#461
パトリシア王国は今のトラオムの世界で最も安定した治世を行ってる立憲君主制国家として、永世中立国として存続している。
国内には国家連合体本部や傭兵ギルド本部などの国際機関を備えた主要国に数えられている。
歴史で見ればサブラニエ連邦共和国やアリアドール合州国、ヴァイナハルテ誓約同盟、パシリコ共和国と言ったウエルズ大陸に存続している国家の方が由緒正しかった。だがパシリコ戦争や災禍時代を経て、企業の権威が失墜してしまったことなど多くの理由が原因で今はパトリシア立憲王国に経済規模で負けていた。
ピーーーッ!
駅員が笛を鳴らすと、紺色に光を反射する流線型の
「もうすぐ建国記念日か」
「早いな。もう一年経つのかよ」
周りの記者達はそう言いながら発射していった列車を見送ってカメラを片付けていく。今日は王族が進発すると言うことで多くの記者や国民が集まっていた。
王族はこれから建国記念日を前にジェヴェル・ムーサ郊外の聖カタリナ修道院に向かって参拝を行う。この国に明確な国教は存在していないが、初代女王アン1世が修道院で行ってきた異能を使った治療は今でも王家が病院列車を運行させている点で受け継がれていた。
「…」
カンナハ中央駅から出発していった列車を見送った後、中央出版社の
「河嶌」
「はい?」
これでも中堅作家としてはかなり評判の記者であるため、給料はまあまあいい額をもらっていた。
気になったことは細かく調べたくなる癖のおかげで彼は雑誌から新聞まで、いろいろなところに記事を書いては読者を楽しませていた。
「課長が呼んでいたぞ」
「へいへい」
今日は上司に言われて王族が修道院に出発する様子を撮ってこいと言われたのでその通りに仕事を終えて帰ってきていた。正直、早朝から場所取り合戦で非常に眠たかった。しかしここで机で眠ってしまうと後々叱られて面倒なことになるので、先に報告を終わらせるためにエレベータに乗った。
「河嶌戻りました〜」
そしてオフィスに入って言うと、そこで早速彼は上司に報告する。
「おう、どうだった」
「とりあえず写真は撮っておきました。データでさっきまとめて送っておきました」
明らかに眠たげな様子で上司に報告をすると、いつも気の良さげな上司はそんな状態の彼に話をする。
「河嶌、新しい仕事だ」
「?」
そこで上司はタブレットを差し出す。企画は都市伝説部からのものだった。
「とりあえず寝ておけ、そこにお前さんが気に入りそうな記事の仕事が入ってる」
「…分かりました」
とりあえず場所取り合戦で疲労していた彼は、先に自分のデスクに戻っていく。
彼のデスクは周りと違って多量の資料や史料が積み上げられており、紙まみれであった。そのことを隣の席の同僚が若干眉を顰めながら言ってきた。
「河嶌さん、ちょっとは整理してくださいよ」
「良いんだよ。俺しか迷惑してねえんだから」
その文句に軽くいなしてから彼はデスクの椅子に座ってアイマスクをつける。
「…」
そして目を閉じると、いつもは幸せに感じる紙の匂いを嗅ぐ前に眠りについた。
「へぇ、都市伝説部の雑誌がまた妙な事をやる」
そして起床し、目覚めにオフィス備え付けのインスタントコーヒーを片手に彼は上司から渡された新しい企画を失したタブレットを見つめる。
「今度は何をするんだ?」
「『王宮事変』だってよ。都市伝説部が実証実験を兼ねて一本卸したいとさ」
「何だよ、建国記念日特集でやるのか?」
「らしいぜ。再検証で立憲内戦までの動向を書きたいらしい」
そう言って河嶌はコーヒーを飲むと、その変わり映えのしない味に少し不満げになる。やはりあそこのコーヒーでないと体が受け付けなくなってしまったらしい。朝もついあそこに寄ってから場所取り合戦に向かってしまったものだ。
「まあ、よくある記事だな。こりゃあ競争厳しいぜ?」
「どうだろうな。まあ王宮事変なんて陰謀まみれで逆に書くことには事欠かねえよ」
「ははっ、違いないね」
同僚はそう言うと飲んでいた紙コップを捨てて仕事に戻っていく。そして同僚が去ったのを見て河嶌は再度タブレットに視線を落とす。
「王宮事変…ねぇ」
この国の人間であれば必ず知っている歴史だ。教育予算は毎年増額されているこの国で王宮事変の事を国民が答えられなかったら非国民扱いだ。その後の立憲内戦までの過程といったら何度も歴史の授業で教えられる。正直、いきなり街頭で聞かれたら国民は余程のバカでなかったら答えられるだろう。
「何番煎じの企画練ってきてんだよ」
正直、王宮事変と言ったら専制君主と立憲君主の戦争である立憲内戦の発端であり、毎年この時期になれば建国記念日に合わせて多くの雑誌やテレビはこの検証記事やドキュメンタリー番組を作る。まあこれに関しては立憲内戦終戦の三月九日の方が多いが…。
「…」
そうこれ以上面白いものが出てくるとは限らないのだが、企画された以上は書かなければならない。
「今まで王宮事変で言われてきた都市伝説をまとめて記していくか」
