途中で軍警察の資料館に寄り道をした後、二人は近場のうどん屋に入る。
「いらっしゃい」
店内ではおばちゃんが出迎え、天井近くの壁にお品書きがされている静かな店内。スフェーンとサラはそこでお品書きを見て話し合う。
「どれにしますかマダム?」
「ふむ…あなたが選んでちょうだい」
サラはそう答えると、店主のおばちゃんも身なりの良い、いい雰囲気を纏わせたサラに良いところのお金持ちという気品を感じ取った。
「同じもの?」
「できれば違うものがいいわね」
サラから要望を聞くと、スフェーンはそこで軽くメニューを見回して注文を入れる。
「このかやくうどんの小一つ、あと肉ぶっかけにとり天追加で」
「とり天はそこから取ってくださいね」
「あっ、分かりました」
店員のおばちゃんに言われ、スフェーンは皿とお盆を取ってとり天をトングで掴んでから会計を行う。
「貴女のことだからわかめうどんかと思ったのに」
「うーん、気分?」
スフェーンはそう返すと、値段の安さに驚きながら席に着く。
「あら、食べないのね」
「こう言うのはうどんにぶっ込んだほうが美味しいの」
後で出来上がったうどんを受け取りに行く方式だったので、二人は座席に座って軽く話す。
「てか、これが激安でびっくりだけど」
「本当、都市だったら考えられない値段よ」
サラは胃袋と相談して食べられないが、先ほど目の前に座る女性はベビーカステラを大量に食べていたよね?と首を傾げる。そしてこう言うおそらくは工場生産ではない、合成肉を使用していない本物の鶏の天ぷらにサラは都市では考えられない贅沢を感じる。
「ちなみにかしわ天ととり天って違うんだって」
「へぇ、何が違うの?」
「前者が鶏むね肉、後者は鶏もも肉を使った天ぷららしいわよ?一説によると、大手うどんチェーン店がそう言うふうに区別したのが始まりだとか」
「へぇ」
サラはへぇと鳴らすと、スフェーンの持つ豆知識に舌を巻く。
「本当になんでも知っているわね。その義眼で調べたの?」
「まあそんなところ」
スフェーンはそう言ってサングラスの奥で反射した虹色の右目を映す。
もはや見慣れてしまったが『いくら安売りしているにしたって普通その色選ぶ?』と言うのが本音である。確かに今時オッドアイなんて目を負傷した際のサイボーグ化や遺伝子治療云々などさまざまな理由であり得る話だが、それでも虹色と灰色の目というのはいささか印象に残る目の色合いである。
「なんだかサンタが赤い服を着た理由みたいな感じね。コーラを作っていた会社が多額の宣伝費をかけたあれ」
「ああ、あの赤色を世界的なイメージに仕立て上げたやつね」
サラはそのことを口には出さなかったが、スフェーンはサングラスを通して彼女の視線を見ていたので何を考えていたのかは察していた。
「そういう所、資本主義の恐ろしいところよね」
「金の力を使って世の中の認識を変えるやつ?」
「そうね…私も経営者だったから言えるけど、資本主義は『金になるんだったら倫理観も変えてしまおう』という発想に行き着いてしまうところね」
「ああ…」
スフェーンはそこで国ができてからというもの、法律や憲法の下に次々と改革が行われている現状にふと思った。
「企業は国を嫌悪しているけど、それが別に悪いこととも思えないわね」
「何故?」
「人が人であるために、ある程度の縛りが必要だからよ」
サラはそう言うと、スフェーンに今まで上の立場から見てきて思ったことを口にする。
「報道の自由・経済活動の自由・教育の自由…世の中いろいろな自由があるけど、人は自由になると途端に我儘になるからね」
「…なるほど」
それは長い間、統治してきた側の感じた言葉だった。
「人って絶対どこかにネジが外れた部分を持っていたりするから…ほら、頭のいい研究者とかが『自分のクローンを作って自分と同じように教育をしたら同じような人間ができるのか』っていう実験をやったりしたじゃない?」
「ああ、旧暦の頃に行われたクローン実験ね」
水を飲みながらスフェーンはサラに頷く。少なくとも彼女は幼い頃に教育を受けて知っていた。
「その実験を行った時はまだ、学会で結構叩かれてたけど…もう今の時代じゃあ、そう言う実験をやっても何も文句は言われないでしょうね」
「…」
このトラオムの世界は、長い間企業による直接統治が行われていた影響でそうした倫理観があってないようなものになってしまった。
「案外、宗教ってそう言うヤバい奴らを炙り出して叩くためにあるのかもしれないね」
「出る杭を打つために?」
「いや、そう言うヤバ目の思想を悪魔のせいにして責任をなすりつけるための方便」
サラは即答すると、彼女は店を見回して話題を変える。これ以上話し続けると、昼食が不味くなるかもしれないと思ったからだ。
「しかし、こんな雰囲気のお店なんて貴女としかいかないわね」
「そりゃあ貴女ならそうでしょうよ」
サラの呟きにスフェーンは苦笑気味に言う。少なくともこの店で注文した時の会計金額を見ればわかるが、お嬢様が来るかと問われると『観光以外ではないな』と即答できる。そしてサラ・アンデルセンは慈善事業団体創設者として色々と著名な人物である。
