目覚めると、今日は紅茶の香りがした。いつもならここでコーヒーの香ばしい香りが漂ってくる。
「…今日は小母さんか」
今日は帰って来てる日かと思い出しながら個室で目を覚まし、ベッドから体を起こす。
この家で今、私と響は別々の部屋で寝ている。子供の頃は同じ部屋で寝ていたが、中学校に上がった時から個室に分かれた。
「んん〜!」
朝、目を覚ましてからカーテンを開けると、眩しい朝日が差し込んで視界が一瞬真っ白になる。
ベッドのそばでは使い古された勉強机が置かれ、教科書や参考書が山積みになっていた。
「おはよう」
目元をこすりながら部屋のドアを開けると、リビングのテーブルで私たちが小母さんと呼ぶ人がちょうどカップに紅茶を入れていた。名前を飯豊クサビと言う。
「おはよう。今日は早いのね」
「うん、ちょっと用事もあるからね」
現在、午前九時。今日は学校も休みなのでこうしてゆっくりと時間を過ごしていた。
「いる?」
「欲しい」
小母さんが聞いたので私は頷いて紅茶を分けてもらう。初見の人はこの人のつけている軍用ゴーグルにビビるが、今はすっかり慣れて小母の体の一部である。
「んん〜、いい匂い。やっぱり小母さんの淹れ方が一番だ」
王立学校でもこうしたお茶の時間に近いものはあるが、大抵は人を使うので自分で淹れるのは趣味の範囲。
貴族の嗜みとしては飲んだ紅茶がなんの銘柄で、どのくらい新鮮なのかが分かれば十分であるという。
「そりゃあこの道で長い事やってきているんだ。年季が違うよ年季が」
「ははは、そりゃ敵わないよ。不老者なんだから」
そう言って私は苦笑してこの年齢詐欺も甚だしい人を見る。
私たちの親は別にいる。今私たちを育てているお母さんは、血のつながった母ではない。元々、私はとある街で戦災孤児になった所をこの人に拾って貰った。
私を産んでくれた両親とこの人が知り合いで、住んでいた村が野盗団に焼き討ちにされた所を拾ってくれた。その時、私は五歳の子供だった。
一応、誕生日の違いで弟となっている響は赤ん坊の頃に捨てられた所を母親であるサダミが拾ったという。つまり姉弟でも血の繋がりはない。
「あら、今日は早いのね」
「母さん?」
そこで部屋の扉が開いて、そこで朝の市場から帰ってきたのだろう。焼きたてのブレッドやサンドウィッチを持って母、稗田野サダミが帰ってきた。
飯豊クサビと稗田野サダミ、二人は不老者と呼ばれる人たちである。
少なくとも千年以上を生きたとされる長命の二人であり、ほぼ妖怪の類である。ゆえにこの二人、色々と名前を持っているのでどれが本名なのかいまだにわからない。
「起きないと思って二人分しか買ってなかったんだけど」
「ああいいよ。私このあと出かけなきゃならないし」
「ああそう?」
買い物で買ってきたサンドウィッチを見ながらどうしたものかと考える母に私はそう言う。実際、今日は友人と約束があるのでこのあと出かける予定である。
「どこ行くの?」
「ブティック110。そこでリリィ達と買い物」
「ああ、なんか新しくできた場所よね」
「そうそう」
小母が反応したので頷く。この人、運び屋として働いているからなのか色々と詳しかった。
子供の頃から長期休暇になると、小母さんの持っている列車に乗って色々と遠出をしたこともあって色々と経験させて貰えたなと思っている。少なくともそれが異常なことであると分かったのは中学校に入ってからだったけど…おかげで自由研究と日記の題材には困らなかった。
「気をつけるのよ?春になると変態も出やすいんだから」
「分かってるよ」
母にそう堪えると、もう一つの部屋の扉が開いて中からパジャマ姿の響が寝起きの顔で出てくる。
「おはよう…」
「おはよう」
軽く言うと、母が呆れた様子で聞く。
「随分と遅い寝起きね」
「どうせ夜中までゲームでしょ?」
「ちげえよ」
呆れる小母に響は反論をしてテーブルに座る。
「紅茶あるわよ?」
「今日は?」
「アッサム。仕入れた新茶よ」
「じゃあ欲しい」
即答すると、今度は響の分の紅茶も注いで一家四人が机を囲んだ。
「…女三人かよ」
「姦しい?」
「いや…どっちかって言うと喧しくなりそうだなって」
まだ眠気の取れていない様子でカップを傾ける響。余計な一言だぞと軽く睨む。
「女は三人寄れば姦しい。四人寄れば喧しい」
「鹿はお黙り」
ケラケラと笑う小母に母が言った。なんと言うか、この二人のやり取りは仲がいい姉妹を見ているような気持ちになる。
するとふと自分の飲んでいたカップが空になっていたことに気がついた。
「新しいのいる?」
「いや、そろそろ着替えて出て行くよ」
小母にそう言って私は洗面台に向かう。今日はお店も休業日なのでお手伝いさせられることもないので快適な日を過ごせる。
まず洗面台で顔を洗い、歯を磨く。夜に歯を磨いても、翌朝には数千倍の雑菌が繁殖をして口が臭くなると子供の頃から口を酸っぱくして言われていたのですっかり習慣となっていた。おかげで今も歯は白いままである。
