TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

409 / 432
#409

新学期も始まって少しした頃、スフェーンとサダミの二人は庭園の中の池の辺りで座り込んでいた。

 

「全く…」

 

そして水の下で泳ぐ錦鯉を見ながらため息を吐く。

 

「いい気分なわけないだろう」

「そう?」

 

呆れるサダミに意外な顔をするスフェーン。

 

「アンドリュー・サックスは私の直系だぞ?いくら骨があって死んでると思われているからって…」

 

サダミはそう言い、自分という個が出来た経緯を思い出す。

 

「墓は今でもあるんでしょう?」

「もう骨も分解されて土になっているだろうよ」

 

傭兵ギルドという今でも存続している組織を最初に作り上げた偉人、ジェローム・サックス。その男の記憶と名を鮮明に引き継いでいる稗田野サダミと言う少女。

 

「まあ私も銅像が撤去されるくらいの人間になっちゃったからねえ」

 

黒鉄市から現在の王都カンナハに傭兵ギルド本部を移動させる際に、当時の予算不足やレッドサンの直接的な関わりがないことなどから存在が疑問視されたことにより、移動の際に撤去されることとなった。

 

「代わりに私は自分の半生が書かれた本を読む羽目になったぞ」

 

サックス家はパトリシア王族から爵位を授けられた珍しい傭兵の一族である。

 

「『傭兵の王族』…傭兵ギルドでは名の知れた一族になってしまったよ」

「と言うより世界一有名な傭兵なんじゃない?」

 

やや苦笑するスフェーン。サックス公はアンデルセン公とも違い、傭兵ギルド本部の移動に合わせて本家が分家と入れ替わる形で移住してきた。

アンデルセン公はパトリシア・アンデルセン家と、直系の兄弟姉妹の一人が爵位を授かっていた。

 

「話して楽しそうだったけどね」

「そう?」

 

他人から見れば馬が合っているように見えていると言われ、サダミは驚いた。

 

「ええ、やっぱり子孫と祖先だから?」

「さあ?」

 

サダミは軽く肩をすくめて首を傾げる。その足元では鯉の餌を撒いて水飛沫が上がるほど鯉が集まっている。

 

「本人は知る由もないが…」

「知ったら世界が大混乱するわよ」

 

ジェローム・サックスの死亡は確定されたものであり、もし彼女の正体が露呈すれば色々とややこしくなる事は明白。何より墓場まで持っていった疑惑が多くあるのでそうした疑問が追求されることとなってしまう。

現在、傭兵ギルドを創設したサックス公は孤児院を経営しており、同時に医療関連企業も経営していた。

 

「しかし、病院と孤児院がここまで大きくなるとは思っちゃあいなかった」

「世界規模の慈善事業団体を経営しているんだからね。まあ独自で病院列車を運営しているくらいだし…」

「金持ちだなぁ…」

 

完全に状況としては浦島太郎に近い何かを感じているサダミ。その足元では鯉が口をパクパクと動かして餌を求めて飛沫を上げている。

 

「いっそバラす?」

「やめろやめろ。やりたくない」

 

本心から出た言葉にスフェーンはクスッと笑って彼女を見る。

 

「鯉って、長く生きると五〇年以上生きられるんだってね」

「余裕のある飼育頭数、丁寧な水質管理、適切な給餌、これらが揃うことで長生きでいられるらしい」

「まあ中には二二六年生きた鯉ってのもいるくらいだからね」

「それは間違いだったっていう話じゃなかったか?」

 

そこで悠々と池を泳いでいる錦鯉。この鯉も数年前に家の池を潰すからと近所の家で飼われていた数匹を引き取ったものだった。

 

「元々飼っていたご近所も、今は介護施設だ」

「懐かしいねぇ、生まれた時に見に行ったよ」

 

餌がもう貰えないとわかり、池に戻って行った錦鯉。子供達や常連客は池に彩が添えられたことで良さげな雰囲気が出ていた。

 

「お前達も長生きしてくれよ〜」

 

スフェーンはそう呼びかけると、鯉は群れで池を泳いでいる。

 

「…」

 

水は常に流れているので掃除をする機会も少ない。そこに敷かれた石までハッキリと見えるその様はよく映えていた。

 

「はぁ…」

 

その傍で煙草に火をつけるスフェーン。

 

「昔はラキストじゃなかったか?」

「君だってハイライトだったじゃないの」

 

煙草を吸い始めるスフェーンに釣られてサダミもマッチと煙草を取り出す。

 

「「…」」

 

店は今日も暖簾を出しており、東屋では近所のママ友が談笑している声が聞こえる。天気は晴れで、少々汗ばむほど暖かくなってきた。

 

「そろそろ梅雨か」

「梅酒とシロップを漬け込まないと」

 

スフェーンはそう呟くと、サダミは気分が少し良くなる。彼女の仕込む梅酒は店でも評判の良かった。

 

「梅酒と杏露酒を出すと初夏の雰囲気ね」

「そうね」

 

喫茶店としてはどうかと思われるが、真昼間でも酒類を販売している。

 

「店頭で桃のタルトを出すと初夏って感じよね」

「ついでに言うと、滅多にメロンのタルトも売れない」

「やめたら?」

「それやると文句つける人がいるのよ」

「難儀だねぇ」

 

その直後に汽笛の音が響く。川沿いを走る機関車の音である。縁側に置いてある灰皿に吸い殻を片付けると、その音を聞きながら二人は店に戻って厨房の足元の蓋を開ける。

 

「よっ、と」

 

