「…なるほど」
数回頷きながらカウンター席でスフェーンに淹れたてのコーヒーを渡す。
「今回、帰ってきて早々に憂鬱な顔をしていた理由はそれか」
カフェ業務を終え、ナッパ服を着たまま疲れた様子で座り込んだスフェーンは渡されたマグカップを受け取って一口飲む。
「しかし、善意の保護活動か…」
「善意と悪意は表裏の関係じゃないってのをまざまざと教え込まれた気分よ」
「昔からそれは分かっているだろうに」
サダミはやや呆れる様子でスフェーンを見る。
「ペットか…だがスラム街と言うことは、すでに別の飼い主がいたんだろうな」
「でも放し飼いだから、彼女にはわからなかったんでしょうね」
彼女の話を聞き、サダミは首を傾げた。
「…そのジェフリーという少女はスラム街育ちじゃないのか?」
スラム街に居る動物など、必ず誰か飼い主がいる事は界隈では常識である。
「いや、調べたら一般的な中産階級生まれの子だったわ」
今の時代、個人情報保護なんてあってないようなものである。
SNSをやらないという選択肢で守る手段もあるが、顔から画像検索をかけて仕舞えばある程度わかってしまうというのも事実だった。
「なるほど、それでスラム街に動物が放し飼いされているのを見た訳か」
「中産階級で最も憧れるのがペットだからねえ」
スラム街で飼育されている動物というのは家畜と混同されることも多い。放し飼いもされていることが多く、その事を知らないジェフリーはスラム街から動物を引き取っていたのだろう。
「しかし、それは上級階級であっても知っているはずだぞ?」
「多分、狂犬病対策で彼女の保護活動を支援したのでしょうね」
「あぁ…」
サダミは納得できる話だった。
一度、世界的に狂犬病というのは根絶が宣言された。しかし大災害の際にどこかしらの研究所から最近が漏洩。アウトブレイクが発生し、狂犬病に罹る患者は一定数いた。
「狂犬病対策と言われてしまっては、文句も言わないか…」
「本人にその気があるかどうかは別だけどね」
少なくとも、あの家には多様な動物がケージに入れられていた。
「丁寧に管理はされていたけど、動物達は幸せかどうかと聞かれるとね…」
「それは偏愛だろうな」
その時の状況を見たスフェーンの記憶から見たサダミは断言する。
「愛ねぇ…」
「愛には実体がない。
それゆえに人は愛に多くの解釈を行い、解釈が違うからこそお互いに認識の齟齬がどうしても生まれる。
その齟齬を確認し合うために私たちみたいな人間は『言葉』がある」
半ば説教のようにサダミは言う。
「言葉というのは通じればお互いのことを知ることができる。自分の愛し方がどう言う受け止められ方をしているのかも知ることができるしな。
まあ今回の一件はそんな『通じない言語の壁』があるからこそ起こった悲劇でもあるのだろうな」
「言葉ねぇ…今回はそれ以前の問題なんじゃないの?」
スフェーンはややため息まじりに言う。
「誰かにとっても善意は悪意だし、悪意は善意にもなる。悪意の中に善意は存在している」
「解釈のしようだな。そこら辺は」
サダミもその点は理解している様子で数回頷く。
「少なくとも私はそう思っているから」
「性悪説主義か…」
サダミはそこでスフェーンに聞いた。
「で、その後どうした」
それは言外に、通報をしたのか?と言う疑問だった。
今回彼女が赴いた国には動物保護に関する法律が存在しており、通報を行なって逮捕できることが可能だった。
「いや?」
しかしスフェーンは首を横に振った。普段の彼女ならしそうな行為にサダミはやや驚いた。
「何故?」
気になったので聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「先客が居たのよ」
ジェフリーの家は、墜落した宇宙船の居住区画を改造した部屋である。
「…」
その部屋の中でスフェーンはジェフリーからお茶を飲み干した。
「んじゃあ、そろそろ行くかね」
「あっ、送りますね」
時計の時間を見て彼女は言うと、ジェフリーも時間を見て立ち上がりかけた。
「ああいや。歩いて帰るよ」
しかしスフェーンは見送りを断ったので、彼女はやや驚いて聞いた。
「大丈夫ですか?ここ砂漠ですけど」
場所は都市郊外の砂漠地帯。砂丘が出来上がるこの場所は、帰るだけでも一苦労するような場所だった。しかしスフェーンは軽く答える。
「大丈夫大丈夫。こう言うところを歩くのは慣れてるから」
彼女はそう言うと、ガスマスクを付け直して立ち上がる。
「じゃ、失礼したよ〜」
「あ、はい…その、色々とありがとうございました」
「そんな大層なことはしちゃあいないよ。じゃあね」
彼女はそう言うと、そのまま家を出る。
「…」
家の外では、先ほど乗ってきたオートマトンが停車していた。この場所は宇宙船の蓋板に覆われ、雨風が凌げるようになっていた。
そしてここは砂漠気候、降ってくるのは砂と乾いた風のみ。
『外気温、間も無く十五度となります』
「流石に砂漠の夜は冷えてくるねぇ」
ルシエルが気象情報を伝えると、ぐんぐんと下がってくる気温に辟易する。
そして手元に検測機を握ると、空間エーテル濃度の針が高まっているのが確認された。
「結構濃いめなのね」
『街に集中しない分、こちらにエーテルは貯まるのでしょうね』
「逆によくあそこを見つけたわね」
