スフェーンの保有する機関車は、所謂『訳あり』と呼ばれる代物である。良い意味でも悪い意味でも珍しい
「本当はあのエーテル機関を分解したいのだがな…」
「させるとでも?」
店のカウンターに座ってスフェーンは真顔で答える。その視線の先にはスリーピーススーツを纏う男性が一人。
本日のお客様はジョン・ルートヴィヒ・オッペンハイマー。オッペンハイマー伯爵家現当主であり、現在の国立先進技術研究所の名誉会長を担い、一千年以上を生きた賢人であり、そしてスフェーンの旧友である。
「それは分かっている。試作で終わったエンジンと言うことは、欠陥があったと言うことだ」
彼はスフェーンに言うと提供されたウインナーコーヒーを一口。サダミが淹れたドリップコーヒーともあって、王宮御用達のコーヒーショップよりも飲みやすい。酸味の少ない彼好みのブレンドに仕上がっている。
「それに破壊されたエンジンの残骸は余すとこなく回収させてもらった」
「…そう」
その一瞬、話を聞いていたサダミがビクッと耳を震わせた。
まあいつものことだなとテンプレになったやりとりにルシエルが言う。
『いつまでこのネタ擦るつもりですか?』
「(さあ?)」
『ちょっと!?』
すると話を聞いていたシエロが突っ込んだ。
「まあ使えるかどうかはさておき…」
「そもそもこんな休日の真昼間に来るなんて珍しいわね」
スフェーンは自分が入れたアッサムのミルクティーを飲みながら聞いた。
「ああ、今日は用事があってな」
彼はそう答えると、次に一口の戸が開いた。
「お待たせしました」
そして聞き覚えのある声がしたと思って振り返ると、そこには漆黒のレディスーツを纏う女性。アニータ・パレスが近づいて話しかけてきた。
「予約したアニータ・パレスです」
「パレスさんね。お待ちしておりました」
彼女は相変わらず背中に騎兵銃を持っており、彼女曰く『持っているだけで人が寄らない魔法の杖』らしい。まあ単発式小銃とはいえ、銃は銃だし威圧感はあることだろう。
「では先生」
「うむ、また後で注文をさせてもらうよ」
かつての教え子に呼ばれ、ジョンはそのまま二人で二階の個室席に向かう。それを見送るスフェーンとサダミ。
「本当に有名人も来るんですね…」
そして今の客を見て驚くアンドリュー。座敷席で今日も紅茶を飲みに来て他の客達を遠目で観察していた。
「ここは場所的にも人目につかないから、多くの商社マンなどが談合をするために訪れますよ」
「ええ、今のは賢人博士と王宮省の裏ドンですからね」
「何を話すのかはさっぱりだけど…」
世界一の賢人と王宮省の支配人とまで言われた二人の会合ともなれば、普通であれば経済週刊誌などの記者がこぞって書き立てに来ようとするものである。しかしそうした話は一度も見聞きしたことがなかった。
「この店では『イエロー・ジャーナリズムに与するつもり無い』と一蹴しているから」
「…それ、報復されません?」
アンドリューは報道の自由と叫んで店の悪口を掻き立てるのでは無いかと首を傾げると、サダミは言う。
「自分の出版社の社長が出入りしてたら誰だって黙るに決まっているわ」
「…」
しれっととんでもない話を聞かされ、思わず飲んでいたアイスティーを飲む口が止まってしまう。ついでに言うとこの店のレビューも書かないことがルールで、店の写真もほぼ残されていない。アップしても消してくれるように頼むほどだという。
「昔から暗黙の了解でこの店は成り立っているの。だから誰もこの店のことを書かないし、この店のことを話さない」
「…だからこのネットばかりの今の時代でこの店は調べても出でこないんですね…」
「そゆこと。面白い話で『ライバルに狙っていた会社を買収されたとある企業が、自分たちが会社を買収するときにここを使った』なんて事もあるくらいだし」
「おおう…」
この喫茶店というのがただの喫茶店と言ったら大間違い。というのをまざまざを知らされていることに、アンドリューは常連客の仲間入りをしながら苦笑する。
「事実この店、待った事ないでしょう?」
「ええ、まあ」
少なくともこの喫茶店は都内で有名な喫茶店のように入るのに待たされたことは一度もなかった。入れば必ずどこかの席が空いており、注文をすればすぐに飲み物や軽食が提供される。
「王侯貴族専門の会員制喫茶だと色々と気苦労するからって、お忍びでこっちに来る人もいるわね」
「なるほど、それで個室席が」
「人が出るたびに盗聴器対策をしなきゃならないのが玉に瑕だけどね」
そう言うと、階段を降りて先ほどまで個室席を使っていたスーツ姿の数名が降りてくる。
「やあやあ、お世話になりました」
「どうも。ありがとうございました」
入り口近くで会計を済ませると同時にアンティークな鍵も返却する。個室席は全てこの鍵が出入りに必要で、電子的なものを一切排しているのでハッキングによる操作もできない。
「でもそう言う話は聞きませんね」
「そりゃあこっちはオフィス街だもの。王侯貴族がわざわざ商人ばっかり使う喫茶店なんか来ないでしょ?」
「あ、なるほど」
二階の個室席の扉を開けてサダミが何もない殺風景な部屋を見ながら盗聴器を探し始める。
