冠婚葬祭の中で最も重要なのは葬とよく言われる。
最期の別れを行うことで、区切りを心の中で設けるのだ。
葬式とは、生者が死者との別れをし、気持ちを落ち着けるために行われると言う。
「…」
その日、スフェーンはある場所を訪れている。場所はとある病院。彼女の手にはフルーツセットが握られている。
「面会に来ました」
「お名前をお聞かせください」
病院は、所謂上流層の人間しか使えない全室個室の最新鋭の医療機器を揃えた病院である。明らかに高級志向であり、快適で清潔。何処ぞのリゾート地のような雰囲気もある。かといって悪趣味なほど豪華でもなく、施設主のセンスの良さが感じられる。
そんな病院の中をスタスタと歩くスフェーン。今は初老の健気なババアのような容姿を見せている。病院の所々には衛兵のような制服を纏う警備員が立哨しており、彼女はそのまま病室の一つのドアを三回ノックする。
『どうぞ』
返事を聞き、自動ロックのドアが外れてスフェーンは中に入る。病室は広く、自分の合造車の部屋の倍はあった。
「そろそろ来ると思ってたよ」
部屋に入ってきたスフェーンを見て、軽く笑みを作ったのはサラ・アンデルセンである。彼女はベッドに座って体を起こしていた。
「思ったより元気そうじゃ無いか」
「なぁに、軽く腰をやっただけよ」
部屋は殺風景で、ある意味医療機器も置いていないことからそれほど重いものでも無いのだと察する。
「ただ、やっちまった時に軽く頭を打ってね」
「で、病院ですか」
態々こんな病院に搬送をされる程だからと思ったが、思い込み過ぎていたようだった。
「検査もやって、軽い打撲で終わったよ」
「そりゃあ良い。下手に打って脳の血管切れてたら死んでらぁ」
「はっはっ!そこまで頭も縮んどらんよ」
豪快に笑って彼女は未だに瑞々しい両腕を動かす。
「なんだ、皮膚合わせて無いの?」
「変えるのも面倒でね。まあ長袖を着れば気にならなんだ」
現在、齢一二一。一般的な寿命から考えれば長生きをしている方の人間である。所謂死んでも『まだ若いのに…』と言われなくなる年頃だ。
「雑ね」
「サイボーグ化した金持ちの悩みさ」
年老い、幾分水分の抜けた肌で饒舌に話すサラ。
「私ぁその点羨ましい。年取っても見た目は変わらないスフェーンにね」
「そう?」
「ああ、話し方も昔から変わりやしない」
彼女はそう言い、ベッドから降りる。
「立てるかい?」
「馬鹿言え。まだ二本足で立てる」
腰もピント張った健康的な背筋。これなら杖の心配もなさそうである。
「サイボーグ化しなくても良さそうね」
「あんな若造りは今時流行んないよ」
全身をサイボーグ化した完全サイボーグと呼ばれる人々の中にはこうした『老化』を恐れた人が若さと美しさを永遠に保てるサイボーグを渇望する人も多くいる。
「特に最近はどこかの科学者が『不老』の技術を作ったとか言うじゃないか」
「…そうね」
スフェーンはそこで頷く。まだ理論の段階ではあるが、完全サイボーグの不死化を行うことが可能だという衝撃的な論文が発表された。
執筆者はジョン・ルートヴィヒ・オッペンハイマー。かつて、エーテル・ボンバの開発責任者であった男だ。
南北戦争の引き金を作った男として有名であり、今現在、彼は噂によれば不老不死の研究をしていると言う人間である。
「ふぅ…イタタタ」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。ほれ」
そう言って彼女は健気に立ち上がる。
「…はぁ、なんだ。ベッドから離れられないかと思ってたのに」
「ふははははっ。残念だったねえ、ピンピンだよ」
サラはそこでスフェーンが持ち込んだフルーツセットを見る。
「何、フルーツ?」
「ええ、見舞品として」
「また古風なものを…」
古い文化をちょいちょい持ち出してくるスフェーンに、サラは懐古趣味があるのかななどと邪推しながらカゴを受け取る。
「悪いわね」
「どう?」
「いい一品。流石の目ね」
手に取った林檎も重たく、赤い。触っただけでわかる良い質感だ。
「こみつよ」
「おお、私の好みだ。さすがだねえ」
「何年の付き合いだと思ってんのよ」
彼女はやれやれと言った雰囲気でサラを見ると、彼女は言う。
「明日には退院だ。ついでだし送りなさい」
「えぇ…」
とても『カジノ街の母』とは思えないこの身の回りの雑さ。昔から彼女はこう言う性格だったなと直後に諦めのため息を吐く。
「全く、もう少しは母らしく大人しくなれば良いのに」
「良妻賢母。私は理想の女性像だと思わない?」
「思わん。グホッ」
スフェーンが即答した直後、サラの腹パンを受ける。鳩尾にサイボーグ特有の重たい一発。
「ぐおぉ…」
「ふんっ!失礼な」
悲痛な悲鳴が病室に溢れ、聞いていた警備員が一瞬肩を驚かせた。
「私から見たら兄弟姉妹を二四人産んだバケモンだよ」
「名付け親が何言っとんじゃい」
彼女は現役を引退する一〇二歳までの間に五人の夫と結婚し、二四人の子を設けていた。
そしてその子供達は多くの同業者へ嫁入り婿入りを行い、カジノ街の大統領と呼ばれるまでに至ったアンデルセン財団の礎を築いていた。
