故にスフェーンやサダミを見ているとついついこんな事を考えてしまう。
ーー彼女達は、子を失うことが怖くないのだろうか?
ユウナは子は一人しかもうけず、その為に愛情が注がれて育ったからなのだろうか。
あるいは養子しかとらないことから血のつながりがないからなのだろうか。
そんな子供に関することは女性としてついつい考えてしまうことがある。
「(彼女は、自分の子供でなくても幸せなんだろうか…)」
彼女はふと考えてしまう。彼女達の経営するカフェには自分もよく足を運ぶが、いつの時代になっても彼女達の家には子供がいる。
養子を迎え入れ、育ててきた子供は数知れず。スフェーン達は今もどこからか拾ってきた子供を育てていた。
いつか、子供に先立たれることが怖くないのかと聞いた時、彼女達は口を揃えてこう答えた。
『確かに、育てた子供に先立たれるのは辛いわよ』
前置きでまず彼女はそう言った後、煙草を吸いながら話す。
『でもね、私たちみたいな歳を取らない人間からすればそれが当たり前になるんだから、いずれは慣れて来る。
人間って、いつの時代もそうだけど不思議と自分の置かれた環境に順応してくるんだよね』
スフェーンはそう言い、煙草の灰を捨てる。
不老者の喫煙率は高い。理由として、快楽を受けると同時に体に害を与えるからだ。
長いこと生きてきた不老者と言うのは、次第に心を病むようになり、自殺率の急増というデータに反映されるようになった。
そうした長い歴史から不老者達は死ねるが、そこに自然死が最も良い死に方とされる古来からの風潮が合わさり、自殺は毛嫌いする風潮が生まれた。
最も望ましいとされる死因が老衰である今の時代で、普通な死に方というのがQOLの視点からも最も望まれている。そして不老者と言うのは老衰による死去は望めない。
そのため彼らは病死を渇望するようになった。その結果行き着いたのは喫煙文化であった。
現在、雇っている従者もほぼ全員が喫煙者であり、炭水車に喫煙室が用意されると聞いてすでに多くの従者が喫煙室を利用していた。
『まあ、それが私たちを人たらしめているかけらの一つなのかも知れないけど』
時に、不老者は変わらぬ見た目から多くの誤解を招き、動乱の象徴となった。
多くの権力者はこの施術を受け、自らの権威を不動のものとすべく奔走した。そしてそれが独裁政権に直結し、腐敗し、革命や混沌をもたらした。
『不老者ってのは、獣人と違ってエーテルによって生まれた人種だ。人の手が加えられた人種という点では同じだが…』
研究の結果、獣人というのは不老者との相性が良いことが確認されている。そして今の時代、不老者となった獣人は面倒な事に自らを進化した人類と定義する思想家がいた。その最初の思想を提言した、カール・シュターデルからシュターデル主義と呼ばれている。
そしてエーテル空間濃度が皆無であっても己の異能を行使できるために、最近では魔法や魔力とも言われている始末である。
「私も、煙草始めようかしらね」
「なんだ、願望でも出たのか?」
「いや?ちょっとスフェノス達の事を思い返しちゃってね…」
「なるほど。まあ好きにして構わないが、吸うのなら離れてくれ」
ジョンはそう言って唯一の妻を見つめる。少なくともここまで付き添ってきた妻に対する対応なのかとガヤ達は思うかも知れないが、ユウナはすっかり慣れていた。
一千年を生きた賢人と世間から表される男。それがジョンという男である。脳のインプラントチップに刻まれた個人情報は暗暦のものであり、それが彼を彼たらしめていた。
「あら、スフェノス達は吸っていても長いわよ?」
「あの二人は例外だよ」
軽くため息をついて彼はそう返した。
不老者の発明のきっかけとなった資料は、かつての師であるネクィラムが生前に残した無数の資料の中に残されていた古いデータであった。
「彼女達…特にスフェノスに関しては以前より所長が目をつけていた人物だ」
「どういうこと?」
やや含みのある様子にユウナは初耳な話で驚いた。彼女に関する話はとことん調べていた気がしたが、それでも知り得なかったことがあるのかと。
するとジョンは一瞬ハッとなった後に小さくため息を吐いた。
「…いや、まああまり気にしないでくれ」
「?」
どう言うことだろうかと思ったが、彼女の脳裏にはスフェーンやサダミで確認されている他の異能者とも微妙に違う異能を思い出す。
つまりは深く考えてはいけない事なのだろう。長く生きてきたユウナは、やけにその時だけ疲れた表情を見せた夫に察した。
「そう…」
だから聞かない。詳しく聞くと多分、色々な関係が変わってしまうのだろう。そのように考えた。
故に、この話をすることは二度とないのだろう。
駅を出発し、複線区間を走る列車。防砂林で植え込まれた樹木の合間を抜けながら列車は走る。
「そろそろ上り坂。だいたい二‰」
「了解」
機関車の運転室ではスフェーンはマスコンの操作を行う。
巡航速度で列車は駆け抜けており、予定では当初の時刻表よりも六時間遅れの到着である。
「遅延も甚だしいわね」
「国鉄だったら確実に料金返却ものね」