ここはナルバシーク戦役跡地。無数の宇宙船の残骸が転がっているとはいえ、その中でも安全に生活が可能な部屋を見つけたジェフリーに些か疑問を持つ。
『ですが、あの光景はなかなか強烈でしたね』
「全くね」
サーモグラフィーに反応がないことを確認してからルシエルとスフェーンは口を開く。
「スラムで拾ったって言っていたけど…」
『そうした貧困街に愛玩動物はいません。おそらく家畜同様で飼育していた動物でしょうね』
「猫も犬も食えるからね〜…」
『まあ…それはそうですが…』
少なくともこのスフェーンとルシエルはかつて愛玩動物に飽き足らず、人間まで食したことのある肥えた舌を持っている。
『少なくとも世間一般的に愛玩動物として飼われている生物を食べるのはちょっと…』
「じゃあ、死にかけの時は?」
『食べるに決まってますよ』
ルシエルは即答すると、スフェーンも少しその即答に苦笑しながら砂丘を登り切って振り返る。
「…」
砂漠の満点の星空の元、視界に多数転がっているのは宇宙船。ここで行われた戦闘の激しさは、溶けて捲れ上がっている宇宙船の破口を見ればよく分かる。
ここに残された宇宙船に使われている素材は、かつてスクラップにしようと人々が群がったが、既存のカッターでは切り出すことが叶わないとしてこうした宇宙船は放置されていた。なのでこのような光景は世界中で確認されている。
「うげっ」
そんなエーテルのオーロラに照らされた宇宙船の残骸の山の奥で、スフェーンは嫌なものを見た。
『砂嵐ですね。一部磁気嵐も混ざっていそうですが…』
地平線の付近からこの星空とオーロラを埋め尽くす黒い影を見た。空気中に散布するエーテルと砂がぶつかり合うことで軽く放電をしており、スフェーンは髪がピリピリとするのを認識する。
「先に街に着くと思う?」
『列車まで戻るのでしたら無理かと』
「…携帯天幕出すか」
彼女はそう言うと持っていた国連軍の払い下げ品の携帯天幕を取り出して設営を簡単に開始する。ワンタッチで天幕が展開されると、下にシートを敷いてペグの打ち込みをやろうとした時、背中からエーテル機関の音が聞こえた。
「?」
こんな砂漠地帯に何だろうかと不思議に思って後ろを振り向くと、そこでは砂漠の中を走る二台の車。
これから砂嵐が来るにも関わらず、その車両は宇宙船の方に向かって走っていた。
『あれは…』
「警察ね」
ハイビームのヘッドライトを照らして走り去って行った二台の警察車両。サイレンは鳴らしていなかった。
何故こんなパトロールもしなさそうな場所に警察が来たのかと不思議がっていたが、砂丘の奥でだんだんと黒い影が迫っているのが見えた。
「っ、やべ」
砂嵐を前にさっさとペグを打ち込んで固定し、天幕の中に入って入り口を閉めた。
「そう言うことか」
「翌日のニュースに出ていた。小さくだけど」
それはとても小さな記事が書かれただけで終わり、その日のニュースは街を襲った砂嵐のことで埋め尽くされていた。
「おそらく、スラム街で家畜を持って行かれた誰かが通報をしたんでしょうね」
「警察が動くほどにか?」
あの家には多数の動物がいた。元の飼い主型引き離されたことで、誰かが警察に通報をしたのだろう。
「しかしスラム街の人間で感情的に動かない人間がいるのか」
欲望に合わせて動く人間の多かったりするスラム街にそんな良心的な人間がいたのかと驚くサダミ。
「金持ちでバカがいるのと同じよ」
「なるほど分かりやすい」
スフェーンの例え話にサダミは納得する。
「で、逮捕されたわけか」
「特定動物飼育法違反だって。それ以上のことは…」
そう言って彼女は首を横に振った。
「残された動物はどうなった?」
「調べたら保護施設に引き取られるか、元の飼い主に返されたってさ」
そう言い、スフェーンはコーヒーを一口。その後にハッキングして得た情報を元にスフェーンは話す。
「で、彼女を支援した団体の署名で彼女は恩赦を受けたって話」
「すごいな。利権団体じゃない真面目な動物保護団体がいるのか」
団体と聞き、真っ先にサダミは口から溢してしまうと、スフェーンは言う。
「支援したのは動物保護団体じゃなくてペットカフェの創業者だけどね」
「あぁ…なんだそっちか」
支援者の正体を知り、やや残念がるサダミ。そうした団体というのは利権団体となってしまい、企業の犬となっているパターンが多い。
「彼女に別に悪意はなかったらしいから、警察もすぐに解放したんだってさ」
「無垢の善意というものか…」
一番警察が判断に困るやつだ、と直感的に理解する。
「今はペットショップで働いているって」
「本当に動物好きなんだ…」
熱心な様子のジェフリーにサダミも子供を見ているような気分になった。
「子供の素直さが毒になるのと同様、純粋すぎる善意ってのは社会に適合をしないってことね」
スフェーンはそう言うと、飲み終えたコップをカウンターに返す。
「難しい話だ。聞いていたが、憂鬱にもなる」
サダミはカップを受け取りながら言うと、そんな彼女にスフェーンは答えた。
「人が憂鬱になるのは『本来フィクションを描く世界に、現実という目を背けたはずの存在がいる』からよ」
「…そうね」
サダミは腑に落ちた笑みを見せ、カップを流しに入れた。
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