そしてそのまま飛び降りて着地をすると、分厚く作られた床の下に煉瓦で敷き詰められたワインセラーがある。

元々この店はアンナが生前退位した後に姿を眩ます目的で作ったんじゃないかと思うほどに地下室もワインの保管に適した摂氏十五度に一定になるように作られている。壁一面にはワインボトルが収納されており、中にはこの前屋根裏部屋から発掘したヴィンテージ・ワインもある。ちなみにヴィンテージ・ワインは古いワインという意味ではなく、『当たり年のワイン』という意味だそう。

 

「んん〜」

「流石にそろそろ掃除をしないとまずそうだ」

「このまま放置したら保健所に怒られるで〜」

 

そこで温度が下がるので一口のハッチを閉めてランタンを灯して地下室に灯りをもたらす。ここは一切の灯りの入らぬ場所のため、暗視装置も意味がない。そしてこの地下室、ワイナリーの他に熟成をさせている梅酒や杏露酒を入れた瓶もある。

コーヒー豆も保管され、茶葉は全て茶缶の中に保管されている。

 

「去年漬けたものがあるはずなのよね」

「百年モノとかはないのか?」

「んなワインでもやらんようなことを…」

 

そこでワイナリーの隅に置かれた瓶を取り出すと、中には綺麗な黄金色の梅酒と、そこに沈むどこぞのババア並みにシワクチャになった梅を確認する。

 

「うん、いい色合いね」

「こっちは辛めの方か」

「こっちは甘めとブランデー」

 

昨年に漬け込んだ梅酒をランタンで照らしながら一つずつ確認をしていく。

この場所ほど冷暗に特化した場所も無く、梅酒はよく冷えていた。

 

 

 

地下室を梯子を使って厨房に戻ると、カウンター席で豆を挽く音が聞こえてくる。

 

「やっと戻りましたか」

「おお、悪いね」

 

そしてコーヒーミルに釘付けになっていたルシエルにスフェーン達は言うと、厨房からカウンターに出て注文の確認をする。

 

「おお、軽食も入っているのね」

 

注文を受け、早速あんみつを作っていく。

サイコロ状に切った寒天を入れ、一度茹でて冷やした赤エンドウと粒餡、求肥、杏を載せた上からトッピングのアイスクリームと白玉を投入。要望で白蜜をかける。

 

「ほい、クリーム白玉あんみつ白蜜掛け」

「すごいな、欲望の塊だ」

 

注文におにぎりセットを作っていたサダミがやや苦笑する。

 

「奥さんのへそくりじゃないの?」

「あるいは子供の小遣いか」

 

そんなことを言いながら盆に乗せてカウンターを出る。

 

「お待たせしました。あんみつの白玉、アイスクリームトッピング、白蜜掛け二つです」

 

そして運んだ先には見覚えのない若い女性が二人。陶器に盛り付けられたあんみつを見て興奮していた。

 

「わぁ!」

「すごい、まじお得じゃん」

 

そう騒ぎながら写真を撮る二人。それをややうるさそうに耳を絞ってカップを傾ける常連客。

 

「お客様」

「「?」」

 

そして二人の雰囲気から先にスフェーンが制した。

 

「当店はSNSお断りです。写真撮影は構いませんが、アップロードなどの行為はお控えいただきますよう、お願いします」

「え?そうなの?」

「ここ禁止なのかぁ…」

 

軽く注意すると、二人は理解してくれたようで頷いてくれる。よかった、たいていこう言うのはフォロワー〇〇人だとか言ってケチをつける場合や、裏でこっそりと写真を上げるパターンなのだが、二人は常識人だったようだ。一応、対応として前者に関しては『じゃあ出てけ』と銃を突きつけて追払い、後者はルシエルに頼んで投稿を強制削除させる。こう言う人たちば馬鹿なので自分が上げた投稿なんて次の店に行った時に忘れてしまうことが多かった。たまに懲りずに再投稿をしてルシエルとの『終わりなき戦い』になるパターンもあるが…。

 

「申し訳ありません」

「いえいえ」

「最近はこう言う店も増えていますからね」

 

SNSの普及によってこうした喫茶店などの集客はしやすくなったが『休憩目的で来る場所なのに何時間も並ぶのはいかがなものか?』という店主(サダミ)の意見で昔からこのスタイルでやってきていた。

まあおかげで経営はギリギリ、時折赤字になる危機的状況になってスフェーンが出稼ぎ(運び屋or調査員)に行くことになる。

 

そして二人の反応から見て、おそらく他の喫茶店も同じような悩みを抱えているのだろう。特に個人経営ともなれば常連客の邪魔ともなるので写真撮影すら禁止の店があるという。

 

「最近は増えてきてるんだね。SNSお断り」

「まあ喫茶店なのに待つなんて馬鹿みたいじゃないですか」

 

サダミが言うと、常連客は頷いた。

 

「ごもっとも。お陰で昼飯も休憩も安心してできるってもんだ」

「サボらずに働いてくださいよ?」

 

言われて、近くの会社の主任が少し笑いながらカップを傾ける。今回はスフェーンがいると言うことで一番高い玉露を注文していた。

 

「羽振がいいんですか?最近一番高いのばっかりですけど」

「そうなんだよ。この前、新しく大口が取れてね」

 

気前が良い主任。少なくともサダミは彼が先代に連れられてこの店に入ったばかりの頃を知っていた。

 

「まあ、今度は行ってくる新人の教育を任されることになっちまったんだが…」

「あら、主任なのに?」

「大口取って俺が暇になっちまってね。まあ程のいい押し付けだよ」

「大変ですね〜」

 

サダミは相槌を打ちながら常連客と軽く話した。




お気に入り登録、高評価をよろしくお願いします。

新たな依頼をピックアップ致しました。

  • 娯楽禁止の街
  • 永遠の統治者
  • カフェ(外伝)
  • 病院(外伝)
  • その他外伝
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。