春というのは、トラオムの世界にとってみれば新しい一年の始まりである。
まだ旧暦の時代には秋に新年度を迎える文化もあったそうだが、この世界では春に統一されていた。理由は不明である。
「え〜、このようにアン1世による一二〇年の統治は、この王都を中心とした強固な中央集権国家を…」
王立学校の教室の一つ、教壇の上で教師が授業を行っている。ここは王侯貴族が多く通うため、映像授業ではなくしっかりとアンドロイドや人が教鞭をとっている。すべての授業でこの体制のため、人件費は嵩む。
「そして彼女の悲願は専制君主制から立憲君主制への移行であり、それを阻止するために起こったのが『王宮事変』である」
ちょうど教師がそう言った時、スピーカーを通して鐘の音が鳴り響いた。
「では、今日の授業はここまでとする」
教師はそう言うとこれまた一部高級品である紙製の教材を持って部屋を出ていく。
そして教師がいなくなると、一斉に教室にいた生徒たちは立ち上がって移動を始める。
「今日は雨か…」
「パーマ解けちゃう」
「この後強くなるってさ」
窓の外を見て時雨が言うと、他のクラスメイト達が言った。今日の王立学校の校舎では、昼間なのに部屋の照明が付くほど暗かった。
「これじゃあ今日部活できないかな?」
「どうかな?」
「でもこんだけ土砂降ってるとなぁ…」
分厚い雨雲に彼女達は部活を不安に思いながら休み時間に次の授業の準備を始める。
「うわ、男達外で出るよ」
「こんなに降ってるのに?」
すると一人がグラウンドに出た生徒達を見て引き気味に見る。その先では体操服姿の男子部の生徒達がこの雨の中で体育をやろうとしていた。
春というのは天気が変わりやすく、最も気象予報が信用ならない季節である。
「馬鹿じゃないの?」
「しかも二組じゃん」
「え?じゃあ響もいるの?」
「ついでにアンドリュー様もいるわよ」
そこでずぶ濡れになってはしゃいでいる男子達を見て呆れた様子で見る友人。
「猿じゃないんだからさ…」
「あ、先生出てきた」
「まあ流石に体育館でしょう。これじゃあ」
雨が降る天気の中、彼女達はそう言うと体育館に走って避難し始める男子生徒達を見る。
「じゃね〜」
「また明日〜」
学校の校門前の車止めでは、多数の迎えの車が待機しており、傘を持った執事達が学校から出てくる生徒達を出迎えていく。
時雨もクラスメイトと別れて校舎の玄関前で雨宿りをしていた。
「…おっそいわね〜」
そして次々と他の生徒達も出ていく中で時雨は腕時計を見てつぶやいた。
学校の校舎は男子と女子で分かれていても玄関は同じ場所を通るので、ここで簡単に響と会うことができる。しかし今日は思っている以上に遅かった。
いっそ先に帰ってやろうかと思った時、
「悪い。遅れた」
「おせーよ馬鹿」
慌てた様子で髪の濡れている響が学ランを手に持った状態で出てきた。
「しょうがないだろ。先生の説教食らったんだから」
「外で猿みたいに騒いでたから?」
時雨に言われ、響は顔がギョッとなった。
「え?見てたの?」
「先生に呼ばれて走るところまでバッチリ」
そこで時雨は桜色の蛇の目傘、響は黒い蛇の目傘を開いてから肩に乗せる。
「なんだよ、じゃあ怒るなよ」
「んなバカなことしてるから怒るに決まってんでしょ」
「みんなノってたんだよ」
雨が土砂降りの中で雨に濡れながら馬鹿騒ぎをしていた響達に呆れた目線をおくりながら重厚な赤煉瓦と石で造られたの校門を抜ける。
視界の先には雨で隠れ始めているが、歴史主義建築の建物が並んでおり、広い駐車場にはまだ出迎えの車が残っていた。
「いつかウチも迎えの車とか来ねえかなぁ」
「そんな余裕あるわけないでしょ」
迎えのない生徒達は校門を通って駐車場とは反対の道を歩いており、一部学生服とセーラー服が相合傘をしていた。それを見て思い出したように時雨が聞いた。
「あっ、そういえばまた告られたんだっけ?」
「ん?ああそう。そういうお前もじゃねえか」
響はそう言って時雨に返すと、彼女は言う。
「この前子爵の次男坊に告られちゃった〜」
「俺は伯爵のご令嬢」
「チッ」
告られた相手の爵位に時雨は舌打ちをした。二人は一般家庭の出で珍しく、しかしその屈託ない性格から色々と人気があった。
「ってか、一般家庭なのになんでこんな人気なんだろうな?」
「私に聞かんでくれ」
響の疑問に時雨は言うと、王立学校前と書かれた屋根付きの待合室で二人は傘を閉じる。
「てか、今日アンディとプレゼン資料作るんじゃなかったの?」
「それ先延ばし。先生がなんか休むからって」
「えぇ〜、羨まし」
そんな事を言っていると
『王立学校前〜、王立学校前〜』
王都を走り回る路面電車。一部の地域ではこれに変わって地下鉄が走っているそうで、実際に二人はスフェーンに連れられて乗ったことがあった。
バスと同じ要領で入り口の機械にカードをタッチし、降りるときにもう一度タッチする。
「列車は止まってなさそうだな」
「本当?まだ止まってないんだ」
去年から国法によって解禁されたスマホを見て響が言うと、列車の席がひとつ空いていたので彼は時雨に譲る。
