この喫茶店に来るお客というのは実に様々である。
住宅街とオフィス街の狭間の地区に存在するこの喫茶店は、時間帯によって客層を大きく変えていた。
午前中は住宅街の住民やこの喫茶店を見つけたマダム達が多くなり、午後には外回りを終えた会社員や一部休憩に来る役員などが訪れる。
「予約した板垣です」
「板垣様ですね。どうぞお二階へ」
名前を聞き、スフェーンは客を二階に通す。
二階は予約基本の個室であり、庭園を上から見下ろせることを売りにしていた。
「こちらに、お部屋の鍵はこちらとなります」
最後に予約客に部屋を案内すると、最後にアンティークな鍵を手渡してから予約客は部屋の中に入る。
「お待ちしておりました」
「あぁ、これはこれは…」
すると先に部屋の中ではカフェ・オ・レを飲みながら一人のスーツを纏った男性が待っていた。
「今日は商談かな?」
「余計な詮索をしないルールよ」
「へいへい」
一階に戻ってスフェーンが言うと、サダミが軽く注意を入れた。
「お客かい?」
「ええ、予約でね」
「なるほど。この時期は多くなるね」
「どうしたってね」
スフェーンは常連客の老紳士に答える。
「今は決算の時期だ。会社の合併や買収話もこの時期になると増えるからな」
「だからってこの店を使わなくてもいいのに…」
「ここは一等地の料亭やレストランよりも静かだからな。それにここだと聞き耳を立てる連中もいないし、私も昔は本命はこっちだったよ」
「やれやれ…」
その当時のことを知っていたスフェーンは呆れたため息を吐く。すると店の入り口が開いてジャケットを脱いだ一人の会社員が入ってくる。
「はぁ、あっつ」
「いらっしゃ〜い」
その会社員は汗をかいており、おそらく外回りの直後なのだろう。
「マスター、アイスひとつ」
「コーヒー?お茶?」
そこでサダミが聞いたので、常連客である彼女は店を見回す。
「あっ、今日はクサビさんがいるのか。じゃあ紅茶で」
するとその常連客は座っていたスフェーンに気がつくと、紅茶を注文した。
「ほれ、仕事だ」
「ケッ、帰ってきても碌に休めやしない」
そう言ってお茶の注文ばかり入ることに不満げな様子の彼女。
「クサビさんのお茶は最高だからな。仕方あるまい」
実際、老紳士が注文をしたのもプリンス・オブ・ウェールズであった。そう言う老紳士にスフェーンは苦笑する。
「もっとうまい世辞を言いなさいよ」
「最高級の褒め言葉のつもりだよ」
軍用ゴーグルを常につけているスフェーンは初めての客を驚かせるが、逆にそれが新規客かどうかを判断する材料であった。
スフェーンはカウンターを通って台所に向かうと、そこで茶具を取り出して紅茶を入れ始める。
「全くさぁ〜。私がいるだけでみんなお茶にしないでよ」
そこで彼女はテキパキと紅茶缶の蓋を開けて香りを確認してから茶葉を茶漉しに投入し白磁のポッドに沸騰した湯を注ぎ入れた。
「当たり前だろう。君はいないことの方が多いんだから…ん?」
するとサダミが持っていた携帯から音が鳴って反応する。サダミは耳が大きい分、音に敏感に反応できた。
「あっ、時雨達だ」
「どうしたの?」
メッセージの差出人を見てサダミが呟くと、あまり湯でカップを温めるスフェーンが聞いた。
「『今から友人家に入れていいか?』だって」
「いいんじゃない?」
スフェーンは即答すると、サダミは言う。
「店の手伝いをさせたいんだけど?」
「やらせればいいじゃん」
「え?友人来るのに?」
首を傾げるサダミにスフェーンは提案する。
「友人も働かせればいいじゃん」
「は?」
その時、サダミお前は何を言っているんだと言う顔をした。
「どうせこの後人増えるでしょ?」
「いやまあ…」
サダミは苦笑気味に頷く。現在、喫茶店には常連客が詰めかけていた。
「バイトしてもらうってのはどう?」
「最悪だよ!やめとけ」
少なくともまともな人間の発想ではないと突っ込むと、店の戸が開いた。
「「ただいま〜」」
そして戸が開くと、路地から二人の男女が帰ってきた。王立学校の制服を着ているのはこの家に暮らす稗田野響と稗田野時雨。
二人は名前の通り、書類上ではサダミの子供として引き取っていた。
「おかえり」
「お帰りなさい」
二人はそれぞれ帰ってきた二人を出迎えると、ホバーバイクを路地に片付けた響が言う。
「母さん、部屋にあげるね」
「はいはい。お茶いる?」
「大丈夫」
先にヘルメットを脱いで響は言うと、サダミは頷いて見送る。
「お友達だって?」
「そうそう、ちょっと前に知り合ったんだけどね。今年は同じクラスになったから」
「あぁ、そりゃあ良かったわね」
スフェーンは時雨から友人の話を聞いて納得をすると、カウンター席に座りながらコップを傾ける。
「うわぁ…」
すると時雨の後ろから暖簾を潜って知らない声がした。
「この地区にこんなお店があるだなんて知りませんでした」
そう言いながら店に一人の少年が学生服を着て入ってくる。
「っ!?」
その顔を見て、スフェーンはコップを傾けたまま目を見開く。
「んぐっ、ブーーッ!!」
一瞬我慢したが、圧力は抑えきれずに彼女は飲んでいた水を吹き出した。
「え?」
「どした?」
