二階建てバスの車内でスフェーンは少年に聞く。
「そういえば君。名前は?」
「あっ…えっと、李龍二です」
「なるほど。ではこれからは李夏先生とお呼びしようか」
バスで隣に座ったスフェーンは持っていたあの茶碗の木箱に書かれた墨字を見せる。そこにはペンネームが記されていた。
「そんな、先生だなんて…」
龍二はスフェーンから言われて少し謙遜をする。
「私は君の技術を前に敬意を払うべきだと感じた。故に相応の金額も支払う。それが私の仕事でもある」
「仕事…?」
「まあ今は気にしないで」
スフェーンは龍二に言うと、二階建てバスの二階座席で少し周りを見る。
現在、スフェーンのキャスケットを被っている彼はインプラントチップのスキャニングを欺瞞していた。
多くの監視カメラが存在し、同時にインプラントチップのスキャニングも行われている現在、本人の姿を隠す上ではこれほどぴったりなものもない。
「それより、以前工房に行ったのは?」
「えっと…二年以上前…それを作ったので最後です」
龍二はそこでスフェーンの持ち出してきた茶碗を見る。
それ以来、彼は工房に年単位で足を運んでいなかったと言う事は、彼の行動を調べ、なおかつ彼の行きそうな場所を探るとなると…
「(見つかってざっと十二時間)」
今までの経験からざっくりとした計算を行うと、そこで龍二に振り向く。
「で、ひとつ聞きたいんだけど」
「何でしょう?」
彼女は龍二に質問をする。
「さっき君の言っていたサーバー、確かウエルズ大陸の北東部とか言ってたね?」
「えぇ…それが?」
「そのサーバー名、教えてくれる?」
「わ、分かりました」
そこで彼はスフェーンにサーバー名を教えると、数回頷いてから言う。
「じゃあ、これから商談は工房の方で行いましょう」
「わ、分かりました」
先ほどの食器の話からと言うもの、少年は目の前の女性に対して好感を持っていた。
「しかし不思議です。貴女と話していると面白くなってきますよ」
「そう?」
「ええ、貴女は焼き物について詳しい上にその茶碗を褒めてくれる。話していて面白い人ですよ」
「そりゃあ良かった」
そこで軽く笑うと、龍二はスフェーンを見る。
「正直、男装をする変な人かと思っていましたが…」
「…失礼な」
内心で『あー、絶対結婚できない性格のやつだ』と確信していた。典型的なオタク気質というべきか、もっと言葉に気をつけないと刺されるぞと思いながらバスは目的地近くの停留所に停まる。
「ここの先に工房があるんです」
「なるほどね」
バス停は確かに上港の郊外の山の麓にあるらしく、二階建てバスもお客がいなくなる頃に停車していた。周りには所々に家が立ち並ぶ郊外。空間エーテル濃度も高い場所で人もなかなか住みづらい環境だ。
「この工房は長くて一週間ほどいることもあるので、泊まる用意はできているんです」
「…ほぼ雑魚寝ですね」
それを見たルシエルが思わず呟くと、ヌッと現れた龍二はやや驚く。
この国では民間人が所持をしていると逮捕される光学迷彩付きのトレンチコートを羽織っている彼女は、とてもその容姿柄は考えられないほどこの状況に落ち着いており、少年の脳裏には不老者という言葉がよぎった。
「おう。龍二か」
「あっ、どうも…」
するとその休憩室に一人のつなぎ服を着た男が入ってきた。
「お久しぶりです」
「あぁ、それがいいんだが…後ろの二人は?」
そこでその男はこの工房の窯で先に火を焚べていたようで、龍二とは顔見知りのようだった。
「その…お客さんで、商談に来た人で…数日、世話になります」
「そうか…商談ね」
するとその男はスフェーン達を見た後に納得した様子で休憩室に入って沸かしていた薬缶を持つ。
「商談するなら別を使ってくれ。俺は今から寝るんで」
「あ、うん…」
数年振りに来たというのに、数日ぶりのような口調でその男はお茶を飲んだ後に休憩室の地面に敷かれた毛布にくるまってしまった。
「す、すごいですね…」
それを見たルシエルが思わず呟いてしまう。
「まあ、ここに通う職人はみんなこんな感じですよ」
龍二はそう言って工房の施設に案内する。窓の底にはいつも焼き窯が設置され、所々の煙突から煙を上げていた。
ここの工房は彼の父の友人が持っているという事らしく、公安が全力を挙げればすぐにここにも乗り込んでくるだろうが、そもそもの話として彼が店から消えたことを知らない。
「ここは窯以外にもろくろも置いてあります。なので…」
「なるほどね」
そこで二人は説明を受けながら部屋に通されると、そこにはソファの用意された簡単な執務室だった。
「どうぞ。あっ、お茶はここは出ませんので…お許しください」
最初にそう言うと、スフェーン達もそれに頷いてソファに座る。
「じゃあ早速…」
そしてスフェーンはすぐに持ってきたあの茶碗を机の上に置く。その茶碗は少年が最後に作った禾目天目茶碗であり、まるで龍の目をしていた。
「あの…その前に一つ、いいですか?」
「ん?どうした?」
スフェーンは首を傾げると、そこで少年は聞いてきた。
「その…色々と聞きたいことはあるんですけど…」
