サラとの出会いというのはとても懐かしい昔の話だ。
あのカジノ街で彼女が列車に忍び込まなければこんな事にはならなかっただろう。
「そう言えばさ、まだかの乾物の取引はしているの?」
「ええ勿論。今やあそこも企業の仲間入りよ?」
病室でスフェーンとサラはその時の話をふと思い出して懐かしげに話す。
「そりゃあ、あなたに気に入られたらなんでも御用達品になるわよ」
「あらやだ、経済動かしちゃうわね」
「はっ、ニッチもいいところよ」
スフェーンはそう言ってサラに言うと、病室の時計を見て気がつく。
「おっと、そろそろ面会終了か」
「じゃ、明日頼んだよ」
「はいはい…」
もはや何も言うまいと言った雰囲気でスフェーンは立ち上がって病室を後にする。
『元気そうでしたね』
「やれやれ、メール受け取ってきてみたはいいものの…」
ルシエルにスフェーンは呆れ混じりに病院を見上げる。
富裕層のために拵えた巨大な病院。まず車の出迎えが前提に作られたために車止めや駐車場は巨大で、バス停も用意されていない。病室も個室しか用意されていないリッチ仕様である。
「まあ、まだ死ななそうでありがたいわね」
彼女はそう言って停めてあったバイクに跨ると、麓の街に向かう。
『もう彼女は銃も持てなくなるほど衰弱をしているそうですね』
「まあ歳が歳だしね」
九十九折りの山道を降りながらルシエルと話すスフェーン。
「死、ねぇ…」
『昨年にはジェローム・サックス氏が死亡しました』
「…まだ起こすには早いか」
途中、明らかにショーファーカーと分かる黒塗りの車数台とすれ違いながら彼女は山を降りる。
山の麓には門が設置され、契約を行なっている警備会社の警備員が立哨をしている。街は企業の広告が立ち並び、サイボーグが街を行き交う。
「…」
その中の一角、路肩にバイクを停めて煙草に火をつける。
「ふぅ…」
するとドローンが飛んできて警告をしてきた。
『ここは喫煙禁止区画です。直ちに喫煙を中止してください』
その下ではレーザー照準を照射され、同時にテーザー銃が照準を向ける。
「早えよ…」
まだ警告してくれるだけで温情があると思いながら携帯灰皿にほぼ新品の吸い殻を入れる。おそらく、街中に張り巡らされた監視カメラが必要以上の熱源を探知した事によるものだろう。ドローンが飛んでくる速度にため息が漏れてしまう。
『ここの市長は禁煙ブームに乗っているようですね』
「面倒な…」
すると停まっていた歩道に無人トラックが到着をすると、スフェーンの目の前で防弾シャッターを開ける。
『お待たせしました』
中には袋詰めされた先ほどデリバリーで注文をした料理が届けられたのだ。スフェーンはそれを受け取ると、無人トラックはシャッターをピシャリと閉じて走り出していく。
「随分とまあ物騒な…」
『ここら辺はそうでもありませんが、海沿いの西ブルーケレンと呼ばれる地区は治安が悪いそうです』
「まあそんな危ない場所には行かないから良いけど…」
エンジンをかけて走り出す中、スフェーンは話す。
「しかし、まさか送り迎えとはね」
『サラさんの要望です。まあ送迎くらいであれば大丈夫でしょう』
「だと良いけど」
サラは事実上、カジノのコンツェルンを一代で作ったチンギス・ハンのような人物である。
今のトラオムの大地において彼女の子や孫でアンデルセン家と関わりのないカジノ経営者は存在しない。
『アンデルセンにあらずんば、カジノ経営者にあらず』
有名なカジノ経営における言葉である。彼女は一時的にアンデルセン・グループの経営をになった経験もあり、彼女の影響力は計り知れない。
「正直、まさか一人でここまで勢力を拡大したとは思わなんだ」
『ええ、まさしく『怪物』の名に相応しいかと』
引退後、彼女は慈善事業団体『アンデルセン財団』を立ち上げ、子供達に自らの使命を叩き込んでいた。
「まるでロックフェラー財団ね」
『実際、かの組織を参考に財団を立ち上げたとお聞きしています』
スラム街で幼少期を過ごしたサラの行動の源にはグレイが存在している。彼女の創設した慈善事業団体の行動理念は『人道たれ・公平たれ・中立たれ』の三つ。その理念に乗っ取り、財団は医療機関の支援やマイクロチップの規格化と全人類のマイクロチップ装着支援を行なってきていた。
「その中でエーテル病治療の資金援助ですか」
『エーテル病の治療方法の確立はある意味で全人類の悲願ですからね』
「まあそれを両手をあげて喜べない人が多いのも事実だけど…」
高架道路に入り、徐々に速度を上げていくスフェーン。周りには高架道路の壁に真っ黒に汚れ切った看板が掲げられている。
『異能者ですか』
「ただの病人にあんな強力な力があるって分かったら、誰だって欲しがるものでしょ?」
現在、最も世間で恐れられているのは銃ではなく、異能である。
『ですが、異能者への非倫理的実験は軍警察が対応に追われていますよ?』
「でも軍警自身が実験をやってちゃあねえ…」
そこで該当のホログラムがニュースとして連日叩いている軍警察のエーテルの研究に関する漏洩した内容。それは軍警察がエーテル病患者を対象に行った非倫理的人体実験であった。
「本来は議会を通して行われなければならないクローンの無許可製造。それと製造したクローン体へのエーテル吸引」
