「スフェーン、さん…」
その時、彼女はスフェーンの人肌に暖かい体温を感じる。
彼女は宗教団体の巫女という立ち位置からほぼほぼ人とこういう密接な接触はしたことが無かった。
「ほら」
「…あっ」
そこでスフェーンからハンカチを差し出され、そこで自分が泣いていた事を知った。
「…ごめんなさい」
「何で謝ってんのよ」
顔を拭いてからハンカチを返すと、スフェーンはアンナに苦笑する。
「…そろそろ冷えるから、戻る?」
「分かりました」
ジェヴェル・ムーサは砂漠気候の中にある街である。夜の砂漠は摂氏マイナス一〇度を超える極寒となり、凍死者も冬は出てしまう。それは屋外にあるこの留置線でも然り、日の入りと共に谷間の街は冷たい風が吹き付ける事となる。
「うい〜、今日は冷えそうね」
スフェーンにおんぶされ、合造車に戻ったアンナはガレージとして使われている元荷物室の窓から日の入りを始める太陽を見る。
「…」
この留置線には他にもこの街に荷物を届けに来た貨物列車が留め置かれ、次の進発に準備をしていた。彼女にとってみればこの景色も新鮮な景色だった。
今日、もし信者の為の巡礼の為に外に出なければ、もしあの広場でスフェーンを踏み付けなければ、こんな事にはならなかったのかも知れないと子供ながらに彼女は考える。
ただ無性に、惰性的に巡礼の車列が停まった瞬間に車のドアを開けなければ、こんな事にはならなかったかも知れない。
「…」
現在、アンナはスフェーンの持っていた服に着替えさせられ、食事を終えたばかりであった。
何だか、一日で起こったとな思えないような出来事の連続に疲労が溜まっていたのか、段々と眠気が襲ってくる。
「眠い?」
「え?い、いいえ…そんな事はありませんわ」
するとスフェーンに聞かれたので慌てて否定をすると、彼女はそのまま靴で部屋に上がろうとしたのを軽く注意される。
「靴はそこで脱いで」
「あっ、す、すみません…」
土足厳禁の部屋にて、アンナは履いていた高い革靴を脱いで靴箱に入れて上がる。
「?」
その時、靴箱に明らかにスフェーン達が履かないようなサイズの靴が一足仕舞われており、どちらかと言うとアンナと同じようなサイズの靴が収納されていた。
「おーい」
「あ、すぐに行きますわ」
なぜ履けないサイズの靴があるのだろうかと疑問に思う前にスフェーンに話しかけられたのでその事を彼女は片隅に避けて反応した。
「…」
その時、靴箱を見て動きが止まった事をサダミはしっかりと見ており、その後に彼女が靴のことを聞かなかったのでそのまま忘れるだろうと推測した。
「(列車三人目の住人は、今はスフェーンの中にいるからな…)」
サダミはそこでまだ見慣れないスフェーンとルシエルの肉体の概念を思い出す。
「あ、あの…私は、どうなるのですの?」
「ふむ…そうだねぇ」
そこでアンナが聞いてきたので、スフェーンはそこで少し考える。
「まだ君は子供だから、色々と方法はあるね」
そこで彼女は手を出すと、指を立てる。
「一つはこのまま警察署に君一人で駆け込んで保護をしてもらう」
「警察…」
そこでアンナは警察と聞いて脳裏に絵本で読んだ警察の制服が思い起こされる。一番安全そうだと思っていると、サダミが言う。
「だが、警察は君のいた宗教団体と繋がっている可能性がある」
「…どうしてですの?」
そこでアンナはなぜかと首を傾げた。彼女はまだ、警察と教団が賄賂で繋がっていると言うことを想像できなかった。
「大人になったらわかるけど、もしかすると君は警察から教団に連れ戻される」
「っ!それは…」
アンナでもいまあそこに戻れば殺される事は分かっており、実際に撃たれたことからも戻りたくない一心だった。無論、スフェーンもその事は理解していたので二つ目の提案をする。
「もう一つは傭兵ギルド併設の孤児院に行くこと」
「傭兵ギルド?」
そこでアンナは首を傾げた。
「傭兵ギルドは昔から孤児院が併設されていて、貴女のような未記載児もいる」
「…」
そこで一瞬、スフェーンはサダミの方を見たが、彼女は少し顔を背けていた。元々晩年まで孤児院の運営をしていたことで死後に孤児院が傭兵ギルド傘下の慈善団体によって買収され、傭兵ギルドに孤児院が併設される事となった。無論これは、傭兵に使える人員の確保という意味合いもあるが、未記載児を無くす目的もあった。
「だが、傭兵ギルドの孤児院は場所によって様々。丁寧な管理が行き届いていない場合もある」
基本的に支部に近い孤児院ほど引き取りに来る家族も多くいる為に設備が整っている。しかしこの場所のような小さな街ではそもそも傭兵ギルドも事務所程度しかなく、調べてみると同じ雑居ビルの中に運輸ギルドと傭兵ギルドの事務所があった。
「…」
その時、アンナは二人の話を聞いて暫し考える。どちらに行こうと茨の道ではあり、どちらがマシなのかと問われれば確実に後者だ。
「ちなみに、三つ目もあるけど聞く?」
「…はい」
そこでアンナは頷くと、その顔に『早く言って欲しかった』と訴えていたが、彼女はそれを軽く笑って受け流すと彼女の三つ目の提案をした。
