カリカリカリカリ…
部屋に静かに摩擦で黒鉛の削れる音が聞こえる。
「…」
合造車のちゃぶ台の上でルシエルがシャープペンシルを紙の上で滑らす。
「ちなみに、ちゃぶ台って関東大震災以降の不景気時代に爆発的に流行ったらしいよ?」
「興味ないですよ。そんなトリビア…」
ベッドの上で座る彼女にルシエルはジト目を向ける。彼女はスフェーンの分をそのまま代筆して手紙を書いていた。
「で、文はどう?」
「もうすぐ終わります」
そこで速書きで手紙を書く彼女は、最後までびっしりと文を書き終えるとそれを三つ折りにして封筒の中に入れる。
「しかし、相変わらず綺麗な字なことで」
達筆とも言えるお手本のような字の綺麗さにスフェーンは舌を巻くと、言われたルシエルは呆れたジト目を向ける。
「むしろこんなに生きてて字が汚いあなたの方が不思議なんですけど」
「え?そう?」
スフェーンの悪字は知り合いの知るところであり、少なくとも『手紙は代筆してくれ。絶対に』と口を揃えて言われるほどだった。
封筒の上に赤い蝋を垂らし、上から印璽を押して封蝋を行う。印璽に使われているのはパトリシア立憲王国の国章を簡易的にした八枚の花弁の桜だった。
「普通の人間なら、書いていけば慣れて字がまともになっていくんです」
封筒の表面には住所が記され、切手を貼り付けて準備を終える。送り先は、スフェーンが調査員として勤めている会社宛である。
「
「ええ、幸いにもここは空港も隣接していますからね」
そこで準備を終えてルシエルは立ち上がる。
「速達便なら、一両日で着くでしょうから」
彼女はそう言うと郵便窓口に向かう。運輸ギルドの中には鉄道郵便の窓口が存在し、その中には航空便を使用した速達便が存在する。
「これを一つ、速達便で」
「畏まりました」
窓口で航空郵便の申請を行うと、そこで料金を支払って封筒は受け取られる。
アンドロイドの受付はその封筒が必要な切手や住所諸々が記されたものを確認すると最速で住所まで向かう便に振り分けられる。そして速達の航空郵便に分けられた封筒はそのまま空港の極超音速機に載せられ、パトリシア立憲王国まで飛行していった。
「外のポストには預けないのね」
「…わかってて聞いてます?それ無駄で危険であると言う事を」
「いやぁ、やったら困るなぁって」
スフェーンは笑って言うと、ルシエルはため息を吐く。
基本的に郵便は主に二つの組織に分けられる。
まずは鉄道郵便。こちらは国際鉄道連盟傘下の国際組織であり、その名の通り鉄道路線に沿って郵便業務を行う国際的な郵便事業主である。
ただし郵便業務はあくまで鉄道駅を中心に行われるため、より細やかな地域までの郵便業務は行われない。国際郵便を専門に取り扱うため、常に多くの郵便物を受け入れている。
対して、国や民間などが行う郵便。こちらは鉄道郵便と違い、国や民間が行なっている場合が多く、鉄道駅を中心としない郵便事業を展開している。こちらは国内郵便を専門に取り扱っている事が多い。
いずれも多くが鉄道郵便と業務提携を行なっており、国際郵便も取り扱うケースが多かった。
「この国の郵便事業は国営一括管理だ。まあ、多分検閲でもやっているでしょうね」
国際郵便を取り扱う鉄道郵便は、その国際的な組織として検閲は行えない規則となっている。取り扱う荷物の量が多く、いちいち検閲なってやってられないと言うこともあるが、何より国際社会からの監視の目もあるのでしにくいこともある。
しかし、国内郵便を取り扱うそう言った国営郵便組織などはそうした国際社会からの視線を気にせずに検閲に関しても行いやすい環境である。
そしてこの国は開発独裁と呼ばれる政治体制をとっている。基本的に独裁と名のつくものは必ずと言っていいほど検閲という言葉も付いてくる。
「まあ、だから封蝋な上に手紙なんですが…」
「時間は掛かるけど、最強の防諜手段よね」
「どうしたってデジタルとアナログの間には次元の壁がありますからね」
昔から言われてきたことであるが、最強のハッキング対策は紙である。
全てがデジタルで管理されたモノの中に一つでもアナログな事を仕込めば、それだけで現場に赴く事のないハッキングはそこで止まってしまう。
かつて、ハッキングによって戦車の製造レーンを混乱させようとしたところ戦車の部品取り付けが人力のアナログだった事で防がれたという記録も残っている。
「今は結構遊びでやってる事も多いけど、昔の封蝋の意味って盗み読み対策らしいからね」
「新しく蝋を継ぎ足したらバレますからね」
封蝋はやるだけで見た目が古典風になるという理由で昔から手紙を格好つけて送りたい人に流行る方法である。今でも一般的であるので、違和感もない。
「ましてやあの蝋は特殊顔料を使った色付き蝋です。同じ色は作れません」
郵便を送った後、そのまま再び街に繰り出したスフェーン達はあの店に向かう。
「こっそり開けたら逆に勇気あるわよ」
「でしょうね」
トロリーバスに乗り込み、そのまま祭日の大通りを走る。
滞在三日まであり、一週間の滞在期間が与えられている二人は少々厄介な問題を抱えてしまった。
