ーー結局あれは何だったのだろうか。
そんな疑問が浮かぶ前に二人は医務室に叩き込まれていた。
「吹雪だったから仕方ないとは言え…どうしてゲレンデの外に飛び出しちゃったんですか…」
「「すみませんでした」」
そこで担当した医師に二人は揃って綺麗な斜め四五度の謝罪をした。
雪の中、吹雪いている所を二人は板を担いで歩いていた所、オレンジ色に塗装された柵が倒れているのを見つけた。そして二人して喜んでゲレンデに戻ると、そこでオートマトンに乗り込んで斜面を登っていた捜索隊と出会してこの有様であった。
「ホテルに戻って来られなかったのでどうしたものかと思っていましたが…」
「すみません。滑っていたら非圧雪コースに出てしまって、元来た道を戻ったはずなんですが…」
医務室で温まる飲み物を渡され、二人はスキーウェアを脱いでいた。すると診察を行った医師は伝えた。
「健康状態に問題はありません。もう部屋に戻っても問題ありませんよ」
「ご迷惑をおかけしました」
スフェーン達はそこで一礼をしてから医務室を後にする。
「何とか見つかったか…」
「大目玉喰らうかと思ったけど、意外とだったわね」
そして二人はホテルに戻ると、フロントで預けていた鍵を受け取る。すでにレストランは閉まっているので売店で軽く買ってから二人は部屋に戻った。
「「はぁ…」」
そして二人は大きくため息をついてベッドに飛び込んだ。
「ちかれた〜」
「温泉入りたい…」
「そこは確定なんかい」
ドッと疲労が溢れる中でスフェーンは苦笑しながら来ていた、すぐから重くなってしまったスキーウェアを脱ぐと、ハンガーにかけて干し始める。
「結局何だったのか…」
「さぁね」
ベッドに横になりながら着ていた服を全部ほっぽり投げていたサダミが言うと、スフェーンも肩をすくめて答える。
「あとでフロントで聞いてみる?近くでリエナクトをしていたかどうか」
「聞いたところで答えてくれるかどうかね」
ホテルに戻り、スキー板も片付けた二人はそこで冬服に着替える。
「ふぅ」
そこでスフェーンは下着姿で体内から折り畳まれた円匙や拳銃や弾薬を取り出してベッドの上に放り込んでいく。
「しかし、まさか使う羽目になるとは…」
「ほら見た事か」
そこで折りたたんだ円匙を見ながらサダミも背中に手を回して小銃を引き摺り出す。今ではすっかり慣れてしまった感覚…正直慣れたくは無かったが、便利であることは事実であった。二人は体を雑貨箱のように使っていた。
「そう言ってどうせ調子をこくんだ」
「はてさて、どうでしょうね?」
スフェーンはそこで最初に『どう考えたっていらないだろ』と言われた円匙を片手にサダミを見る。
そして閉まっていた武器類を全て取り除いた後に備え付けで交換されたホテルの浴衣を持ちながら部屋を出る。
「んん〜、腰々」
「ギックリ、ていったら帰るよ?」
「そんな事にはならんよ」
先ほどまで担いでいた事で少し腰に不安がある様子のスフェーンであったが、彼女は平気な様子をしていた。
二人ともに不老者…浮浪者の定義からは少しずれているような気がするが、列記とした治療歴はあるので浮浪者として認識している二人は、そこで温泉につながる施設を歩く。
「すみません」
「何でございましょうか?」
その途中でスフェーンはフロントに立ち寄って近くでリエナクトが行われていないかを聞いた。
「リエナクトですか?」
「ええ、今日どこかで行われていないかと思いまして…」
スフェーンはフロントでイベントの話を聞くと、その受付は首を傾げた。
「今日はこの付近でそのようなイベントは催されていませんね。サバイバルゲームは行われますが、大体がゲレンデの中で行われますので…」
「あぁ〜、そうですか」
その反応にスフェーンは数回頷くと、受付の男性は言う。
「何かありましたか?」
「いえいえ、失礼しました」
スフェーンはそう言ってフロントを離れると、聞いていたサダミが言った。
「そもそも銃声が響いた時点で誰かが通報するでしょうに」
「それはね〜、そうだけどさ」
スフェーンも分かっていたように少し困惑を隠せない様子で言う。銃声と言うのは何せ思ったよりも響く。あの状況で三回の銃声を聞いて通報しない奴などいない。
猟師が出ていると勘違いされる可能性は…無きにしも非ずだが、大体こんな近距離で猟師が出ているのであれば何かしらの注意喚起が出されるし、そもそもゲレンデにほど近い場所で銃をぶっ放すならゲレンデが最初に閉じられる。
「で?前にも似たような事があったんだって?」
「前回とは状況が違いすぎるけれどもね…」
そこで温泉に向かう途中で二人は窓の外から見える景色を見る。時間が時間なだけに辺りは雪一色。隣接している鉄道駅も終電が出ていってしまっていた。
「近くの都市は二四時間営業の映画館があるらしいわよ?」
「珍しい。よっぽど儲かっているのね」
ここは有数の鉱山都市ということもあり、多くの人々が仕事を求めて訪れる。石炭などの鉱山は全てエネルギー公社の管理下で、半官半民の運営がされている。その為、輸出もされていることで専用の貨物列車すら組成されていた。
