「響と時雨はおでかけか」
家で話すスフェーンとサダミ。二人は閉めている店の縁側に座ってそれぞれ煙草を吸っていた。
「学校の友人と出かけるって」
「なるほどねぇ」
喫茶店の雨戸や引き戸も全て全開で、風が吹き抜ける。
店の椅子は全て卓上にひっくり返されており、床を自動掃除機が音を立ててブラシ掛けをしていく。
「今日は予約客もいないから、静かな時間が過ごせそうね」
「ええ、また豆の注文もしなきゃなら無さそうだけどね」
二人はスフェーンの入れた日本茶を飲みながら庭園を見ていると、入り口の方から声がした。
「あれ?今日閉まってたのか」
「「ん?」」
誰か来たのかと首を傾げると、私服のスフェーンが出る。
「悪いね、今日は閉めているんです。…お?」
表に出ると、そこにはシャツとズボンと言うラフな姿でアンドリューが立っていた。
「おや、アンドリュー君じゃないか」
「あっ、どうも。こんにちは」
スフェーンはアンドリューを見下ろすと、ついつい違和感を感じてしまう。
「悪いね。響達は出かけてるよ」
「ああいえ」
アンドリューはスフェーンに軽く首を降ると、暖簾を片付けられ、提灯も付いていない店先を見て察していた。
「今日喫茶店がやっていなさそうだったので…すみません。僕はこれで」
「お待ち」
そう言って帰ろうとしたところをスフェーンは呼び止めた。
「どうせ庭を見に来たんでしょう?」
「…はい」
よく分かったなという驚きの表情をしながらスフェーンを見上げるアンドリュー。正直その顔でその身長はスフェーンにとって違和感しか感じなかった。
「なら入りな。ちょっと掃除してるけど、縁側なら空いてるし」
そう言ってスフェーンは彼を店に招き入れる。
「あっ、こんにちは」
「どうも」
彼は縁側で座って尻尾を揺らしていたサダミに会釈をする。いつも二人が言っている育て親の稗田野サダミである。
「クサビ、なんで入れた?」
そこで彼女はムッとして視線をスフェーンに向ける。
「いやぁ、庭園見るだけならタダでしょう?」
「だからって店を閉めている時に人を入れるか?」
そう言いながら食べていた豆大福を小皿に置く。ガラス製の灰皿に煙草の吸い殻が残されており、アンドリューは少し煙草の匂いに眉を顰める。
「ちょっと待ってて」
「全く…」
スフェーンはすぐにカウンターに消えてしまい、縁側にはサダミとアンドリューが残った。
「隣、失礼しますね」
「どうぞ」
お茶を飲んでいる途中でお邪魔になったのかと少し申し訳なくなりながら隣に座るアンドリュー。
予約も何もせずに来てしまったので色々と面倒をかけてしまっていた。
「…はぁ」
すると静かに庭園を見ていたサダミがようやく口を開いた。
「悪いね。休日はいつも店を閉めているんだ」
「ああいえ。特に確認もせずに来た僕が悪いですから…」
アンドリューはそう言ってよそよそしい反応をしていると、カウンターからスフェーンが聞いてくる。
「ジェロ…じゃなかった。アンドリューくん」
「…」
「?はい」
その呼び方にサダミは耳をピックと反応させ、アンドリューも首を傾げながら振り返る。
「ハーブティーはいけるかい?」
「あ、大丈夫です」
軽く確認をするとハーブティーという単語にサダミがピクッと反応する。
「…また出すのか。あの薬茶」
「元々お茶は薬だっつーの」
そう言うと彼女はガラス製のキャニスターから茶葉をポットに入れると、沸騰させた軟水を注ぎ入れて蓋を閉じる。
そして砂時計をひっくり返して時間を測りながら盆にポットとカップを用意する。
「悪いね。こんな軽いものしか出せないけど」
「いえ、十分です」
アンドリューは軽く首を横に振ってハーブティーを受け取ると、その香りにサダミが反応する。
「…新しい香りだ」
「そそ、前に作ったの大不評だったからさ」
「そりゃそうだ。あれは臭かった」
「だから今回はカモミールを中心にレモングラスとかを入れてみました」
軽く今回のスフェーン謹製のハーブティーの解説を聞いてからアンドリューはカップを傾ける。
「飲みやすい…?」
「なら良かった」
彼女は感想を聞いて少し安堵すると、そのまま縁側に立って庭園に降りる。
「どこ行く?」
「ちょっと掃除」
彼女はそう言うと庭園横の車庫に入って行ってしまう。よく見るとその前には塀に沿ってオーブンが設置されていた。
そして次に彼女は熊手を持って出てくると庭園の枯葉を掃きに向かった。
「はぁ…」
サダミは勝手に言って消えたスフェーンに呆れると、アンドリューが聞いてきた。
「あの…さっきクサビさんの言っていたジェロとは?」
「…」
まずそこから聞いてくるかとサダミは思った。あれがわざとかどうかと聞かれると多分そうである。
「君があまりにも似ていたからだろう」
「誰にです?」
アンドリューの疑問にサダミはため息を吐く。
「…ジェローム・サックスだよ」
「!?」
その名を聞いた時、アンドリューは目を見開いた。
「せ、先祖と…お知り合いだったのですか?」
「そうだな。そう言うことになる」
彼女が言うと、驚きの事実を前にアンドリューは愕然となる。
「じゃあ、貴女も…?」
「私か?」
サダミはそこでフッと笑う。
「いや…私はそう言う仲じゃ無かった」
