四肢をもぎ取られ、ドクドクと循環液が漏れるペンドール。
「そもそもの話、学会と協会の抗争は『不老者』と『不死者』の技術戦だった」
スフェーンは四肢をもいだ哀れなサイボーグの首元をガッツリ掴んでいた。
「学会と協会。そもそもの下地として世間から学会は存在意義を疑われていた」
「…」
「そんな中でエーテル解析研究所…ネクィラム・ラボの研究員達を中心に結成されたのが協会だ」
「…それが?」
無論、相手もその意味がわかっていて聞いていた。なのでスフェーンは少し表情を曇らせ、不満げに表情を顰める。
「まあ、支持母体が貴方達は弱かった。ってところかね」
「…っ!」
その時、スフェーンの笑みを見てペンドールはその意味が理解できた。
「そうか!あの時アンデルセン財団が協会についたのは!」
「さぁ?私は詳しいことは知らないけど…」
彼女はそこで青い瞳を灯らせ、周囲のエーテルの海を遊弋するように宙に六門の無反動砲が浮かぶ。
大量の血や循環液を材料に、エーテルに変換したスフェーンはこの空間を空間エーテル濃度を飽和状態まで放出していた。
「さて、ペンドール・ハンデ。君がしていた研究は素晴らしいと先に評価したい。できるなら、私も研究支援のための仲介人になりたいと思うほどにはね」
「…」
スフェーンは当時、自分が思っていた率直な意見を伝える。
「不老者と不死者、どちらも戦禍時代が産んだ研究者達の遺物だ」
彼女はそこでその時代を振り返る。
「その二つの技術が合わされば不老不死になれるって?」
「かもね」
「はっ、飛んだお笑い種だ」
「でしょうね」
スフェーンの即答にペンドールはやや驚いた。よくある夢みがちな人間なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「そもそも、人は不老不死に耐えられるように体が作られていない」
「…知っていたのか」
「そりゃあね。それ以前に、人の精神が壊れる」
それは戦禍時代、不死者でよく見られた光景だった。
「腕を持ってかれて激痛が走っても、一週間後には戦場に戻される。不死者は今でも年老い、もはや自力で歩けない。食事を取れないにも関わらず生きている」
「…」
戦禍時代も終えて長い時間が過ぎ、エーテル学会が世間から記録のみの存在となって久しい今。不死者は全員が何百歳という年齢となって車椅子生活を余儀なくされていた。
「もはや自殺することすらできなくなってしまい、今は異能協会管轄の養護施設に一まとまりだ」
脳も衰え、もはや考えることもできない枯れ木のような存在である。脳は萎縮しきっており、話す筋力も持たない。
「まあ作った君の責任問題かと問われるとそれは否だ。施術をされた患者の同意書は残っていたし」
不死者の現状は悲惨なものであるが、それを発明したペンドールはその後の学会側の崩壊によって責任問題は時代と共にあやふやになってしまった。
「君は完全サイボーグとして、脳髄まで電子化した貴様にペンドール・ハンデとしての人格は残っているのかい?」
スフェーンが聞くと、ペンドールはカッと彼女を見下ろす。
「…愚問だな」
彼は首を締め付けられたまま返す。
「私は私だ。ペンドール・ハンデの記憶を有したサイボーグだ。他の誰にも邪魔されていない、人としての秩序がある」
「…そう」
その返答を聞いた彼女はそのまま残った二本の腕をペンドールの頭に当てた。
「ところで何だが」
そしてスフェーンは頭を掴んで聞く。
「なぜ私がここにきたと思う?」
「…アンナだろう?」
ペンドールは目の前の女性がアンナを何処かに連れて行ったことは分かっている。しかし見つかる前にこの有様であった。
「いや?もっと不死者に素晴らしい提案をするためよ」
「…そうか」
その瞬間、ペンドールは笑みを作ると直後に頭を両手で優しく包まれた。
「誰をお待ちになっているのですの?」
その時、旅客駅の立ち食いきしめん屋でスフェーン達はきしめんを食べていた。
「知り合い」
「んん、美味いな」
なめこおろしきしめんを食べるサダミは満足げに完食する。
『次のニュースです。先週発覚したモモンガ政権による反政府組織への残虐行為ですが…』
そのニュースはとある宗教団体が、反政府系組織や不老者を意図的に殺害していた事を報じていた。
「物騒なニュースだよ」
「全くだ。こう言うのは、すぐに離れるに限る」
そのニュースを見ながらスフェーンとサダミは言っていた。
コンコンコン
すると背中からノックされ、振り返ると見覚えのある夫婦が手を振っていた。
「久しぶりね」
「全くだ。友人を大陸を超えて呼び出すとは」
店の外でスフェーンはジョンとユウナの夫妻と再会を喜ぶ。
「で、どうしたそのゴーグルは?」
「ああ、サングラスの代わり。これからはこれがデフォよ」