取り敢えずしっちゃかめっちゃかに生地が乱立して情報が錯綜している状況で王宮事変に関する数々の噂をまとめ、その審議を確かめる記事を書こうと思いついた。
「んじゃあ、まずは調べてみるところかな…」
思いついてからすぐに彼は行動に移す。オフィスの彼の机は今まで古本屋を巡って買った記事執筆に使った史料やネット上で漁って見つけた情報を印刷したりしたものがどんどん積み上がって形成されたものだった。同僚からは『整理しろ!』と散々言われるが、どこに何があるのかは全て記憶していたので無理と勝手に片付けられると困ってしまう。
「王宮事変…王宮事変…」
そこで彼は改めてこの国の歴史の出来事である『王宮事変』について政府が公式に出している史料を検索する。
ーー王宮事変ーー
王宮事変は一二〇年に及んだアン1世の治世を終焉させた事変である。
首謀者は第一二大公。イシュ=ケリオト大公初代当主、イシュ=ケリオト・イフェーダ。実行犯は第二代大公、イシュ=ケリオト・イカルス。
彼らは建国記念を讃える祝賀式典の際中に仕込み剣を持ち込み、玉座に座っていたアン1世に剣を突き立てた。
殺害されたアン1世はその後、大公会議によってイシュ=ケリオト大公が第二代パトリシア王国国王に就任した。
その後暗殺されたアン1世は国葬され、新たにイシュ=ケリオト王朝による統治が行われた。
教育省のホームページにはそう記されている。実に要所要所を切りまとめた簡単な説明だ。
王国の民であればこれくらいの説明は簡単にできる程度の歴史解説だ。
この事件は『王城の変』とも言われており、その名前の通り権力者同士による権力争いでもある。
当時、立憲君主制を目指していたアン1世に対し、専制君主の存続を求めた大公による反乱行為と今ではみなされており、王宮事変はまだ当時は熱狂的なまでに崇拝されていたアン1世が自ら軍権を手放すことに国内諸民族の独立運動を恐れた王侯貴族によるものであると言われている。
アン1世の人気は今でもよく知られている。なにせ今でも彼女の御御影は当代国王の隣に式典などでは用意されているほどだ。自分だって歴史を学んでいるのだし、王族主催の式典などにも出るため彼女の御御影は見たことがあった。
「もう一〇〇年以上も昔の話だろうに…」
河嶌はそこで最初に王宮事変の前提知識の確認をしてから記事の序文を打ち込んでいく。
「おっと…もうこんな時間か」
その時、オフィスに鐘の音が鳴ったので退勤時間になったことを認識すると彼はパソコンのデータをタブレットに移してから会社を後にする。こんなに寝ていたかと彼は自分で驚いてしまった。
この国の労働基準法では一日八時間以上の労働は基本的に禁止されているため、一部の仕事が終わらない面々以外はほぼ全員が退勤していく。
「頑張れよ」
「はい、先輩もお疲れ様でした」
彼はまだ仕事が残っている新入社員に軽く労ってから退勤をしていく。
「…行くか」
そして会社を出た直後に決めた様子の顔で近くのトロリーバスに乗り込んで近くの鉄道駅で
副都心に存在しているその場所は王国第二の金融市場のカンナハ金融市場が用意されていた。
王国の経済の中心地は大陸東方の港湾都市、副都小坂にある。この国において経済の中心地と政治の中心地は離れており、どちらかが攻撃を受けても政治機能が正常に動くように分散配置されていた。
永世中立・国民皆兵を憲法にも明記したこの国では国民全員が必ず徴兵検査を受けて徴兵を受ける。かく言う河嶌も陸軍歩兵部隊に従軍経験があった。
徴兵は大学の奨学金などの関係で入隊期間は長くなるが、技官になるための教育なんかもあって頭のいい奴は試験を受けたりしていた。
貴族は基本的に士官学校の入学試験を受けるのが普通であるため、徴兵期間に出会うことはなかったと記憶する。
そして目的の駅で降りると、彼は建物が低くなった簡素な住宅街とオフィス街の狭間にある川沿いの地域に到着する。
ここは王都の豊富な水資源を提供する大河であり、王都の水道はここから引いた水であった。
「…お、今日は当たりだな」
河嶌はそこで暖簾の前に赤い提灯が降ろされているのを見て居酒屋営業が確定したのを見て少し気分が高揚しながらその店の引き戸を開ける。
「いらっしゃいませ」
店に入るとほの明るいトルコランプが店内の至る所で点灯し、ふんだんに木を使った落ち着きのある店内だ。
「行け!行け!」
「うぉおおっ!!」
しかし今日はあいにくと座敷席に人が集まってテレビに釘付けになっていた。今日はサッカーのワールドリーグの予選が行われており、ほどんとの客がそれに釘付けであった。
「「「あぁあああっ!」」」
しかしシュートをゴールキーパーに抑えられて全員が頭を抱えて嘆いていた。あの雰囲気からして多分自国チームに賭けているのだろう。
「ごめんなさいね。今日は騒がしいわよ」
「いやいや、サッカーなら俺も見たいっすよ」
そこでカウンターで呆れまじりに黒猫の獣人が話しかけてきたので河嶌は首を横に振ってからカウンター席に座った。
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