吹き出したスフェーンに困惑する二人。常連客も突然吹き出したスフェーンにイタズラでもされたかなどと勘繰った。
「あっ…」
その後ろで響は顔を青くした。
「…おい」
視線の先には髪が濡れているサダミ。吹き出した水は彼女に思い切り吹き付けられていた。
「やったな貴様…」
「ま、待って!事故事故!過失事故!」
「問答無用!!」
弁明するも意味はなく、直後に喫茶店に悲鳴が上がる。
「うぅ…っ」
顔面をバリバリと爪で引っ掻かれ、呻き声を漏らすスフェーン。
「だ、大丈夫ですか?」
その隣で驚愕しながら聞いてくる少年。金髪碧眼というイケメンの条件が揃った容姿のその少年。名をアンドリュー・サックスと言う。彼に聞かれ、スフェーンは苦笑気味に大丈夫と頷く。
「ふんっ!」
そんな彼女にタオルで顔を拭き終えたサダミは腹を立てた様子でスフェーンを睨む。
「(いきなり人に向けて水かけやがって)」
「(いやいや、これは誰だって吹き出すって!!)」
二人はそう話して座敷席で座るアンドリューを見る。
「アンディ?」
「あ、今行く」
すると階段から呼ばれてアンドリューは階段を登っていく。
「今の学校の友人?」
「らしいよ」
「王立学校の友人か…さぞかし有名人だろうな」
王立学校と聞き、常連客達はそんな想像をする。
王立学校とは国や地方自治体が設立・運営する国公立学校と違い王族が設立をした学校である。
王族や貴族が通うために作られた高貴な学校であり、この喫茶店に住まう二人は受験と家系図と面接を経て入学を果たしていた。
「ここは?」
「二階の個室席。予約前提なんだって」
「…」
階段を登り、二階のドアがずらりと並んだ廊下に首を傾げながらも少年は階段を登っていく。
「三階が家なの?」
「そそ、俺たちの家はここ」
響はそう言って階段の一番上にあったドアを開けると、靴を脱ぐ玄関があった。
「…」
少年は自分の家と比べると、とても小さい家に新鮮さを感じながら靴を脱ぐ。
「ようこそ庶民の家へ」
「お、お邪魔します」
少年は靴を脱いで家に上がると、そこには先ほどの薄暗いステンドグラスとトルコランプが映える店とは違い、白い壁紙と木材の敷かれた一般的な住居があった。時雨が冗談混じりで招いたので、少年は苦笑混じりに部屋に上がった。
「すごい家だね。下が喫茶店で上が家だなんて」
「ここら辺だと結構多かったりするわよ?」
「いや、どう考えたって違うだろ」
時雨に響が言うと、彼は鞄を片付けて部屋に飾られた品々を見る少年に話しかける。
「響、これは何だい?」
「確かシーサーって言う南方のライオンを模した置物」
「これは?」
「トーテムポール。こっちで言う家紋に近いものなんだって」
部屋に飾られている品々を見て興味津々な少年。
「どうしてこんなものが?」
「小母さんがそう言う系の仕事についているから、世界中から回って収集してきているんだって」
「どう言う仕事なんだ?」
「運び屋だって。今は調査員の方の仕事がメインっぽそうだけど」
そう言うと、部屋の冷蔵庫を開けてそこで水出し新茶を取り出す響。
「一番茶だから多分一番美味いと思う」
「ありがとう」
少年はそう言い、お茶を入れた陶器を見て直感的にいい陶器であると今までの経験で感じた。
「っ!美味しい」
そして次に飲み前から感じたお茶の透明感と優しい舌触りから緑茶の程よい瑞々しさを感じた。
「でしょ?小母さん、お茶のプロだからね」
そんな少年の感想に、少し自慢げに時雨が言うと手招きをして彼を家のベランダに呼ぶ。
「こっちがいい景色なの」
「おぉ…!」
そして連れ出されるように出てみた景色に、少年は圧倒されそうになった。
「すごい綺麗な日本庭園だ」
眼下には家の塀に合わせてスダジイやマテバシイが植えられ、非規則的に植えられた松や楓、梅や桜。池には蓮や菖蒲が植えられた整えられた日本庭園であった。一部巨石も設置され、金がかかっていると一瞬で理解ができた。
「こんな場所にこんなのがあるなんてあるなんて初めて聞いた」
「滅多に有名じゃないからね」
「有名にさせてないの間違いでしょ?」
驚くアンドリューに時雨と響の二人は言うと、奥の塀の向こうで白煙が上がっているのを見る。
「あれは?」
「川沿いの貨物線。路面機関車とも直通してるから、勝手口から出るとすぐに列車にも乗れるの」
「へぇ〜」
塀を越えると川の土手の一本道と、一段下がって川沿いを走る複線の貨物線が走っていた。入り口のホバーバイクを止めた路地を通って勝手口まで行けた。
「いい場所でしょ?普通なら二階席から金を払ってでしか見ることができないのよ?」
「すごいね。とても綺麗な場所だよ」
松や植えられている躑蠋も枯葉の一つも無く整えられているので、最高の空間であると理解できた。
その頃、一階ではスフェーンとサダミが厨房で注文の入ったハンバーガーを作りながら話す。
「アンドリュー・サックス…」
「サックス公爵家の三男坊ね。噂はよく聞いている」
サダミはそう言うと、スフェーンはある事実を口にする。
「ついでに言うと君の子孫だ」
「…」
スフェーンが言うと、サダミは口を閉じた。
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