「なるほど…」
スフェーンの見た目の変化の事情を察し、サングラスと聞いて表情をやや歪ませた二人の後ろにいた一人の少女を見て彼は色々と推察できた。するとユウナが早速可愛がって少女に挨拶をしていた。
「でも今も逃げ回り続ける生活なんでしょう?」
「まあ、それはそうですが…」
ユウナがそこで疲れたため息を吐いていた。
二人は不老者として長い間、放浪生活を続けており、戦禍時代で失われてしまった技術を体得していると言う噂で逃げ隠れする生活を送っていた。
「それで、まずは案内を頼めるかね?」
スフェーンは頷くと、ジョンと共に駅を後にする。
そしてユウナ達を列車に残し、街の郊外に向かった二人。
街は多くの報道陣が訪れ、反政府系の巨大な集会があのサマルカンド・ブルーの輝く広場で行われているのを市電で遠目から観察する。
「彼は優秀な技術者だった」
「あら、知っていたの?」
隣に座ったスフェーンが聞くと、ジョンは頷いた。
「ああ、昔に彼と交流があった。まだエーテル協会が発足する前の交流会だがね」
「…」
彼の手元には喇叭水仙の花が用意されていた。先ほど、街の市場で売られていたものを購入していた。
「たとえ不死者であっても、死ぬことはあるか…」
「今回みたいに?」
「いや、昔からだ。体を髄まで燃やし尽くされた不死者は回復することが無かった。」
そこで彼はその時の情景を思い出してしまう。
「たとえ不老者と不死者の技術が融合しても、不老不死には程遠い結果が生まれただろう」
するとある停留所で下車し、しばらく歩いて何もない荒野を流れる川辺に立つ。
「水葬か」
「ええ。彼の名誉のためにも、遺体はない方がいいでしょう?」
「…すまんな」
そこで彼は花を川に流し、黙祷を捧げる。それはかつての知り合いへの追悼か、あるいはライバルと認めた相手への敬意か。
「…」
長めの黙祷を済ませると、彼は立ち上がる。
「さらばだ。同志、ペンドール・ハンデ」
彼は犯罪者となってしまったかつてのライバルに手向を送ると、そのまま静かに川辺を後にする。
「で、私を呼んだ理由は?」
ジョンはそこでスフェーンに呼び出した理由を聞いた。すると聞かれた彼女は聞いた。
「そうね。貴方、子供に興味はないかしら?」
「…?」
その時、ジョンは『お前は何を言っているんだ?』と言う顔をしていた。
「子供だと?すでに私には居た身だ」
「興味はないの?」
「…あの娘を養子に引き取れと?」
ジョンはそこで駅で見かけた二人の間にいた少女の事を思い出す。
「どう?」
「…私の立場を知って聞いているのかね?」
「『モモタロウ』?」
「そうだ」
モモタロウ。
かつてジョンが発明した不老者に若返りの能力を与えた薬剤の名である。川から流れてきた桃を食べて若返った老夫婦が子作りをした伝承から名付けられた。
「まだ狙っている人いたんだ…」
「先代モモンガ政権もその一人だな」
「おおぅ…よく来れたわね」
思わずスフェーンは驚くと、彼は得意げに表情を見せた。
「まあそれはいいとして。どう?養子を取って見ると言うのは?」
「…」
スフェーンからの提案にジョンは少し考える。
「本人の意思は?」
「提案はしておいた」
「そうか…」
ジョンはそこで彼女に返答をする。
「では本人の意思に任せる」
「悪いね」
スフェーンは軽くウインクすると、ジョンは背筋が凍るゾッとした気持ちの悪さを感じた。
「で、あれから何年かね」
カウンター席に座り、そこで懐かしげに酔いしがれるスフェーン。彼女はカフェの制服である赤い浴衣にエプロンを着ていた。
「さぁ?」
店の中、スフェーンとサダミは話す。
今の時間、カフェ営業は終了しており、今日はバーも営業していなかった。
「どうぞ、1082年のアンヌ・ド・カタリナ」
「おっ、良いねぇ」
すると一本のボトルを開けて提供をしてきた。
「この時は当たり年。この国の建国に即位と共に女王の名を冠したワイン」
「『
「でしょうね。この銘柄は王室御用達品だ」
コルクを抜いて二人で飲んでいると、店のドアが開いて鈴の音が鳴る。
「すみませーん、今日もう閉めちゃってて〜」
スフェーンは反射的にそう言うと、その客は入り口近くのガンラックに
「あら、まだそのワイン飲んでいたのですの?」
「っ…」
その瞬間、飲んでいたグラスの手が止まって彼女は振り返る。
「おぉ、久しぶりね」
するとその女性はスフェーンの隣に座る。
「私にも同じものを」
そして女性が注文をすると、サダミは短く頷いてグラスにワインを注ぐ。
「で?今は何のお話を?」
「ちょうど昔の貴女の話をしていたところ」
「あら、懐かしいですこと」
そこで女性は懐かしげに提供されたグラスを傾ける。
「アンナ…いや、今はアニータ・パレスか」
「ええ、今の貴女の会社の会長でしてよ?」
