荷物列車と言うと、概ね鉄道郵便局が運営する郵便配達用の列車の事を指す。
鉄道郵便事業は別に他の企業も『宅配便』と言う形で行っていた。しかし国際的な郵便物や駅に行けば簡単に手続きができ、何なら提携を行った国内郵便局を使ったら簡単に国外に荷物を送ることができる利便性には敵わない。
国内であれば宅配便も選択肢に入るが、国際便となると如何しても鉄道郵便に軍配が上がった。
「ほぼ各駅停車じゃん」
「仕事は多いですよ」
先ほどの襲撃も退け、都市の要塞砲の射程内に逃げ込んだスフェーン達はそこで荷下ろしをされていく現金輸送車の荷物を見ていく。
国連軍から派遣された国際停戦監視軍の兵士が水色のヘルメットをかぶっており、銃を持って警戒を行っていた。
元々領土内に多数の外貨が流入しているこの国は自国通貨を大量に発行していた。これにより国内での物価の安定化や自国通貨の信用度を得るとともに、政権の正当性を国際社会に訴えていた。
荷物の中でウィール通貨が特に多いのも、この自国通貨をウィールと交換するためである。そのため滅多に市井では見かけることのない五〇〇ウィール紙幣が車内には積載されていた。
そして大量の現金を移送するため、ホーム上は現金の積み下ろしが終わるまで鉄道職員すら出入りができなかった。
スフェーン達は運転室から窓を開けて覗き込んでいるのだが、その様子を一戦をやり終えて休憩していた護衛兵達も見ていた。
「おい、クサビちゃん達が顔覗かせてるぜ」
「お前変態だな」
「やーいロリコン」
「しばくぞ」
何度も襲撃を受けている彼らは、いい加減に疲労が溜まってきて冗談に対して強い口調で返すようになっていた。
「あ、当たりだ」
「マジかよ」
中華丼の戦闘寮食を引き当て、満足げにレトルト米と共に食べていく兵士達。現金輸送車両の護衛ということで十分な銃火器の提供こそあったが、食料に関しては戦闘寮食ばかりが支給されており、この数日の任務で彼らはその点でも疲弊しつつあった。
「あと何駅だ?」
「七つ」
「え?五つじゃねえのかよ」
「お前いつも数え間違えるじゃねえかよ」
列車の護衛兵達は三交代制で警戒を行っているが、いざ戦闘となると休憩もお構いなしに戦闘に参加せざるを得ず。今も当直だった者は車内のベッドで熟睡していた。
「あー、畜生。現金車配属の連中が羨ましいぜ」
「あのベッド、寝台車のやつだもんな」
軽く頭を掻いてジャンケンで勝って現金輸送車に乗り込んだ同僚のことを思い出す。実に腹立たしくもあるが、負けた以上仕方がなく我慢するしかなかった。
「武器の確認しておけよ」
「畜生、思ったより使っちまった」
「使わなきゃ死ぬだけさ」
護衛兵はそこで停車中にホームで立哨していた同僚から新しい弾薬の補給を受けながら同管区で移動する事で疲れていた。列車の護衛兵は管区を越える際に交代しており、一度部隊は総入れ替えを行っていた。
「積み込み終わるってよ」
「了解」
そこでホームに立って情報共有を行なっていた護衛兵が戻ってきて伝えると、あらかじめ交換されていた自国通貨を積載して現金輸送列車は防弾扉が閉鎖されて電磁装甲が展開される。
「出発だ」
「了解」
そこで彼等はすぐ目の前に連結された列車から汽笛が鳴ってゆっくりと列車が走り出すのを認知する。
「本線信号良し」
「出発進行」
略帽を深く被り直してスフェーン達は列車が分岐点を通過するのを確認する。あらかじめ司令部から全ての運用予定表を提示され、その通りに運行していた。
「あれだけの襲撃でよく問題なく運行できていますね」
「それが腕ってものよ」
少し自信ありげにスフェーンは言うと、マスコンを操作して構内から本線に入るための緩い坂道を登っていく。そして複々線の鉄橋を越えると、大河を荷物列車は通過していく。
「この先は山岳区間です」
「アプト式でしょう?」
「いえ、アプト式は二〇年前に廃止されています。今は基底トンネルが掘削されています」
「へぇ、便利になったじゃん」
回復した様子のスフェーンはルシエルとそんな話をしながら青信号を確認する。ここら辺はまだ市街地であるため、手動運転が推奨されていた。
基本的に市街地を防衛している要塞砲の射程を越えたら自動運転でも安全な閉塞になるというのが常識であった。
「アプト式は旧本線として運行こそされていますが、本格的な運用は終わっていますね」
「へぇ、観光鉄道化したわけね」
トンネルが工事やテロなどで不通となった際に使用する補助路線に降格となった事で、当該路線は定期的に観光列車としてアプト式機関車が残されるだけとなった。
「まぁ、まだ廃線にならないだけマシかね」
「どうでしょうか?最近は維持費が増えて営業係数が赤字の路線は廃止傾向です」
「うーん、まあ保存鉄道がよくできてるって事はそう言うことになるしなぁ…」
そう言うと、彼女は機関車の速度を下げて下り坂で速度超過を防ぐ。
大陸横断列車として運行される複々線専用列車は、数年前まで内戦状態であったこの国ではまだ本格的な運行再開は行われておらず、伏線専用貨物列車が大量に行き交っていた。
