#401
時代の変化に沿って、傭兵のあり方というのも変化している。
かつて犯罪者予備軍の扱いを受けていた傭兵も、傭兵ギルドという仲介業者とシステムを画一化したことで大きく変わった。
今まで星の数ほど存在した傭兵の中でも真っ先に名前が上がる男がいる。
ジェローム・サックス
彼は今でも傭兵ギルドの立役者として名が残されている。
傭兵ギルドの創設、並びに傭兵のイメージ向上に尽力した偉人として語り継がれていた。
パトリシア立憲王国の王都。
オフィス街と住宅街の狭間辺りの路地の一区画にその店は存在している。
「んっ!んん〜…」
早朝、まだ日が登りたての頃。三階建ての和風建築の建物のガラス製の引き戸が開いて奥から赤い着物に袖を通した鹿角を持つ少女が出てくる。
「アイタタタタ…」
片手には水を汲んだ木桶が握られ、もう片方には柄杓が握られている。
「腰?」
「やあね、歳かな?」
すると後ろから青色の同じ作りをした着物を着る黒猫の獣人の少女が話しかける。
軽く腰を叩き、赤い着物の少女は柄杓に水をとって店先の道路に水を撒いて打ち水を始める。
「撒いたら庭の方頼むよ」
「はいは〜い」
庭先に水を撒く打ち水にはお浄めの効果もあるとかなんとか。桶に汲んだ水を店先に撒き、入り口に下げてある提灯の電源を入れる。
店内は多数のトルコランプの灯りの灯る薄暗い雰囲気にカウンター席やテーブル席、座敷が用意されている。
早朝から開店の準備を始めるスフェーンとサダミは、この喫茶店の開店準備を始めていた。
コーヒーと茶菓子を売りにしている当喫茶店は、開店早々から常連客がやってくる。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「今日も早いね」
ヘルメットを被って店の扉を開けたのは、新聞配達をしにきた従業員。今日の一番客である。
「最近配達経路が変わったんですよ。あっ、とりあえずアイスコーヒー一つ」
「はーい」
そこで早速サダミが冷蔵庫の中から瓶詰めされたアイスコーヒーを一本手渡すと、配達員はそれを受け取ると硬貨を用意する。
「120グレイン、丁度ね」
「毎度あり〜」
店先の新聞棚に朝刊を置いて配達員はコーヒーを片手に店を出ていく。
「もうアイスコーヒーの季節か」
「要望でね。今年は少し早めに売り出すことになった」
そう言って店の奥の厨房に消えていく。ここは喫茶店兼自宅であるので、しっかしとした調理施設が整っていた。
「弁当?」
「ええ、学食よりかは安上がりに済むし…何より頼まれたからね」
サダミはそう言い、コンロに火を掛けて調理を始める。
昨晩のうちに今日の仕込みを終えているので、開店準備はすでに終えていた。しかし時間帯的に客が来ることはほぼないのでゆっくりとした時間を過ごす。
「んじゃ、こっちは庭の手入れしてくる」
「分かった」
スフェーンにサダミが答えると、そのまま彼女は座敷席を抜けて縁側を抜けて庭園に入る。
庭園は常に水が流れ、近くの川から直接引かれた水が流れていた。
「冷て〜」
先ほど打ち水に使ったのもこの水だが、朝故によく冷えている。なのでここで朝に淹れたコーヒーをここで冷やしている。
瓶詰めされたコーヒーは、空瓶を返すと値段に入った瓶の金額が変換されるようになっていた。
「これは、野菜を冷やしても良さそうな温度だな〜」
スフェーンはそう言いながら熊手を持って庭園を歩く。庭園は日本庭園であり、池には錦鯉を飼っていた。
「よっと」
石灯篭の中に収納してある餌を撒き、見えないように育ててある畑の確認を行う。庭園の管理は入念に行われており、時折持っている園芸用鋏で枝を切り落としていく。畑には唐辛子やよく使うその他生薬の材料などが植えられている。一時は水わさびの栽培も考えたことがあったが、夏の暑さ故に断念したこともある。
「庭園の方も問題なさそうね」
「野良猫は糞をして行かなかったか」
報告を聞き、安堵した様子で彼女は二つの弁当箱に同じ内容の弁当を作っていた。
「おぉ、いいねえ」
「今日は簡単に唐揚げ弁当にしてみた」
「じゃあ今日の昼も?」
「いや、そっちはまた別に用意している」
一仕事終え、朝にサダミは地下室から持ってきたコーヒー豆をガラス瓶に入れてカウンターの下に入れる。
「一杯頂戴」
「分かってる分かってる」
スフェーンは縁側に座り込んで言うと、サダミは分かっているようにコーヒーミルに豆を投入してから丁寧に豆を細かく挽き始める。
今まで乾いた空気しかなかった空間に、程よく酸味のあるコーヒーの香りがし始める。
「今日の豆は酸味が強いみたいね」
「古くなった豆だからね、お客さんには出せないよ」
コーヒー豆というのは、温度・湿度・鮮度も日によって変化してしまう繊細な一品。
なので保管も常に気温が安定して低く、日光も入らない地下室で一括管理されている。湿度も低く設定されており、コーヒー豆の保管に十分な環境が整えられていた。
縁側ではスフェーンが灰皿片手に煙草を吸い始めており、挽き終えたコーヒー粉をフィルターに入れ、エスプレッソメーカーに装着をして直接火にかける。