彼女は少し笑ってスフェーンを見る。
「ええまぁ…今はお宅の会社で『御用達品調査員』をしていますよ」
「ふふふっ、お話はよく聞いています。仕入品は宮廷でも評判ですわよ」
アンナはクスクスと笑ってグラスを傾けるスフェーンを見る。
運び屋として依頼を受けて列車を走らせる彼女は、アンナの立ち上げた仕入業者が意図的に価格を下げていないか、或いはそれが王室御用達に相応しいかどうかを調べる調査員を最近の本業としていた。
「しかし、まさかまだお贈りしたそのワインが残っていたとは予想外でした」
「物は大切にする主義でね」
スフェーンはそう言うが、見つけた事情をサダミが暴露した。
「この前、倉庫を片付けていたら出てきてね」
「で、余っているならついでに飲んでしまおうと?」
「そう、数十年に一度の当たり年を言われた幻だからね」
そこで同じく飲んでいたアンナが一言。
「一ケース贈りましたのに。今売ればオークションで高くつきますのよ?」
「聞いた?これが慈愛の賢王の言う事かしらね」
直後、サダミが吹き出しかけた。
アンナ・パトリシアは後に、ジェヴェル・ムーサ郊外の聖カタリナ修道院にて『救世の聖女』として欠損部位すら治せる異能を持った女性として、世界的に見ても類まれな異能者として多くの人々を救った。
「あの時、先生にはお世話になりました」
「異能の使い方は、ジョンが一番上手いからね」
スフェーンはその時、ジョンの引き取られる時の事を思い出す。
その際の彼女の献身の度合いは多くの人々を引き寄せ、後にモモンガ政権を打倒する巨大な勢力となって独裁政権を倒した女神となった。
治世の才能もあった彼女はこの筒井大陸の一〇八の都市を巡り、パトリシア立憲王国初代国王『アン1世』として即位した。
「その際、先生に
建国の際、パトリシア立憲王国は『種族平等宣言』によって当時は被差別階級であった不老者や不死者と言った人々を世界中から呼び寄せた。
このおかげで今では多くの国際機関がこの地に本拠地を置き、積極的永世中立を宣言していた。
「同時にこんな良い場所に店を提供された私達の気持ちよ」
そして建国を宣言し、その首都となった都市を大規模に再開発する際に彼女達はアンナから土地と建設資金を受け取っていた。
場所は首都郊外のオフィス街と住宅街の間にある少し入り組んだ区画の一角。少なくとも外回りで疲れたサラリーマン達などが訪れる立地である。
「でも宜しかったでしょう?」
「おかげさまでね」
「ふふっ、あの時壊したサングラスを利子付きでお返ししただけですけれども」
「飛んだスンゲェ利子だよ」
サダミはこんな好立地を提供してもらい、店は密かに繁盛をしていた。
「まあ私としても、スフェーンがアンデルセン財団に資金援助を紹介してくれたおかげで国王になったわけですが…」
開業資金も提供してもらい、また店の裏手には大きな日本庭園が整えられていた。店は三階建てで屋根裏部屋が存在し、三階は住居だった。
「ん…?」
すると階段を降りてくる音が聞こえ、上につながる階段から一人のパジャマ姿の少年が目を擦って降りてきた。
「あっ、黒のおばさん」
「こんばんわ」
その少年はアンナを見て一礼すると、サダミが言う。
「どうした?」
「ん、喉乾いたから…」
「歯磨いたら水以外飲んじゃダメでしょう?」
「…わかってるよ」
そう答えると、少年は店のコップを一つ取って水を飲んだ後に戻っていく。
「はぁ、どうせ隠れてコーラを飲もうとしたんでしょうけど…」
「ふははは、今日は不味かったね」
スフェーンは笑うと、アンナは懐かしんだ。
「響くん、大きくなったわね〜」
「もうすぐ中学生さ」
「時雨ちゃんは?」
「同じ年」
そうして消えていった少年を見送ると、スフェーンはアンナに聞く。
「で、神様扱いで一二〇年即位してどうでしたか?」
「やってらんね〜。二度とやるもんか」
即答して彼女は文句を垂らす。
「正直、ジョニスに刺されなくてもやめてたっつーの」
「それ愚王じゃねえかい」
彼女は不老者として即位し、国を取りまとめた長老は三番目のひ孫ジョニスによって剣を刺されていた。
「でもまあ、おかげで私は絶対的な存在になったわけだけど…」
その後のゴタゴタの影響で、アン1世は伝説となって今でも崇拝の対象となっていた。
「上に立つ人間はそれだけ責任感が増えるもの。二回目やってくれなんて言われたら裸足で逃げ出すわよ」
「でも刺されたおかげで、今は王族と手を切れたでしょう?」
「不幸中の幸いよ。そんなのは…ったく」
そこでグイッとワインを飲んで少し顔を赤くする彼女。下戸だなぁと思いながら二人は微笑みながらグラスを当てた。
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