カジノ界の母なんて言われる彼女はこう言った一般庶民の飯なぞ食べる機会は失われてしまう。
「ぶっちゃけ、スラム街で食べていた企業の配給職の方が思い出深いわね」
「ああ、あの肥料みたいな合成糧食ね…」
スフェーンも一時期食べたことがあるが、まあ『無いよりはマシ』『売り物にはならない』『苦い青汁』などと言われる食べ物である。おいしくはないので、あれを配給するくらいなら野菜ジュースとパンの方が絶対いいと思う。
「あれはどこでも同じ味なのよね。どうしてかしら?」
「人間を生かす上で必要な栄養価は変わらないからでね?」
幼少期をスラム街で過ごした彼女はその時の情景をふと思い返して首を傾げると、そこでおばちゃんが叫んだ。
呼ばれたのでスフェーンは二つの容器に入れられたうどんを取りに行く。
「かやく小と肉ぶっかけね」
おばちゃんはそう言って丼に入ったうどんを出す。そして同時に色紙とペンが用意される。
「頼めるかい?」
「…ははっ」
おばちゃんはサラを見て聞いてきたので、色々とお忍びできているのだと察してくれたのだろう。
そしてスフェーンは友人か護衛であるのだろうかと思われているに違いない。
「思いっきり宣伝しないならいいですよ」
スフェーンはそう言うと、うどんを受け取って席に戻る。
「サラはかやくね」
「はいはい」
「あとおばちゃんから」
スフェーンはそう言いながら色紙とペンを渡す。
「あら、生憎こう言うのはしないんだけど?」
「やってあげなさいよ。宣伝はしないように言っておいたから」
「…分かったわよ」
スフェーンの先手に諦めてサラはペンを取ると、サインを書いて返す。
「お疲れ」
「やれやれ、こんな紙にどんな効果があるのかしらね」
「希少価値&付加価値」
スフェーンは短く答えると、描いてもらった色紙をおばちゃんに渡す。
「「いただきまーす」」
サインを渡し終えて、二人は手を合わせて箸を使ってうどんを啜り始める。
「んん〜、食べやすい」
サラの食べるかやくうどんは冷たい出汁の中に天かす・薄いお揚げ・蒲鉾の上にネギと削り鰹節が乗せられたうどんだ。
「麺が細めだけど、しっかりと腰があるから食べ応えがあるわね」
「ここら辺だと店ごとに色々t変わってくるらしいからね」
スフェーンもそう言い、注文した肉ぶっかけうどんを啜る。
「んっ、ンマいね」
まずは何もかけずに一口いただくと乗せられた肉の脂が絶妙にうどんと絡まっていたことで箸が進む。そこの方にぶっかけられた出汁が眠っており、麺と絡めて頂くと更に良い。一口啜り、満足した後は味変としてついていたレモンを回しかけていく。
「レモンがあるからさっぱりするわね」
「唐揚げにかけると割と友情ブレイク不可避よね」
「それな」
スフェーン達はレモンの回しがけと聞いてすぐに連想した古来より伝わるケンカの元。少なくともスフェーンの相棒だった男はかけない派であったので、注意を払わないと顔面にグーパンである。実際、それで一回やらかした傭兵を見たことがある。
「(そういえばいつ起こしに行こうかな…)」
スフェーンはそこで去年、墓場に向かったその男の事を思い出す。ネットニュースやSNSでは、彼は土葬で埋葬されたことが知られている。
『二年は待った方がよろしいかと』
「(やっぱり墓参りに来る人がいるか)」
『欲を言えば七回忌ほどまで待った方がいいような気もしますが…』
「(うーん、流石にそこまで眠らせたままってのも可哀想でしょ)」
彼と別れる際に打ち込んだ仕掛けが作動した事はすでに把握しており、いつでも作業を行う準備はできていた。
「スフェーン?」
「ん?」
そんな話をルシエルとしていると、サラから話しかけられ、そこで彼女はレモンを持ったまま固まっていたのかと認識した。
「大丈夫?」
「ああ、ちょっとぼーっとしてただけよ」
サラの疑問にそう答えて彼女はレモンを片付けてからうどんを啜っていく。
レモンが入ると、さっぱりとした味わいになって肉の味付けが抑えられて胃袋に優しい味に変わっていく。
「運転中にボケっとしないでよ?」
「そこはご安心くださいな。安心安全な運転をご提供いたしますとも」
スフェーンは胸を張って答えると、サラはそれが逆に怪しくも思えたが、長年の付き合いで彼女はバイクの操縦には絶対的な信頼があった。
「まあ、事故って死んだら貴女が死後に凄まじい不名誉を被るだけだけど」
「おい、そんなこと言われたら急に緊張感増すからやめてよ」
スフェーンはうどんを啜りながらサラに苦言を呈する。
「あら、その方が運転には気をつけるでしょう?」
「制限速度で運転しますとも。ええ」
スフェーンはそう言うと、うどんを食べ終えた。
「あら、歳の割には食が早いわね」
「癖ですよ。早食いしないと次の仕事が控えていることもありますし」
スフェーンはそう答えると、サラのまだ残っているうどんの丼を見つめた。
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