彼女はそう言うと、彼はその意味を深く理解することはできなかった。縁側に座って彼女は続ける。
「でも私は当時を生きた人間だ」
「…」
「ジェローム・サックスのあだ名を知っているくらいだけど」
彼女はそう言うと、アンドリューはサダミ達に俄然興味が湧いていた。
「じゃあ、少なくとも一千年以上生きられているんですね」
「そうね」
今の会話だけでサダミとスフェーンは不老者で、尚且つサックス家の勃興を知っている貴重な人であると理解する。
「ご家族は…」
「私たちは養子ばかり取ってるから」
「はい、響達からその話は…」
「なら早い」
そこで奥の庭で熊手を使って枯葉を集めるスフェーンを見ながらサダミは話す。
「で、君は家の仕事に疲れてきた。と言ったところか」
「…流石ですね」
「顔を見ればわかる」
サダミはそう言い、隣に座ったままのアンドリューを見る。
「それに君は『傭兵の王族』とも言われるサックス家の直系の子なんでしょう?」
「ええ…よく言われます。顔だけ見れば最も先祖に近いと言われていますから」
サックス家の始祖であるジェローム・サックスの写真は今も残されており、その伝統を黙々と受け継いでいた。
「…」
サダミは静かにその話を聴きながら湯呑みを傾ける。アンドリューは庭園の池の中を泳ぐ錦鯉を眺めながら溢す。
「傭兵ギルドを作ったと言う理由で僕は王立学校卒後に傭兵ギルドですよ」
「徴兵は?」
「僕は体が小さくて…」
国民皆兵が国是として存在しているこの国では、国民全員が十八歳から徴兵制度により、陸軍・海兵隊は一年、空軍・海軍は二年の徴兵期間が設けられている。その後の大学への進学支援の関係から学があり、家計に余裕のない者は空軍や海軍に志願する場合が多かった。
「あー…ね」
そうした徴兵制度には当然、健康であるかどうかや体格も重要視される。この国の貴族は必ずノブレス・オブリージュの考えに基づき兵役義務を全うするのが当たり前であるが、身長が軍の定める基準より小さかったり、何かしらの持病を持っている場合は免除される。
アンドリューも今年に徴兵前の身体検査を行ったが、結果は『基準外』。身長と体重が基準よりも低く、徴兵には適さないと言われてしまった。検査を行った先生からも『徴兵は諦めるしかないね』と言われてしまう始末だった。
「ジェローム・サックスは巨人症に近い体つきだったと聞いています。それを聞くと羨ましくて仕方ありません」
「あぁ…」
羨む彼に、聞いていたサダミは遠い昔のスフェーンとの話を思い出す。まだ傭兵をやっていた頃に常々言われたいたことだ。特に彼の場合、アンドリューと似た悩みを持っていたので彼女の方がこの場合は適任かもしれない。
「そんなに身長が高くていいものかね?」
「そりゃあそうですよ」
かつて身長が二メートル近くあった者の意見にアンドリューは頷く。
「図書室で女子に手助けされるのなんて、男として恥ずかしいですよ」
「そう?個性だと思えば良か」
「いや、それ以前に色々と男としての尊厳が…」
「男女の尊厳なぞ、サイボーグと記憶の電子化で消えてるっての」
サダミはそう言って最後の豆大福を食べる。少し塩味のえんどう豆が効いて裏漉しを丁寧にされた漉餡がより甘く感じられる。
「今は昔と違って男女平等の社会なんだから。そう言うのを一々気にしていると胃に穴を開けるわよ」
「それはそうですけど…」
それでもやや不満げな様子の彼にサダミはため息をつく。
「身長なんて望んでも手に入らないんだから。サイボークか身長伸ばす手術でも受けないと無理よ」
そう言うとアンドリューは少々難しい顔をする。
「サイボーグですか…」
「やらないの?」
「家の方針でサイボーグ手術は特殊な事情がない限りやらないので…」
「先祖はやっていたのに?」
ジェロームサックスは両腕のサイボーグ化していたのでそれを聞いた。
「その先祖も砲撃で腕が吹き飛んでからサイボーグ化手術を受けていますからね。自然主義者ほどではないですけど、不老化手術も受けないのが家の決まりですから」
「…なるほどね」
サダミはそこで『そういえばそんなこと言ったかな?』などと昔を振り返りながら相槌を打つ。
「王族もアン1世以来、不老者を出していませんし。大体の王国の貴族はそんな感じですよね」
「まあ不老者つったって長生きできる人間は少ないしね…」
この国の初代女王アン1世の在位期間は一二〇年。彼女の直接の子供は十三名おり、かつて大公は十三家あった。
彼女が王の座に就いた時、最初に彼女はこう言った。
『今後、朕以外で朕の血を継ぐ者が不老者となる事は許されない』
この文言は王室典範の一条に記載されており、以降王族の血を引く家は不老手術を受けてはならないと解釈されている。
公爵という家柄からして確実に王族と婚姻関係にあった経緯を持つ。おそらく大公から貰ったのだろう。
「大変ね、公爵の子供というのは」
「我が家は家訓で三男でも兄と同じ教育を施されますからね」
「おお、そりゃあ大変だ」
中々大変な教育をされているものだとサダミは思った。
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