「で、今から行くと」
ガレージの両開きドアを全開にしてサダミが言う。
「まあね。でもその方が面白そうでしょう?」
そこで足元置かれた褐色のアンプルを手に取る。
「それは?」
「ニトログリセリン」
スフェーンは答えた片手に持ったアンプルを割ると、サダミは呆れたため息を吐く。
「自爆してここでドカンとかやめてくれよ?」
「そん時は宜しく」
「ふざけるな」
サダミは軽く叫ぶと、彼女の頭を殴りたい欲を抑える。幾ら爆発で死なないとはいえ、車内に生身の人間がいる事を忘れているのではないかと思ってしまう危機管理である。
「全く…また狭心症と偽ったか」
「じゃなきゃ診断書でニトログリセリン処方されないでしょ?」
彼女はそう言い、片方をキャップで締めて珪藻土を詰めたスチール製の空き缶の中に割ったアンプルからニトログリセリンを入れる。万が一のことを考えて車外で作業をしているが、そもそも爆発をしたら爆圧で列車も吹っ飛んでしまう距離なのであまり意味がなかった。
彼女は神経系と心拍数を操作して狭心症の症状を作り、診察を行なった医者からニトログリセリンを入手していた。診察をした医者も、スフェーンに狭心症の持病持ちであると疑わないので簡単にニトログリセリンを処方する。ニトログリセリンが爆薬になることは医師側もわかっており、故にニトログリセリンを処方した場合に記録を残している。
スフェーンはそこで仕入れたニトログリセリンのアンプルを使っていた。
「そもそも私、薬剤師で注文が出来るんですけどね」
「…強いな。そういう点では」
スフェーンは遥か昔に薬剤師の免許を取得しており、その道からニトログリセリンを入手することも可能だった。
しかし薬剤師がニトログリセリンを処方箋以外で使用することは厳しい監視がある為、この方法で入手することはスフェーンでも難しいものがあった。
「でもまあ、『薬局をしていない薬剤師がニトロ仕入れて何すんだ?』ってなるからこの方法はやめた方がいいんだけどね〜」
「なるほど…昔と比べて厳しくなったものだな」
「少し前が戦禍時代なんて言われている時代ですからね」
そこで珪藻土に染み込ませ、そこに信管付きのキャップを取り出す。
「信管は?」
「もちろん、UZRGM」
信管は昔から使われてきた信頼性の高い手榴弾用の信管を突き刺したキャップを取り出す。
「なら安心か…」
少なくとも自爆の危険性はなさそうだと感じ、軽く安堵するサダミ。棒状の信管はシンプルで、構造的に暴発の可能性も低い、安い信管。彼女の事なのでしっかりと選んだ信管なのは間違いない。
「で、そっちはどう?」
「特に?まあ強いて言うなら…」
そこで彼女は着ていた私服からナッパ服に、その上から獣人用ヘルメットと専用ヘッドホンを装着する。流石に猫の獣人ともなると数が多いので専用のヘルメットも販売されていた。
「少々、盾に使うやつ不安があるところかな」
「近くに武器屋ってあったっけ?」
そこですぐさまシエロが検索をかけてくれた。
『近くに鉄砲店は二軒存在します。しかし、サダミの欲しい物は用意されていないでしょう』
『片方は猟銃、片方はコンパウンドボウをメインとした、狩猟用を専門に販売しています』
「あぁ…」
ルシエルの補足説明も聞き、スフェーンは思わず呟く。
「まあこんな田舎だ。まともな爆発物は売っていないだろうな」
サダミも今までの経験で分かっていたので驚くようなことはなかった。しかし予備がない一発限りとなると、少々不安になるものがあった。
「その点、昔は凄まじいね」
スフェーンは布テープを取り出して空き缶と信管をグルグルと巻き始める。空き缶は口の狭いボトル缶であり、中に珪藻土とニトログリセリンが詰まっていた。
「よし、完成」
「お手製手榴弾か…」
「ダイナマイト・グレネードよ」
彼女はそこでそれと同じものをいくつか完成させる。
「ニトログリセリンだけでまともに使えるとは思えん」
「本当はセルロースも入れたかったけどなかったの。混酸とセルロースなんてそう簡単に手に入れられないし…」
そこで絶対にニトログリセリンが滲んで貯まらないように詰めた珪藻土で重量感を感じるお手製手榴弾を握る。
「そこにニトロセルロースと硝酸カリウムを混ぜたらセリグナイトか」
サダミはスフェーンお手製手榴弾に少し不安を覚える。彼女の作った珪藻土ダイナマイトは本当に初期のダイナマイトでありすぐにセリグナイトに置き換えられた爆弾であった。
「さて、こっちの準備ももう終わりそうだけど?」
そこで彼女は立ち上がると、そこで対戦車ライフルや散弾銃を背中に下ろす。よく見れば予備弾倉を入れるタクティカルベストと散弾用スピードローダーも腰から下げた完全装備であった。
彼女はムートンジャケットの下に黒のタンクトップだけ着ており、明らかに外気温と合わない服装だった。
「こちらはいつでも」
サダミは短く返すと、そこで列車の車内で熟睡をしているアンナを壁越しに見た。
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