少年はそこで今までに起こったことを質問する。
「あのゲームについて何か分かったことってありますか?」
「ふむ…」
その質問にスフェーンは少し間を開けてゆっくりと答える。
「あのゲームにはちょっと問題があった。それを君達が暴いた…これでどうかな?」
「あっ、はい…十分です」
あまりにもざっくりとした返答であったが、少年は昨晩に恐ろしい経験をしていたのでそれ以上聞くのは躊躇してしまった。
スフェーンとしても、これ以上聞いてくると割とブラックな話をせざるを得ないのでこれ以上踏み込んでくれなくて助かった。
「じゃあ早速お話ししましょう?」
そしてすぐにスフェーンの視線は茶碗に向けられる。
「解説を頼んでも?」
「あはい」
龍二は少し慌てて頷くと、そこで自分の作った茶碗の説明をする。
「この作品は『
そこで少年は自分の制作した茶碗の説明を行う。
「画竜点睛っていう故事成語から、目のない龍に目を描いたら飛んで行ったという故事を参考に…龍の眼のように見えるのでそう名付けました」
「なるほどね…」
説明を聞き、スフェーンは少し頷いてから少年に提案をする。
「で、このくらいの額でどう?」
スフェーンはそこで持っていた携帯の電卓を叩いて金額を見せる。
「…それは東ボンですか?ウィールですか?」
「一応、東ボンのつもり」
「…」
説明を聞き、支払いの金額を確認する。
「…支払いはウィールでお願いします」
「あら意外」
スフェーンはそこで龍二を見てやや驚く。
「てっきり手放さないと思っていたのだけれど」
「っ!」
彼女はそもそもの話、初めてこれを見せにきた時の彼の対応から売りたくないオーラを感じ取っていた。なので彼が断ったらすぐに引こうと思っていた。
龍二はそんなスフェーンの反応に一瞬ビクついたが、その後に茶碗に視線を落として言う。
「いえ…昨日まではそうでしたよ」
そして紺の布で梱包をされていたその茶碗を見つめる。
「でも、同じ作品は作れないですけど…これ以上に満足できる作品を作ればいいだけですから」
「…」
龍二はそこでその茶碗を見る。
「しばらく家には帰れなくなっちゃいましたからね。…久しぶりに工房でろくろでも回してみようかなって…」
「ひとつ、私もお聞きしても?」
「何でしょう?」
ルシエルがそこで一つ聞いた。
「どうして龍二さんは数年間も作品を作らなかったのですか?」
その質問に彼は少し笑った。
「ははは、いやぁ…学業優先したかったから…ですかね」
「…チートツールを作ったのに?」
「ぐふっ」
ルシエルに指摘をされ、龍二は顔を歪ませる。そもそもの話、彼とその友人がゲームのチートツールを作ったことでこの問題になったのだ。
「もうチートは懲り懲りです…二度とやりませんよ」
「でしょうね」
「むしろこれで反省しなかったら色々とヤバイと思う」
そりゃあそうだと二人も頷くと、そこであっさりと彼が手放した茶碗を手に取る。
「じゃあ、ウィールで支払うってことでいい?」
「はい。どうせ学校にも行っていないので、しばらく籠って新しいものを作りますよ」
彼はそう言うと取引を終えてスフェーンの物となる茶碗を見つめる。
「名残惜しい?」
「まあ少しは…でも、粗雑に扱わなかったらそれで十分ですので」
彼曰く、自分に人を見る目はないと言う。
「人を見てもその人の本質まではどうしても見抜けませんので…」
「まあそこはどうしても経験が必要よ」
スフェーンはそこで龍二に言う。
「そう言うのを培いたいんなら、百人に食器を売りつけた人よりも千人食器を売った人間の方が鍛えられるってもんよ」
「やっぱりそうですか…」
そこでややげんなりする龍二。この様子からすると、普段は社交的で、多分公安に目をつけられていることを自覚してからああなったのだろう。
まあさすがゲーム機体をいじっただけで友人が懲役刑となったら恐ろしいことだろう。
「(逆にゲーム如きでそこまで過剰反応する向こうも向こうなんだけど…)」
スフェーンは内心でため息を吐くと、そこで購入をした茶碗を包み始める。
「じゃあ、支払いをしましょうか」
そこでルシエルに目配せをすると、彼女は小さく頷いて持っていたバッグの中からウィール紙幣を取り出す。
「うおっ」
するといきなり裸で出てきた札束に思わず驚く龍二。まさかな場所から現金が出てきたので流石に驚いてしまった。
「では早速お支払いを」
「お、おぅ…これは…」
あまりにも手慣れた様子でルシエルがウィール紙幣を勘定していくので、龍二は唖然となりながら彼女の数える紙幣と同様の紙幣を数えていく。
「はい、これで全額」
「は、はい…」
一括で支払われた代金に思わず龍二も目を丸くしてスフェーンの支払い能力の高さに唖然となる。
「じゃあ、大事に飾らせてもらうわね」
「は、はい…」
「あああと、結構いい品だったから。また買いに来るかも」
「あ、はい。分かりました」
サクッと商談を終え、工房を後にしていく二人に龍二は少々唖然となりながら受け取った現金を次に見つめていた。
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