銀色の使い込まれた雰囲気のあるエスプレッソメーカーは次第にぐつぐつと音を立てると、加圧されて湧き立った湯がフィルターを通じて吹き上がる。
サダミは音でそれを確認してすぐにエスプレッソメーカーを火から外すと、傾けてカップにコーヒーを注ぎ入れる。
「はい。お待ちどうさん」
「いいね。エスプレッソ」
淹れたてエスプレッソコーヒーは、彼女が古くなった豆を使ったとはいえ素人的には十分な味だった。
「まだ朝露が出るような時期だ。水だしコーヒーよりは目覚めやすかろう?」
「それはそう」
開店準備を簡単に終え、いつでも来れるように準備を終えてから縁側でスフェーンとサダミが座って庭園を見ていると、上からドタドタと音をたてて階段を降りてくる音がする。
「おっ、起きたか」
「さっき起こしたんだけどね。今日朝練があるとか言ってたが…」
バタバタと音を立てて二階に続く階段から飛び出してきたのは一人の少女。着ている制服は王立高校の一般的な青のセーラー服である。
「やばいやばい!」
起きたばかりなのか、髪を整えながら降りてきた少女は縁側で座る二人を見る。
「おはよ〜」
「遅い!もっと時間に余裕持って起きなさい」
軽くサダミは叱って着替えた少女を見る。
「お母さん、弁当どこ?」
「カウンターの上」
バタバタと支度を済ませる少女は、鞄を肩にかけてカウンターに置かれていた二つの弁当のうちの一つを持っていく。
「行ってきまーす!」
「朝ごはんも忘れないのよ」
「はーい!」
そこで走って出て行った少女を見てスフェーンは呆れたように肩をすくめる。
「これは忘れ物してるわね」
「後で響に持って行かせればいい」
「わあ可哀想」
そんな事を言っていると、上からまた別の足音が聞こえてくる。
「んはよ〜」
「おはよう」
そこで軽く首を回して出てきたのは一人の少年。おそらく先ほどのバタバタ音を聞いて目覚めたのだろう。
「どう?調子は」
「最悪。時雨の足音で目覚めちまったよ…」
彼はそう言うと、そのままゆっくりとした足取りでカウンター席に座る。
「いただきます」
そして彼は昨日の残りであるレンズ豆のトマトスープとトーストを食べていく。
その横で店の備え付けのテレビが音を出して朝のニュースを伝える。
『本日の天気は晴れ時々曇り。最高気温二〇度、最低気温は十五度。降水確率は0%。エーテル濃度は5%です。長袖のシャツ一枚で過ごせるでしょう』
気象情報を伝え、それを聞いてエスプレッソを飲んでいたスフェーンが聞く。
「響、そろそろ新学期だっけ?」
「一昨日からだよ。小母さん忘れてたの?」
「こっちは昨日帰ってきたばっかりなんだよ」
黙々と開店準備をしていると、入り口が開いて次々と客がやってくる。
「アイスコーヒー一つ」
「どうぞ」
これから通勤に向かうサラリーマンや、朝帰りの企業戦士達が出入りを繰り返してコーヒーを買っていく。
いつもの光景であり、これが冬になるとお客はホットコーヒーやココアを買っていく。
「ごちそうさまでした」
そしてわざわざここまで買いにくる人たちを横目に、朝食を食べ終えた少年は空になった容器をカウンターに戻してから置いていた学生鞄を肩にかける。
制服は今どき珍しい詰襟・立襟の学生服。先ほど出て行った少女の学校の制服である。
「行ってきまーす」
「気をつけて」
弁当を受け取ってからそう言い、少年は家の路地に停めてあったホバーバイクに跨ると走って行った。
「もう通学時間か」
「来月には中間考査の時期に入ってくる。やることが目白押しらしい」
「忙しいねえ。学生ってのは」
縁側で寛いでいたスフェーンが言うと、先にカップを片付けたサダミが少々睨んだ。
「そう思うなら働きなさいや」
「へいへい。でも朝っぱらかお客なんて来ないでしょうに」
「君がいるとお茶の注文が増えるんだからさぁ」
「あ〜、はいはい」
嫌味まじりなサダミの対応に、やや苦笑しながらもスフェーンは立ち上がってお茶を淹れる準備を始める。
この喫茶店は、庭園の景色を眺めながらコーヒーやお茶を楽しめる空間を提供している。
「このオリジナルブレンドを一杯」
『ホットですか?アイスですか?』
「おすすめは?」
『本日はホットがおすすめです』
「じゃあそれを」
テーブル席で明らかに紳士の見た目をした老人がテーブルから音声入力で注文を入れてサダミが声を聞いてすぐにドリップコーヒーの準備をする。
各テーブル席にはホログラムが内蔵され、自分で注文をすることもできた。
「クサビちゃん、こっちにホットサンドひとつ」
「はいはーい」
この時間帯ともなると軽食を欲しがる客もおり、庭園を眺めながらお茶を楽しむ。
「こちらお番茶と桜餅ね」
「おぉ、いい香りだ」
「綺麗な茶具」
夫婦の常連客が縁側に座って提供されたモノに満足げに笑みを見せる。
「香りがとても強い。新茶かな?」
「大当たり。この前仕入れたばかりの新茶ですよ」
スフェーンとサダミは二人で注文を捌きながら最高の休息を提供していた。
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