おすすめされた茶器のセットを購入していくスフェーンとルシエル。
購入すると言って買ったセットは店に積み上げられていく。
「買い込みますね」
「食器は増えたところで、店としても客が良い顔するでしょう?」
「なるほど…」
カフェではコーヒーや茶を扱っており、素材や茶器の仕入れはスフェーンが全般で扱っていた。コーヒー豆はサダミが注文を入れるので門外漢であるが、こと『茶』と『食器』においては全権を担っていた。
「茶道具もまた休憩の楽しみでもある。まあ…」
そこで彼女は手に取った白磁のコーヒーカップを手に取る。
「今回は献上の意味合いもあるけど」
「…なるほど」
そこでルシエルは納得した。この場合、スフェーン程のベテランが献上という言葉を使う相手は一人しかいない。
「で、どれを渡す予定で?」
彼女は運び屋と言う仕事の他に『王室御用達品の調査員』という隠れた肩書を持っている。
「それを今から聞くところ」
その肩書上、本人の素顔と名前が公表されると色々と面倒な事となる。その為、基本的にこうした調査員はお互いの顔も知らない事が多く、同時に経験豊富な人物が必要となる。
王室御用達品の調査員は、現在王室に納入されている食材や調度品といったありとあらゆるもの王室に出入りする全て業者に対して、それが意図的に納入してもらうために意図的に値段を下げたものであるか、それが安全なものであるのかどうか、また王室御用達品の認定に相応しい品質か、店の態度はどうか、そう言った審査を行うための人員である。
その道のプロフェッショナルが密かに営業中の店の客や従業員として入って抜き打ちで監査を行なうのだ。
王室御用達と言うものは、それだけで付加価値が与えられる品物。特にパトリシア立憲王国の王室と言うのは現在存在している他のどの国よりも歴史のある王国である。
唯一の大陸国家にして、最強の立憲君主制国家。それがパトリシア立憲王国である。
そんな国の王室御用達店となれば、悪いが下手な国よりも目立つ。故に厳格な管理のもとで王室御用達品と言うものは選定されていた。
「すみません」
そこでスフェーンは店主に聞く。
「何か御用で?」
店主も大量に茶器を購入していくスフェーン達に気前が良くなって答える。
「一つ、贈り物で茶碗を選びたいのですが…」
「茶碗?贈呈用でですかい?」
「ええ、できれば曜変天目茶碗のような逸品があれば良いのですが…」
「馬鹿言うな」
彼女の注文を聞き、店主は思わず言ってしまう。
「それは単体が国宝級の逸品だ。俺みたいな工房じゃあ取り扱いがねぇよ」
「分かっていますよ」
それもスフェーンは分かっていて頷く。
曜変天目茶碗は宇宙が内包されたと思わせるような彩りを持った幻の茶碗である。かつてはロストテクノロジーと化していたが、復元されて今ではマニアが購入する一品である。しかし製法が確立した今ですら焼いた時の運試しで、量産には不向きとされている茶碗であった。
「ですので、天目茶碗でおすすめはないかと」
「…」
それでも十分に高い注文をしてきたと店主は思った。
彼女は身なりの良い少女と変わって少々庶民的な服装をしていたが、主な注文は彼女から受けていた。
「待ってろ」
しかしここ最近では段違いで買ってくれる太客であるので、この気に多く売りたいと思うのは商人の考えだった。
陶芸家兼商人でやって来たうん十年、それで分かるのは目の前のお客は茶器を知っているプロという事だ。観察眼もある扱いづらい客でもある。
「払えるなら見せる」
「値段は後で。まずは見てからです」
「分かった」
店主はそこで折角の太客に店に用意してある中で勧められる品物を取り出そうとする。
「龍二、アレ出せ」
「え?あ、アレって…」
品物を片付け終え、コッソリと部屋に戻ろうとした息子の首根っこを掴んで店主は言った。
「お前の自信作なんだろう?」
「え?でもアレは…」
「買うかどうかは客次第なんだ。とりあえず出せるもんは全部出すんだよ」
店主に言われ、少年は少したじろぎつつも店に積み上げられた箱の中から一つ取り出して持ってくる。
「あの…」
「ん、それだね?」
スフェーンは少年を見ると、そこで彼が持ってきた茶碗を見る。
「ど、どうぞ…」
「ほう…」
少年はスフェーンの被る軍用ゴーグルの無機質な視線に少し怯えながら箱にしまってあった茶碗を見せた。
「なるほど…」
それは底が真っ黒で、周りは僅かに瑪瑙色をした、まるで龍の瞳のような柄をした天目茶碗であった。
「(禾目天目茶碗か)」
スフェーンは表情には出さないが、思わず声に出したくなった。
「…分かりました。他に青磁で何かありますか?」
その時のスフェーンの声色から店主はこの茶碗がお気に召さなかったかと瞬時に判断すると、店の奥から新しい茶碗を探しに向かった。
「…」
それを見て少年は少し安堵したような表情を浮かべた。
「うひゃあ、買ったねお客さん」
そして店の外で四輪の人力車を引いてきた車夫が思わず言う。
「割らない安全運転で頼むよ」
「勿論さぁ、さっき怒られちまったばっかだしな」
そこで慎重に店主が箱を持って出てくる。
購入した茶道具一式や白磁のカップ、そうした食器は人力車の荷台部分に載せられる。
「くれぐれも、割ったら弁償で」