ジョイフルトレインはそこで曲線区間を走ると、山間のトンネル区間に進入する。巨大な動輪を高速回転させて巡航速度で走ると、エーテル機関の回る音がトンネルに響く。運転室に見える小さな窓から前方に見えるトンネルの出口を確認する。
「そろそろ自動運転に切り替えてもいいんじゃない?」
「そうね。トンネル抜けたらいいかも」
今後の天候は晴れ。路線状況も悪くならないことは確信できるため、スフェーンは信号を確認してトンネルを出たのを確認すると運転台の自動運転の電源を入れた。
「はぁ。またしばらくはゆっくりできるかな」
彼女はそこで早速背を伸ばして運転室後部に用意された追いリング・ベッセルに手を伸ばす。
「いっつもお茶ばかりね」
「馬鹿野郎、私の血液のお茶だぞ」
「イギリス人かよ」
サダミがツッコミを入れると、スフェーンはすでに保温していたアールグレイをティーカップに注ぐ。
湯気が立ち、白磁のカップに注がれる紅茶は透き通った赤褐色をしていた。その後にカップにサダミが紅茶を注いで牛乳を入れる。
「牛乳後入れにアールグレイのミルクティー?徹底的に英国人に喧嘩売ってくスタイルじゃないのよ」
「詳しくないからこれくらいで勘弁して」
彼女はそう言うと、カップを傾けて一気に飲む。
「ふむ。まあ、淹れてしばらく経っているならこんなものか」
「お、分かってきたじゃん」
「何年いると思っている」
彼女はそう言い、ややジト目でスフェーンを見る。現在、スフェーンの身長は一七〇半ば。サダミの変わらぬ身長からすれば目の前の女性は身長が変わるのもどうなのだろうかと人外な雰囲気にもはや慣れてしまった。
『稗田野様』
するとインカムで連絡が入る。
「何でしょうか?」
紅茶を片手に飲んでいたところを何だろうかと思っていると、執事言った。
『明日の朝、モーニングの際に使用するコーヒーの仕込みのお手伝いを願いたいのですが…』
「?分かりました」
どう言うことだろうかと思いつつ、彼女は二つ返事で答えると、続いて質問をする。
「豆は何を用意していますか?」
『ケニアAAを。まだ焙煎前の一品でございます』
「分かりました」
サダミはそこでポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「すぐに行きます。食堂車でいいですか?」
『かしこまりました。準備をしてお待ちしております』
執事は丁寧な口調で答えると、それを聞いていたスフェーンが苦笑する。
「流石ね。最高級の豆をポンと用意するなんて」
「店でも滅多に注文されないと言うのに…」
彼女はそう言うと運転室を出る。
「あと任せた」
「ん、お任せあれ」
スフェーンは頷くと、サダミは制服姿のまま機関車を抜ける。
そして食堂車に着くと、そこで執事は最初に言った。
「お客様からのご要望で『朝は運転士が入れたコーヒーが飲みたい』と」
「ああ…」
その一言で理解した。そして誰がそんな事を注文したのかも容易に想像がつき、確かに普段金払って飲んでいる物を無料で注文できるならまあ頼まないわけはないかと納得できてしまった。
「分かりました。とりあえず明日淹れる分の焙煎もしないといけませんね…」
予定では、明日の朝は列車で朝食が振舞われる。内容はすでに知られており、その時に紅茶かコーヒーを提供するのだが、それを淹れてくれと頼まれたのだ。
「なんでスフェも呼ばなかったのか…」
キャニスターに保存された焙煎前の豆を見ながら彼女は呟くと、半歩後ろに立っていた執事が訳を話す。
「飯豊様はご指名を受けませんでしたので」
「ああ、まあ機関車に誰もいないってのはまずいけどさ…」
サダミはそう言うと、キャニスターの中に詰められた豆は異物や黒豆、死豆、カビなどの焙煎前に判別可能な不純物が全て取り除かれているのが分かった。おそらく購入した際に全てあらかじめ選別をして瓶詰めしてくれたのだろう。
「ん、取り敢えずもう始めちゃってもいいですか?」
「かしこまりました」
執事は頷くと、早速彼女はガスコンロと手網を持って豆を日にかける。
この産地の豆は中深煎りがおすすめであるため、長年の経験で磨き上げられた腕前の見せ所である。
普段の店であるなら面倒なので焙煎機を使って一気にやってしまうのだが、おそらく今回の依頼した客はそれをお求めではないだろう。
「フフフ…」
面白い、とコーヒーの腕に自信を持った彼女は思った。
少し経つと、パチパチとハゼと呼ばれる音を立て始める焙煎中の豆。青臭い香りが漂い、白っぽくなってから一気にここから見覚えのあるコーヒー豆の色に変わっていく瞬間である。
コンロの周りにチャフと呼ばれる水分が抜ける段階で出てくるものが散らばっていると、次第に香ばしい香りが漂ってくる。
本当は焙煎後に一晩おいて、その後にさらに三日ほど熟成期間を用意した方がもっと美味しいのだが、あいにく焙煎したての豆を提供することになってしまう。
食堂車の厨房では数名の料理人がすでに朝食の下準備を始めていた。
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