スフェーンが今所属している企業は、国内では比較的規模の小さい企業である。
本業は王室御用達品の品定めを行う企業であり、多くのその手の専門家が入社をしていた。
会社には役員輸送用や御用達品運送用に専属の運転士も抱えており、その中の一人に飯豊クサビと稗田野サダミは所属していた。
「オーラーイ」
合造車の幌の前で赤旗を振って誘導を行うサダミ。その後ろでは八〇両が連結された
今彼女達がいるのは大陸北部有数の港湾都市、大樽。
大陸北部は夕貼を始めとした複数の炭田があり、その積出のためにこの地域の国有鉄道では多量の石炭車が運用されていた。炭田から送られてきた石炭車を積出港まで移動をさせるのが今回の仕事である。
「3…2…1…」
直後にガシャンと重たい金属のぶつかる音を立てて自動連結器が接続される。
「接続よーし」
『了解。信号確認』
運転室ではスフェーンが時短でジャンパ線すら繋いでいない貨物列車との連結を確認した後に、ゆっくりと機関車を前進させて空の編成を仕分線に持っていく。ここで空となった編成を他の機関車が連結して炭田まで持っていくのだ。
「速度制限、時速二〇キロ迄です」
「了解。信号確認」
マスコンを握ってスフェーンは機関助士席で座るルシエルの注意を聞きながら速度に注意を行う。これほどの長大な編成となると空であっても流石に速度を出すのに慎重になってしまう。
コークスやアセチレンなどに生まれ変わる予定となる瀝青炭を山積みにした列車は専用の積出用の鉄道桟橋に
押し出された黒一色に塗装された石炭車の側扉が自動て開くと、そこで多量の石炭が線路脇の側溝に放出されていく。そして八〇両で一編成を組んでいる石炭車は次々と四両に分割されて鉄道用桟橋で低速で走りながら側溝に石炭を落としていくと、その側溝に落ちた石炭は流れるようにベルトコンベアで流されて桟橋に横付けされていた石炭輸送船に落とされていく。
もはや需要が絶えない影響で直接貨車から積み出されて行くことが珍しくない今の状況。桟橋で石炭を下ろし終えた石炭車は職員によって四両編成に分割されると、僅かに角度がつけられていたことによって突放と同じ状況になって落下していく。
その石炭車に職員が乗り込んでブレーキングをかけながら桟橋の端まで移動をすると、そこでは角度が逆向きにつけられていたことで速度を落とされた貨車は一度停車をしてから元来た路線を逆走すると、そこですでに切り替えられていた分岐点を通過してそのまま坂道を下って一個階層が下がりながら自走して長い桟橋の下を通り抜けていく。
後続の四両編成に分割された石炭車も同じ手順で桟橋を下っていくと、今度は陸地側に下り坂となっていた貨車は次々と自動的に陸地側の引き込み線に向かう。
自動的に行われる作業で次々と到着をしてくる船舶や石炭輸送列車に黙々と対応しながら彼らは今日も石炭の積み出しを行なっていく。
「今日は見慣れない機関車がいるな」
そして切り離した石炭車を再度連結して降りた職員の誰かが言った。
「ああ、話じゃあ中央からヘルパーできた機関車だそうだ」
するとその話に知っていた獣人の職員が反応をして頷いた。するとちょうど良くチョコレート色に塗られたタブルテンダー機関車がタスカンレッドに塗装された合造車を牽引しながら石炭車に連結を行っていた。
「大丈夫なのか?」
「腕はいいって聞いてる。ゴールド免許持ちだ」
「マジか」
そこで職員達は手際よく連結を行って赤色灯を灯して走り出していく機関車を見た。そこで彼らが見たのは合造車の幌から顔を出して覗き込んでいる作業服に身を包んだ黒猫の獣人の少女であった。
「子供?」
「いや、不老者って可能性もあるぜ」
「むしろそれしかねえだろう」
連結作業中に見たその少女の顔に職員達はそう言ってその運転手達の妄想を掻き立てていた。
「中央の会社って言ってたよな?」
「ああ、話じゃあ王室御用達品を扱ってるとかって話だ」
「きっと高給取りなんだろうな」
中央の企業からのヘルパーと聞いてそんなことを好き勝手言い合う彼らは、その手に昼食のサンドウィッチを握っていた。
「でもあの機関車汚れてたぜ?」
「洗ってもここじゃあすぐに汚れちまうぜ」
「そりゃそうだ」
この港での積出作業を担当する職員は資源・エネルギー公社の一員であるため、遠巻きにいえば彼らも公務員の一人であった。この桟橋につながる路線は国有鉄道が管理・運営をしており、そのために最近では色々と言われて制限を受けている突放が平然と行われていた。
「さぁ、仕事だ。午後の業務だぞ」
そこで班長が時計を見ていうと、彼らは新しくやってきた石炭が満載された編成を確認した。
大樽での仕事は空の貨車を永遠と動かしており、気分は完全に機回しをしている感覚だった。
会社の命令でヘルプに入った彼女であったが、その業務はオーバーホールを行っていた所属機関車が戻ってくる一ヶ月ほどであった。空いた穴を埋めるだけであったので、スフェーン達は派遣社員のように働いていた。
「うっわ」
そして仕事を完了させたスフェーン達は、そこで石炭の煤ですっかり汚れ切った機関車を前に顔を顰めた。
王都に帰還する前、運輸ギルドの留置線で彼女達は汚れ切った機関車や合造車を一気に洗車する為に予約を行った。
「きったね」
「そりゃあ石炭塗れの場所で仕事をしていたらこうなる」