「しかしすごい雨ね」
「今日丸一日にこうだってよ」
路面電車が走る中、二人は外の景色を見ながらそう言う。片側五車線の道路の両脇を走る路面電車の車内では、別の学校の生徒や王立学校の制服が確認できた。
「帰り秋電寄っていいか?」
「いいよ。こっち仁保町に用事あるし」
二人はそう言うと路面電車に乗ったまま帰り道に寄り道をする。
響は帰りに秋電、いわゆる秋庭電気街で新しいガラス基板を探し、時雨は仁保町で文庫本を探した。
「「良いのなかったな〜」」
そして二人は帰り道に何も買わずに少し落胆しながら帰り道を歩く。周りでは車が走り、屋外のホログラム広告が新商品の紹介を行なっている。
建物の裏通りでは薬を打って倒れている浮浪者の姿が見受けられる。
「帰るか」
「そうね」
やや無駄足となってしまった二人はそのまま信号が変わると駅前のロータリーに立つ。
駅前はこんな雨でも傘をさして歩く人が多くおり、タクシーには列ができている。
「今時間は?」
「ちょっと待て」
響が答えて時計を見ると、すぐに注ぐの列車が来る予定であった。
「西川辺線すぐ来るって」
「おお、そりゃよかった」
すると雨の中で汽笛が鳴って、路面機関車が客車を引いてロータリーに入ってきた。デッキが雨ざらしとなる二軸車から乗客が降りて乗り換えていき、入れ替わるように待っていた乗客達が次々と乗り込んでいく。
元々は貨物線だったところを旅客にも対応可能なように走らせている路線のため、川沿いに家を構える人々が多く乗り込んでいた。特に響と時雨は、家の目の前まで列車が来てくれるので通学に重宝していた。
「雨、すごいわね」
店から雨戸を閉めながらスフェーンが言う。このままでは縁側にまで雨が入ってきそうな勢いだった。
「これ出迎えいるかな?」
そこでスフェーンは聞くと、サダミがタブレットで家の前の列車の運行状況を確認する。
「大丈夫そうよ。止まってないから」
「じゃあ帰って来れるか」
目の前の路線は巨大な河のそばに建設されており、あまりにも雨がひどく川が増水すると運休になってしまうこともあった。
「ひー、すげえ雨だ」
雁木造りの一口からも小走りで雨に濡れた常連客が入ってきた。
「あんた、傘無しできたの?」
「ああ、どっか忘れちまってね」
「近くのコンビニで買いなさいよ」
すかさずサダミがツッコミを入れると、スフェーンは雨戸を閉め切る。
「流石に今日は閉めるか」
「見たいなら二階席に行ってドーゾ」
「今日空いてるの?」
「雨だからね」
スフェーンは答えると、常連客は二つ返事で二階の部屋を借りていく。
「鍵はいつもの場所ね」
「出るときに返せば良いな?」
「そそ、ではごゆっくり〜」
そう言って適当に二階に客を送ると、直後に庭園の勝手口を開いて東屋に響と時雨が入る。
カフェ裏の庭園は南向きの構造で、そのまま二人は石の小さな太鼓橋を超えて砂利も敷かれた飛び石を歩く。池の水面は雨で叩かれて波打って錦鯉の姿がぼやけて、石灯籠も灯りを灯しており、色々と雰囲気が出ていた。
「「ただいま〜」」
「おかえり」
「おかえりなさい」
沓脱石を踏み越えて縁側横のドアを開けて喫茶店に入ってくる二人。
「ひどい雨だった」
「靴下ビチャビチャ」
「ちょっと、髪濡れてるじゃないのよ」
そこでサダミは髪も濡れている響を見てすぐにタオルを手渡した。
「大丈夫だってこんくらい」
「春先が一番風邪ひきやすいの」
「へいへい」
軽い説教に響は適当に返してタオルで濡れた部分を拭き取る。その横で時雨は靴を脱いで白い靴下も脱いだ。
「うっわ、最悪〜」
「ちょっと、脱ぐなら上で脱ぎなさいよ」
サダミが軽く注意をすると、時雨は反論する。
「だって濡れちゃったんだもん」
「新しいのは三階にしかないよ」
「分かってるよ〜」
そう言うと彼女は素足でローファーを履いて階段を上がっていく。
「タオル上?」
「上」
それに続いて響も階段を上がっていく。和傘を閉じて下に降ろしており、雨水が滴っていた。
「しっかり開いて傘乾かすのよ!」
「「は〜い」」
スフェーンに二人は答えると、そのまま踊り場を回って消えた。彼女はそこで二人が入ってきたドアを開けると、雨樋を伝って大量の雨水が流れているのを見た。
「うぅ〜っ、流石にこの時期の雨は冷えるわね」
「そりゃそうだ」
当たり前な事を前にサダミは呆れたように頷くと、スフェーンはカウンターに立ってささっとダージリンを淹れた。
「サダミ、レモン」
「はいはい」
そして次に彼女は半分に切ったレモンを淹れたてのダージリンに投入して、上からフォークを刺す。これで即席の風邪予防レモンティーが完成した。
「イタリア人は風邪ひいたときにこれ飲んでたんだって」
「へぇ」
そんな旧暦時代の豆知識を披露されながらヘェボタンを自発させ、それを盆に三つ乗せて階段を登る。
「私の分は?」
「手元」
「ん?あこれか」
風邪予防の紅茶を受け取ってサダミは早速紅茶に氷をいれて冷ましてから飲み始めた。
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