その後に化粧水や下地を使って化粧の準備を整える。学校では化粧NGであるが、学校帰りにこっそりやっている先輩や同級生なんて何度も見ていた。
「時雨、ちょっとどいて」
「あ、ごめん」
すると傍から響が出てきて歯を磨き始める。こう言う時、ややだだくさな響は歯を磨いてから着替えて出ていけるので準備に恐ろしく手間がかからない。
「また眉毛描いてるの?」
「あんたと違って眉毛が薄いの」
私はそう言い、歯磨き中の響に答える。
「まつ毛長いから隠せそうじゃん」
「逆に違和感があるっての。もう…」
そうして響きが歯磨きをしている間も鏡を見ながら化粧をする時雨。
「今日リリィ達と柴前に行くんだっけ?」
「そうよ〜。それがどうした?」
「俺、後で秋電前に行くからもしかしたら会うかもって思ってよ」
「あら、またバイクでも見るの?この前捕まったのに」
そこで私は、二人でホバーバイクに乗って先生に捕まった数日前の苦い記憶を掘り返す。
新学期早々に免許を所得して乗ったはいいものの、学校に乗り付けたことで注意されてしまったのだ。
「知らなかったんだよ。校則に書いてなかったし…あんなんトラップだろ」
「常識的に考えて?王立学校でバイク乗り付けなんて考えないでしょ?」
彼女はそう言うと、歯磨きを終えて響は口元を洗う。そしてタオルで口元を拭きながら
「むしろあそこは出迎えの車ばっかりだろ」
「まあお貴族様の学校ですし?むしろ私たちが通える方がおかしい話だし?」
そう話していると、最後にリップを塗って唇に艶を出して鏡で確認する。
本当、どうして王立学校とかいう上流階級の過ごす場所に放り込まれたのかが理解できない。確かに一般枠もあるけど、基本的にこの家みたいな一般庶民は行かないような場所である。誰か有名人の推薦があったのか、面接でもすんなりと通してくれた。
「よし」
化粧を終え、部屋に戻って私服に着替える。今回の服はボタン式なので先に化粧をしていても着替えで落ちることはなかった。
「行ってきまーす」
「気をつけて」
まあ、貴族は貴族でも仲良くなれる友人はいたのでまだ良かった。
玄関で靴を履き、階段を降りて一階の喫茶店に出ると、そのまま日本庭園の方に出て塀の勝手口を開けて裏の道に出る。
「おっと…」
家の裏の道は石畳で覆われており、柵の向こうには一面の河川が広がる。専用の貨物船が走れるほど長いこの河は一段下に路線が敷かれている。
ちょうど目の前をトラックが通過したので左右を確認してから一気に走って道路を横断すると、そこで柵の切れ目を通過する。その先は跨線橋に繋がっており、複線で左右にホームが設置されていた。
「…」
忘れ物がないか鞄の中を見て確認をしていると、遠くから音が聞こえてホームに
白煙を上げながら水冷式エーテル機関車はゆっくりと走り出し、そのまま川沿いの路線を走る。二階建て客車がいくつも連なっており、中には都市中心部に向かう他の乗客の姿もある。
「ふぅ…」
こう言う時、親が機関車の運転士をしているので路面機関車を運転している人の様子が気になってしまう。
この機関車のあだ名は『
本当、あの人って普段どんな仕事をしているのかが分からない。運び屋というと大抵が貧乏人のする仕事と言われており、運行中に野盗に襲われたりする危険な仕事である。実際、小学校の夏休みで小母と一緒に運び屋の仕事について行った時に襲撃にあった事あるし…。
かと言って小母が貧乏かと聞かれると疑問である。少なくとも私は列車でイブニングドレスに着替えて私たちを高級レストランに連れて行く運び屋を聞いたことがない。
「…」
川沿いを走る列車の下には河原が広がり、そこで草野球が行われている。たまに母や小母も手伝いに行くことがあった。
ワンマン運転で列車はそのままオフィス街の併用軌道を走る。家はオフィス街と住宅街の狭間にあり、川を挟む鉄橋を越えるとすぐにオフィス街である。超々高層建築物ばかりが並ぶこの場所は、走っている場所もすぐにビルの日陰に隠れてしまうほど高い。特に今日は快晴なのですでに日陰は街灯が付くほど暗かった。ここで路面鉄道の乗り換えをして王都環状線に乗り込む。
王都環状線の路線には今日も観光客や通勤客などが詰めかけており、少々狭い思いをしながら柴前に到着する。多数のビルやスクランブル交差点が有名な駅は今日も多数の列車が行き交っている。
「時雨〜」
「お待たせ〜」
そして目的地の駅に到着をすると、大勢の人が行き交う中で簡単に学校の友人を見つける。
皆が騎士爵や男爵の御令嬢であり、本当の意味での一般家庭生まれの家の子と言うのはほぼいない。
「待った?」
「全然」
「こっちも今着いたばっかりだしね」
そう言い彼女達は新しくできたブティック専門店に足を運び始めた。
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