目的だった茶碗を購入し、その後に工房を後にするスフェーン達。
「あら、もうこんな時間なの?」
龍二から帽子を返してもらい、再度被り直す彼女は傾き始め、水平線に消えかかる太陽を見つめる。
「ええ、思ったよりもバスの移動時間とか旗袍の採寸とかで時間とられましたからね」
「あーね」
そこで今日一日の出来事を振り返る。
午前に旗袍の採寸を行い、午後に茶碗の商談のために家を抜け出し、郊外の工房に移動、そこでの本格的な商談。
「確かに忙しい一日だった…」
そして購入した茶碗を丁寧に運びながら工房を後にする二人。
「龍二さんは、数日間は工房にいるようですが…」
「公安がまだ気づいていないからいいんじゃない?」
彼はこのまま工房に残って作業を行うと言っており、しばらくの間は家に帰ることもないだろう。
「ほぼほぼ家に引き篭もっていたのが災いね…」
「ええ、おかげで監視員が違和感に気がつくのにも時間がかかることでしょうね」
そこで人間の心理を長年の経験で想定しながら上港の街を見下ろす。
「全く綺麗な景色なことだ…」
ちょうど郊外の山も麓にあるおかげで、ここからだと上港の全景が見下ろせた。
「この国がまだ分裂する前、この街は民主化運動の中心となったそうです」
「ここは大陸有数の貿易港だ。まあ、そう言う色々な思想を目にするチャンスもであるわな」
長い時を生きてきた二人は当然、この国の成り立ちもリアルタイムで見ていた。その時代、企業による特権階級の独占がまだ強かった事による民主化運動である上港事変。二度にわたって行われたこの騒動は、その後に革命へとつながった。
「その後の革命で民主化は成されたものの…」
「今じゃあ軍事政権が開発独裁を行う始末です。世の中、何が起こるかは分かったもんじゃありませんね」
そこで街の中を流れる河川橋を歩く二人。多くの住人が街中を行き交っている。
「しかし、調査員の仕事をよく受けましたね?」
「いやぁ、流石に元国王様に頼まれて断れると思う?」
「いやまぁ…それはそうですが…」
橋の近くでは旧型のオートマトンが地面のアスファルトを掘り返し、多脚車両が渋滞で並ぶ車列の上を通過して建築資材を運んできていた。
「オーラーイ…」
その時、誘導灯を持って歩行者の誘導をしていた作業員の一人を通り過ぎる際にスフェーンが持っていたガラス基板をそのポケットにそっと入れた。
「断った方が怖いでしょう?」
そして何事も無くそのまま工事区間の隣を歩いてスフェーンは街に消えていった。
その道中では、ゲームセンターの入り口に『新台導入!』と書かれた真新しい看板が吊り下げられ、中では子供達が列を作ってあのゲームをプレイしていた。
「そりゃあそうです。慈愛の聖母の誘いを断れる人間なんてたかが知れてますよ」
「サダミみたいに?」
「まぁ…あれは妹達が例外というか…神経が図太いというか…」
難しい表情をしてルシエルも返答に困りながら運輸ギルドまで向かう路線バスの停留所まで移動した。
王室御用達品の調査員というのはその仕事柄、世界中を駆け回っていく。
この王室御用達品を管理する会社は王宮省管轄の外郭協力組織である。半官半民で営業を行うこの組織は調査員に多くの分野のプロフェッショナルを抱えていた。
そして世界中を駆け回っても怪しまれず、プロフェッショナルを必要とする職業であるが故に、ある職の隠れ蓑として機能も果たしていた。
『諜報員』と言う、世界中で情報収集を行わなければならないプロフェッショナルの隠れ蓑として。
『ターゲットは?』
無線が入り、店を監視していた監視員は無線で答える。
「異常ありません。店から出てきた雰囲気もありません」
『了解した。引き続き監視を続行せよ』
そうして無線が切れると、そこで三脚を立てた双眼鏡を見ていた監視員はため息を吐いた。
「…はぁ」
「どうした?」
すると同様にペアを組んでいた別の同僚が珍しげに聞いてきた。
「いや、早く交代が来ねえかなと…思ってな」
「あぁ…」
そこで納得した様子でペアは座って使用していたレーザー盗聴器のコードを付けたまま会話をする。
レーザー盗聴器を使い反対の店の様子の会話記録を確認していたのだが、監視対象の部屋は常時カーテンが閉じされており、物の振動を音声に変えるレーザー盗聴器は回折した音ばかりを拾っていたので鮮明な音は聞こえなかった。
