掌はそう言うと若者に軽く注意をするような口調だった。
「ですが、私は死ぬ直前にその友人に覚えられ、触れてしまったがゆえに向こう側でも死ななくなってしまった…まあ言葉に表すならそれだけです」
「…」
若者は車掌からの話を聞き、飲んでいたグラスをゆっくりとミニテーブルの上に置く。
「す、凄まじいですね…とても今じゃあ考えられない…」
「昔なんて、今の時代のような厳しい法律がありませんからね。まあこう言った事態はよくあったものです」
そう言うと彼は個室の中で
「失礼、煙草は?」
「あっ、戦場で慣れていますから…」
若者はそう答えると、車掌は煙草に火をつけて吸い始める。ゆっくりと紫煙が個室に立ち昇り、そこで少し話し終えて休憩をした車掌は徐に若者に質問をした。
「お客様、人の死はなんでしょうか?」
「…さ、さぁ?」
若者はその質問にうまく答えられずにいると、車掌はそんな若者に少し笑う。
「まあ、流石にいきなり聞かれて答えるのは難しいですがね」
「…あぁ、す、すみません」
「いえいえ、死の定義が定まっていないと言うのに、この質問はそもそも成り立っていませんからね」
車掌はそう答えると、そこで携帯灰皿を取り出して若者に言う。
「定義のない状態でも問題定義は、問題不適とみなされますからね」
「は、はぁ…」
若者は車掌の話にやや困惑気味に聞いてしまう。
目の前の車掌は、いわゆる不老者と呼ばれる少し前に世界中で大騒ぎになった研究のことを思い出す。
「ただ、今までの私の経験から『死』の定義を独自に考えてはいるのですがね」
車掌は言うと若者はそれがなんのかが気になって質問をしてしまう。
「それは?」
「…忘れられること」
車掌はすぐに答えた。
「名前や顔を忘れ去られ、墓の位置すら覚えられなくなる。その際、人は死を迎える」
「…」
若者は車掌の話を聞き、妙に納得ができるような気がした。
生死が真隣で寝ているような環境で暮らしてきた身であったので、若者はそう言う死生観というものに関して後方の基地にいる時に考えることが多くなっていた。
「忘れられた時…」
「向こう側にいた頃に死を見た時の話ですがね」
そう言い、車掌は吸い方を携帯灰皿の中に入れて片付ける。
そしてこの話聞き、これを覚えようとしている若者に少し苦笑して言う。
「一応ですがお客様、ここでの記憶は帰られるのであれば覚えていませんよ?」
「え…?」
若者はその話を聞き、驚いた表情を見せた。
「前に、何度も当列車にご乗車なされたお客様がおりましたが、その際に何度も同じ反応をされておりましたのでね」
「…」
車掌は言うと、若者はその様子を想像して理解した。覚えていると言うのであれば、普通の人間なら何度も同じ反応をしないはずだからだ。
「どうして?」
「さあ?私はそう言った研究をしていないのでわかりませんよ」
車掌は言うと、それを研究している人がいるのかと若者は彼の言う『向こう側』に興味が湧いた。だが行こうとは思わなかった。
話を聞き終え、若者はその後に少し満足げな表情をした。
「じゃあ…そろそろ帰ります」
そして若者は車掌に短く答えると、彼は短く頷いた後に立ち上がってから若者に切符を渡すように言う。
「では切符を」
若者はそこでポケットに入れてあった切符を車掌に手渡す。
列車の座席に置かれた鞄の中にグラスとボトルの残骸を片付けると、車掌は言う。
「確認しました」
そして車掌は持っていた切符を常に下ろしていたがま口の革鞄に投入すると、そのまま若者に言った。
「下車される際はそちらの扉のドアノブをご使用ください」
「ここですか?」
「ええ」
そこで若者は個室にあった真鍮製のドアノブに触れると、そのままドアノブを倒して少し押し開ける。
「お客様」
「?」
「これからもどうぞ良い人生を」
車掌はそう言うと、若者は苦笑する。つい今、ここでのことは記憶に残らないと言われた時点でどうしろと言うのかというものがあった。
しかし、死にたいとは思わなかった。
自然と、不思議と、自分は長生きをしたいと思っていた。
「ええ、分かりましたよ」
若者はそう返すと、そのままドアを押してそのまま列車を後にした。
「…」
その時、ゆっくりと瞼を開けると視界一杯に眩い光に照らされる。
「うっ…」
その時、若者は呻き声を出すとそのわずかな声に気がついた看護師が顔を覗き込みにくる。
「ヴェル・ヴェレットさん?」
「…?」
そこで視線を動かすと、看護師はすぐに軍医を呼びに行き、若者は呆然と天井を見上げて呟く。
「死んでなかったのか…」
そのことを彼は悔やんでいた。
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