知り合いに手紙を送り、ルシエルの欲しがった旗袍を購入したスフェーンは最後の一仕事をしていた。
「もう一度、昨日買わなかったあの茶碗を見せてくれるか?」
「はいはい、アレだな」
店主もスフェーンの効いた品物に心当たりがあった。
「気になりますか?」
「えぇ」
そして店主が持ってこようとすると、彼女は言う。
「あの茶碗の製作者は?」
「何、息子ですよ」
「…なるほど」
作成者の名を聞き、スフェーンは店主にいう。
「では彼からご説明願えますか?」
「?分かりました」
彼女の要望に店主は少し首を傾げつつも頷くと、そこで彼を呼び出した。
「あっ。ど、どうも…」
少年は呼ばれて顔を出すと、スフェーンを見て頭を下げる。
「この茶碗について、色々と聞きたいんだけど?良いかしら?」
「あ、はいっ。わかり、ました…」
少々歯切れ悪く少年は答えると、茶碗を持って近づいてくる。
「ではごゆっくり」
店主はそこで店の奥に消えると、それをルシエル達は見送った後に少年を見る。
「で、あれから変わったことは?」
「え?あっ、と、特には…」
少年は昨晩のことを彼女から聞かれ、咄嗟に首を横に振る。
「変なこともありませんでしたよ…お、お客…さん」
茶碗を持って彼は言うと、スフェーンは小さく頷いて満足げにする。
「ん、なら良いんだけど…」
そこで彼女は茶碗を見ながら少年に小声で伝える。
「兎に角、君はしばらく動かない方がいい」
「えっと…ど、どのくらい…?」
「早くて一週間。遅くて二ヶ月くらい」
「に、二ヶ月…」
少年はその期間の長さに一瞬唖然となってしまう。しかし昨晩のことと言い、彼女の言うことには説得力があったので大人しく従わなければまずいと言うのは直感的にわかっていた。
「分かりました…」
「ちなみに嫌がらせの手紙は?」
「全部…父が窯の燃料にしましたよ」
「なるほど…」
それはよく燃えそうだと内心で思いながらスフェーンは少年に話す。
「じゃあ、しばらく君は身を隠せる場所に隠した方がいいだろう」
「は、はい…でもどこに…」
少年はスフェーンに聞くと、彼女は言う。
「なるべく人目につかない場所が良いわね」
「そ、そうですよね…」
すぐに返答を貰い、そりゃそうだよなと内心で少年は思う。
「ただ…昨日調べたんですけど、サーバーの場所がすごく遠くて。いくつか中継をして、最終的にウエルズ大陸の北東部にあって…」
「なるほどなるほど…
…ん?」
その時、スフェーンが首を傾げた。
「ちょっと待って?」
「?」
スフェーンは少年の今の発言の違和感を口にした。
「そのサーバー、いつ調べたって?」
彼女に聞かれ、少年は思わず唾を飲み込みつつ答える。
「え?き、昨日の夜…帰った後に、名前を覚えていたので…」
その直後、スフェーンは少年の肩を掴んだ。
「貴方…やったわね?」
「え…?」
少年は困惑した。なぜ、彼女の顔がこれほどまで深刻なものになったのか。
「相手は国よ?他人のインターネットなんて監視しているに決まっているじゃない」
「あっ…」
彼女の説明を聞き、少年はやっと理解した。そして同時に自分のしでかした行動にたちまち血の気が引いてく。
「え、あ…」
「不味いな…」
スフェーンはすぐにそのまま少年に言う。
「すぐに身を隠しなさい。公安が乗り込んでくるわよ」
「は、はい…!」
言われ、慌てて少年は茶碗を置いて階段を駆け上がろうとする。
「馬鹿」
「っ!?」
その瞬間、スフェーンの静止の声に少年はビクリと体を震わせる。
「すぐに裏から逃げるの」
「え?でも、どこに行くのかなんて…」
そこでどこに行くのかの行き先にどうしようかと頭を回していた。
「兎に角、すぐにでも身を隠さないとやばいわよ」
「は、はい…!」
少年はスフェーンに言われ、慌てた様子で店の奥を見る。
「財布・携帯。必要なもの持ったら外で合流するのよ」
「は、はい!」
少し慌てて階段を駆け上がると、そのまま部屋に入って少年は携帯と財布を持って店の奥に移動する。
「おい」
「っ!」
そして裏口に行こうとした時、座り込んで新聞を開いていた店主が少年に言う。
「工房に行け。今日は誰も居ない」
「あっ、うん…」
そこで裏口につながるドアに手を触れる。
「…ありがとう。父さん」
家を出る前、少年はそれだけを言うとドアを開けた。
「…」
家の裏口は再開発地区で多くの住民の立ち退きが行われている影響で多くの人が政府から提供された新住居に転居を行った。なので裏口の目の前は取り壊しが行われて広い土地が姿を現していた。
少年の家はあの店からの転居費用を国からまだ受け取ってはいないので転居作業を始めつつも、本格的な引越し作業は行っていなかった。
人気がいない空間でどこにいるのかと思った時、
「こっちです」
「ヒュッ!?」
その時、背中から話しかけられて振り返る。
「すみません。跡をつけさせてもらいました」
そこでスーッと何もない空間に色が付くと、フードを取ってルシエルが現れた。
「え?こ、光学迷彩?」
「ええ、ですが話は後で。すぐに移動しましょう」
「ま、待ってくれ」
話を進めるルシエルに少年は言う。
「その…親父が工房に行けって。今日は誰もいないらしいから…」
「…安全なんですか?そこは」
「こ、郊外にあるし。それに土地の名義は…親父の友人のだから…」
「…なるほど」