いつものナッパ服を纏って二人はその上からトレンチコートとマフラーを巻いていた。
流石に真冬の大陸北部は身も芯まで凍りそうな程寒く、二人は正帽を被っていたことで一瞬軍人と間違われそうな格好をしていた。
「どのくらいで洗車できる?」
「すぐにできるってさ」
スフェーンはそう言って片手に先ほど買ってきたハンバーガーを持って列車に乗り込んでいく。
「うぅ〜、寒っ」
「今日はまた一段と冷え込みそうね」
そう言いながらスフェーン達は運転室に乗り込むと、そのまま合造車に入る。
スキーを楽しんだ直後の労働であったが、事故もなく無事に終えられたことに感謝をしながら二人は買ってきたハンバーガーを食べていく。
「ふぅ…」
「安定した味ね」
サダミはそう感想を漏らしながら片手でスフェーンが買ってきた石炭ビールなる現地の瓶ビールを飲む。名前の通り黒ビールで石炭を模したそうで、少し渋い香りが掠めていく。
「はぁ…」
「飲酒運転。ダメ絶対」
「アルコール分解してから運転してよ?」
「当然。そこら辺のモラルは持ち合わせておりますとも」
スフェーンは大いにサダミに頷いて答えると、あっという間に一本飲み干してからそれをゴミ袋の中に放り込んだ。この後、洗車の前に清掃した部屋から出たゴミを片付けるのだ。その為二人はせっせかと食事を取り終えてからゴミ袋に最後の食事のゴミを燃えるゴミに放り込んでから口を縛って列車を降りる。
そして二人はゴミを持って運輸ギルドのリサイクルセンターに持っていく。
「…ん?」
その時、サダミの大きな耳がぴくりと動いて顔を向けた。
「どした?」
「…ちょっと待ってて」
その音にスフェーンは首を傾げると、サダミはゴミ袋を彼女に預けてからその音を頼りに運輸ギルドに併設されたコンテナフレートステーションの方を歩く。
「…」
サダミはこの大きな耳で色々な音に敏感なのが長所であり弱点でもあった。しかし今回はそれが功を奏したと言うべきだろう。彼女は次第に確信を持って音を頼りに施設を歩くと、そこでしっかりと鳴き声を聞いた。
「これは…」
雪の降る中、彼女は驚きながらその鳴き声の正体を把握する。施設の側に隠すように置かれたその段ボールは、中に一人の赤ん坊がボロ布に包まれて置かれていた。
「何てことだ」
捨て子である。
サダミはすぐにそのことを理解すると、直後にその赤ん坊の体調を確認した。
『心拍数正常。体温がやや低下している様子です』
しっかりと鳴き声を出せている辺り、捨てられてまだそう時間が経っていない可能性が高い。試しにスキャニングを行ったが、当然こんな場所に捨てるような愚か者がインプラントチップなんて埋め込んでいるはずがなかった。
「ミルクがなくて困っているの?」
『おそらくは。体調に問題があるようには見受けられません』
シエロがわかる範囲での診断を行うと、彼女はすぐにその赤ん坊を段ボールかた取り出して寒くならないようにその赤ん坊に巻いていたマフラーを使って包んでいく。
「スフェーン」
『ん、どうした?』
そしてすぐに彼女は待たせていた姉に連絡をする。
「捨て子だ。近くの施設にいた」
『…ん、ゴミ捨てたらすぐに行く』
その一言で全てを理解した様子で彼女は頷くと、走ってリサイクルセンターでゴミをほっぽり投げてから走って貨物ターミナルを走る。
「こんな時代に捨て子とはよくやる」
『バレたら普通は極刑を免れませんよ』
スフェーンにルシエルは頷く。この国では家庭内暴力や捨て子は親が捕まり、極刑となる重罪だ。むしろ極刑の方法が議論されるほどの罪だ。そんな国だというのに、こんな真冬の貨物ターミナルに捨て子が現れる時点で産んだのがまともな親だとは思えなかった。
「男の子…か」
赤ん坊の性別を確認捨てサダミは呟くと、スフェーンが口を開く。
「警察呼びますかね」
「ええ」
そこで二人は捨てられていた赤ん坊を抱えて運輸ギルドに向かっていく。
その後、この捨子に関して警察は詳しく調査・捜査を行った。遺伝子鑑定も行って警察の捜査が行われたが、結局は見つかることがなかった。
「見つからないとはね…」
「インプラントチップは埋め込んだ」
スフェーン達はそこで赤ん坊の発見者として少し考えていた。
「…私たちで育てるか」
「あ、やっぱり?」
そこでサダミが言うと、スフェーンは分かっていた様子で彼女を見る。元々乗り気であったのでスフェーンは断る理由もなかった。
「じゃあ名前はどうする?」
「ふむ…」
その捨て子を育てていく前提でスフェーンに彼女は少し考える。
「スフェーン、決めてちょうだい」
サダミはそう言ってい自分よりもいい名前を授けるだろうと思って言ったのだが、彼女は首を横に振った。
「駄目よ。君が見つけたなら、君が考えるのが筋ってものでしょう?」
「…」
そう言い返され、サダミは顎に手を当てて思考する。今まで長いこと生きてきた彼女は相応に多数の知識を蓄えていた。その中でもこと歴史に関して高く興味を持って調べたりしていた。
「…響」
その時、彼女の脳内に一つの名前が浮かんだ。
「稗田野響、ねぇ…良いじゃん」
「ちょいちょい、私の子供なの?」
「そりゃあ当然」
スフェーンは当たり前のように頷くと、サダミは少し驚いた様子で彼女を見ていた。
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