TS若返り傭兵は旅をする   作:Aa_おにぎり

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その男は、毎日朝の六時に起床をする。そしてまず朝に健康維持のための散歩を兼ねたジョギングを行う。

しかし今日は列車に乗っている関係で部屋のテレビをつけて朝のニュースを見ながら部屋の中で体操を行う。

このジョイフルトレインを所有している貴族はさすがなもので、招待客全員が個室。しかも部屋で体操ができるほど広い床を備えていた。

 

そして三〇分ほど運動を軽く済ませた後に来ていた寝巻きからスーツに着替えて部屋を出る。

 

通常、会社の始業時間は九時からであるので男は家から通勤で九〇分をかける。そして残った二時間のうち、三〇分は運動。三〇分は着替えや髭剃りと言った身支度。残った三〇分で朝食を摂る。

 

「いい景色だ」

 

しかし今日は通勤時間もないので、優雅に朝食を摂ることができる。窓の外には荒野や低木。目の前は川が流れていた。

今回の旅程では今日の夜に出発した首都の駅に到着予定であり、家に帰れるのは午前様になるかならないかだろう。

会社が出資を行なっている研究所の所長による私的なパーティーに招待されたその男は部屋を出て客車を貫通している長い廊下を歩く。

この全て個室寝台の贅沢な車両を抜けると、そこには大きな窓枠のはめ殺しをされた食堂車が現れる。車内は木造を模した暗い色合いとなっており、ランプもそれを意識してチューリップにも似た磨りガラスを使用していた。

 

「おはようございます」

 

座席に座ると、メイドが出てきてメニューを持ってきて朝食の選択を行う。洋風と和風と二つあったが、男は洋風を選択し、次に細々とした選択を行なう。

 

「コーヒー、紅茶、日本茶はどれにいたしますか?」

「コーヒーを」

「畏まりました」

 

無論、招待であるために料金の類も取られない。

しかし、さすがの財力だろう。まるでホテルにいるような感覚でこの三日間を過ごした。

そしてすぐにメイドは白磁のコーヒーカップにコーヒーを注ぎ入れる。男はあえて朝の目覚めをよくするために朝のコーヒーには砂糖やミルクを一切入れない。

カップを傾けると上品な香りと伸びのあるコク、品のある甘ささえ感じる飲んだだけでどんな舌バカでも分かる高級なコーヒーであると分かる。しかし少々酸味があることから、煎りたてで十分なガス抜きがされていないことが察せられた。

 

「(しかしそれでも美味いな)」

 

男は昨晩に執事に頼んで淹れてもらったことをすぐに味から感じられた。彼にとってみれば慣れ親しんだ味わいで、普段であれば少し吝嗇して(ケチって)ブレンドコーヒーなどを選んだりするのだが、今日は違った。

 

「(やはり伯爵は裕福なのだな。これほどいい豆を朝食から出してくるとは…)」

 

男の所属している工業メーカーは、ジョンの保有しているエーテル関連技術に特許料を支払って製造を行なっている。

そして特許の権利を半分持つと言うことで国立先進技術研究所に出資を行なっていた。故に男はこのパーティーに招待を受けていた。

そして一杯のコーヒーを飲み切ったあたりでメイドが盛り付けられた平皿を持ってくる。

 

盛り付けはベーコンにスクランブルエッグ、ベイクドビーンズに。別皿にエッグベネヴィクト二つ、デザートにヨーグルトが用意される。

まさしく洋風の朝食の典型例と言うべきだろう。早速ナイフとフォークを使ってそれらを食べ始める。

 

一口大に切り分けたベーコンは肉厚で、表面はカリッと焼き上げられ、中はジューシーな肉の香りが鼻を抜けていく。しっかりとりんごチップで燻製されたのだろう、芳醇なスモークの香りが脂の味わいを抑えて深みを与えてくれる。

 

「んん…」

 

少なくとも男の家では出てこない上物。おそらく主催者も滅多にこう言ったものは食べないに違いないと言える。招待客のためにわざわざ用意したのだろう。少し口直しも兼ねて新しく注がれたコーヒーを一口。ベーコンの脂をコーヒーの苦味と酸味が下げて行ってくれる。

 

外の景色は優雅と言っても差し支えのない光景で、視界いっぱいに沼や草原が広がっている。

列車の移動速度も落としている様子で、運転士の腕前が地味に光っていると男は感じる。身内贔屓に近い感覚なのかもしれないが、それを引いても揺れを感じさせない運転はさすがと言う感想以外が出てこない。

男はこうした景色を見ながら家族と食事をしてみたいと思いたくなる。できるなら、この空間を切り取って家に持ち帰りたいと思うほどには。

 

「(卵も美味い)」

 

そしてスクランブルエッグ。ケチャップを合わせてフォークで掬って口に運ぶ。

鶏卵は最も求めやすいタンパク源であり、市場にはよく流れている。

貧乏人はタンパク質に合成食品を使用するが、中流階級より上は美味しさを求めて非合成食を求める。本来、合成食というのは非常事態用に開発されたものであるため、この文化は自明の理とも言えるだろう。

 

このスクランブルエッグはミルクのような舌触りを持った味わいで、卵本来の美味さを殺さずに練り上げられている。ケチャップの酸味すらももはや余計かもしれないと思わせるシェフの腕前が垣間見える。

ベイクドビーンズはトマトソースとほんの少しのチリソースを混ぜ合わせた一品で、これが単体で食べてもスクランブルエッグと合わせても絶品であった。思わフォークも進むと言うもの。

