思わぬ会合。思わぬ出会い。
目の前の佐藤一兵卒が名乗った部隊。
第8師団隷下、歩兵第5連隊、第2大隊。
その部隊を聞いて私は首を傾げた。
そもそも王国陸軍の第8師団は南方防衛要の精鋭部隊だ。こんな場所にいるのだなんて可笑しな話だし、そもそも南方防衛の師団がこんな場所まで師団対抗戦に赴いているなんて聞いていない。
連隊の呼び方だって普通なら『第5歩兵連隊』と言うべき所であり、所々に違和感を感じていた。
「(どう言うこと?)」
「(だから、私に聞かないでよ)」
吹雪の中、かまくらを作っていた二人は困惑気味に佐藤と名乗った一兵卒に困惑していた。彼は毛糸の外套を二枚重ね着し、軍服一枚に革製の長靴と、おおよそこの雪山では長くは絶えられないであろう衣装を纏っていた。
猟師と向こうは勘違いをしてくれた様子で、赤と青のスキーウェアを着ていた二人を見ていた。
「そちらの珍妙な眼鏡を掛ける赤い服を着た方。それは一体…?」
「あ、これは失礼」
彼女はゴーグルをつけたままであったため、そのことを佐藤に指摘されると彼女は答える。
「防雪メガネです。雪から目を守るための」
「おお、そんな高級そうな物を…」
佐藤はハイカラな物な何だと内心で思いつつも、どうやって見ているのだろうかと首を傾げた。するとスフェーンは軍用ゴーグルが開いてその奥からカメラを覗かせると彼は理解した様子で頷いた。
「山を歩く上で視界は必要ですので」
「ほう、その喋り方…もしかして関東の方ですか?」
「まあ…そうです」
佐藤の様子を見てスフェーンは頷く。すると彼の状態をサーモグラフィーで見ていたルシエルが伝える。
『佐藤一等卒の健康状態を推測。極度の低体温症と推定』
「(え?普通防寒対策するでしょ?イベントなら)」
スフェーンは首を傾げてルシエルに聞くと、彼女は頷きながら回答を制作する。
『ええ、今の彼の状態から憶測混じりの答えになりますが…再現イベントで服装まで全く同じにした所を遭難したと見るべきでしょう』
「(はぁ、つまりは相当な阿呆ってことね)」
リエナクトの最中に遭難して、あまつさえそこで貧弱な装備できたのだから低体温症になり掛けである。ホームラン級の馬鹿なんだなと内心で目の前の佐藤一等卒を見る。
「近くで何をしていたのですか?」
「我々は雪中行軍を行っていた所をこの吹雪の中で青森より田代新湯までの行軍を実施しております」
「「(ん?)」」
寒さで半ば意識が酩酊とした状態で彼は答えると、彼女は取り敢えず彼を木陰に避難させながら首を傾げた。
「(青森って?)」
「(田代新湯って何処?)」
聞いたことのない知名に、ルシエル達は今まで
『青森は旧暦時代、人類誕生の惑星に存在した都市の名前です』
『田代新湯も同様、旧暦時代にあった街のようですね』
二人はそこで立ち続けて疲れ切った様子の兵士の装備品を画像検索で分けていく。
『装備している小銃は三十年式歩兵銃。一千年以上も昔の軍の正式装備品ですね』
「(へぇ、じゃあその時代のリエナクトをやっていたのか)」
随分と古いが、その時代を体験すると言う目的で最近では南北戦争ですらその対象なのだ。時が経つのは随分と早いものだと思っていた。
「(で、なんで通信もできないし、彼は軍用ゴーグルのことを分かっていないのよ)」
『私に言われましても…』
困り果てた様子でルシエルは答える。現状、木陰で呆然と空を見つめている彼はスフェーンの軍用ゴーグルのことを珍妙な眼鏡と言っていた。なんで軍用ゴーグルのこと知らないんだよと思っていた。遥か昔から必須装備であるはずの軍用品の事をそんな風に言う奴は初めてだった。
「(スフェーン)」
「(ん?)」
すると円柱状に雪を積み上げ終えたサダミが言った。
「ちょっとこっちに」
「どした?」
そして彼女は手招きをしたのでスフェーンは近づいて小銃を両手に握るサダミを見る。
「スフェーン、可笑しいと思わない?」
「そりゃあね。今起こってる全部が不可解でならないわよ」
彼女は軽く肩をすくめて言うと、サダミは持っていた騎兵銃を持ちながら少し恐る恐る言う。
「昔、似たようなことがあった」
「ほ…?」
いきなりどうしたのかと首を傾げると、彼女は少し強張った表情でスフェーンを見つめる。
「まだジェロームだった頃だ。列車に乗っていた時に、突然変な駅に降ろされたことがあった」
「…?はぁ」
至って真面目な顔で話すのでどう言うことだろうかとまだいまいち情報が不足している中でスフェーンは彼女の話を聞き続ける。
「その時、明らかに古い軍服に身を包んだ集団が列車に乗り込んでいた。この銃だって、その時に手に入れたものだ」
「え?そうなの?」
何気に初めて聞いた事実にスフェーンは驚く。確かにエーテルに塗れていたが、それも昔の話だ。
「まあその時は自分だって半分夢のようなものだと思っていたから…信じていなかったわけだけど」
サダミもそう言った上で小銃を握って少し顔を青くさせてスフェーンに言った。
「今はその時と同じ匂いがする」