「ご、ご勘弁でさぁ」
車夫は明らかに高そうな食器を前に表情を引き攣らせると、スフェーンから前金を受け取った。
その夜、太客のおかげで店主の機嫌がとても良かった。
「…ちょっと出かけてくる」
それを見て少年は上着を羽織ってから一言だけ言って家を出る。あるお客さんがかなり買っていってくれた事で家で父が騒いでいたのだ。お陰でうるさく思った。
「遊びすぎで怪我すんなよ」
そして父親は少年にそれだけ言う。彼は祝い酒を飲んでおり、機嫌も良かったのでいつもの小言が少なかった。
「うん…」
少年は短く答えると、店を後にする。
「はぁ…」
流石にこの季節ともなると、この地域も夜は寒く、息が白くなりそうな勢いである。
「寒いな…」
その時、帰ろうかとも思ったが折角出ようと思ったのだ。少し歩いてから戻ろうと思った。
「…」
少年はとある諸事情で長い事外に出ていなかった。あのお客もただのお客のようで、関係が無さそうだったので安心していたと言うのもあった。
ガシャーンッ「?!」
すると遠くでガラスの割れる音が響き、一瞬肩を震わせる。イタズラのそれかと振り返って確認するとそのまま歩き出す。
「…っ!?」
そして少し歩いて肺が寒さに慣れてきた頃、少年は影から差し出された手によって口元を覆われた。
「シッ!」
暴れてもがこうとしたが、口元を抑えた影は力が強く簡単に押さえ込まれた。そして暗闇の中で静かにその仕草の音が聴こえると、そのまま建物の隙間の奥に引き摺り込まれて、空き部屋に吸い込まれる。
「っーー!っーー!」
少年は途端に脳裏に誘拐や殺人といった諸々の犯罪行為がよぎった。なので火事場の馬鹿力と言うべきか、本能的な危機を察知して足蹴りを喰らわす。
「グベッ…!?」
すると足蹴りが鳩尾にヒットして抑えた側から悲鳴が上がった。
「っ!」
その瞬間を逃さずに少年は逃げようとしたが、
「待って」
その瞬間に少年の顎下から冷たい金属の感触を感じた。そして幼い少女の声がする。
「っ!?」
そしてそれに疑問に思った直後、少年の目に鋭い光が当てられ、視界が奪われた。
「ウガッ」
その瞬間、少年は後ろ手に掴まれると音を立てずに壁に撃ちつけられた。
「…アンタ、公安に目つけられるってどんなことしでかしたのよ」
そして呆れた様に少年を取り押さえた人物が言うと、少年はその声に聞き覚えがあった。
「っ、お客…さん?」
「はい、そうです」
そこですんなりと頷き、そこで横を見ると昼の少女が姿を見せた。
「お騒がせしてすみません。何せ…」
その少女はまず謝罪をすると、その後に通りの方に目をやった。
「…移動しましょう。ここは危ないです」
彼女は短くそういったので、少年を抑えていた女性も頷いた。
どう言うことかと少年が少女と同じ窓から外を見ると、
「…っ!?」
暗闇の中、街灯の光に照らされて私服を着た二人の人影があった。彼らは片手に強力なライトを持っていた。その姿を見て本能的な恐怖が少年は感じた『アレは関わったらいけない人たちだ』と。
「何なんですか?あの人たち…」
「それは後から聞くので、裏口から行きましょう」
少女はそこで少年の手を引いて誘導をする。
この場所は通りの四角に面した建物で、今度の再開発のために立退がされた場所であった。
「…」
空き家となった建物の二階につながる階段を登って昼間の二人の客に少年が聞く。
「どうして、お二人がここに?」
その質問にスフェーンが答える。
「昼間に見せてもらった食器をもう一回見せてもらおうかと思ってね」
「…」
彼女はそう言い二階に登ってからゴーグルの暗視装置を使って店内に誰もいないことを確認する。幸いにもここは大都市、こんな再開発区画でも街灯の電源は付いているのでピカピカに視界になるくらいには光源に事欠かない。
「よし、誰もいない」
「分かりました」
そこで先ほど入った裏口の出入り口から走り抜ける音が聞こえる。
「…」
それに息を殺して少年は二人を見る。
「屋上に上がろう。街に出るんじゃあ、危険だ」
「え?どうして…?」
音が聞こえないように小さめに少年は聞くと、スフェーンは言う。
「街に監視カメラが張り巡らされてんの。知らないわけないでしょう?」
「あっ…」
そこで少年はハッとなってこの街の至る所に取り付けられた監視カメラを思い出す。
監視カメラは街の安全を守ると同時に多くの国民や観光客を防犯の名の下に監視を行うための道具ともなる。
「特に最近の機械は性能がいい。インプラントチップのスキャニングの他に顔写真を自動的に集めて行動経路を丸ごと把握できてしまう」
「…」
スフェーンは淡々と言ったが、少年はそんなことを淡々と言ってしまった彼女に恐れ慄いた。
「何かしらやばいことに手を突っ込んだ経験は…」
「無いでしょ、こんな若造に」
少女が遠慮なくいい、少年はそれが否定しなかったがために目尻を窄める。
「まあ良いよ。それよりも、君が怯えている連中がすぐに分かっちゃったわけだし」
「あの…どうして、あの人たちが公安だと?」
少年はそこで、最初に出会したときに彼女の口から出た『公安』にひどく怯えた様子で聞いた。
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