『強制的に感染者を作ったわけですか。まあ、誰かが密告を行ったのでしょう』
「それも、軍警の力を弱らせたいどこかの連中でしょうね」
散々どこの報道もこれを叩き、ネット上でも広く『これ書いたの内部の人間だろ』と思うようう詳しい実験の内容が赤裸々に記されている投稿などもあった。
「やれやれ、戦争でもやろうってのかね」
彼女は呆れてため息を吐くと、バイザーに映し出されるARの誘導の通りに貨物駅に向かう。
翌日。言われた通りの時間に病院の前でバイクを止めて待っていた。この地域も喫煙が禁止されており、暇なので彼女はこの後の予定を考えていた。
「待たせたわね」
そう言って隣に見覚えのある顔が立った。彼女は昨日とは違う私服に着替えており、昨日よりもラフな格好をしていた。
「ん、行こうか」
スフェーンも軽く頷いて荷物を後ろに載せると、そのままサラを背中に乗せてバイクのスロットルを回す。
「思ったより早いわね」
「まあね。医者のお墨付きをもらってるよ」
サラはそう言いインカム越しで答える。バイクは昨日と同じ道を走っており、巨大な吊り橋を越えて市街地に入る。
「で、今日はどこに行くのかしら?」
サラが効いてきたのでスフェーンは質問をした。
「ここから移動するかによって変わってくるけど…」
「そうね…」
サラはスフェーンの提案に少し考える。
「家まで帰りたいし、移動しようかしらね」
「了解。お嬢様」
「もうお嬢じゃなくてババアよ」
彼女はそう言って笑うと、バイクは貨物ターミナルまで移動する。
「懐かしいわね…」
「何年振りにやって来たっけ?」
「確か…」
十二両編成のカーゴスプリンターを前にサラは思い出そうとこめかみに指をあてる。留置線に停められた貨物列車の鍵を開けて先にスフェーンが乗り込むと、キャビンからスロープを降ろす。
「あら、親切なのね」
「ババア自認してる人に無理できないでしょう?」
それはスフェーンの脳裏で容易に想定ができた。きっとここで列車の梯子を登らせようものなら『ババア相手に足腰を使わせるか!』と駄々を捏ねられると思えた。
「ふふっ、いい心掛けね」
「まったく…」
態とらしくサラは言ったので少し苛立ちを抑えながら彼女の手を取る。
『スフェーン』
「(やぁね、歳とると怒りっぽくなっちゃう)」
スフェーンはそう思いながらサラをキャビンに入れた後にバイクを載せた。
列車はいくつか仕事の依頼をこなしながら移動を始める。
「やれやれ、こんな時にも仕事?」
「生憎、やる事は多くてね」
移動中、サラは呆れたため息をついてスフェーンを見る。
「運送業者に頼まないのね」
「どうしてもニッチだけど需要はあるのよ。こうも腕利認定されちゃうとね」
そう言って運輸ギルドのカードを見せると、ゴールド証明書を示す金色の線が引かれていた。
「おお、依頼達成率七割越えを五年間維持したのね」
「何かね、ずっとこの仕事してたら出来ちまったよ」
そう言いながら台所に立って作業をするスフェーン。キャビンは使い古されて、所々で雨漏りもしていた。
「キャビンもそろそろ買い替えたら?」
「出来たら苦労しないよ」
「お金ないの?」
「最近の物価高マジ酷い」
特にスフェーンの列車の場合、台車を時折交換する必要があり、彼女は現在、台車の一斉交換でローンを組んでいた。
「あなたローン嫌いじゃなかった?」
「ええ、でも野盗にやられてね」
「あぁ…なるほど」
忌々しげに顔が歪んでいるスフェーンに、サラは相当な怒りがあったと理解する。
「個人の運び屋も楽じゃないわね」
「まあ何やるにしても自分の責任になるからね。その分自由が効くけど…」
スフェーンはそう言うと出来上がったグラスに入ったリモンチェッロを置く。
「あら、これは?」
「リモンチェッロ」
「おお、リキュールね」
サラはすぐにグラスに入っていたリキュールを傾ける。
「んん〜、これ自家製?」
「ええ、直売所で買ったものをね」
「美味しいわね。やっぱり工業品より自家製ね〜」
ウォッカを使って漬け込んだリモンチェッロに満足げな様子のサラ。昔から思うが、彼女が安い牛丼屋に行って食べると、その牛丼がとても高級品に見えるのはなぜだろうか?やはり所作が原因か?
『言ってもスフェーンも同じですけどね』
「(んなバカな)」
ルシエルに言われ、スフェーンは今までの生い立ちから想像がつかないと思っていると、飲み終えたサラがグラスを見ながら聞いてくる。
「昔から思っていたけど、スフェーンって運び屋なのにパーティーとかに出ても違和感がないわよね」
「え?そう?」
「ええ、だって貴方がドレスを見ていても『似合う』もの」
そこで彼女はスフェーンの僅かに螺鈿色に反射する灰色の髪を見つめる。
「ほら、たまに居るじゃない。カエルみたいな顔をした人ってさ」
「いやまぁ…」
むしろ世の中の大半の人間というのは量産型の顔が多い。少なくともスフェーンは人の顔を覚えられないので、そう言った人というのは『ジ○顔』とジャンル名で読んでいた。
「吸っていい?」
「ご自由に」
サラは聞いたので頷くと、彼女はすぐに持っていた擬革紙製の鞄からシガーケースを取り出して葉巻を吸い始めた。
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