『婆さん二人が朝から水族館かよ』と言っていたサラであったが、意外にも彼女は楽しんでいた。
「ここは近海の海の魚なのね」
「定番のイルカも飼育されているよ」
水槽に入れられた海水の影響で全体的に青い視界。その中で悠々と泳ぐ魚やイルカ。
「全部居酒屋で出てくる魚が多いわね」
「肴として?」
「そそ、上手いこと言う」
スフェーンはそう言うと次々と水槽を眺めてウツボや鯛、ヒラメやイソギンチャク、チンアナゴと言った水族館の定番達を見る。
「ここはシュモクザメとかいるのね」
「?何だっけそれ」
「Hammer head shark」
「ああ、それか」
サラはすぐにその生物の姿が脳裏に浮かんだ。
「正確にはアカシュモクザメだって」
「へぇ〜」
水族館はかつてスフェーンの訪れたことのあるメイコーの水族館と比べてしまうと規模が小さいが、ここはここで見やすかった。
「外にもいるって」
「それペンギンじゃない?」
何となくの想像をしながらハゼやカブトガニといった生物を観察していく二人。今日はど平日に来たこともあってか人がとても少ない。おかげで色々と自由に見回ることができた。
「この星の海は、最初の頃は作られた海だったのでしょう?」
「ええ、大災害以前にテラフォーミングされた惑星だからね」
サラは巨大水槽の前を眺めながら呟くと、スフェーンが頷く。
「大災害の時も海は平穏を保った」
「エーテルは水と相性が悪いからね。ただ水より比重が重くて有機物を喰らうはずのエーテルが海を禿げさせなかったのかは未だに不明だけど…」
かの有名なE兵器であるエーテル・カノンも水を纏えば簡単に防げる代物。それは南北戦争時代に発見され、後のパシリコ戦争まで秘匿とされてきた技術であった。
「そこら辺は詳しい研究者じゃないから、私にも理解できないわね」
椅子に座って見上げると、そこでは上から差し込んだ太陽光が水槽を照らし、その中で泳ぐ複数のサメの魚影が映し出される。
「流石に水槽の中の魚の美味しい食べ方が掲載されているのは笑っちゃったなぁ」
「まあ中には鰹に金目鯛に鯖、クエ、鰤…」
「煮付けとか刺身、鍋やたたきもいけるわね」
二人の脳内では魚料理が次々と浮かんできており、彼女たちは全部の魚料理を食したことがあったので美味しい料理が想像できた。
「まずいわね。お腹空いてきそうだわ」
「やれやれ…」
色が細くなったとはいえ、まだまだすき焼きを所望できる元気がある彼女の想像力にスフェーンは苦笑気味に聞いた。
「どうする?中で食べる?」
「そうね。もう二回目もないでしょうから行ってみようかしらね」
スフェーンの問いにサラは少し考えてから頷いたので、二人は二階に上がって併設のレストランに入る。
「うわぁ、海がよく見えるわね」
「流石に綺麗ね」
レストランは海を一望できるような構造となっており、食券を買ってからカウンター席に座る。
「またうどん?」
「そりゃあそうよ。名物だし」
スフェーンの注文したものにサラは苦笑しながら料理が提供されるのを待つ。
「ここを抜けたら外に出られるのね」
「まだ色々といるのね」
カウンター席からは屋外展示の生き物たちが飼育されており、見える範囲ではペンギン・アシカ・アザラシ、そしてなぜか錦鯉である。
「なんで海沿いで錦鯉?」
「さあ?」
近くには餌やりができるガチャガチャが用意されており、そんな疑問を浮かべていると料理ができたとアナウンスがあったので、スフェーンは両手に抱えて運んでくる。
スフェーンは肉ぶっかけうどんを、サラはアボカドマグロ丼を頼んでいた。
「「いただきます」」
二人は手を合わせてから食事を始めると、スフェーンが言う。
「アボカドって、人以外が食べると体調を崩すんだって」
「ああ、獣人でもたまに症例があるやつね」
サラが食べている丼。注文をする際にも注意書きがされていたのを思い出す。
「まあ、私は獣人じゃないからいいんだけど」
「こう言う時羨ましいわ〜」
スフェーンはサラにそう言うと、そこでルシエルが一言。
『別に貴女も人間ですので、問題なく食べれはしますよ?』
「(そうだけど、それ言うと後々面倒だから)」
彼女はそう言いながらレモンを回し掛けてからうどんを食べる。昨日と違って丼ではなく、浅い皿ででてきたので少し飛ばないように注意しながらうどんを啜る。
「麺類が好きなの?」
「大好き。すぐに食べられるし、色々と種類もあるし」
特に彼女はなめこおろしうどんがお気に入りであった。いまだに運び屋として現役で行っている彼女は、すっかり体にそう言う遺伝子が刻み込まれていた。
「なるほどね…」
サラはスフェーンの即答に納得しながらマグロ丼をいただく。赤みでさっぱりとした味わいに森のバターとまで評されるアボカドのトロリとした味わいと食感が滑らかな舌触りを与えてくる。
「全部いけそう?」
「ちょっと分からないかもしれないわね」
サラはスフェーンにそう答え、まだ残っている丼を見る。横でスフェーンは普通に食べているが、サラは少しゆっくりと丼を食べ進める。
