TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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#411

「先輩?…先輩!!」

「んがっ!」

 

耳元で怒鳴られ、飛び起きる一人の男。

 

「ん?ああ、綾音君か。どうした」

 

顔を上げて、頬に紙が張り付いた彼は聞いた。

 

「そろそろ私は帰りますので」

「ああ、そう言うことかね。お疲れさん」

「お疲れ様でした」

 

丸メガネにブラウンのポニーテール髪の女性は一礼をすると足元に古い宇宙船から持ってきた歴史資料があるような場所を抜けて学校を出る。

ここは首都有数の名門大学、著名な歴史学者を多数輩出した大学である。

 

「絢音〜」

「?」

 

帰り道の途中、彼女は話しかけられた。見ると同級生の女子だった。

 

「この後カフェに行こうって言ってたんだけど来る?」

「ううん。こっち今からバイトだから」

「あ、そっか」

「ごめんね」

 

さらりと友人の誘いを交わす彼女。どうせカフェのテーブル席に男が座って流れで合コンしようといることは分かりきっていたので、無視してバイト先に向かう。

学校はここの学長がこのキャンパスを作るときにお金を出したのでバスと市電が走っている。車内には重量級サイボーグがいたことで幾分狭く感じてしまう。

 

「(ハズレ引いちゃったなぁ…)」

 

市内を巡回している二階建てバス。そこで狭い思いをしながらバスは駅に到着する。

 

「港湾線、港湾線…」

 

駅のコンコースを歩いてプラットホームに繋がる階段を登る。

 

「…」

 

そしてホームのベンチに座り、今日の講義の課題をパソコンに打ち込む。彼女は両手をサイボーグ化しており、目に止まらぬ速さでレポートを打ち込んでいた。

 

『間も無く、十六番線に第五埠頭行きーー』

 

すると同放送が入り、ホームに機関車牽引の旅客便が到着する。いつもなら電車(205系)が来るが、今日は珍しい車両が入ってきた。

 

「あっ、蒸気動車だ」

 

その列車は一見するとただの客車のように見えたが、列車の片方から白煙が上がっている。そしてよくよく見ると、その白煙を吐き出す下には水冷式エーテル機関が備え付けられていた。後ろに客車が連結されたその車両は、旧暦で言うのなら蒸気動車と呼ばれる種類の車両だった。B軸の小型動輪を持った小型エーテル機関が装備され、発車準備を整えていた。

 

「ラッキ〜」

 

女性は椅子が柔らかい席の車両な事に運が良いと一転して感じながら車内にはいる。

中は多数の木材が使われたレトロな内装。バイト先の雰囲気を酷似しており、女性は電車が時折エーテルの発する電磁化によって不調になった時の予備機に嬉しく感じていた。前後を同型の気動車が挟むプッシュプル方式の列車は、しばらく待つとドアが閉まって走り出す。

 

 

 

列車はそのまま王都の河川港に向かう路線を走り、各駅停車で走る。遠くに見えるのは首都近郊を流れる巨大な河川。その川沿いにバイト先はひっとりと佇んでいる。

 

『水門橋、水門橋〜』

 

最寄ではないが、二番手に近い駅で彼女は下車すると駅前の小さなロータリーに停まるバスやタクシーを見る。片手に鞄を持って女性はスタスタと既に慣れ親しんだ道を歩いて一本道を歩く。すると見えてくるのは木造風三階建の建物、入り口には暖簾と提灯が下がっている。

 

「やっぱり外見だと居酒屋なのよね…」

 

少し苦笑してから彼女は戸を開ける。どうにも違和感がある喫茶店であるが、知る人ぞ知る的な店なので看板も出されていない。

入り口の引き戸を開けると、風鈴の音が店に静かに響く。

 

「失礼しまーす」

 

女性は、いつもならここで店主の返事があると思っていた。

 

「いらっしゃいませ」

「…あれ?」

 

しかし聞こえてきたのは聞き覚えのない声。ふと前を見ると、そこには一人の青年が立っていた。見知らぬ顔、ただし店のエプロンを付けている。

 

「君、誰?」

 

その疑問に厨房から出てきたサダミが言う。

 

「新しいバイト」

「え?」

「この前入ってきてくれたの」

「アンドリュー・サックスです。よろしくお願いします」

「ん?ん?」

 

女性は新しいバイトにも驚いたが、その名前にも首を傾げる。

 

「サックス?サックスって傭兵公爵の?」

「あっ、そのサックスです。僕は三男ですけど…」

 

アンドリューが頷くと、女性は目を見開いて驚愕した。

 

「ちょっと店長?!公爵の御子息を顎で使うんですか…!?」

「ソウダヨ」

 

耳元で驚愕しながら彼女は聞くと、サダミは頷く。少なくとも公爵の子供がアルバイトなんて信じられないと言うか、ありえないと言うか、イメージと違うと言うべきか…。色々と彼女の脳内で想像力と現実の乖離が起こりそうであった。

 

「あの…貴女は夏目綾音さんですよね?」

「そ、ソウデス…」

 

大学生の夏目綾音はやや辿々しく答える。出身は国外の田舎であるが、彼女の親が知り合いであるスフェーンを頼って半ば奉公のような形でこの喫茶店で働いていた。

 

「五日前からここで働くことになりましたので、これからよろしくお願いします」

「よ、よろしく…」

 

固く挨拶をしてしまう綾音。その脳内で彼女は嘆く。

 

「(どうして後輩ができるのよ!?これじゃあ私が先輩になっちゃうじゃん!!ああ、さらば安寧のバイト生活…)」

 