「ネフィリム使えばよかったのに…」
「そもそもネフィリムですと小規模輸送に適していませんよ」
大きさが大きさだけに運用に多くの制限が加えられる事となる複々線専用列車。しかしその圧倒的な貨物輸送量や数個師団の兵員を輸送可能な圧倒的な輸送能力は国連の傘下に納められていた。国家の権威を象徴する設備でもあり、自国でこれを建造できる事は経済力と技術力のある証明でもあった。
「んっ!んん〜、そろそろ本線か」
そこでスフェーンは運転台に備え付けのタブレットを操作すると、付近の路線状況を一覧で確認していく。
「やれやれ、最近は民間の方が良いアプリを出しているとはね」
「昔はチャットで確認しあっていましたからね」
二人はそこで前方の安全確認をしながら話す。散々襲撃を受けて辟易としているが、自分たちはあくまでも犯罪者では無いと言う心持ちが心象をよくしていた。
「はぁ…疲れる〜」
「交代しましょうか?」
「いや、さっきまで運転してたでしょう?大丈夫よ」
ルシエルにそう返すと、スフェーンはマスコンを握ったまま市街地から本線に進入する分岐点を通過していく。
「新しい閉塞に入りました」
「了解。制限速度一二〇」
司令部からの信号も受信して、列車は信号の下を通り抜ける。
「さて、また襲撃されるかね」
「先程の野盗団は対戦車砲を装備していました。これからの目的地は、駅間距離は短いとはいえ沼地を走るのでそのような陣地形成には時間がかかるでしょうね」
「問題はそんな大砲装備の連中がただの野盗なわけないって事なんだけど」
ルシエルにスフェーンはそう言い、先程の襲撃で機関車が迎撃した敵砲弾を思い出す。目の前で爆発した時はやられたかと勘違いするほどであった。正直防爆・防弾のそのガラスでなければ今頃はきっと涼しい風が入り込む運転室が出来上がっていたに違いない。
「帰ったら全般点検してもらおう」
「その方がよろしいかと」
ルシエルも頷くと、この機関車を製造した連中と整備工場を思い出す。
この現銀輸送任務を押し付けられた事ですてに今までとは比べ物にならないほどの頻度で襲撃を受けている現状、とっとと終わらせたのが本音であるが、悲しいことに早く到着をするとそれでもダイヤ乱れは発生する。そのため、あらかじめ指示された運行通りに定時運行をしなければならなかった。
「本線進入よーし」
分岐点を通過し、機関車は本線に進入すると複々線区間にて列車は緑化計画が進行中の区間を見ていく。
エーテルによって緑が失われて久しいトラオムの大地は、長年の植林活動によって徐々に緑を取り戻しつつあった。
「制限速度区間です」
「りょーかい」
現在は間伐作業中の防砂林を抜けて列車は移動する。軌陸車を用いた作業中で、防砂林はその役目を果たしていた。そして間伐作業中という事でこの閉塞は制限速度が設けられていた。
「はぁ、しかし現金輸送列車を引き当てるなんてどんな運なのやら…」
「普段は国連軍の任務ですからね」
そんなことを話していると、ちょうど反対から複線専用列車が通過する。機関車と塗装から国連軍のものであると分かる。
「ったく、列車余ってんならそっち使えばいいのに」
「無理ですよ。この国は内戦が終わった直後で国際停戦監視軍が駐留しているんですから」
そんな場所で働くのもどうかという話になってくるのだが、そこら辺を言うと面倒な水掛け論に発展するので二人は口チャックを閉めていた。
そして国連軍所属の軍用列車は隣の路線を通過して行くと、その時に強い風を感じ取った。
「今は駐留軍の輸送物資で一杯一杯ですよ」
「やれやれ、戦争なんてするもんじゃないね」
スフェーンはそんなことを言いながらマスコンを操作すると、列車は新しい閉塞に入ったことが軌道に敷設された信号機から受信される。
「制限速度解除。巡航速度まで加速可能です」
「了解」
ルシエルが言うと、スフェーンはアクセルを入れて列車を加速させる。今し方の制限速度で若干の遅れが出ているため、運行ダイヤの通りに走りたかった。
「それから悪いニュースです」
「敵?」
「おそらくは。急速にこちらに接近する集団を偵察ドローンが視認」
ルシエルは偵察ドローンによる偵察情報を伝える。
「やれやれ、飽きないもんだね。泥棒側も」
既に何度も迎撃を行なっていると言うのにも変わらず襲いかかってくる野盗に対して苦笑していると、偵察ドローンに攻撃が飛んできたのを確認した。
「攻撃を確認。敵車両に戦車も確認しました」
「車種は?」
「T-62…あれは多分MVですね。古い主力戦車です」
「すげ、よくそんな骨董品動かせるわね」
対戦車ライフルを使うあなたが言うか、と喉から出かかったのを堪えてからルシエルは言う。
「迎撃を始めます」
「了解。任せたよ」
「無論です」
ルシエルは慣れた様子で頷くと、装甲車に砲弾を装填して砲撃を始めた。
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