おまけに監視対象の少年はどこもサイボーグ化手術を受けていない生身の人間であったが故にインターネットによる直接監視もできなかった。
「裏は取れたんだろう?」
「ああ、昨日監視した班が言っていた。今、令状やらを取っているとか聞いたぞ」
長い監視生活と、削られた予算で十分な人員配置がされていない影響で任務に影響をきたしていた。
「そうか…じゃあもう直ぐ終わるのか」
「そう言うことだ」
そして彼らは日々の苦労からの解放を目前に控え、その開放感から思わず気が緩んでしまう。
「まあ、こっち終わったら次の仕事だ」
「はっ。終わらねえなぁ…」
そんな軽口をボヤキあっていると、突如近くで音が鳴った。
ガシャーンッ
その音に二人はビクッと体を震わせた。
「何だ?」
「報告にあったいたずらだろ?」
「あぁ…」
一瞬立ち上がったが、事前の交代の際に報告を受けていたのですぐに椅子に座り直した。
「どうする?確認するか?」
「面倒だ。ほっとけ」
監視員はそう言うと再び対象の監視に付いていた。
「ふぅ…」
スフェーンは深夜、冷たい夜風が吹く中で煙草に火を着ける。
「はぁ…寒い日にはこれね」
「だったらオイルライターであったまりたいものです」
足元で作業をするルシエルが言うと、その装填口に赤く塗られた発射薬付きの弾頭を装填する。これは普段、超高層建築物や超々高層建築物の火災時に使用される消火剤を噴射する消防用弾頭である。
そして
「正直、途中で襲撃に来るのかとヒヤヒヤしていたのですが…」
「ナーンか思ったより向こうの動きが鈍いわよね」
そこで取り付けたレーザー測距儀が距離の離れた再開発地区のマイクロ波給電用の施設から目標の建物まで測距を行う。それと同時に暗視装置が目標の窓をしっかりと捉える。
「風速は…まあ許容範囲でしょう。影響は出ません」
「無線でも確認。上手く行ったみたい」
そう言う彼女の手元には長い消音器付
「分かりました…本気でやりますよ?」
「ええ、思いっきり嫌がらせしてやりなさい?」
そこでスフェーンからリアルタイムで情報を受け取ったルシエルは肩にロケットランチャーを担ぐと引き金を引いて弾頭を発射した。
ッーーー!
クルップ式無反動砲の原理で強烈なバックブラストが建物の屋上を揺らすと、発射された弾頭は安定翼を展開し、回転しながら目標の建物に吸い込まれるように飛んでいく。
「何だ?」
「ロケット弾だ!」
その音に首を傾げ、窓辺にいた一人が叫ぶと直後に窓ガラスを突き破って真っ赤な弾頭が部屋に突入してくると、直後に充填された高圧の消火剤が部屋中に噴射された。
「ゲホゲホッ」
「うわぁああっ!目がっ!!」
部屋中にピンク色の消火剤が撒き散らされ、慌てて監視班の二人は部屋から逃げ出す。
「畜生、誰だ!!」
「悪戯か?これが!?」
直前のロケット弾然り、イタズラの度を越していないかと思う二人はそこで無線をつける。
「本部!こちら監視班!消火剤の攻撃を受けた!付近の封鎖を要請する!」
無線をつけて今の異常事態を報告したが、返答がなかった。
「おい!聞こえているのか?!」
しかし監視班の報告にも関わらず返答が一切なく、不気味な無音が監視員の耳に届いた。
「お待たせしました」
テーブルで座って待っていたお客の前に、木製の茶盤に乗せられた玲瓏磁が提供される。
「ほぉ、これはこれは…」
お客はその見事な鳳凰を模った玲瓏磁を前に思わず感嘆の声を上げる。
「なるほど、今日は中国茶とはな」
「阿里山茶です。仕入れたばかりの新茶ですので、香りも十分かと」
そこで一礼をして提供をしたサダミが言う。
「よく似合っている」
「どうもありがとうございます。…正直言うと、あまり乗り気ではなかったんですけど」
そう言った彼女は青い旗袍に白いパンツを履いていた。
「そんなことはないぞ、とても似合っていると思う。本当に」
スーツ姿のその常連客はサダミにそう断言をすると、店内で他にも赤色と白色の旗袍を着て次々と中国茶を提供する
「どこで買ったんだ?食器も服も、いいセンスをしている」
常連客は聞くと、サダミは小さくため息を吐いて教えてくれた。
「上港、東衛臣民国で買ったそうで」
「なっ!あの国か…」
国名を聞き、途端に常連客は頭を抱えそうになった。