初めて王都に来た時、苦学生確定だったのでバイト先をどうしようかと考えながらも、親に紹介された喫茶店に入って、雰囲気を気に入り、募集を見て即決した事が懐かしく思えた。地元でバイトをして痛い目を見た事があるので、この地では絶対バイトリーダーはやりたく無かった。

 

「と言うか、なんで王侯貴族の方がこんな場所に?」

「響達の同級生」

「おおぅ…流石は王立学校」

 

この店主の二人の子供が王立学校に通っていることは重々知っており、綾音は少なくとも私だったら行かないなと思っていた。

 

「そろそろ着替えて出てくれい」

「あ、分かりました」

 

綾音は言われてすぐにロッカー室に入ると、そこではルシエルがロッカーの扉を閉めていた。

 

「あ、これはこれは」

「お久しぶりでーす」

 

見た目は少女だが、不老者なので実のところ年齢不詳。ここの店には三人の不老者がいるので時折歴史を聞く事があった。

 

「(この店、不老者が多いのよね…)」

 

このバイトを始めてから暫く経つが、直感的に彼女はこの店に来る客には不老者が多いような気がしていた。まあおかげで色々と歴史の研究資料には事欠かないわけだが…。

 

「いらっしゃいませー」

 

そしてそそくさとエプロンを付けて店に戻ると、早速厨房で出来上がった軽食の提供を始める。厨房では時雨と響が死んだ顔をして黙々と注文をこなしており、恐ろしいものを見た気がした。すると二階から空のグラスやカップを持ってスフェーンが降りてくる。

この規模で最大七名の店員となると、十分に回せるようになると内心で思うが、今まで一人しかいなかったので気楽にやれたと思うと良し悪しが二律していた。

 

 

 

今日はバイトで深夜まで入れてもらっており、学生のアンドリューは夕方で強制的に帰宅。響達二人は家の子だからお手伝いという形でタダ働きである。無論、勤労奉仕時間は常識的な範囲でだが。

 

「賄い何がいい?」

「ハンバーグ」「ミートパスタ」「唐揚げ」「豚の生姜焼き」「ホットケーキ」

「全員統一せぇ」

 

耳がいいサダミは全員の意見を聞き分けて返すと、アンドリュー以外全員が顔を見合わせてジャンケンをする。

 

「よしっ!」

 

勝ったのは私、つまり豚の生姜焼きである。

 

「まだマシか…」

「いつもこんな感じなんですね」

「そうそう。昼営業終わったらね」

 

エプロンを片付けていつでも帰れる準備ができたアンドリューに時雨が頷く。全員がカウンター席に座り、厨房ではサダミとスフェーンとルシエルの不老者三人組がフライパンを持って昼食を作る。

少なくともこの喫茶店、軽食とは言いつつもまあまあガッツリ出てくるので、胃が弱い人は注意しなければならない。

 

「おぉ…」

 

そしてしばし待ち、店内に生姜焼きの香りが漂ってくると皿を持ってスフェーン達が出てくる。

 

「んん〜、やっぱりいい香りですね」

「旬じゃないからあまりおすすめはできないけどね」

 

この店で出る生姜焼きはブツを細切りにして乗せられており、食べると生姜の食感も感じられる豪華仕様。しかし他の店と違ってとても濃い生姜の辛味を感じられるので最高なのである。

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

そして全員が箸を持って手を合わせて食べ始める。

 

「んん〜、他と違って生姜を感じられる」

「でもちょっと辛くないか?」

「これが良いのよ」

 

疑問に思う響に時雨が答える。敢えて豚も脂身も少なくしてあるが、その脂を生姜が中和してくれて、なんなら生姜が後味を爽やかにしてくれる。常に飲み会やらで胃袋を酷使する大学生にはありがたいメニューである。

 

「すごく使うんですね」

「でも良いでしょう?」

「はい」

 

アンドリューはスフェーンに頷くと、生姜焼きを食べる。

 

「でも驚いたな〜」

「何が?」

 

そこで綾音はアンドリューを見ながら聞く。

 

「こういう料理でも普通に食べるんだ、って」

「アンディもそうだけど、大体の貴族ってこんな感じですよ?」

「安い牛丼屋でも、レストランでも、会員制クラブでもみんな美味しそうに食べますからね」

「そんな漫画じゃないんですから…」

 

アンドリューは公爵家の直系の子であるので、意外な反応に綾音は貴族の食に関するイメージが崩れた。

 

「ていうか、学校の寮生活してる苦学生やってる奴もいるくらいだし」

「そうなの?タウンハウスは?」

「一度貧乏を経験しろっていう親が多いみたいで…」

 

王立学校の内情を聞いた綾音はそんな貴族の話に興味があった。

 

「そうなの?」

「僕は違いますけど…そういう経験をするために寮に住んでいる同級生はいますね」

「貴族って大変ねぇ…」

「ええ、特に我が家は誰でも帝王学を学ばされますから…」

「うわぁ…」

 

そこで疲れた目をしたアンドリューに綾音は到底自分では知りえないものを見た気がして思わず同情する。

 

「それにここに来て早々に飽きるほど梅を見ることになりましたし…」

「ああ…あれか…」

 

そこで綾音の脳裏にはスフェーンがこの時期に毎回買ってくるあの大量の梅が過ぎる。今年は君が犠牲になったかと少し安堵も覚えて今年の作業は無いだろうと思った。

 

「まだ終わってませんし…」

「え?」

 

しかしその安堵も霧のように霧散していった。

 

「ほい、まだあるわよ」

 

するとスッとスフェーンが隣に梅の箱を用意する。綾音は見て固まると、絶望に満ちた顔をした。




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