「ちなみに初めて孕ったのは?」
「齢二二」
「若いなぁ…」
彼女が初めて子を作った年齢を聞き、改めて今の時代の金持ちにしては早いなと思った。
「人工子宮なんて使ってられないよ」
「どして?」
首を傾げたスフェーンにサラは言う。
「子を腹に身籠るから、女ってのは母になる自覚を持てるのよ」
「…なるほど」
理解した顔をしてスフェーンは納得する。自分に子を作る機能は無いが、すでに女として長いこと生きて、人間としての経験も多く積んだことからわかる。
「人工子宮で生まれた子供のネグレクト認定率の高さは知っているでしょう?」
「そりゃあね。有名な話だし」
人工子宮は、もともと晩婚化による出産の負担を減らす目的で開発された技術である。
「そもそも『痛いのやだから』って言って人工子宮で生むバカが最近は多い。そういう欲しいだけで子供は産んだらいかんの」
「流石ね」
経験者の重みのあるお言葉にスフェーンは頷く。サラは一度立ったが、すぐにベッドに座り込むとスフェーンに言う。
「あそこの棚にナイフとまな板がある」
「もう食べるの?」
「ここの病院食如きで私の胃袋は満たせん」
彼女はこう言うので、スフェーンは相変わらず元気すぎるとやや苦笑気味に棚の鍵を解除して中からフルーツナイフとまな板を取り出す。
「健啖な舌と胃なこと」
「医者も驚くくらい健康よ」
サラは相変わらずな雰囲気で皮を剥くスフェーンを見る。
「どう?最近のそっちの方は」
「昔とそう変わらないね。強いて言うなら、個人でやってた奴らはどんどん消えてるってところかね」
運び屋の代わりようを見てきたスフェーンはしみじみとそう思う。特に曲がりなりにも『国』ができてからと言うもの、加速度的に運び屋は消えつつある。
「はるか昔のトラック運転手のようね」
「まあ動きは完全にそれね。南北戦争で多くの運び屋が戦闘に巻き込まれて、泣き寝入りしなきゃならないこととかもあったみたいだし」
そこで綺麗に皮を剥いたスフェーンはそれをサラに渡す。
「芯まで食べないのよ?」
「死ぬわよ。そんな事したら」
やや呆れたため息をついてから彼女はリンゴを食べ始める。
「スフェーン」
「ん?」
サラはそこでスフェーンに聞く。
「明日の午後二時くらいに終わるから」
「…後で執事に怒られるから勘弁」
「おや、私に意見できる人間がいるとでも?」
「目の前にいますよ」
呆れたようにため息を吐いてスフェーンは言う。
もう昔、サラが一〇人目の子を産んだ頃に彼女に常に付き従ったアンドロイド、メアリは倒れた。寿命を人間の限界と同じ一四〇年に設定されていた彼女は自然死を迎えた。
「もう一人しかいませんけど」
「そうね…」
懐かしむスフェーンに、少しサラも寂しげに答えた。
後に不老者の発明により、アンドロイドも今まで設定されていた寿命の枷を外せるプログラムが作られたが、大半のアンドロイドは使わなかった。
なぜ売れないと困惑した企業達は市場調査を行なったことで理由が判明した。
『相手を残して生きるなんてごめんだ』
それはあまりにも人間に近付いてしまったが故の宿命。自殺よりも緩やかに死に向かうことの方が幸せであると、彼等は『永遠の命』よりも『終わりある人生』を選んだ。
ジェンダーレスな中でも一部のアンドロイドは男女の区別があり、当然世の中には人とアンドロイドという禁断の恋をする者もいる。それでいなくとも多くのアンドロイドは自ら『主』と仰ぐ人物を選び、『人生』を謳歌していた。
恋であれば愛した者、主であれば支えるべき者。彼等の根底部分に残されているロボットの進化体としての残滓が彼等に寿命からの解放を拒絶させた。これは不老者でも後に孤独死の増加と言う形で社会問題となることであった。
「懐かしいね…メアリも元気にしていると良いけど」
「ええ、そうですね」
アンデルセン家繁栄の礎を一代で築き上げた女傑。サラは年老いた今でもかつての執事を案じている。彼女の死は、サラにとって母の死と似ているのだろう。彼女はグレイの事も知っている数少ない人でもあった。
彼女は後に病死した義兄のジャック・アンデルセンに変わってアンデルセン家を支えた。お陰で今のアンデルセン財団は盤石な体制と家系を守っている。
「やっぱり、よく過労死しなかったわね」
「そんなやわに育った覚えはないわよ」
流石にその時期ともなると子育てを夫に任せて経営のために東奔西走しており、スフェーンと会うことなんてできやしなかった。
「だから後任にすぐに譲ったわよ。教育は終わったし」
「あの…だからってなんで私に泣きついてきたのか教えてもろて」
サラとスフェーンの個人的な関係は『公然の秘密』であった。一部の子供は知らないが、サラが(強制的に)出産に付き合わせたこともあり、時にはネタがないからと名付け親である。責任重大だったわよ。胃に穴が開くかと思った。
「そもそも、あの時私はアイツがスフェーンの連絡先知ってたのが驚きだったんですけど?」
サラはそこでジャックの実子がスフェーンと交友があった事に首を傾げていた。
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