 

「(典型的だが、それ故に安心して食べられる)」

 

男にこの国の貴族の風習は分からぬ。しかしトラオムで出張に行った際などでも見かけたことのある並べ方に安心した食事ができた。

 

「すみません。紅茶を一杯」

「かしこまりました」

 

メイドに注文を入れると、すぐに紅茶が提供され、透き通った赤褐色の液体がティーカップに注がれる。

よくみればこの陶器類は伯爵家の家紋が印刷されており、招待客をもてなす遊び心を見せていた。金を使っているなあと言う贅を拵えた意図もあるのだろうが、男はこれを『貴族らしいことに使う金を一気使ってしまおう』という思惑と感じ取った。

 

男はジョンと直接会うことはなかったが、彼の性格は会社の資料で知っているつもりだった。少なくとも派手を嫌う人間であることはわかっていたので、このジョイフルトレインも最近になって拵えたものであると言うことを把握していた。

 

そして昨晩はセコイアの森での戦闘以降に襲撃に遭うことなく静かな夜を過ごすことができた。おかげでこの男も優雅に食事をとることができた。

 

食堂車の周りを見てみると他にも招待客が机の傍らにタブレットを置きながら和風の御膳の朝食をとっているのが見えた。

彼らは見覚えがあり、うちの会社とも取引のある商社の会社員だったはずだ。彼らは朝から次の商談や株価、経営に関する話をしているように見えた。

 

「(もったいない)」

 

男はそのやりとりを見て実に勿体無いと思った。

これほど良い景色を堪能しながらの絶品コーヒーと朝食など、滅多に楽しめるわけではない。

しかし気持ちは分からなくもない。男も彼らと同年代であれば、出世のために業績を上げるための策を練ることに追われる日々を送っていたからだ。

歳をとり、それなりの業績をあげて役員にまでなった男はそれで少しばかり心に余裕が生まれたことでこの景色を堪能していた。

とは言いつつも少し気になって持ってきた携帯を開くと、ニュースでは過激派進人類主義者(アドバニスト)である団体が摘発された記事が至る報道機関から発表されていた。見ると軍の特殊部隊が投入されたとも書かれており、かなり大規模に行われたらしい。

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

すると食堂車に知っている声が聞こえて顔を上げる。自分たちが入ってきた方とは反対の、厨房の狭い通路を通って出てきた一人の男。このジョイフルトレインの所有者にして、パーティーの主催者であるジョンであった。

 

「おはようございます。オッペンハイマー伯」

「ああ、よく眠れましたか?」

「ええ、静かな夜を過ごすことができました」

 

すると近くにいた貴族と軽く話しており、彼もまた夜襲がなかったことに安堵している様子であった。

今までに二度(一部では三度あったと噂されているが)襲撃があったことに対して、一部の招待客は最初の攻撃で逃げ帰ってしまった。まあそんな勿体無いことをした愚か者たちはどうでも良いが、男は今回の運転士が知り合いであることやこのコーヒーを淹れてくれた女性の事を脳裏に浮かべながら紅茶を飲む。

 

「…ふむ」

 

悪くはないが、男はこれは彼女が淹れたものではないだろうなと推察した。少し丁寧すぎる味わいに、男は通い詰めている喫茶店の全てのコーヒー・茶を覚えていた。

 

「今日は何事もなく終われると良いのですが…」

「ええ、全くですな」

 

すると食堂車でジョンは幾人かの招待客と話しているのにようやく終わりを見た。

そして列車は先ほどまで並走していた川を横断する鉄橋にさしかかり、その景色を見て立てかが声を上げた事を皮切りに全員が同じ景色に目を取られた。

その時、男はふと思った。昨晩のセコイアの森での戦闘だが、随分と優秀な傭兵を雇ったのだなと思った。あれほど優秀なオートマトン乗りを持っているとはさすがだと思った。

 

「(後で聞いてみるか)」

 

そんな事を思いながら雄大な景色を見て再度コーヒーカップを手に取った。

 

 

 

「かぁ〜、いい景色見ながら飯食うの美味ぇ」

「なんだ、花より団子かと思った」

 

その頃、運転室では川を跨ぐ鉄橋の上であえて速度を落として運行しているスフェーンが言い、それを聞いたサダミがやや驚いた目をした。その反応にスフェーンは不満げに眉を顰める。

 

「失礼な奴だ。その言葉が似合うのは君の方じゃないのか?」

「馬鹿な事を言う。散々飯の方が重要と説いたのは君じゃないか」

 

片手に提供されたサンドウィッチを食べながら反論をする。先ほど食堂から執事が運んできてくれた執事が運んできてくれた一品。

ライ麦のパンの間にハムとチーズ。それから目が覚めるほどの粒マスタードが仕込まれた片手で食べられる良い朝食であった。

 

「おうおう、それは言ったが観光の方が好きなんだぞ?」

「嘘乙」

「何だぁ、テメェ?」

 

即答した彼女に少しキレたスフェーン。軽く言い合いからの喧嘩がいつもの流れであったので、ルシエルたちももはや何も言わなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その後、列車は無事に駅に到着をして解散となった。二日間あった襲撃は、三日目ともなると嘘のようになく淡々と旅程を終えた。

そして依頼完了の後、依頼主(ジョン)の他に会社(アニータ)からも口座への支払いがあり、特別給与金として支払いがあった時、スフェーンは改めて自分たちが駒として散々苦労させられたのだと理解してキレたのであった。




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