「なんなの?そういう星廻りの下に生まれているのかね?」
「本当、ちょくちょく大問題に巻き込まれますよね」
少なくともスフェーンの今の交友関係を考えると、下手な議員よりも凄まじい面々と交友関係にある。
「そのうち一人は元国王ですよ」
「世間的には死んだ事になってるけどね」
そこでトロリーバスを下車して昨日と同じ場所に向かう。理由はあの茶碗の購入の交渉をするためだ。深夜にあの少年と出くわした時はどうしたものかと思ったが、向こうが余計な事をしていなければ良い話なのであの様子を見てすっかり安堵していた。
「しかし…」
道中、ルシエルは呟く。
「旗袍はいつ買えるんでしょうか…」
「あっ、買う?」
「え?今ですか?!」
スフェーンが言うので思わずルシエルは驚いてしまう。長年の間柄とはいえ、スフェーンの思い切り良さと言うのは驚かされてしまう。
「だって、今くらいしか時間ないんじゃない?」
「それは…そうですが…」
ルシエルはスフェーンを見上げると、そこでそのまま二人は近くの服飾店の検索を行う。
「ふむ…」
「近くにいい店ありそうじゃん。行こうか」
「そうですね」
この後、スフェーンは茶碗の一件で長めの交渉期間に入る。あの様子だと本人が手放したくない雰囲気があったので、あと四日以内に交渉がまとまらなかったら諦めることとなる。
「いらっしゃいませ」
服飾店に入ると、そこで早速青い旗袍を纏った女性が出迎えた。
「すみません。旗袍を一着、この子のサイズで」
「オーダーですか?それとも既製品をご購入されますか?」
「うーん…」
そこでスフェーンは隣に立つルシエルを見る。
「測ってからでもいいですか?」
「畏まりました」
そして体のサイズ計測を行い、そこでルシエルに合う色を後ろで生地見本を見ながら探す。
「お客様の髪のお色ですと…」
「ブラウン…か寒色系ですね」
スフェーンと店員は旗袍の生地の剪定から柄などいつのまにかフルオーダー前提で進んでいる事にも気が付かずにルシエルの採寸が行われていくのを見る。
「では柄は…」
「オーソドックスなものを。足元にはパンツを履くので、裾は短めかなぁ」
「畏まりました」
店員は注文を確認すると、そこで採寸を終えた店員が戻ってきて告げる。
「お客様の採寸ですが…」
「既製品で通るでしょう?」
ルシエルの採寸を行った店員に言うと、彼等は目を一瞬見開いた。
そう、ルシエルや自分の体は既製品ピッタリな体格であるので、所謂『金のかからない体』の部類に入る。その事は既に知っていたので、ルシエルは早速吊るされている旗袍を吟味していた。
「…これが良いでしょうか?」
彼女が珍しくここまで食いついているのでスフェーンは彼女を呼ぶと、生地見本などを見せた。
「どう?せっかくならフルオーダーにする?」
「え?しかし時間がかかるのでは?」
「後で送って貰えば良いわよ」
スフェーンがそう言うと、店側も珍しいフルオーダー注文を前に確認を取る。
「行けそう?」
「職人には速達で終わらせるように言いましょう」
何せ珍しいフルオーダー注文である。見た目も相まって支払いもすぐにしてくれるだろうと思って一歩前に出る。
「お客様。現在、工房も空いておりますので、三日ほどでお作りできます」
「あ、そうなの?」
と言うわけなのでスフェーン達はフルオーダーで旗袍の注文をする。
「お色はこちらで、柄はーーー」
そこで細かい注文を行い、ルシエルはそこでサイズを少し変えて色違いで注文する。そうして三着の注文を終えると、店員も満足げに伝える。
「では三日後にお待ちしております」
「はーい」
そこで二人は店を後にすると、その足で裏通のあの店に向かう。
「しかし三日で完成とは」
「職人も張り切ってんなぁ」
無論、二人は店員も眼差しを分かっており、質の良いものが出来上がる事を楽しみにしながら歩く。
「で、なんで三着買った?」
スフェーンはそこで疑問に思った。先ほど、ルシエルは色違いの同サイズの旗袍を購入していた。
「え?スフェーン達も着るべきであると思ったからですが?」
ルシエルはそこで『何当たり前の事を?』と言った表情でスフェーンを見上げる。
「…そう」
そんな彼女の返答に『もはや何も言うまい』と言った表情で遠い目をする。時折、彼女はスフェーンやサダミに服を着せてくる。…幼女の容姿の服を。
「で、カフェに帰ったら着てみるの?」
「勿論」
ルシエルは買った旗袍を着せるつもり満々で笑みを浮かべる。
「失礼しまーす」
そして店に到着をしてドアを開ける。
「ん?ああ、いらっしゃい」
「どうも」
すると客を見た店主にスフェーンは胸に手を当てて一礼をする。
獣人用の帽子は角や耳が引っ掛けられる構造のものがあり、そうした帽子は簡単に脱げないのでこうした礼儀が生まれていた。
「今日はどんな御用で?」
店主も太客を前に手揉みでもしそうな勢いでスフェーンに挨拶をした。
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