「…」
自分よりも鼻が効く彼女の言葉には重みがあった。
「じゃあ、私たちからあまり話さないほうがいいわね」
「ええ、じゃないと面倒な事になると思う」
サダミはそう言うと、作った円柱に円匙を使って中を掘っていく。この吹雪で使っている間にも雪が固まってきてしまい、少し頑丈になっていた。
中を掘って空間を作ると、そこで彼女はかまくらが崩れない程度に頑丈である事を確認してから外に戻ってくる。
「取り敢えずできたわよ」
「了解」
そして円匙をを折りたたんでから彼女はそれを体の中に収納する。彼女の体に沈み込むように円匙は片付けられると、次に
リングワンダリングを警戒してかまくらを作ったわけだが、どうにも様子がおかしかったので警戒のために銃をいつでも取り出せるように準備していた。
「んべっ」
そして次に舌の上に
「その出し方はどうにかならんのか」
「じゃあどう言う出し方が良いのよ」
口から吐き出された拳銃弾にそんな事を言うと、スフェーンは弾薬を装填してからサダミを見る。
「行ける?」
「まあ、問題になったらなんとかなる程度には」
そこで彼女は弾倉に挿弾子を使って小銃弾を押し込んで槓桿を元の位置に戻す。
「おーい、大丈夫?」
そして戻って話しかけてみる。
「はぁ…はぁ…」
するとそこで彼は明らかに息が荒く、白い息を機関車のように吐き出して大量の汗をかいていた。
「暑い…」
「へ?」
「暑すぎる…」
そして大量の汗をかいていた彼は小銃や装備品を地面に落とすと、徐に着ていた外套を脱ぎ始めた。
「は?ちょ、ヤバいって!」
この極寒の中何を考えているんだと思ったところでルシエルが言ってくる。
『矛盾脱衣です。スフェーン、取り押さえて!』
「分かってるって」
こんな状態で脱ぎ始める行為に、遭難者が真っ裸で死体となって見つかることがあるという昔見たドキュメンタリーを思い出しながら彼女は背中から羽交締めをする。
「離せ!」
「黙れ!馬鹿者!」
腕の中で暴れる彼にスフェーンは軽く叱りつけると、その直後に彼の頭を軽く殴り飛ばして暴れないようにさせてから引きずってかまくらの中に彼を入れる。
「どうした?」
「酷い低体温症で矛盾脱衣を始めよった」
サダミはそこでスフェーンによって引きずられた佐藤を見ると、彼は目を閉じて気絶しているようにも思えた。
「…死んだ?」
「殺してないやい!」
サダミに反論をしたが、直後にスフェーンは怖くなって彼の胸元や手首に耳や手を当てると、小さくではあったが鼓動を感じ取った。
「どうする?」
「低体温症なら温める以外に治療法が無いわよ」
サダミはそう返してグッタリと倒れ込んだその歩兵を見る。
「なんでこんな装備で山の中に入ったのかね」
「リエナクトとは思えんな…」
そして気絶したのを良いことに二人は彼が纏っていた装備品の確認をしていく。
すっかり足元の革靴は濡れ切って重くなっており、この寒さで凍る勢いである。取り敢えず入り口を囲んで雪が入りにくくさせてから彼の靴を脱がすと、すでに足に凍傷の症状が出ていた。
「靴下も薄いのを一枚しか履いてない。この若造はこれでこの山の中を入っていたのか?」
信じられないと言った様子で薄い手袋を外してからその手も見る。その手は凍えて凍傷を起こしていた
「このままだと死ぬよ?」
「…仕方ないわね」
そこでサダミは軽くため息をついて立ち上がると、かまくらを後にする。スフェーンは手を軽く添えると、瞳の色を赤くしてから彼の凍傷を負った患部に微弱なエーテル・カノンを当てて温めていく。
「…」
低体温症の治療法はとにかく体を温めること。サイボーグ化された様子もない生身の人間であるため、彼は生命維持装置すら無い。
「なんでこんな所に人がいるのかね…」
彼の格好からしてもまずスキー客では無いし、ましてや救助隊でも無い。背中に背負っていた装備品などは完全に古い時代のもので、近くでリエナクトが行われたと言う情報も無く、聞き覚えのない部隊や地名。
幸いにも彼はスフェーンが殴り飛ばしたことで気絶しており、まだ目覚める気配なかった。
『スフェーン』
「ええ、分かってる」
ルシエルはそこで言いかけたところを制され、血が巡って肌に赤みが戻った彼の手足を見る。
「あんまり長居はできないでしょうね」
『移動しますか?』
「ええ、その方が良いでしょう」
スフェーンは頷くと、かまくらの外に出てそこで少しマシになった吹雪の中で枝を集めていたサダミに言った。
「移動しよう」
「え?どうして?」
そこで彼女は首を傾げたが、ゴーグルを一旦外した彼女は目で訴えかけた。
「…分かった」
その視線でサダミは何か不味いことになったのだと理解すると、持っていた枝を折ってから火を付けると組み上げてかまくらの中に放り込んだ。
「うし」
そして二人はスキー板もボードを持って再び吹雪始めた雪の中に消えて行った。
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