「あの虐殺を国民にさせていた国じゃないか…」
そこで常連客の視線は店内に設置された字幕付のテレビを見る。
『今回発覚し、国連に提訴された東衛臣民国による集団虐殺事件ですがーーー』
ニュースでは淡々とアンドロイドのキャスターが読み上げていた。リモコンでどのチャンネルに切り替えても同じニュースが飛び交っていた。
『東衛臣民国ではリアルな戦場を体験できるゲームと称して実際に本物の戦場として大量のロボット兵を投入し、ウエルズ大陸北東部の旧共和国領において現地住民との代理戦争を行っていたとーーー』
『今回の調査により、趙 李真は幼い頃に緑林教の信者によって投獄をされた過去があり、また彼は不老者であったことも発覚しました』
『現在、代理戦争やその他虐殺行為を行っていたゲーム機体は早急に回収が進められておりーー』
『我々が独自入手をした資料によりますと、強硬な反自然主義者であった指導部は自然主義者への攻撃を行うために今回の事件に加担していたとみらえ…』
この事件後、国中に展開されていたすべてのゲーム機体の回収が進められ、それを見た子供達が泣き、文句を言うと親に叱られると言う現象が大量に発生した。この一連の騒動にコメンテーターも胡散臭い顔で言う。
『実に不愉快な事件です。リアルなグラフィックのゲームを謳っておきながら裏で国民に虐殺を行わせていたのですから。ましてやプレイヤーの多くが子供達です』
『子供達に戦争をさせる。これは実質的な少年兵ですよ?子供達の教育に悪影響が出ることは間違い無いでしょう』
『多くの国民は、自分たちが虐殺に加担していたことを知りませんでした。これは国際慣習法にも、戦時国際法にも違反する可能性があります』
『インプラントチップをスキャンし、傭兵ギルド所属の人には用意された本物のゲームをさせていたそうなので、これは本物の戦場と知られたくないための用心でしょうね』
『これを機に、リアリスティックなゲームの査問を行う委員会の設置を検討すべきかもしれませんね』
そしていつも通り、根拠のない意見を交えて話すので彼らの意見をまともに受け入れる視聴者はほぼいない。
『現在。これらの事件の真相判明の為、司法局による強制捜査が行われーー』
ニュースはそこで淡々とダンボールを抱える職員を映していた。
「そんな危ない国に行ったのか?」
「どうやらこの事件がバレる直前に行ったみたいですけどね」
常連客がやや不安げに聞いてきたので、サダミはその現場に行ってきた二人を見ながら答えた。
「そうか…あの事件以来、うちの会社も取引を中止せざるを得なかったよ」
「経済制裁ですか?」
「いや、印象の問題だ。国家が国民を騙して代理戦争・集団虐殺をさせていたんだ。そんな国の連中と取引なんてしたら…」
「お気持ちはわかります。ですが…」
そこで彼女はお茶を透き通す玲瓏磁の茶壷を見る。
「あの国には素晴らしい技術もあります。この玲瓏磁のように」
「…」
サダミに言われ、常連客はつられて提供された新しい茶具を見つめる。
「国は悪くとも、人は悪くない…か」
「ええ、特に今回はスフェーンが良質な茶具を仕入れてご機嫌でしたから」
「あぁ、彼女を見ているとすぐにわかるよ」
そこで見ていても分かる彼女の豊かな感情を前に常連客も微笑みそうになった。
「ふむ、これはまた…」
その茶碗を前にアニータは満足げな表情を見せる。
目の前には龍の目をくり抜いてきた様な色合いの禾目天目茶碗が置かれ、それを見た彼女はそれを掲げて光をあてる。
「随分とお気に召されましたようで」
そこで彼女の執事が話しかけてきたので、アニータも頷いた。
「ええ、とても気に入ったわ。今話題の東衛臣民国製でなければだけど…」
そしてその茶碗を丁寧に置くと、その職人の名と住所を記した紙を確認した。
今の事件で多くの会社内にいる諜報員から上がってくる報告書を見てドン引きしてしまった彼女は、国家絡みの犯罪を前に彼の国の取引中止を考えている中で言う。
「今後、個人的な調度品としての契約も考えてみましょう」
「畏まりました。会長」
彼女は信頼ある部下からの献上品を前に一考をした。
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