食欲はあっても色が細いので、事前と食事回数が増えてしまった最近。一日五食が当たり前になってしまい、住んでいる屋敷でも昔と比べて量が減ってしまったなと思った。
「余ったら分けてもいい?」
「いいわよ」
二つ返事でスフェーンは頷いたので、サラは彼女の持つ鉄の胃袋に羨望した。
その後、昼を食べ終えた二人はレストランを出る。
そのまま階段を降りて屋外電磁に行っても良かったが、ふとスフェーンが左にも水槽があるのを見つけた。
「あら、カワウソだわ」
そこにはコツメカワウが飼育されており、元気に動き回っていた。よく見ると、カワウソの特別展示もやっているらしい。
「毛皮がすごくいいのよね。帽子に使っている人とかもいたかしら」
「おおう、すごい高そうね」
サラの記憶の仕方に苦笑しながらスフェーンは言う。
「まあ今時クローンでいくらでも生物は作れるけど…」
「毛皮用に作られた動物ってことで愛護団体が騒いでいるわよ」
サラはそう言ってやや疲れた表情を見せた。クローン体の製造は絶滅や絶滅危機の動物の復活の方法として旧暦の頃から行われてきた伝統的な手法である。基本的にクローン技術は人類に関しては厳しく制限をしているのが今のこのトラオムの世界だが、それ以外の生物に対しては規制が緩い。
人型アンドロイドに厳しい
「でもビーバーで作ったボルサリーノとかウシャンカはあったかくていいけどね」
スフェーンはそう言い、寒い地域では重宝しているそれらを思い出しながら目の前の水に飛び込むコツメカワウソを見つめる。
「かわいいわね」
「こういう動物に対する愛嬌って、赤ん坊を見る時のそれとはまた違うのよね」
「分かる」
サラの意見に大いに頷くと、二人はそのままその水槽を離れて新しい屋外展示の方に向かう。
「アシカ元気やな」
そして水槽から聴こえる激しい水の音に苦笑気味にスフェーンは体を曲げてヒレで水面を叩いているアシカを見る。
「登った先がペンギンだって」
「やっぱり鳥の匂いがすごいわね」
「距離近いし、余計にね」
そう言い網一枚で隔てされた飼育区画を見る。中では十羽以上のペンギンが立っており、時折羽を震わせていた。
「こっちはアザラシね」
サラは手すりをつかんで階段を上がると、上から水槽を見下ろして、時折水面に上がってくるアザラシを見る。
「綺麗よね。アザラシ」
「愛嬌があるわね」
そんなことを言いながら上がってきたアザラシを見ると、すぐにアザラシは水中に消えていってしまった。
「あら、もう帰っちゃった」
「隣はアシカね」
「むっちゃ元気なアシカね」
スフェーンはそう言うと、アザラシの横でアシカがバシャバシャと音を立てている水槽を見てから屋外展示を終える。
「あとは?」
「イルカの水槽だって」
「ああ〜」
スフェーンにサラは館内地図を見ながら時計を確認する。
「時間大丈夫?」
「ちょっと押しちゃっているのよね…お土産とか買う時間も欲しいし…」
「ああ、そうね…そろそろいきましょうか」
「オッケ」
スフェーンは軽く答えると、そのまま出口に向かって直結しているミュージアムショップに入ると、そこでお土産を見ていく。
「へぇ、流石に色々とあるのね」
「まあ水族館だし」
スフェーンはそう言い、土産屋に並べられていたぬいぐるみを見始める。
『え?また買うんですか?』
「(そりゃあね)」
スフェーンはルシエルに当然と頷くと、並べられているぬいぐるみを吟味し始める。
「こう言うのは縫い目とか目の位置とかが微妙に違う場合があるから、慎重に診ていかないといけないのよね」
『なるほど…』
少し視線を下ろして水族館のマスコットキャラクターのぬいぐるみを見るスフェーン。彼女は今までにもぬいぐるみを購入した時の経験から見比べながら選んで気にいる一つを探す。
「貴女、まだ買うの?」
するとその様を見ていたサラが呆れた様子で後ろから話しかけてきた。
「ええ、近々友人に贈ろうかと思って」
「友人?」
「ええ、昔からの頼れる友人です」
スフェーンはそう答えてから選んだぬいぐるみを持ってレジに向かう。
「え?イマジナリーフレンド?」
「シンプルに失礼」
素の反応でサラは言いやがったのでスフェーンは不満げに眉を顰めて返す。
「そりゃあ私だって友人くらいできますとも」
「へぇ、意外とフレンドリーなのね」
意外なスフェーンの生態にサラはやや驚いた様子を見せた。
「逆に今まで私を何だと思ってたんですか?」
「私の思惑にピッタリハマってくれる最高の友」
「それ友と言えます?」
サラの言葉に首を傾げながらスフェーンは土産のぬいぐるみを購入してから水族館を後にする。
「で、この後は?」
「今度は海の神社に行きます」
「おお、海の神社ね」
サラは次の行き先を聞いて時計の確認をする。時間は昼頃で、ここから移動しても神社はやっている頃合いだろう。昨日みたいに苦労して階段を登る羽目にはならないと先に言われているので、サラは安堵しながらバイクにまたがる。
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