ルシエルは少年の話を聞き、しばし考える。跡を付けていたので店主と少年の話は聞いていた。
おそらく、聞き耳を立てて二人の話を聞いていたのだろう。二人の陰でフードを被って光学迷彩を起動させていたので、違和感に気づかれることなく監視できた。
「ごめん、遅くなった」
すると表から出て回ってきたスフェーンがやって来る。
「危ないですよ。結構限界だったんですから」
「悪いって」
ルシエルの小言に彼女は軽く流して答えると、そこで少年を見る。
「で、どこに行くって?」
「あっ、えっと…」
「彼の父の友人が所有する工房だそうで」
ルシエルが端的にまとめると、すぐに彼女は聞いた。
「大丈夫なの?それ」
「土地の名義人は彼のお父様のご友人。工房を出入りした記録が残っているのなら危険ですが…」
ルシエルはそこで少年を見ると、彼は言う。
「だ、大丈夫…山の近くの、小さな工房で…人も職人が出入りしているし、ゲート記録もとっていないから」
「だそうで」
「なるほど」
それなら安心できそうだと内心で思いながらスフェーンはそこで言う。
「では行きましょうか」
「え?あっ、貴女方も?」
「えぇ、折角商談に来たのに商談相手が死んだんじゃあ困るでしょう?」
彼女はそう言うと、片手に袋を取り出す。
「え?それって…」
「店主に頼んで持ち出してきた」
そして中に入っていた霧箱。そこの墨字は少年が直筆で書いたものだった。
「さて、行きましょうか。向こうが気付くのにそう時間はかからないでしょう」
スフェーンは言うので、少年は小さく頷くと二人を案内した。
目的地である工房は山のそばにあり、そこまで移動をすることになる。
「監視カメラに映らない移動手段が必要ね」
スフェーンはそこで少年に自分の被っていたキャスケットを被せる。
「顔を隠すんですか?」
少年はそこでスフェーンが帽子を被らせた理由を聞くと、彼女は頷く。
「それもあるし、もう一つは…」
スフェーンはそこで少年の脳天を突く。
「インプラントチップ。これのスキャンを回避する必要がある」
「その帽子は、スキャニングを欺瞞する効果がありますので」
彼女の被っていた帽子はインプラントチップと同じチップが埋め込まれ、本来のインプラントチップを隠すことの可能な素材が裏地で使われている。
これで少年は目深くキャスケットを被り、別人に化けることができた。
「え?でもそれって…」
「国家警察に命狙われているんだったら、多少の法律違反をしてでも守る必要があるでしょう?」
「それは…」
少年は言われ、頷く。誰だって自分の命は大事にしたいものだ。
スフェーンは帽子を脱いだ事で、薄く透明感のある灰色のような銀色のような、薄く虹がかった髪を露わにする。
「…綺麗だ」
表に出る直前、思わずそれを見た少年は口に出てしまった。
「あらどうも。自慢の髪ですとも」
スフェーンは言われ、少し嬉しそうに髪に触れるとルシエルがジト目で見る。
「…あれで?」
「ダマらっしゃい」
そんな言い合いを見たあと、三人は表通りに出る。
「…」
街中にある監視カメラを前に少年は気になっていると、
「前を見なさい」
「怪しく見えますよ」
「っ!」
両脇の二人から指摘をされ、途端に背筋が伸びる。
監視されていると思われれば、周りの視線が気になって仕方ないのは一般人として当たり前の話だが、これではあまりにもあからさますぎた。
「少年、この際だ茶碗について話でもしようか」
「え?」
停留所でバスを待つ間、徐にスフェーンから話を持ちかけられ、少年は困惑した。
「焼き物にはいくつか種類がある」
彼女はそこで少年と話す。
「『土器』『陶器』『炻器』『磁器』とある。君はこの四つの中でどれが好き?」
「…そりゃあ磁器ですよ」
少年はすぐに答えた。
「鏡のように光を反射し、釉薬の塗り方、焼き加減、一つ一つの手順で職人の癖が出てきます」
「でもそれは他の焼き物でも同じでは?」
「確かに。他の焼き物でも職人の個性は表せます。ですが手順が多い分、もっとも表現力が豊かになるのはやはり磁器です」
確信した眼差しで少年は言う。
「特に親父の作る青磁。あれは素晴らしいの一言に尽きます」
そして段々と熱が入ってくる。
「親父の筆使いは神の手です。俺にあそこまで細い線を筆では出せません」
「…なるほどね」
「あっ」
そこで彼は自分が思わず熱が入っていたことに気がつく。
「す、すみません…」
「ふふっ、いやいや」
スフェーンはそこで少年に少し笑う。
「それほど素晴らしい、尊敬しているお父様と言う話を聞いただけでも、興味深くありますよ」
すると待っていた停留所に赤く塗られた二階建てバスが停車する。
「続きをぜひ、聞かせてくれる?」
「は、はい…」
そこで二回、彼の肩を叩くと彼らはバスに乗り込む。
「(…あれ?)」
そして乗り込む直前、少年は疑問にふと思った。
「(いつ、二人は行き先の話をしたんだ?)」
先ほど、スフェーンとルシエルは短い会話であったが、スフェーンは何も知らないのに行き先を聞いており、普通あの状況なら行き先の提案をして来るのではないかと思ってしまった。
「(…今はそんなことを言っている場合じゃないか)」
少年は二階建てバスの座席に座って二人を見ながらそう思い、今のことを彼方に追いやった。
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