『盗聴器の発信は確認できません』
「(トランスポンダは?)」
『全周波数帯による反応を確認していますが、今のところはありません』
シエロが答えると、サダミはコンセントも無い部屋で窓を開ける。
「おぉ…」
窓の外からはあの日本庭園を一望でき、塀に沿って植え込まれた広葉樹はうまく剪定されて河のみを眺めされるようにしてある。
「個室客は黙秘料として色々と上乗せして払ってくれるから、この店は営業が成り立っているのよね」
「そう言う事ですか」
「まあこっちも何しているか『見ざる・言わざる・聞かざる』なんだけど」
「そうでしょうね」
アンドリューはそこで個室席の壁をノックすると、恐ろしいほど音がしない。
「最新の吸音材を充填しています。足元も絨毯で敷き詰められていて、音が反射にしくい」
「窓も二重窓にしていてカーテンを下ろせるから、レーザー盗聴器を使ってても会話の内容が聞かれない」
「なるほど、買収交渉や密談にこの場所を使う理由がわかりますね」
景色も良く、また盗聴対策もしてある。オフィス街に近く、それでいてあまり一般的に有名ではない。
「たまに一階でやる事もあるけど、そう言う時は東屋でやっているわね」
「勝手口に近いあそこでですか」
そこで彼の視線は日本庭園最奥に小さく鎮座している瓦葺きの東屋を見る。
太鼓橋や飛び石、石灯籠といった、一歩間違えれば悪趣味になってしまう景観もこの庭を設計した人物のセンスがいいのか、絶妙なバランスで整えられていた。
「この庭は誰が設計したんですか?」
「さあ?もうだいぶ昔のことだからね」
そこで庭の砂利の整地をしている時雨を見下ろす。この日本庭園を流れる池の水も、目の前の河川から分離した運河から引いた水だと言う。
「暗渠のあれですか」
「そそ。一部引いているのよ」
錦鯉が悠々と泳いでおり、水が流れている影響で池の底まで視認できた。
「経営状態は結構ギリギリなんじゃ無いんですか?」
「そこら辺はクサビが運び屋稼業で補填してくれる時もあるから」
サダミは時折経営が危ないことになると言うのをしれっと暴露しつつも、アンドリューは自分の思っているイメージと結び付かなかった。
「…運び屋って儲かるんですか?」
「今時、個人で運び屋やってるなんて少ないからね。指名依頼とかで色々と需要はあるわよ?」
「なるほど…」
自分は詳しくは知らないが、運び屋でもニッチ分野ともなれば莫大な富を得られるのかと内心で舌を巻いた。
「正直、運び屋は危険なイメージしかありませんでしたけど…」
「実際危険よ。武器持って乗り込むのが当たり前だし、列車に砲弾飛んでくるし…」
「…」
さらりと武器所持が前提ということに、アンドリューは昔に長距離を移動する際に列車に乗り込んだ護衛の傭兵達を思い出した。
「凄まじく危険なんですね…」
「まあ何度か列車脱線させられて強盗の被害に遭う事もあったしね」
「…乗ってたんですね」
「現在進行形よ。ギルド証…じゃなくて免許は今も持っているし」
彼女はそう言うと飲み終えられたカップやグラスを持って部屋を出る。
「で、必ず部屋を出る時はオートロックだから必ず鍵を持ってること」
「なるほど」
アンドリューは説明を聞きながらアンティーク錠を受け取る。
「…やっぱりアナログは強いですね」
「そうね。ただ面倒臭いと言う欠点があるけど」
そう言い階段を降りながら、非バリアフリー構造の建物の一階に降りる。
「あれ、クサビさんは?」
「今日は来ないよ。仕事の依頼で出かけてる」
「運び屋ですか?」
「そう。まあ短いから明後日には帰ってくると思う」
スフェーンの持っている機関車は強力な空冷式エーテル機関車。炭水車を二つ持つ独特な編成で、後ろは複合型CIWSを備える武装車両を有していた。
以前、授業内発表に協力をしてくれた時に乗り込んだが、年季の入った機関車だった。依頼さえあれば彼女は貨客問わず運行してくれるという。
「運輸ギルドの番号って分かります?」
「多分断られるよ。彼女旅客好きじゃ無いから」
「ああ、やっぱりですか…」
貨物というのは少々粗雑に扱っても文句が出ないが、人となると乗り心地を求めてくるので運転にいつも以上に気を遣ってしまう。
「ふぅ…」
すると箒で砂利を履き終えて戻ってきた響が縁側で休憩をしていた。
「響」
「ん?げっ」
サダミに呼ばれ、振り返った彼はまずそうな顔をした。
「整地は終わった様ね」
「いや、まだ…」
「ほれ、次は窯の掃除」
「えぇ〜…」
そこで前日に使用した手作りのピザ窯から火かき棒を使って中の灰をかき出して掃き掃除をする。
「時雨は次の東屋のお客さんに茣蓙持ってきて」
「うげっ」
その後に彼女は店の常連客と話してサボっていた時雨に話しかけて強制労働させる。
「手厳しいねえ」
「若い労働力が二人もいるんだ。ただでさえ赤字スレスレだからね」
フフフと彼女は邪悪な笑みを浮かべると、それを見た常連客とアンドリューは末恐ろしいものを見た。
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