「あぁ、そう言えば今度の仕事は石炭輸送だった?」
「まあね、会社からの命令。ヘルパーで出ろってね」
温泉に入る前、スフェーンは頷きながら着ていた服を脱いでいく。
「…手伝えと?」
「子育てしていないなら良いでしょう?」
「面倒な…」
サダミは思わず本音が漏れると、付けていた下着を取って鍵付きロッカーに放り込んでいく。そして昨晩と同様にタオル一枚を羽織って浴場に入る。
「昨日と同じ感じでどう?」
「…流石に自分で洗えるけど?」
そこでサダミはスフェーンを見つめて返す。長年、カフェを切り盛りし、スフェーンが運び屋の仕事を出ている間に自分の体は自分で洗う技術は体得していると豪語する。最初の頃こそこの猫耳に水が入って大惨事になったことさえあったが、流石にこれだけの期間が経っていればそのようなミスを犯すことはなかった。
「でも昨日は気持ちよさそうやったやん」
「快楽で殺す気?」
昨晩に同じ場所でスフェーンが施したヘッドマッサージの妙技は、同じ猫の獣人であれば簡単に蕩けさせる方ができるだろう。それほどの魔性の手である。長年練り上げられた彼女の腕前は、下手なヘッドスパよりも効果覿面である。
「うはははっ!」
真顔で答えられ、スフェーンはその事が面白くなって思わず吹き出してしまう。
「そんなに?」
「そんなにだよ」
サダミは答えると、二人は浴場の椅子に座ってそれぞれ体を洗い始める。
「あ、ちょっと生えてきたかも」
そこでスフェーンは灰色の長髪を洗いながら、頭に感じた突起に反応した。
「え?もう生えてきたの?」
すると彼女の角の事を知っていたサダミが少し驚いて振り返る。彼女の角は毎年生え変わる為、彼女の角が抜けるのを聞くと冬の到来を感じる。
普通、トナカイの獣人…それも雌であれば春から初夏にかけて抜け落ちるはずなのだが、彼女の場合は何故か雄基準で秋から初冬にかけて角が抜ける。
「まあエーテル空間濃度の高い場所でも行ったかね?」
「ここら辺にそんな場所ある?」
彼女の角は林檎の花をつける特殊な角。その林檎の花は彼女の体を変質させるために必要で、角が抜け落ちると彼女はその姿を変える事ができなくなる。その為冬の間、彼女はよく運び屋として遠くまで出かける。
「さぁね。でも、ついさっき変な事があったからそれの影響かもしれないわね」
「あぁ…」
そこでスフェーンに彼女は小さく頷くと、自分の普段から使っているシャンプーで髪を洗い始める。
スフェーンが使っているのでは無いが、彼女が昔にお勧めしてきた一品で匂いもそれほど強くないことから気に入って使っていた。(多分わざと)間違えて猫用シャンプーを買ってきた時は後ろから飛び蹴りをした事をふと思い出す。
「あの兵士、生きていると思う?」
「…さあね、取り敢えず治療はしておいたよ」
そこで二人の脳裏には雪の中で低体温症になって死にかけていたあの兵士が思い起こされる。
明らかに異質な雰囲気のあったあの兵士は、最後にかまくらの中に放置して戻ってきていた。
「どう思う?あれ」
「どうって言ってもね。私には分からんよ」
スフェーンはそう言い泡立てて髪の毛を洗っていく。
あの吹雪の中での不可思議な出来事は、さすがのスフェーン達でも答えかねる部分が多すぎた。その為、このことは直ぐに忘れてしまうことだろうと推察していた。
「前にも見たっていうそれ、現実にあったことだと思う?」
「さぁ?未だに確証はないが、あの感じなら…本当にあったことかもしれない」
サダミはそう答えると、スフェーンも軽くため息をついてあの一等卒に触れた手を見つめる。
「やれやれ、神隠しにでも出くわした気分ね」
「随分とまあ、あっさりした神隠しな事で」
サダミはそう言って苦笑すると、二人はシャワーで暖かい湯を頭から被ってシャンプーを流し始めた。
その二人の中でルシエルとシエロはその時に見た記憶を見返していた。
「どう思います?」
「どう…と言ってもね」
二人は小さな映画館のような空間で映写機で投影されるスフェーンの見た記憶を振り返っていた。
「私には説明がつきません。あの時起こった通信障害は通信妨害もありませんでしたし」
「そこです。通信妨害もないのに突然通信ができなくなった。そこが不思議でならないのですよ」
片手にポップコーンをつまみながらシエロが言うと、綿飴を啄んでいたルシエルが言った。
「あの状況下でいきなり通信手段のすべてが使えなくなる事があると思いますか?」
「いや…まぁ、それは状況的には考えにくいけれど…」
あの吹雪中、現在位置を把握しようとして人工衛星や通信局からの連絡ができなかったあの状況。他に電波を発したもの自体の確認ができなかった。
「少し俗物的に表現をするなら、神隠しに遭ったと言うべきだと思いませんか?」
「…まぁ」
シエロは話を聞き、オカルト…特に幽霊が苦手なスフェーンとは正反対だなと感じながら今起こった不可解な現象に興味津々なルシエルを見ていた。
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